PARTNERS〜ベルンハルト・シュネーヴァイス〜(後編)


 宇宙世紀0080年の年明けは宇宙で過ごした。
 もちろん、その前年末の終戦もである。
 ソロモン会戦の直前に俺も宇宙に戻されたのだ。『問題児』だろうと、人員不足では仕方がない──と見え見えの辞令だったが、俺としては内容だけが問題なので、大歓迎だった。
 配属先はサラミス級巡洋艦で、目の前の任務さえ、こなしていればいいのは楽といえば楽だった。前回のような『小家族』で、なまじ副長なんて地位にあったがために、黙ってもいられなかったのだから。尤も、生死の選択肢も上任せになったわけだが。
 それでも、ソロモン会戦、そして、ア・バオア・クーの総力戦に至るまで、しぶとく生きのびた。
 生還者には無条件で一階級の昇進と一時休暇が認められた。ただし、俺は戦時中に戒告・減給処分を食らったもので、少し遅れたが……戦死して二階級特進にして頂けるより、遥かにマシだ。
 二階級特進といえば、普通、生者には適用されないのだが、瞠目すべき目覚ましい戦功を挙げた将兵に限って、特例という場合もある。
 その特例の中に彼のホワイト・ベースのクルーが含まれている。彼らは終戦まで戦い抜き、殆どが生還した。あの白馬のような艦そのものはア・バオア・クーに沈んだらしいが。
 その特異な経緯が知れ渡るのに大した時間はかからなかった。むしろ、連邦軍が積極的に情報を流した節もある。
 興味があろうが、なかろうが、情報には事欠かなくなった。だが、中には明らかに尾ひれ背びれが……という話もあり、それは時間とともに増えていった。
 俺の中の興味や好奇心も(ジャブローでの艦長さんとの遭遇も忘れてないので)多少は刺激されたが、実をいえば、今は他に俺の人生最大の問題があったので、余り気が回らなかったのだ。

 終戦後の最初の配属先は『コンペトウ』と改められた元ジオンの要塞『ソロモン』──戦闘で傷んだ要塞の各所に、本格的に手が入れられ始め、又もや、便利屋的にこき使われていた。
 それでも、宇宙に留まっていられるのは、それなりに嬉しいのだが、一方で地球にも心を残していた。……正確にいえば、地球に残している女性に、だ。
 宇宙へ転属となり、戦時中は連絡を取れるはずもなかったが、終戦後、落ちついてきた頃、彼女の配属先を調べてみた。
 ジャブロー。異動していない。
「まさか、忘れられてないだろうな」
 期待半分、不安半分で手紙を出した。嬉しいことに程なく、返事がきた。それでも、多少のタイム・ラグはやむをえないが、俺の無事を喜んでくれており、『会えないだろうか』という言葉まであった。そして、『知らせたいことがある』とも……。
 一も二もなかった。戦後直後の混乱期、相変わらずの人手不足で、休暇を取るのはかなり難しいが、運好く、戦後の一時休暇を(どうせ、帰るコロニーも待っている家族も亡いから)全く消化していなかったので、それを使うことにしたのだ。
 休暇で、地球連邦軍司令本部に行くのも奇妙なものだと苦笑も漏れるが。
 そして、ジャブローで再会した彼女を一目見て、俺は絶句するハメとなる。
「本当に無事で良かった……」
 ジャニスは茫然としている俺の体のあちこちを確かめるように触った。俺は思考停止に陥り、なされるがままだ。
 終戦間際の宇宙での戦闘はソロモン会戦もア・バオア・クーの最終決戦も激戦であり、ソーラ・レイなどいうジオンのレーザ兵器では連邦の艦艇にも大損害が出た。
 そういった氾濫した情報だけが飛びこんできて、ジャニスは本当に眠れぬ日々を過ごしたのだという。終戦後も看護兵である彼女の身分では将兵の配属データ検索は認められていない。
 俺は連絡をして良かったと思った。精神的にも大分、不安定な状態に見えたし、何よりも、体の方が……。
「そうでもないわ。もう安定期に入ってるし」
 俺は恥じ入った。つまり、俺は一番、大事な時期に彼女の側にいてやれなかったわけで、彼女は独りで乗りきったのだ。
 しかし、周囲には何もいわれなかったのだろうか?
「そりゃね。やめろって、いう人も多かったけど、どうしても、欲しかったから、あなたの子ども」
 俺が戻らなくても、産むつもりだったと胸を張って、言うのだ。 なぜか、俺は誇らしかった。
「ありがとう、ジャニス。でも、もう独りじゃないぞ」
 ジャニスの決意に俺は柄にもなく、打たれた。
 彼女を抱きしめて、何とか、できるだけ、一緒にいられる方法はないものだろうか、と考えた。
 お互いに軍に属する以上、配属令には口を出せない。ジャニスが退役すれば、結婚して、家族寮を貰える可能性はある。ただし、それはジャブローのような大きな基地の場合に限る。少なくとも、現在の配属地であるコンペトウは純軍事拠点で、一部の娯楽施設従業員ですらが軍属である。身重では難しい。
 しかし、ジャブローは希望したからといって、転属が叶えられるものでもない。望まぬ時は配属されたくせにな……。
 考えこんで、唸る俺に、ジャニスは笑いかけた。
「後は食事でもしながらにしない? お腹すいちゃって」
「──二人分、食わなくっちゃならないもんな」
 きっと、何か方法があるはずだ。
 絶対に探してみせると、俺は自分自身に誓った。
 それにしても、こんなに早く、俺が父親になるとはね。



 一度は宇宙に戻らねばならなかったが、意外と早く、俺のジャブローへの転任要請が容れられた。
 実情はジャブロー勤務といいきれないかもしれないのだが、ジャブローを拠点とした不定期便のシャトルが開設されることになり、そのスタッフに志願したのだ。志願者など、皆無に等しい任務なもので、しかも、俺自身が問題児とくれば、あっさり認められたのも頷ける。まっ、読み通りだったが。
 何しろ、戦後直後、あちこちの宙域には『ゴミ』が漂い、宇宙の暗礁さながらの状態だ。真空の宇宙空間では数ミリの物体が衝突しても、時には大事故に繋がりかねないのに、廃棄された艦艇の破片やら、モビル・スーツの欠片やらが激突したひにゃ、どんな惨状が待っているか……意外と思われるが、シャトル任務は、それだけ危険な任務なのだ。
 任命を受けた者も『問題』が多い連中だ。俺がいうのも何だが、シャトル・クルーが集団になると、まるで『愚連隊』に見える。志願しなくても、何れは転任《まわ》されたかもしれない。
 ったく、上層部の連中ときたら、何を狙っているのだか……。
 何にせよ、任務が終われば、彼女の元に戻ってこれる。肝腎なのはその一点だ。もちろん、事故って、戻れなくなる場合なんぞ考えてもいない。彼女は少々、心配そうだったが……。
 自惚れではなく、俺の腕は良い方だ。戒告を受けた任務の時も副長兼任の操縦士だった。しかし、志願者のためか、どうもスタッフ配置にあぶれたらしい。バック・アップ要員で、もっぱら、穴埋めや緊急便を飛ばしている。結局、ここでも『便利屋』さんだ。
 ともかく、ジャブローに居を構え、既に何度かの航宙任務《フライト》をこなし、ジャニスが臨月を迎える前に、正式に結婚した。ただし、新婚旅行なんてものは夢のまた、夢──だが、九月には娘が生まれた。 母子ともに健康。産声も元気な女の子だ。
「よかったわね、ミリシア。お父さんがいる時で……」
 ジャニスはすっかり、母の顔である。
 負けてはいられない父親としては任務に励むしかない。
 そんな時、新たな辞令を受けた。

「ベルンハルト・シュネーヴァイス中尉、本年一〇月一日付を以て、機体ナンバーJC37シャトル副操縦士に任命する」
「拝命致します」
 敬礼に重々しく頷いた人事部長は少しだけ、表情筋を緩めた。
「貴官はバック・アップ要員にしておくには惜しい人材なのでな」
「恐れ入ります」
 社交辞令に近いものがあるが、皮肉とは思わない。その程度は事実だと自認している。自惚れにもならないレベルだ。
 同型機でも、一機一機には夫々、そのシステム反応などに微妙な違い《クセ》がある。同じ機体であっても、オーバーホール後には差異が生じるほどなのだから、なるべくなら、常に同じ機体を同じクルーが扱う方が効率も良いし、危険も少ないのだ。
 機体指定での任命を受けたとなると、相方──機長《キャプテン》も決定されているはずなのだが……。
「ところで、小官の上官となるべき機長はどなたなのでしょう?」
 すると、人事部長は妙に意味深げな笑みを浮かべたのだ。
 何だか、嫌な笑い方だな?
「……まさか、まだ、決定されていないのは」
「いや、そんなことはない。貴官の上官は決まっている。本日中にでも出頭するように」
 やけに勿体ぶるな。さっさと言えよ、と腹の中で毒づきながら、言葉を待つ。
 だが、焦らすように伝えられた名前には正直、どういう反応を返すべきか、解らなかった。
「JC37の機長は──あのブライト・ノア少佐だ」


 ブライト・ノア──彼の『ニュータイプ』部隊ホワイト・ベース艦長。現在は少佐に昇進し、終戦後から今日まで、ジャブローに留まり、大した任務にも就いていない。正に宝の持ち腐れだ。
 俺のジャブロー着任前、セイラ・マス退役を巡る一騒動があり、少佐が取引をしたとか何とか、てな噂は耳にした。
 ジャブローにきてからは彼の姿は時折、見かけていた。自分自身の問題が片付くと、以前の好奇心が再び、首をもたげてくる。
 話題のWBクルーの中でも、俺の興味はやはり、指揮官に向けられた。WBの指揮官はとんでもない劣悪な状況下で、全員が生きのびることを至上の目標としていたと云う。若すぎるが故の潔癖さと無謀さといえなくもないが、上官に命懸けの苦労を強いられた経験者としては士官としての理想の姿を、見せられた思いが強かったのだ。その姿勢には魅かれるものがある。
 ノア少佐は士官学校出身といっても、正規の募集ではない『特設年次』の、しかも、中途繰り上げ卒業生だ。特設年次生は正規年次生に比して、質が劣ると一般には評されるが、ノア少佐の士官としての在り方や心構えは正規卒業生に劣らない。
 何しろ、あのキーリング大尉も一応、士官学校出身と思えば、教育期間が長けりゃいいってものじゃない、との良い証左になろう。
 それだけに、特設年次の誉れともされるノア少佐は正規の卒業生から見れば、少々……かなり、煙たい存在にもなるのだ。
 やはり一応は正規組の俺だが、別にそういったことは気にしないが、先方《あちら》はどうだろう?
 そのノア少佐と俺を組ませる上層部の思惑……。
 士官学校特設年次卒業生と正規学年次卒業生。
 『一年戦争』の英雄と抗命罪寸前の戒告歴のある問題児。
 若すぎる年下の上官と幾らか年上の部下。
 小型機航宙経験のない機長と経験だけはある副操縦士。
 それが問題だ。ノア少佐には機長どころか、副操縦士でも機関士でも何でも、シャトルに関わった経験がないはずだ。
 それをいきなり、機長を任せるというのか?
「……気に入らないな」
 ノア少佐が、ではない。
 あざとい人事を行う連邦が、である。
 挙句に少佐には『ニュータイプ』という影がつきまとう。連邦によれば、少佐はニュータイプではないそうなのだが、周囲はそうは思わない。大体、連邦の判断基準なんぞ、当てにならんし、元来規範なんて、あるものなのか?
「……いや、それも狙いの内か。とこっとん、気に食わねぇ」
 一般にはニュータイプは超能力者《エスパー》みたいなもので、テレパシーや読心もすると、信じられ始めている。
 疑心暗鬼に捕われての自滅を願っているのかもしれない。
 となれば、俺も随分と気に入られたものだ。
 だが、
「フン。そうそう、思い通りにいくかっての」
 俺は誰彼構わず、噛みつく狂犬じゃない。
 『問題児』を甘く見るなよ。


「ベルンハルト・シュネーヴァイス中尉であります。本日付け以を以て、ノア少佐麾下に配属となりました」
 間近では初めて見る新たな上官は緊張しているらしい。まるで、立場が逆だな。どうも、ブライト・ノアといえば、戦時中のあの堂々とした姿のイメージが強いので、これは些か、意外だった。
 だが、逆に好感も持てる。我知らず内に微笑んでいた。
「よろしくお願いします。少佐」
「ぁ……聞いています。よろしく、ブライト・ノア少佐です」
 幾らか、困惑を混ぜながら、返礼し、差し出してくる手を躊躇せずに握り返すと、本当に驚いた顔をする。
 『読心』されるのを恐れ、触れたり、近づいたりするのも忌避する人間も多いという噂は本当なのだろう。
 それにしても、反応が解りやすいタイプだな。本当にあの時の士官と同一人物なのかと疑ってしまう。
 こちらが年上なのを意識しているのか、部下に対するにしては言葉も丁寧だ。余り、軍隊組織には向いていないのかもしれない。
「……なるほど、ね」
「何です?」
「いや、ニュータイプ部隊の指揮官だったというから、どういう方かと思っていたんですが──」
 面食らったようで、マジマジと俺を見返してきた。全く、よくまぁ、表情に出るなぁ。
 が、ここで不意に妙に深い笑みを浮かべたのだ。俺は内心で一瞬、たじろいた。自然と不自然の合間にあるような表情。その大人びた表情のままで、逆に俺に尋ねてきた。
「どう思っていたんです?」
 焦りを覚えながらも、外には出さない誤魔化しは心得ている。
「噂は色々とね。人当たりは良い方だと聞いていましたが、使い分けているでしょう?」
「まぁ、ね……」
 苦笑すると、また、雰囲気が変わった。
 狡猾なお偉方を相手にするためだけの方法論を身につけているのだろう。その限りでは、彼自身を相手のレベルに合わせてしまえるような才能があると見た。
 そして、相手のレベルを即座に見抜く……。
 思いの外、怖い人物だ。同時に面白い。
 俺は不意に悪戯心に捕われ、するりと言葉が口を突いていた。
「ところで、少佐。私の経歴は当然、とうに御存知ですね?」
「それはもちろん──」
「では、抗命罪に問われかけ、戒告処分を受けたような反抗的な部下を押しつけられた御感想は?」
 少佐は小首を傾げ、とんでもない質問を発した新部下《オレ》を見返してきた。我ながら、馬鹿なことを、とその実は焦っていたが、後悔したところで、聞かなかったことにはしてもらえまい。
 俺を見据える少佐の色合いの濃い瞳が微かに細まる。
 よく『目は口ほどにものをいう』とかいうが、ありゃ、嘘だな。
 それとも、俺の感受性や解析力が低いだけかな?
 それにしても、考えていることがパッと顔に出るかと思えば、突然に何考えてんだか全く読めなくなる。何とゆーか、解りやすいんだか、解りにくいんだか、判別《わか》らない奴だなぁ。あ、いけね、つい^^;
 俺は人物観察眼には結構、自信がある。尤も、その折角の才能も宝の持ち腐れで、上手く立ち回れない性格が災いして、『問題児』扱いだ。それが、この時ばかりは働いてくれない。

 宇宙《そら》を思わせるような深い色の視線には、なぜか息が詰まる。
 少佐が俺を強く凝視めていたのはほんの一瞬、刹那の瞬間だったはずだが、時間の感覚が消失するほどに長く感じられた。
 すると、不意に少佐は笑みを零した。苦笑ではない。冷笑でもない。ドキッとするほどの鮮やかな変化だった。
「当てになりそうですね。私が無茶をやりそうな時は遠慮なく、制止して下さい。張り倒されても、文句はいいませんから」
「…………変わった方ですね。少佐は」
 思わず、正直すぎる感想を呟いてしまった。今は一目で、何を考えているか解ってしまったのだ。少々、呆れてしまう。
「シュネーヴァイス中尉こそ、ね?」
 可笑しそうに俺の上官はまた、笑った。全く屈託もない。
「私も反逆罪で、軍法会議を覚悟しろと宣言されたりしましたが、知ってますか? 尤も、なし崩しに指揮権が認められたので、実際には法廷に引きずり出されずに済みましたがね」
 俺と組まされるくらいだからな。英雄でも問題児は問題児、なのかね? ならば、同じ問題児同士──何となく、良い予感。
 うん、気に入った☆ 気に入られるかは別だが、まずは、
「少佐。よろしければ、スノーと呼んで下さい」
「スノー? あぁ、“スノーホワイト”だから、ね」
 この新しい上官ときたら、何とドイツ語がペラペラでやんの。参ったね。


 一生、巡り会えるかどうか──期待もしていなかった。
 『運命』なんぞ、当てにはしていないし、信じてもいないが、今回ばかりは存在を認めてやってもいい。思いの外、早く引き合わせてくれたことには素直に感謝したい。
 尊敬するに、従属するに、信頼するに足る上官に会えたことを……。
 ブライト・ノア少佐は実に理想的な上官だった。
 無論、彼も完全無欠ではない。軍人としても、人間としても、やはり若いし、未熟で欠点も多い 。お互い様だが。
 何より、彼自身がそれを認めている。知っているのだ。
 自分の欠点を認めるのは中々、難しいことだが、得手不得手はあるものだと──だから、一人で突っ走ったりはしない。
 階級を至上のものと信じ、部下の忠告などには耳も貸さず、自分の判断だけを過信し、命令として押しつける。
 つまりは自尊心や自己顕示欲が強すぎるだけの上官なぞ、竜巻みたいなものだ。己を中心に周囲まで巻きこみ、甚大な被害を残すに至る。そして、結局は竜巻も消え去るのみ……。
 彼はその脅威を知っている。だから、拘らない。
 短所があるのは冷静に受け止め、互いの長所を把握し、補い合えばいい。それが最善だとも知っている。
 人間が万能であるはずがないのだと……。
 それを自覚し、自分と俺の能力や判断力を量りながら、対応する柔軟さを持っているからこそ、俺は彼に信頼を寄せた。
 そして、彼も俺を信頼してくれるから……。
 それにしても、なりゆき上、俺は彼の教官のような立場もなってしまったのだが、幾ら現在のシャトル操縦の大部分がコンピュータ任せになってきているとはいえ、上達の早さには舌を巻いた。

 上官と部下、少佐と中尉、機長《キャプテン》と副操縦士《コ・パイ》……。
 どれもが間違いなく、俺たちの関係を表してくれる。
 だが、何よりも俺たちは対等な『相棒』だった。
 ただ、機械的に命令し、命令されるのではなく、協力し、援《たす》け合えるパートナーなのだ。
 少しずつ、お互いを理解しながら、積み上げた時間とともに信頼を深めていく。
「ニュータイプのようなわけにはいかないけどな」
 一寸、わざとらしく言うと、彼──ノアは可笑しそうに笑った。
 ただし、漆黒の瞳には幾らか複雑そうな光を湛えて……。
 相変わらず、その瞳には落ちつかない気分にさせられる時もある。別に何もかもを理解しようなどと焦っているわけでもない。
 それこそ、傲慢の限りだと俺は信じているからだ。
 それだけに、まるで向こうは全てを見透かしたような視線を感じては苛立ったりもする。過剰反応なのかもしれないが。
 しかし、ニュータイプがどうのとかいう以前に、相手の感情を何となく察してしまう才能の持ち主は珍しくない。ノアにいわせれば、俺が他人事のように言うのは可笑しいそうだから。
「スノーが先回りして動いてくれるんで、俺は凄く楽だけどなぁ」
 うーん、殆ど意識してないんだが、いわれてみれば……。

 周囲の連中にも俺たちは似ていると評される頻度も多くなるし。要するに俺たちは精神的波長も合い、公務だけでなく、私的にも交友を結んでいった。自惚れても良いのなら、俺たちは十分に『親友』といえた。特に努力もせず、本当に驚くほどに気が合ったのだ。
 上層部の連中にすれば、計算違いも甚だしいのだろうがな。
 だが、ただ単にそれだけでもなかった。
 ノアは『人』に渇えていたのだろう……。
 『ホワイト・ベース』という絶対的な『存在』が現在のノアの核のようなものだ。今は喪われたWBでの時間が、クルーが、軍人として、人としての何れのノアをも支えている。
 それほどに重い存在である一方、依存できない存在でもあるのだ。
 ノアがホワイト・ベースの指揮官だったから、か……。
〈……こういうのも、二律背反《アンビバレンツ》ってーのかな?〉
 旧WBクルー間の結びつきは尋常《なみ》ではない。それはノアに引き合わされたミライ・ヤシマ大尉(……つまり、俺より、上位者なのだよねぇ、彼女も……)一人を見ただけでも良く理解る。尤も、彼女の場合は少々、異なる意味合いがあるが……。
 それでも、上に立ち、人を率いる立場にある者の負担は想像を絶する。たとえ、WBのような連帯感の強い仲間の中にあっても、やはり、感じていたのだろう。それはノアの指揮官としての責任感の強さを示してもいるのだが……。
 だからこそ、ノアはWBとは別の絆を求めていたのかもしれない。多分、これは間違いないと俺は確信している。
 俺がWBとは何の関わりも持っていないからこそ、気づけたのだし、ノアの無意識の願望にも応じることができたのだ。
 だが、ノア本人は気づいていない。
 ノアにとってのWBが持っている、もう一つ別の意味に……。
 多分、ずっと、気づかぬままでいた方が彼のためだろう。
 いつか、『WB』なる存在が彼を傷つけねばよいのだが……。


「実はな、お前とは一年戦争の真最中にも会ってるんだ」
 相棒は「へぇ?」と少し、意外そうに見返してくる。
「オデッサ作戦の後な。俺はジャブローに配属されてさ。とてつもなく、暇だったけどな」
「それじゃ、ホワイト・ベースが入港した時にか……悪い、全然、覚えてないな」
 一度、記憶を探るような表情を浮かべたが、真面目な顔で申し訳なさそうに、肩をすくめてみせるのに俺は苦笑した。
「そりゃそうだ。会ったってより、俺がお前を見かけただけだからな。話もしていない。会議の資料を届けさせられた時にチラッとね。ちょっとしたショックだったぜ。俺より若い士官が陰険な将軍連中《じーさんども》相手に堂々と渡り合ってるんだからな」
「こっちも命が懸かってたし、あの頃は必死だったから──」
 ノアも苦笑で返し、一度、言葉を切ったが、
「でも、何でまた、今頃、そんなことを?」
「うん? いや……なんてーかさぁ、人の縁《えにし》は奇異なもの、とゆーか、いかにもって感じだろ?」
 我が相棒は目を丸くした。そして、
「……そうだな。確かに」
 伏目がちに頷く。様々な縁の結び目を経て、今に至ったと。その結び目の一つが俺だが、他の結び目の多くを俺は知らない。
 その逆もしかりだが、あの時は遠くから見ていただけの俺の存在など、ノアは知りもしなかったはずなのに、今はどの結び目よりも、こんなにも身近な存在になっている不可思議さ……。
 尤も、別の意味で絶対に敵わん結び目もあるがな。
 不意に悪戯心が湧く。今や、掛け替えのない友人に、承知の上で意地悪く笑いかける。ピンッときてしまったのだ。
「あ、お前、今さぁ、全っ然、別の人を思い浮かべたろ?」
 一瞬の内にボッと火を噴いた。余りに想像通りでビックリ☆
「え゛? い、いやっ…べ、別にそんな──」
 一応、否定したいらしいが、真赤な顔では全然、説得力がない。
 誰との縁を思ったのか──本っトに解りやすい……。
 ちと情けないけど、健全な青少年で結構なことだ。
 そーゆー純情青年の反応を見るとついつい、揶揄いたくなる。
「あ〜ぁ、それにしても、やっぱし、英雄ってのは作り上げられるもんなのかなぁ。彼のホワイト・ベース艦長!っていやぁ、新進気鋭の指揮官で、昨今の候補生や新兵にとっちゃ、憧憬《あこがれ》の的だってぇのに……実像はこぉーんなガキだなんて」
「厭味ったらしいな。大体、信じてもいないことを言うなよな」
 っとー、拗ねてやがる。笑えるくらいに、アンバランスな奴だ。
 前に思ったように、どうにも軍人向きじゃない。そのくせ、軍人としては年齢のわりには信じがたいほどの安感定を既に持つ。
 大人びた表情と、そうでない時の落差が激しずぎる。
 根はやはり、二〇歳の若者なのだ。っと、いや、まぁ、俺も二歳年上ってだけで、十分に若僧だけどな。この年代では二歳差は結構、大きいのだが、俺たちの場合、それくらいで、丁度よかった。



 だが、俺たちの交友を好ましく思わない連中も多かったようだ。
 最初は搦め手できたが、効果なしと悟ると、強硬手段に訴えてきた。
 どちらにしても、俺は突っ撥ねた。
 冗談じゃない! そんなに、あいつが怖いのか!?
 だが、あいつが何をした? 
 日々、与えられた任務をこなしているだけではないか。
 艦長だった時も、
 機長である今も。
 なのに、いつまで、あいつに枷をかけるのだ。
 自分らの物差しだけで、人を測り、縛るなぞ!
 あいつが望むものは別にあるものを……。

 だが、俺にはできるのは文句を言う程度で、余りにも無力だ。
 それでなくとも、

 いつまで、俺はあいつの傍らにいられるのだろう?
 いつまで、俺はあいつを佐《たす》けていられるのだろう?

 組織の一員である以上、拒めないルールは確かにある。
 俺が隣にいなくなっても、次の誰かが俺と同じように、
 いや、俺以上にあいつの支えになってくれるのなら、
 俺は別に自分自身の場所に拘ったりはしない。
 四六時中、一緒にいることが必要ではないからだ。
 離れていても、心は守っていける、交わし合える。
 ホワイト・ベースのクルーたちのように。

 ただし、彼らとはまた、別の関係《かたち》でなければ、
 俺である必要もないが……。

 ただ、俺が望むのは──……。

《了》

1997年3月 脱稿作品・2002年3月 改稿 (前編へ)


あとがきとして


 いつの間にか、5年も前の作品になってしまいました。にしては意識しなくても、改稿箇所は少なかったです。スノーというキャラが当時のままに輝の中で、確立しているからと思います。
 入江さん版に向けてのお勉強編も兼ねてのUp☆ ここで初めて、スノーというキャラを知った方にも可愛がって頂けることをひたすら祈るばかりです。

2002.03.07

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