激闘! 黄金聖衣


 世の安寧を護る聖域──女神の御許に集いし者たちは聖闘士から神官、雑兵に至るまで、世のために尽力している。
 だが、特に悲愴な雰囲気は全くなかった。激烈なる任務に曝されているはずの聖闘士たちですらが──日々、聖域も妙に平和だった。



「おーのれ、あのバカ猫がぁっ! 許さぁん!!」
 荒れ狂っているのは射手座のアイオロス。その前のソファに深々と座りながら、溜息をつくのは蠍座のミロ。此処は天蠍宮だった。
 何があったか──いや、もう判ってはいるが、入ってくるなり、あーだこーだと怒鳴りまくり、憤慨するアイオロスを、ミロは宥めるでもなく、眺めている。そして、時折、嘆息する。

これのドコが、聖闘士の鑑だ?
大体、人の…、つーか、弟を護る聖衣を「バカ猫」呼ばわりとはどーよ;;;

 怒鳴り続けて疲れたか、アイオロスは向かいのソファにドッと体を沈め、コーヒーをグッと飲み干した。……アイオロスに出したものではない。ミロが飲んでいたものだ。まぁ、もう冷めていたから、別にいいけど……。ミロは密かにもう一度、溜息をついた。
 聖域の英雄、聖闘士の鑑、次期教皇に最も近い者などと称賛の限りを受ける射手座のアイオロスが、地を出す相手は数えるほどだが、ここまで凄まじい場合もまた限られている。理由なぞ、もう当たり前で、馬鹿馬鹿しすぎて、尋ねる気にもならない。
 どーせ、獅子宮で何かあったんだろう。

 アイオロスの誕生日以来、時々、この黄金兄弟は互いの宮に泊まるようになった。最初の内は幸せいっぱいの兄(弟)だったが、段々、様相が変わってきた。それも彼らが獅子宮で過ごす時だ。
 怒り心頭のアイオロスの支離滅裂な言い分によると、どうも獅子座の黄金聖衣が二人の邪魔(注・アイオロス主観)をするらしい。
 聖衣がどんな邪魔をするんだよ、と突っ込みたくもなるが、一応自立的に動いたりもする聖衣(蠍座の黄金聖衣が動くところは、あんまり見たことないが^^;)のことだ。何かしら、あるんだろうと思えた。
 そして、獅子宮を飛び出してきて(レオに追い出された?)、人馬宮に辿り着く前に、手前の天蠍宮に駆け込んできては怒りをブチまけるようになったのだ。全く迷惑な話だ。
 尤も、宮の並び──処女宮・天秤宮──を見ると、それも仕方がない。つーか、ここまで来たら、大人しく人馬宮に戻って、そこで喚くなり泣くなりすればいいとも心底から思うが。
 とにかく、嵐が早く過ぎ去ることを祈るばかりだ。

「くそっ、所詮は猫科動物の分際で、俺とアイオリアの間に割り込もうとは良い度胸だ」
 まーだブツクサ文句言ってる。聖衣なんだから、猫科『動物』じゃないだろうに。そりゃ、獅子だけど;;; んなコト言ったら、スコーピオンは節足『動物』になっちまうTT
「……いっそのこと、今度はあんたも、聖衣持ってったら?」
「何?」
 それは何気ない一言だった。
「いや、あんたもサジタリアス持ってって、レオの相手させとけばいいんじゃないかなーって」
 実際、聖衣同士が「会話」をするのかと怪しいもんだが、一応意思を持つ聖衣のこと。同じ黄金聖衣同士、もしかしたら、相通ずるものもあるかもしれない?
 全く根拠もなく、思いつきもいいところだった。まさか、アイオロスが本気にするとは……。
「そうか! よし、次の獅子宮でのお泊りは聖衣装着で行こう!」
「…………;;;」
 こいつ、本当に馬鹿なのかもしれない。ミロはこの瞬間、初めてチラと疑った。


☆        ★        ☆        ★        ☆


 それから、暫く後、兄弟の休みが重なり、アイオロスは意気揚々と?獅子宮に向かった。……翼持て、射手座の黄金聖衣完全装着の上で☆
 ルンルンとしか表現のしようがない様子で、天蠍宮を通過していくアイオロスを、ミロは遠い目で見送った。
「まさか、本当に着けていくとは……」
 何というか、幼き頃からの大事なものが、どんどん壊れていく。憧れていたあの人は今、何処《いずこ》に?
 一番、それを感じているのが彼の最愛の弟かもしれない、というところが笑えるが。


★        ☆        ★        ☆        ★


 それからそれから♪ 更に数時間後、天蠍宮にはどーんより落ち込んでいるアイオロスの姿があった。怒りながらも、半泣き状態で駆け込んできた。しかも、どういうわけか、平服のまま。聖衣はどうしたのだろうか?
 最初は興奮しまくっており、色々と捲くし立てていたが、何が何やら解らなかった。
 とりあえず、言いたいことを言わせておくと、急にアイオロスは黙り込んでしまったのだ。怒りを放っていた小宇宙までが、急激に萎んでいく。
「……アイオロス? それで、サジタリアスはどうしたんだ」
 黄金聖衣の中でも、一番、勝手に動く代物だったが、アイオロスが甦ってからは大人しいものだった。それに、先に人馬宮に帰った気配は感じなかった。
「…………リアの、処に」
「獅子宮に置いてきたのか?」
「だって、だって! あいつ、あのバカ猫に味方するんだぞ」
 だって、って子供かよ。つーか、味方? マジに聖衣同士にも仲間意識とかあるのか!?
 ミロも絶句するよりない。置いてきたというよりは、
「あんた、何やったんだよ。自分の聖衣に愛想尽かされるなんて」
「だぁーれが愛想尽かしされたって!?」
 いや、そのまんまだぞ。はっきり言って。

 とまれ、アイオロスの主観入りまくり説明によれば、聖衣装着姿で現れた兄に、これ又絶句したものの、アイオリアは獅子宮に入れてはくれた。そして、聖衣は直ぐに外し、レオの傍らに置いていたそうだ。作戦?が功を奏したか、黄金聖衣は大人しくしており、動くこともなかった。
 ところが、夕食を済ませ、久々に兄弟水入らず、な〜んの邪魔もない時間を満喫していたところ──何を思い出したか、いきなりレオが騒ぎ出した。おまけにサジタリアスまでが共鳴し、収拾がつかなくなった。
 アイオリアがレオを宥めている間、どういうわけか、サジタリアスもその傍らにべったり☆ アイオロスが幾ら意を向けても、反応してくれない。
 腹立たしさが募り、つい「そんなの、放っておけ」とか言ったのが間違いだった。
「……アイオリアが怒ったわけだ」
 ミロの指摘に、更にどん底まで落ち込む我らが英雄殿。もう溜息すら出ない。
「考えなしもいいところだな。レオのことだって、もっと大らかな気持ちで見られないのか?」
「だけど、あいつは! 四六時中、リアと一緒じゃないかっ。こっちは時たましか、過ごせないのに。そんな時くらい、譲ってくれたって、いいじゃないかっ」
 子供じみた言い分だが、一応、理には叶っている? 確かに、時間だけ見れば、レオの方がアイオリアとは長く一緒にいるだろう。
 だが、
「レオは、不安なのかもしれんよ。あんたの例の事件の後、三年ばかり、アイオリアは聖闘士の資格を剥奪されていたのは知っているだろう」
「それは……」
 例の事件とは勿論、『アイオロスの謀叛』と長らく呼ばれていた『サガの乱』のことだ。
 謀叛人の実弟たるアイオリアは当然の如く、全てを奪われた。聖闘士の資格も、勿論、獅子座の黄金聖衣も……。十二宮からも出され、近付くこともできなかった。
 それは聖域の事情に過ぎない。己が選んだ主人が何故、離れていってしまったのか、レオに理解できるはずもなく、鳴き続けていた。唯一人の主を、呼び続けていたのだ。
 獅子宮を通る度に、哀しげな響きをミロも耳にしていた。身に纏うスコーピオンまでが共鳴し、震えるような切なさを憶えたものだ。
「アイオリアが戻ってきた時、あの時のレオの歓喜は凄まじかった。よーく憶えているよ」
 嬉しかったのはミロたちも同じだ。つい、守護宮を勝手に離れ、獅子宮まで飛んでいってしまったほどだ。
「その後も、アイオリアは任務の時以外は滅多にレオを着けなかった。許されていなかったからな。教皇宮に上がる時ですら、平服だったくらいだ」
 それどころか、『サガの乱』の真実が明かになり、彼が獅子座の黄金聖闘士であることが知られるようになっても、十二宮以外ではやはり聖衣を着けることは殆どなかった。
「あんたが思っているほどに、アイオリアとレオは一緒じゃなかったんだ。レオにしてみれば、あんたの方が邪魔者かもしれないんだぜ」
「な…っ、何だ、ミロ! お前まで、レオの肩を持つのかっ」
「だーから、ちったぁ、大らかな気持ちで見てやれって言ってんだよ! そんなんだから、サジタリアスにまで、そっぽ向かれるんだろーがっ」
「ぐっ★」
 痛いところを突かれたらしいアイオロスが怯む。
「とにかく、アイオリアとゆっくり過ごしたかったら、今度から人馬宮にするんだな」
 これ以上、獅子宮で騒ぎを起こすと、アイオリアが人馬宮に泊まる時に、レオが人馬宮まで飛んでいってしまいかねない。
 昔、アイオリアが十二宮を出された時でさえ、それだけはなかったのに……。

 納得しているかどうかは定かではないが、項垂れたまま、動かなくなったアイオロスに、久々に溜息が出た。
「それより、サジタリアスをどうするんだ。喚び戻さないのか」
「…………喚んでも、還ってきてくれない」
 全く、英雄殿の、こんな情けない姿は他の者には見せられないな。
「迎えに行かないのか」
「………………」
 レオに会いたくないのか、怒らせたアイオリアと会うのが怖いのか。何にせよ、さっさと謝ってしまえばいいのに。
「ホレ、付き合ってやっから、獅子宮に行こう」
「いや、あの……」
「今日は獅子宮に泊まるんだろう? それとも、本当に止めるのか。俺はどっちでもいいけど」
 言いつつも、このまま、天蠍宮に居座られて、泣き事を聞かされるのもゴメンだ。こんな時間に、獅子宮まで下りるのは面倒だが、一晩中、付き合わされるのはもっと勘弁して欲しい。
 怖気付くアイオロスを何とか、追い立て、獅子宮まで連れて行く。自分の面倒見の良さに、ミロは少なからず呆れるのだった。



 獅子宮──小宇宙を感知してか、呼びかける前に、守護者が出てきた。
「悪いな、ミロ。面倒をかけて」
「全くだ。兄弟喧嘩も結構だが、人を巻き込まんでくれよ」
 立地条件からも、どうしても、ミロの所にアイオロスは来る。手前の天秤宮は殆ど守護者不在だし、更に前の処女宮を越える頃は怒りまくっていて、「何だ馬鹿野郎〜!」とか叫びながら、走り抜けるだけ、という精神状態なのだ。天蠍宮に達する頃は幾らか落ち着いてくるのがミロにとっては不運の素だった。
「兄さん、ホラ、入って」
「…………いいのか?」
 英雄殿がミロの背後から顔を覗かせ、恐る恐る弟に尋ねる。我慢強くて滅多に怒らないアイオリアだけに、一度怒らせると、後を引くのだ。
「いいから。その代わり、レオにはちゃんと謝ってくれよ」
「……」
 不満そうな兄に、アイオリアも眉を上げる。
「じゃないと、サジタリアスも還らないと思うよ」
「そ、そんなぁTT」
 主よりも、仲間の黄金聖衣を選ぶのか、サジタリアスは。傍で聞いていても、顔が引き攣る。
 まさか、スコーピオンもいざとなると、主たる自分よりも、他の黄金聖衣に同調したりするのだろうか? 怖い。怖すぎて、これ以上、考えられない。
「そ、それじゃ、俺はここで」
「帰るのか、ミロ。コーヒーくらい、飲んでいかないか」
「いや、俺は明日、休みじゃないから」
 その実、レオとサジタリアスが、どんな風に寄り添っているのかを見るのが怖かったのだろうと思う。

 暗がりの中でも、十二宮の階段を登っていくのは苦にはならないが、それにしても、と思いつく。もしや、サジタリアスはレオに同調したのもあるが、それよりも、アイオリアに懐いているんじゃなかろーかと……。
「……まさかな。幾ら何でも、そりゃないよなぁ」
 主よりも、主でもないその弟に懐くなんて、考えられない。
 しかし、聖衣の意思など、案外に聖闘士も知らないものなのだから、ないこともないのかもしれない。
 余計に怖くなってきたミロはフルフルと首を振り、嘆息した。今晩だけで、何度溜息をついただろう。
 とにかく、スコーピオンが自分から離れていったりしないでくれれば、ミロとしては何も言うことはなかった。

聖闘士たちもまた人間。悩みは色々とあるようではあるが……
今日も聖域は──平和に違いない

続き



 小宇宙部屋一周年記念作であります。予定通り?兄ちゃん主体の馬鹿話だー。いやぁ、これがうちの基本ですね。
 『星影』拍手に始まり、妙にオリ・キャラ獅子座の黄金聖闘士ローに懐くレオが可愛い可愛いと言われるので、それなら、元祖アイオリアも負けてはいないぞ!? というお話。レオどころか、サジタリアスにまで好かれているのか、もしかして☆ 兄ちゃんの立場ナシです。
 何気にミロがまたぞろ『いい奴』になってますが^^ いや、輝の中のミロは本当に良い奴なんだよ♪ 今回、視点は最初から最後までミロだしね。

2008.02.23.

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