激闘! 黄金十二宮


 戦いはいつ終わるともしれなかった。激しくはないが、冷たい戦い──睨み合いが続き、冷たい火花を散らす。
「……帰れ」
 先に痺れを切らしたのは、やはりアイオロスの方だった。射手座《サジタリアス》の黄金聖闘士たるアイオロスが凄んでみせれば、大抵の相手は震え上がるはずだが、相手はツーンと澄ましたかのように、全く怯えたり、畏れ入った様子もない。
「て…、め。帰らんかっ! 此処は人馬宮。お前が在るべきは獅子宮だろーがっ!!」
「兄さん、そんな大声で」
「アイオリア! お前も何とか言えっ。つーか、自分の聖衣だろうが! 勝手な真似をさせるな。帰らせろっ!!」
「──そんなに大騒ぎするほどのことでもないだろう。任務の時とか、獅子宮を離れることも多いんだから」
 生真面目で普段は規律正しいなくせに、妙に鷹揚なところも確かにある。アイオロスは全身の力が抜けるのを味わった。
 アイオリアの言うことにも一理ある。しかし、それは主が身に纏ってのことだ。そうではなく、非番時、獅子宮を離れたアイオリアを獅子座《レオ》の黄金聖衣が勝手に守護宮を出て、追っかけてくるなど、普通ではあり得ない。
 オマケに、大抵は人馬宮にやってくる時で、弟との語らいの時を邪魔するとは──最早、このアイオロスに対する挑戦だ! 正に言語道断の赦されざる行いっっ!!
 なのに、その主人たるアイオリアときたら……この兄と兄弟水入らずで、ゆっくり過ごしたいとは思わないのか? と、ちょっぴり悲しくも寂しくなったりして★
 ここは少しばかり、キツいお小言が必要だ。

「いいか、アイオリア! 聖衣が主の命もなく、守護宮を離れるなぞ、あってはならんことだぞ。他の聖衣がそんな真似をするか? 勝手を許しているのはお前くらいだぞ。つまり、お前は聖衣にナメられているということだ。黄金聖闘士ともあろう者が己が聖衣も御せないのかと、軽んじられることにもなりかねん」
「別に気にしないが」
 あっさりと答える弟に、さすがのアイオロスも詰まる。
 『逆賊の弟』時代がいい加減、長かったせいか、大抵のことは流してしまえるというのは良いのか、悪いのか;;; というより、人が何と言おうと、本当に信頼しているのだろう。
「大体、勝手に振る舞うというのなら、サジタリアスも相当じゃないか?」
「そっ、それは……」
 死んでた間のことまで、責任持てない──偽らざる思いを率直に口にするのも、黒歴史をつつくのはさすがに憚られる。咳払いで誤魔化す。
「とにかく! 人馬宮で過ごすのに、聖衣同伴は厳禁だ」
「……面倒な。だったら、獅子宮に帰ろうかな」
「〜〜〜〜!!?? その選択もなしっっ!! リアッ。何でだっ。兄さんと……、兄さんとはもう一緒にいたくないのかぁぁっっっ。嫌いになったのか? 実は…、実はメーワクなのかぁぁ〜〜〜TT」
 ガクガクと肩を揺さぶられる弟の顔は思いっきし、迷惑顔だ。いつもより深い皺が眉間によっているが、半分パニクッているアイオロスは全く気付いていなかった。
 キィンと澄んだ音を響かせる獅子座の黄金聖衣だが、アイオロスには高笑いか嘲笑いのように聞こえた。


☆        ★        ☆        ★        ☆


 翌朝、一応は人馬宮に泊まったアイオリアは早々に、獅子宮に戻った。兄は結局、レオがアイオリアべったりだったことにヘソを曲げ、不貞寝していた。つまり完敗だったというわけだ。
 あの辺が弟の目から見ても、子供っぽいと思うが、下手に突いても火に油なので、出てきてしまった。
 多分、今頃は「アイオリアの薄情者〜TT」とか嘆いているに違いない。
 レオはといえば、アイオリアが人馬宮を出るとなったら、即行で獅子宮に帰っていった。アイオリアですら、苦笑したくなるほどだったが……。
「聖衣に、ナメられている、か」
 そう言えなくもないことも解る。解りはするが、困ったことはない。レオが主たるアイオリアの命令すら聞かない場合など限られている。そう、兄アイオロスに関わる場合にのみの超限定★ もしかしたら、レオはアイオロスを嫌っているのだろうか? と疑いたくなる。
「──ま、あるかもな」
 天蠍宮のミロの率直な感想だった。アイオロス・アイオリアの兄弟に関しては色々と、とばっちりを食うことの多いミロだ。世話焼きの彼でなければ、疾うに十二宮から脱走^^;していたかもしれない。
 さておき、真実はともかくの『アイオロス叛逆事件』のせいで、アイオリアは獅子座の黄金聖闘士たる資格も剥奪され、十二宮からも追い出されたのだ。
 己が選んだ主と引き離されてしまった──アイオロスのせいで、と、レオが受け取っていたとしても不思議ではない。

 だが、それはアイオリアに言っても仕方のないことだ。歩み寄りが必要なのだとしたら、アイオロスの方だろう。
 尤も、自分の聖衣ではないのだから、歩み寄りようがあるのかないのか微妙なところだが……。何とか、進展してくれんことにはミロが受けるとばっちりも拡大する一方で、げんなりしている。
「ロス兄にも問題はあるかもしれんが……、アイオリア、実際、お前《あるじ》の命に反してまで、守護宮を離れるというのも大問題だぞ」
「命に反してなんて、大袈裟な」
「そうは思わん連中も多いってことだ。聖闘士《おれたち》は聖衣との絆の強さを知っているが、そうでない者に理解しろと言うのも案外、無理な話だ」
 何せ、総勢百名にも満たない聖闘士だ。大多数の普通の者には想像の範疇外だろう。
 先刻は大袈裟だと苦笑したが、ここまで言われれば、表情を改めるよりない。
「本当はレオだって、お前がきっちり命じれば、動くことはないんじゃないのか?」
「それは……」
 痛いところを衝かれたような気がする。そこん゛甘いと言われる所以か。
「レオじゃなくて、他の聖衣が……例えば、俺のスコーピオンがそういう真似をしたら、実のところ、どう思うよ」
「…………」
 ミロの指摘の正しさを、アイオリアも受け入れるよりなかった。

 つらつらと考え事をしながら、階段を下りていくと、あっという間に獅子宮に着いた。
 既に先んじていたレオは獅子宮の中央に鎮座し、アイオリアを迎えた。キィンと澄んだ音を響かせる。
「甘やかしているつもりは、ないんだがな」
 忘れようもない、あの十三年で、何よりも心の支えとなったのは間違いなく、この獅子座の黄金聖衣だったのだから……。



 黒歴史──もとい、彼の十三年の際、アイオリアによく与えられたのが魔獣討伐の任だった。その経緯はともかく、経験は貴重であり、有用だ。今でも、魔獣討伐にはアイオリアが出ることが多い。
 ただ、違いもある。昔とは違い、独りきりの孤独な戦いではなくなったということか。そう、今日も──同道したのは兄アイオロスだった。
 然程、強大な魔獣ではない魔物の類だが、その数が半端ではなかった。
 アイオリアは小宇宙を高めつつ、前に出る。その力の全てを右腕に集約させる。そして、その身の護りのことなど考えてはいなかった。
 魔物とはいうが、その多くは元は力ある精霊などだ。それが何らかの要因で、魔へと転じてしまうのだ。そうなると、最早、世界に害を為す存在でしかなくなる。救いの道は消滅させることで、世界に帰してやる──それだけだ。
 無論、大人しく消滅させられるわけもなく、魔物の攻撃が襲ってくるが、アイオリアは意に介さない。小宇宙は全て攻撃に傾ける。防御は身に纏う獅子座の黄金聖衣と、そして、兄に──射手座のアイオロスに委ねる。
 後方で、兄の小宇宙が燃え上がる!
「インフィニティ・ブレイクッッ!!」
 無数の矢の如き小宇宙が魔物の攻撃を叩き落とす!
 それでも、幾らかは撃ち洩らしが出る。だが、聖衣を貫くには至らない。見事なまでに、アイオリアの信頼に応えてくれる。だから、アイオリアもまた、応えるのだ。
「ライトニング・プラズマッ!」
 閃光が、世界を金色《こんじき》に染め上げた。


★        ☆        ★        ☆        ★


「……これで、浄化されたかな」
「消滅したモノたちは大いなる神の懐に還った。いつの日か、真なる姿で戻ってくる…、かもしれないさ」
 ボソリと呟くアイオリアに、アイオロスは殊更に明るい声で返す。
 討伐の任が多かったということは、いつも見送り続けたということでもある。アイオリアは、邪悪とされた存在も、神の御許で浄化されるようにと願い続けてきたのかもしれない。
 キィンと、獅子座の黄金聖衣が響いた。
「あぁ…、大丈夫だ。有難う、レオ。助かった」
 こんな風に聖衣に礼を言うのもアイオリアくらいなものかもしれない。あの十三年以来、支え合い続けた様が弥が上にも見える。
 自分の知らない弟の十三年……。筋違いなのは解っている。それでも、馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、弟を護る聖衣にすら、嫉妬を覚えずにはいられない。
 だが、弟は此方を振り向くと、任務中には珍しく微笑んだのだ。
「兄さんも有難う。きっちり防御してくれたな」
 率直な礼の言葉に、狼狽えてしまう。
「お…、あ、当たり前だっ。段取通りだろうが。お前、ひょっとして、兄さんのこと、信じてなかったのか」
「ん〜〜、微妙だったかな? 正直」
 日頃の行い故だということは明らかだった。といって、改めようというつもりもないのもまた、確かだったが。
「さぁ、帰ろうか。兄さん」
「あぁ」
 先に行く弟の、聖闘士たる姿をアイオロスは追う。煌く獅子座の黄金聖闘士を纏った、その姿を。
「……あぁ、レオ。お前は、ずっとリアを護ってきたんだな」
 認めないわけにはいかなかった。
 キィンと獅子座の黄金聖衣が響く。あちらも、アイオロスを認めた……ということらしい。 
 すると、射手座の黄金聖衣が共鳴する。どうやら、レオばかり気にかける主に、不満があるようだった。
「悪い悪い。お前はアテナだって、護ってきたんだ。信じていないわけがないだろう」
 苦笑し、アイオロスは聖衣に意を向ける。
 二人の黄金聖闘士の姿がその場から消えた。彼らとその黄金聖衣でなければ、為し得ない──光速での移動に入ったのだ。

☆        ★        ☆        ★        ☆

 停戦が結ばれ? 平穏を得たはずの十二宮……ところが、今日も誰かさんの怒声が響き渡る。
「くおらっ、てめェ! 何で、来るんだっ。こらっ、居座るなっ。此処はお前の守護宮じゃねぇぞ!!」
「兄さん……」
 アイオリアですらが呆れて、それ以上の言葉もない。
「……仕様がないな。お前の主も」
 ちょこんと傍らに座している(わりにはデカイが)射手座の黄金聖衣に呼びかけると、『お互い様』とでも言いたげに鳴った。

「帰れ〜〜〜〜ェェェェッッッッ!!!」

 認め合った──同伴厳禁解除と受け取ったらしい獅子座の黄金聖衣は今日も澄まし顔で、やってくる^^

前振り



 小宇宙部屋二周年記念作であります。一周年記念作の続き?みたいな感じで、兄ちゃん主体の馬鹿話だけど、ちょこっとシリアスも混じってますね。
 兄弟共闘シーンは一寸『聖闘士兄弟祭』参加作と似た状況だけど、内心が違う、という感じを狙ってみました。どちらが好みかな?
 体調崩して、目にもきて──リハビリがてらに別の意味で苦労したお話となりましたが、さて、笑って貰えるのかどうか。ちょっと心配な今日この頃★

2009.02.26.

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