星の影から


 その夢は最近、頻繁に見るようになった。
 少女が一人、長いストレート・ヘアを風に靡かせ、立っている。空を見上げ、海を見渡し、大地を愛おしげに眺め、次いで視線がこちらに振られる。
 澄んだ、美しい眼差しに息が詰まりそうになる。
 微かに眇められ、ぷっくりとした唇が何か言葉を紡ぎ出す──そう思えた。

『……、……』

 けれど、その言葉は俺には届かない。
「何だ。何を言っているんだ」
 俺の問いも或いは届いていないのかもしれない。
 少女は悲しげに顔を伏せ、そのまま背を向けてしまう。
 声をかけることも躊躇《ため》われる雰囲気に、夢の中の俺は立ち竦んだまま、見送るしかなかった。

 不思議な少女が手にしている、神話にでも出てきそうな大きな杖の先端に美しく細工された鳥にも見える意匠が光を弾いた。まるで、羽ばきのように……。



「……、う〜っ、またかよ」
 目が覚めれば、そこは美しい世界などではなく、独り住まいの俺の部屋だ。
 暫くベッドに転がったまま、ボケッとしながら、天井に広がるシミを眺めていた。また少し、広がった気がする。

 また…、あの少女の夢を見た。十代半ばくらいだろうか、中々の美少女だった。にしても、何故、俺の夢などにしょっちゅう出てくるのかが解らない。
 欲求不満にでもなっているのかとも思ったが、
「幾ら美少女っても、あんな子供じゃあな」
 俺の守備範囲外もいいところだ。
「まぁ、年の割には中々、イイカラダしてたけど」
 その辺は俺の好みが反映されているのかもしれない。
 何せ、前の彼女と別れてからはサッパリだし、仕事柄、街で女を買うわけにもいかない。かといって、粉をかけてくる女がいないわけでもないが、遊びだけでヤル気にはもっとなれない。
 要するに御無沙汰なのだが、といって、夢の少女には別に欲情したりもしないのだ。
「当たり前だ。俺は変態じゃないぞ」
 巡り巡って、結論は出ない。何故、彼女の夢を見るのか。彼女は何者なのかなどとは。

 不意に目覚ましが鳴り始め、俺はやっとベッドから降りた。
 シャワーを簡単に済ませ、ガシガシと髪を拭きながら、サンドウィッチを摘む。昨日のものでパサついていたが、コーヒーで無理矢理流し込む。
 独り住まいの侘しい朝飯を済ませ、とっとと着替えると、直ぐに部屋を出た。
 太陽は今日も何事もなく昇り始めている。半年ほど前の、あの『日蝕』は一体、何だったのか。
「やっぱ、集団幻覚かねぇ」
 しかし、昼半球の全ての人間が同じ幻覚に惑わされるとは信じ難い。
 とはいえ、現実の天文学上はあり得ないはずのない『日蝕』が起こり、人々はそれを見たのだから──そう納得するしかなかった。
「……そういや、あの夢を見出したのも、あの日蝕の後ぐらいからだったな」
 正確なところは覚えていないが、大体はそんなものだったろう。もしかしたら、幻覚を見たことと何か関係があるのだろうか。幻覚の影響で、俺の脳の中に、何かが起こっているとか……。
 尤も、同じ夢を見るといっても、特に悪夢でもなく、悩まされて不眠になっているわけでもない。勿論、あの少女のことは気になるが──こうも続けば、「またか」で済んでしまう。
 一時はカウンセラーに相談でもと考えたが、すると、暫くは出てこなくなるから不思議だ。夢で逢えなければ逢えないで、心配にもなってしまう。いや、夢は夢だ。その中の夢の存在を心配しても始まらないのだが……。

 俺は苦笑しながら、溜息をつき、職場へと急いだ。



 アメリカ『連邦捜査局』──通称FBI。俺はその捜査官、所謂俗にいう『Gメン』だった。勿論、下っ端もいいところだが。事件を割り振られれば、駆けずり回って、証拠固めをする。
「お早う、ロー捜査官」
「……お早う。何だよ、ジャック。改まった呼び方して、気持ち悪いな」
「気持ち悪いとは何だ。より良い関係は挨拶から始まるんだぞ」
「言ってることは御尤もだが、今更じゃないか。寧ろ、何か企んでいるようにしか思えんよ」
 突込みに破顔したのは相棒のジェイコブ・キャット捜査官。一応といわず、先輩なのだが、問題児もいいところで、無茶はやるし、突っ走りもするので、コロコロ相棒が変わるハメになった。俺で何人目……いや、十何人目だか、忘れたが。もう『問題児』なんて称されて笑っていられる年でもないだろうがっ。
 しかし、俺は結構、長続きしているらしい。同僚からは「頑張れ」と応援されるし、直属の上司ときたら、「この調子で手綱を締めてくれ」とか両肩をガシガシ叩かれた。
 要するに、「俺たちにお鉢が回らないようにしてくれ」と言いたいわけだ。それじゃ、この先もズ〜ッと面倒見なきゃならんのか。
 愛嬌もあるし、嫌な奴ではないが、振り回される身としては勘弁して欲しい。
 いきなり思いついたような突拍子もないことをしでかすので、俺は手綱を締めるどころか、振り落とされないようにするので手一杯だった。
 そして、今日も;;;

「グラード財団に乗り込む? 何をいきなり」
 グラード財団といえば、世界でも有数の財団だ。本拠地は日本……だったか、大財閥キド家が中枢となっている。
「いやぁ、俺の勘なんだが、どうも引っ掛かるんだなぁ。このところ、色々とあっただろう。例の日蝕は言うに及ばず、その前の異常気象とか」
「全世界で豪雨が振り続いたことか」
 確かに数日のことだが、世界中のありとあらゆる地域で雨が降り続いたことがあった。まるで旧約聖書の『ノアの方舟』の再現のように。
 雨といっても、地球上の水の総量には限りがあるのだから、全世界に降り注ぐなどということは理論的にはありえないはずだった。
「現に降ったわけだが、だから、数日で止んだんじゃないのか」
 多少は異常気象だったが、その意味では自然に違いないと思えた。
 大体、気象に人間が関われるわけもない。幾ら、大きな財力を持っていたとしても、人間は人間だ。為し得ることにも限度はある。世界中の人間の全てに幻覚を見せたり、雨をコントロールしたりなどはできるわけがない。

 可能だとすれば、それは大変なことだ。それこそ、全世界を、地球を支配することも簡単に違いない。
 雨をコントロールできれば、ある地域にだけ雨を降らせ続けることも、或いは逆に旱魃にすることもできるわけだ。そうなれば、農業を始めとした産業は大打撃を受けるし、そもそも、人間は水がなければ、生きていけない。
 旱魃の地域では水を巡っての争いにも発展する。あり過ぎれは、水害に悩まされるだろう。
 夢のような技術──だが、悪魔の技術にもなる。
 そして、これが肝心だが、現在の人類の科学力では逆立ちしたって、そんなことは不可能に決まっていた。
〈それこそ、神でもなければな……〉
 神が存在するならば──ノアの一家以外の人間を亡ぼしたように、今回もヒトを滅しようとしたのだろうか。
〈っても、キリスト教の神の話だけだけどな〉
 神と呼ぶなら、世界には数多の神がある。雨を司る神も人に信じられる数だけ、人の心にはあるのだろう。

「まぁ、そうなんだが、一寸気になるんだ。グラード財団の姫君があの大イベントをおっ始めた辺りから、妙な雲行きになったような気がしてな」
「大イベントって……、あぁ、銀河戦争《ギャラクシアン・ウォーズ》か。途中で終わっちまったがね」
 グラード財団の姫君──サオリ・キド総帥のことだろう。まだ、当時十三歳の少女が主催したセイントによるトーナメント戦だった。
 セイントとはクロスなるプロテクターを纏った超人的な力を有する少年戦士たちだった。
 その対決が全世界に放送され、かなり盛り上がったのだが、優勝戦に入る前に、勝者に与えられるはずだった黄金に輝くゴールドクロスが奪われ、しかも、会場のグラード・コロッセオが直後に廃墟同然になるまで破壊されたことで、立ち消えになってしまった。
「でも、あれはショーだろう? セイントとかクロスとか……夢物語だ。それこそ、グラード財団の持つ技術力を最大限に投入して、作ったに違いない」
「かもな。それは可能かもしれん。だが、何のために」
「え…?」
「何のために、あんなショーを仕掛けたんだ」
「そりゃ…、プロレスやボクシングなんかの興行と同じで……」
 思わぬ突込みに返してはみたが、自分でも説得力が弱いことは解っていた。
「あのグラード財団がか? その興行によって、何ら利益を得た様子もないのにか」
「それは──」
 推測が立てられなかった。グラード財団のやることに無駄があるとは考えにくい。だが、現に『銀河戦争』の中止で批難に曝され、大金を投じたコロッセオは破壊された。幾ら巨大な財団だからといって、無視できない損失となったはずだ。
 となれば、普通ならば、総帥は辞任を迫られるはずだが、それもなかった。

「もしかしたら、あれはグラード財団のやったことではなく、サオリ・キドのやったことなのかもしれんな」
 それが同じ意味ではないことは確かにあり得る。総帥であろうとも、その意思がグラード財団の総意とイコールであるわけでもない。
 グラード財団の名によった『銀河戦争』だったが、全てはサオリ・キド個人の力で行ったのかもしれない。
 ……だとしても、あんなコロッセオを造ったり、イベントを開催したり──とんでもない財力と実行力だ。勿論、それに伴う何らかの意志がなければ、不可能だったろうが。
 大体、あんな少女が総帥を務めていること自体が普通では考えられないことだが。
「でな、そのキド総帥が今、ニュー・ヨークに来ているんだ」
 ポンとデスクに放り出された新聞を取り上げると、一面にデカデカとその記事はあった。
 あの雨の被害を受けた国のために、ソロ家が私財を擲ち、復興を進めているのに、グラード財団も協力を申し出ており、それが正式に調ったと報じられている。
「大したもんだ。金があるってのは凄いな」
 だが、俺の思考はそこで吹っ飛んだ。一面を飾る写真で、キド総帥とソロ家の主であるジュリアン・ソロが握手を交している。ジュリアン・ソロと向き合い、横顔を見せるその少女は──!
「……嘘、だろう」
 いや、間違いない。それは、あの夢に出てくる少女とそっくりの面差しで……だが、何故だ? 何故、今まで碌に顔も知らなかったグラード財団の総帥を、夢に見たりするんだ。それも何度となく!

「おい、どうした」
「え…!? いや、何でも」
 俺は息をつき、混乱しかける思考を落ち着かせる。
「で、押しかけようと? 話は解ったが、アポイントすら取れないんじゃないか」
 言いつつも、俺の心も突撃する方に傾いていた。
「行くだけ行ってみても良いだろう。どうせ、今は抱えた案件もないんだからさ」
「そりゃまぁ」
 つい昨日、片付けた案件の報告書を提出するまでの合間に、突撃しようということらしい。
「フッフッフッフッ。いやぁ、こーゆー、ちょーっと謎めいた事件を捜るのが俺の夢だったんだよなぁ。『X−File』のモルダーみたいに」
「……それじゃ、俺はスカリー捜査官か」
 やめてくれよ;;; とはいえ、俺の気持ちも疾うに固まっていた。
 何より、あの夢の少女とサオリ・キド総帥がそっくりであることに、何らかの意味を持つものなのか。何も解らないかもしれないが、切っ掛けにはなるかもしれない。
 ならば、突撃するのも悪くはないだろう。



 つーわけで、六周年記念作はメデタクも『星矢』となりました☆ すっかり、その時のお気に作品に走る傾向が……。(そのくせ、五周年記念作は結局、まだ未完;;; 星矢は──そんなことないぞっ。多分^^;;; 五周年作も次に完結させようと頑張るぞっ)
 ところが、いきなり聖域メンバーが顔を見せず、オリ・キャラ君が登場しとります。何かもう、立ち位置がバレバレのような気もしますが、その辺は次章でハッキリします。『やっぱり』とか思っても、笑って済ませて下さいね^^;;;
 とりあえず、『X−File』風なトコが今回のミソ???

2007.09.30.

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