星の影から


 世界を叉にかけるグラード財団ともなれば、世界主要各国に拠点となるべき支局を持っている。支局とはいえ、大抵のことは独自の判断で進めることも認められているはずだ。
 N.Y.支局は中でもかなり大きい支局だそうだ。マンハッタンでも世界に通用する巨大企業が軒並み居を構える摩天楼群の中に、ドンと聳え立っている。
「ハァ…。でけぇビル」
 解ってはいたが、溜息も出ないとはこのことだ。出入する者たちもパリッとしたスーツ姿の男女ばかり。俺たちが浮いていることは間違いない。
 さすがに気後れするが、全くいつもと変わらず、飄々としている相棒には感心してしまう。たとえ、それが表面的に繕っているだけだとしても。
「さーて、行こっか」
 意気揚々と敵陣突破を計るようなジャックに付いていく。目指すはインフォメーションだ。

 しかし、結局、アポイントメントを取ることもせず──大体、ツテもないのでは取りようがないが、いきなり突撃では当然、会えないだろうと思っていたが、
「あのぉ、スミマセン」
「ようこそ、いらっしゃいませ──」
 応対しかけた受付嬢の二人が揃って、後ろにいる俺を見て、言葉を切り、交互に目をやった。そして、ニッコリと笑うと、
「お帰りなさいませ、アイオロス様。お連れ様でいらっしゃいますか」
「……え」
 俺は戸惑うしかなかった。反射的に振り向いたが、他にインフォメーションに近付く者はいない。彼女たちは間違いなく、俺に話しかけている。
「アイオロス様、どうかされましたか」
「いや、俺は……」
 アイオロス様なる人物はここのお偉いさんだろうか。どうやら、俺と似ているらしい。
「あの…、アイオロス様?」
 俺が黙っているのに、二人は不安を覚えたようで、窺ってくるのに、ジャックが身を乗り出し、とんでもないことを言い出した。
「総帥にお会いしたくてね。アイオロス様が取り次いで下さると言うから──」
「そうなのですか? でしたら」
「ちょっ…! 何、言ってんだ」
 慌てて、ジャックを引っ張り、インフォメーションから少し離れた所で耳打ちする。
「無茶なことするな。身分詐称になるだろうが」
「っても、あちらが勝手に間違えてんだし」
「解っててやったら、同じことだろう。その上、不法侵入扱いされるっての。FBIの我々がそんな問題をグラード財団で起こせば、上層部《うえ》の方まで責任波及しちまうぞ」
 何といっても、相手が悪すぎる。
「う〜ん。それは困るなぁ」
 永遠に困ってろ!! 腹の中で毒づき、俺は受付嬢に向き直る。
「いや、失礼をした。どうも、人違いをされているようだが」
「え…、人違い、ですか」
 目を丸くした二人に繁々と眺められ、居心地が……。受付嬢を務めるだけあって、美人さんなのだが、こういう場合は不審者かと品定めされているようなものだ。
「そういえば、一寸……」
「本当、よく似てるけど」
 二人は顔を見合わせ、次いで、頭を下げてきた。
「あ、あの。失礼を致しました」
「いや、別に構わないよ」
「申し訳ありません。それでは、御用向きは何でしょうか」
 さすがにプロ。きっちり切り替えて、見事な対応だった。

 カリカリ頭を掻きながら、ジャックが本題に入る。
「あ〜、我々はFBIの者で」
 ジャックと共に身分証を見せると、二人は視線を交わし合った。
「キド総帥とお話がしたいのだが」
「アポイントメントはお取りでしょうか」
「いや、それは──」
「アポイントのない方とは総帥はお会いになられません。御承知とは存じますが、大変に多忙でして、スケジュールが空いておりませんので」
「申し訳ありませんが、アポイントをお取りになられてから、お越し頂けませんか」
 全く正しい言い分だ。予想通りといった方が良いが。だが、ジャックは諦めない。
「そこを何とか! 十分。いや、五分でもいいんです」
「ジャック、無理は言わない約束だろう。駄目なら、すっぱり諦めると」
 その方がきっと面倒にならずに済む。物凄い予感があった。そして、その予感は多分に当たったのだ。

「どうした、揉め事か?」
「あ、ミロ様」
 背後からの声に、受付嬢が揃って、安堵したのが解った。
 当然、振り向いた俺たちを見て、いや、俺を見て、そのミロという名の青年が酷く驚いた。
「アイオ……」
 そんなに似ているのか? そのアイオロスという奴に。
「ミロ様。あのぉ、こちらはアイオロス様ではなくて」
「……あぁ、解っている。それにしても、よく似ているな」
「そ、そうですか」
 頬を引き攣らせながら答えると、もう一度彼は目を瞠ったが、それ以上は言わず、受付嬢たちを見返す。
「で、何事だ」
「それが、こちらはFBIの方々なのですが、総帥とお話がしたいと」
「だが、アポはないわけだな。FBIの方々が、どのようなお話で」
「それは、ここでは一寸」
 思わせ振りなジャックに、ミロという青年は少しだけ考え、
「身分証を拝見しても宜しいか」
「あぁ、どうぞどうぞ」
 何だか雲行きが怪しくなってきた。ジャックに促され、身分証を渡す。
「ジェイコブ・キャット捜査官と、……リアステッド・ロー捜査官?」
 視線が動き、凝と俺を見てくる。何だろう。怪しいところは何もないはずだが。
「一応、FBIのデータと照合させて頂くが、宜しいか」
「あぁ、構いませんよ。それでは」
「多少の時間を作って頂くように、私からお願いしてみます。といっても、大した時間は取れませんよ」
「解っています。何せ、御多忙なのでしょう?」
 ミロという青年は苦笑し、二枚の身分証を受付嬢に渡す。データだけを取得すると、直ぐに返してくれた。
「お二人に、最上階まで通過できるIDをお渡ししてくれ」
「本当に宜しいのですか」
「構わない。FBIに目をつけられるようなことはないんだ。スッパリハッキリさせないと、後々もウロウロされかねない」
 ハッキリ言う奴だなぁ。しかし、その見込みは正しい。『スッポンのジャック』とは誰が言った渾名だったか。つーか、聞く度に思うが、スッポンって何だ?

 どーでもいいようなことを考えながら、俺はジャックと共に、ミロという青年についていった。まさか、最上階まで上がれるとは……先刻、ビルの前で見上げた時には思いもしなかったが。



 素晴らしい速さで、最上階までの直通エレベータは俺たちを運ぶ。それも展望エレベターなので、マンハッタンだけでなく、N.Y.の眺めを一望できる。下にいれば、ゴミゴミとした街だが、上からの眺めは絶景だ。
 しかし、まず滅多に見られない絶景を堪能する気にもなれなかった。視線を感じる……。
 それこそ、こんな眺めなど見慣れているのか、ミロという青年は外になど見向きもせず、俺を見ていた。
「あ、あの…。何か」
「え? あぁ、いや」
 言い澱んだが、考えていることはバレバレだ。ジャックも苦笑しつつ、尋ねた。
「そんなに似ているんですか? その、アイオロス様と」
「あ、あぁ、確かに似ている。これから、彼にも会うことになるから……きっと驚くでしょうね」
 今気付いたが、少々癖のある英語だ。N.Y.支局の者ではないのかもしれない。
 改めて彼を見遣ると、豪奢ともいえる長い金髪を簡単に纏めているが、精悍な印象が強いので、鬱陶しさを感じない。
「でも、アイオロスというよりは──」
「え?」
 チン… 軽快な音に続き、エレベータは停止した。さすがは最上階直通だけあって、使用者もお偉いさんばかりなのだろう。反動も殆ど感じられないものだった。
 それにしても、ボディ・チェックすらしないとは余程、警備に自信があるのか。何があっても、対処できるという自信が。
「あのエレベータでチェックできるのかね」
 我が相棒も同じ疑問を持ったらしく、耳打ちしてきた。

「こちらで、お待ち下さい」
 俺たちを一室に通すと、ミロという青年は出ていった。最後にもう一度だけ、何かを確めるように俺を見て……。
「何だかなぁ」
「意外とすんなり、会えそうだな」
 ジャックは楽観的に構えているが、俺には寧ろ、引っかかる。どう考えてもあり得んだろう。アポもなく、勿論、何の令状もなしにいきなり押しかけたGメンを通すなど。
「お前がアイオロス様ってのに、似てるからかなぁ」
「馬鹿言ってないで、いざ面会叶って、何を質問するか、ちゃんと考えてあるんだろうな」
「…………」
 おい、何だ。その沈黙は。
「何も考えていない、とか」
「………………」
「ハァ。俺たち、このビルから生きて出られるのかなぁ」
「滅多なこと言うなよ。怖いじゃないか」
 考えなしに事を運んでおいて、よく言うよ。誰が言い出したことだ。
「俺に振らんでくれよ。あんたが言い出したことなんだからな」
「解ってるよ」
 一応は言っておくが、無駄だろう。大抵、これがいつもの流れだ。
 しかし、どうやら、ジャックも本心ではキド総帥に会えるとは考えていなかったのだろう。それが常識的だ。非常識なのは寧ろ、ここの連中かもしれない。
 あのミロという青年を思い出す。驚いて、そして、何か懐かしそうにも俺を見ていた。
 だが、懐かしい? 受付嬢に「お帰りなさい」と言われたからにはアイオロス様ってのは此処にいるはずだろう。なら、何故? 一寸した疑問が湧いた瞬間、ドアが開いた。
「お待たせしました。総帥がお会いになられます」
 戻ってきた青年の言葉に天を仰ぎたくなった。断ってくれ、という願いはどうやら、どこぞの神も聞き入れてはくれなかったようだ。
 俺たちは顔を見合わせ、夫々に微かに嘆息した。もう腹を括るしかないようだ。


☆        ★        ☆        ★        ☆


 既に最上階と思っていたが、実はそうではなかった。考えてみれば、当然だ。総帥の御座《おわ》す『御所』に一階から直通で達するはずがない。
 ここから更に別の、独立したエレベータに乗り、数階を上がった上、最後は何と階段を利用した。エレベータがないのだ。
 これはどんなVIPでも変わらないようだ。さすがは世界を叉にかけるグラード財団。国賓クラスのVIPも来るだろうに、『歩いてこい』と言えるのだから。

「FBIニューヨーク支局の、キャット捜査官とロー捜査官をお連れしました」
「御苦労さん」
 応えた声は予想した少女の声ではなかったが、そうして、総帥のための特別応接室に通される。後で聞いたが、何処の支局でも、この正真正銘の最上階フロアは丸ごと、いつ訪れるかもしれない総帥のためだけにあるそうだ。だから、支局長以下の執務室はこの階下に構えられているとも。
 N.Y.支局はまだ訪れる頻度が高い方だが、中には年に数回使うか使わないかというと支局もあるらしい。その日を待ち続け、日々の掃除だけは欠かさないとか。
 さておき、俺たちは覚悟を決め、特別応接室に足を踏み入れた。
「へぇ〜、なるほど。確かに似ているなぁ」
「えぇ。これなら、間違えられても仕方ありませんね」
 声に引かれ、視線を返す。二人の青年が感慨深そうに俺を見ていた。その一人は……。
「もしかしなくても、アイオロス様で?」
 尋ねたのはジャックだった。俺は言葉もなく、ただ茫然と相手を見詰めていた。
 鏡を見ているようだとはこのことだろうか。確かに姿形──髪や目の色までもがかなり似た感じの、俺にそっくりな男が今、目の前に立っていた。
「えぇ、私がアイオロスです。こちらはムウ。ようこそ、お二方。とりあえず、お寛ぎ下さい」
 背後であのミロが運ばれてきたコーヒーを受け取り、ドアを閉めた。その音に我に返る。
 とてもではないが、寛ぐ気になどなれないだろう。ジャックに横目を遣ると、俺とアイオロスとやらを何度も交互に見ている──んなことしにきたわけじゃないだろうがっ! んでもって、んなことやっとる場合かっっ!! オマケに、
「お前、実は生き別れの双子の兄弟がいたのか」
「……いるわけないだろうが」
 そんなあり得んことを尋ねてくる始末だったが、聞きとめたアイオロスが軽快に笑う。
「生年月日は全く違いますからね。その可能性はありませんよ」
「え…?」
 何故、誕生日など知っているのかと一瞬、疑ったが、先刻、身分証のデータ照合をされたのを思い出す。さすがに仕事が早いな。
「誕生日か。そういや、お前いつだっけ」
「八月だよ。今はどうでもいい話だろう」
 スッパリ話を断ち切る。大体、相棒が話を脱線させるのも、いつものことだと諦める。結局、相手と話すのは俺に回ってくるんだ。

「お忙しいところ、時間を割いて頂いて、申し訳ありません」
 もう一度、勧められ、応接セットに腰を落ち着ける。っても、余りに豪華なソファなので、逆に落ち着かないが。一生に一度味わえるかという座り心地だ。
 置かれたコーヒーも一口だけ、啜るが、緊張の余りに全く味が判らない。絶対に、高級品のはずなのに勿体ないことだ。
「総帥にお話があるとか。何かの事件の捜査でしょうか」
 何というか、俺と同じ顔に問われると尋問されているようで、心地悪いな。前にはアイオロスとムウが座り、ミロは入ってきたのとは別のドアの前に立って、こちらを窺っている。
 多分、入ってきたドアの向こうにも警護がいるのだろう。完全に退路を立たれた気分だ。
 応接室にいるのはこの三人だけ……やはり簡単には総帥には会えないな。いや、会えなくてもいい。というより、会わない方が良いような気がしてきた。ここは適当に煙に巻いて、とっとと退散しようか。
 口を開きかけたその瞬間──今回は相棒に先を越されたのだ。

 



 聖域メンバー三人が登場。アイオロス・ミロ・ムウの三人、という辺りが輝のシュミですね。
 そして、いきなり『アイオロスにそっくり』と判明したオリ・キャラ君の立ち位置も、かなり判っちゃったかな? と思います。ヒントというか、殆ど答になっとるのが『誕生月』だしね。

2007.10.10.

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