星の影から
13 「私には…、俺には本当に、アイオリアのようには戦えません。魂までが消えるほどの命を捧げる覚悟も作りようがない」 「解っています。それが寧ろ、必要なのです。己が身を大事にして貰いたいのです。聖闘士たちにも……でも、私が幾ら頼んだとしても、それでも、彼らは死地にも赴くでしょう。正義を為すために、そう信じて」 何しろ、神話の時代より連綿と続いてきた聖域の存在意義と、それを支えてきた人々の信念──そんな意識を変えるのは並大抵のことではない。 だからこそ、そこに囚われない聖闘士も必要だ。それも至高の黄金聖闘士の中にこそ……そういうことだろうか。
獅子座の黄金聖衣に手を伸ばし、触れる。ずっと呼びかけられていたのは解っていた。 ただ、認めるのが怖かった。恐ろしかったのだろう。自分が、普通ではないモノになるようで──だが、聖闘士が人であることも、やはり間違いがないのだ。 アテナが護ろうとする普通の人々と何ら変わりはない。アイオロスも、ミロやムウも別に異常な人間などではない。あのセイヤも、どこにでもいる普通の少年だ。ただ、少しばかり?他人にはない力を持っているだけのこと……。 「いきなり、全てを変えようなんて、思ってはいません。少しずつ少しずつ……どうか、力を貸して下さい。獅子座のリアステッド」 初めてのその呼びかけは、確かに俺の中に響くものだった。 目を閉じれば、アイオリアの姿が──魂までが消滅したのなら、あれはこの獅子座の黄金聖衣が記憶する嘗ての主の姿ということだろうか。黄金聖衣の中に残る、彼の想いそのもの。アテナと世界を案じ続ける獅子座のアイオリアの……。 「……アイオリアの後を継ぐのは大変なことだな。お前は本当に、俺で良いのか?」 キイィィンと、応えるような絶妙さで鳴る。 「レオは疾うに選んでいますわ。後は──」 俺次第、ということか。 三十年ほどを普通に生きてきた。しかし、普通とは何だろう? その度合いが少しばかり変わるだけ……なのかもしれない。 獅子座の黄金聖闘士とやらであろうと、俺が俺であることだけは変わりはしない。いや、変わらないようにしていけばいい。この聖域の雰囲気には染まりたくないものだ。 俺はキド総帥を見返し、軽く息をついた。 「仕方ありませんね。でもまぁ、私も暴走して死ぬのも、アイオロスに殺されるのも本当はゴメンですから……」 「リアステッド・ロー」 窺うようにしながらも、しかし、キド総帥は明かに緊張を緩め、表情を和らげる。 「──本当に、私でも良いのでしたら、拝命致しましょう。キド総帥。いや…、アテナ」 「無理にアテナと呼ばなくても結構ですよ」 「本当ですか? そりゃ、良かった。さっきから、どうも言いづらくて」 何度、言い直したことか。笑える話ではあるが、これが長い道程の始まりでもあった。 幾らか『普通』を外れた、俺の人生の……。 獅子座の黄金聖闘士。欠けていた黄道十二星座《ゾディアック》の空席を埋める黄金聖闘士としての──……。 「しかし、獅子座のリアステッドか。いつかは慣れるのかね、本当に」 慣れていく姿も、どうにも想像できない。 「リアステッド・ロー。早速、最初のお仕事をお願いしたいのですけど」 「仕事?」 「獅子宮の守護結界を、修復して頂けたいのです」 「修復? え―と、……どうやって、やるんですか???」 非常に間の抜けた質問に違いなかった。 「とりあえず、獅子座の黄金聖衣を着けて頂けません?」 「…………」 昨夜のことを思い出し、さすがに怯む。また、あんな熱さやら激痛に痛めつけられるのもゴメンだ。 すると、キド総帥がクスクスと笑った。 「大丈夫ですよ。あれは初めての聖衣装着だったからです。貴方の場合、小宇宙の目覚めも同時に起きましたから」 それでも、また聖衣を纏うのにはかなりの勇気が必要だった。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
アテナの導きを受けてか、獅子宮守護結界の修復は何とか成功した。力の加減やらが全く解らず、かなり疲れたが。というより、制御が本当に満足にできない有様だった。 教皇宮で、見守っていた連中の感想の声など、届くはずもなく……。 「凄いな。あんなに一気に小宇宙を使って、大丈夫なのか」 「アテナがついておられるのですから、心配はないでしょう」 「しかし、アイオリアもそうだったが、獅子座は地力が凄まじいのだな」 「全く訓練を受けていない状態で、あれだけの力を発揮するのだからな」 「何だか、昔を思い出すね。アイオリアが何年も放っておかれた獅子宮の結界修復をした時のことを」 「あったな。そんなことも……」 その時、黄金聖闘士たちは夫々に、俺との距離の取り方を決めたらしいが、勿論、それもこの時の俺が知る由もなかった。
教皇宮への道程は相当に遠かった。 「大丈夫ですか」 「ハ、ハイ。勿論……」 っても、空元気か。しかし、可憐な少女が平気な顔をしているのに、音をあげるわけにはいかない。それにしても、キツいな。いやいや、普段なら、多少は息が上がっても、どうということはなかっただろう。そのはずだ。 だが、今は──守護結界の修復とやらに力を使い過ぎたらしい。小宇宙が強かろうと、制御が鍵だと思い知った。 俺はフラフラだが、お陰で獅子宮の守護結界はアテナことキド総帥曰く、「半年は軽く保つでしょうね」だそうだ。それが長いのか短いのかは、よー判らんが;;; とにかく、ひたすら上へと登る。聖衣がなければ、疾うに伸びていたかもしれん。それでも、幾つかの宮を抜け──。
「リアステッドさん!」 「あー?」 顔を上げると、無人の宮が続いていたのに、次の宮の入口には三つの人影があった。やっとこ、教皇宮に到着かと安堵しかけ──それが誤りだと気付き、げんなりとなる。 「……チッ。まだ、人馬宮かよ」 「かよ、とは随分だな。しかも、舌打ちしたな」 一番大きな人影は荘厳なる翼持てし黄金聖衣を纏った、この宮の守護者だった。 「いやー、別に他意はないから、気にせんでくれ。ただ、さすがに一寸な」 「一寸? かなりヘロヘロだな。まぁ、あんなに一気に小宇宙を放出したのではな」 「……判ったのか」 「そりゃ、判る。聖域中の人間が度肝を抜かれただろうな」 自分ではよく判らないので、反応のしようもない。一応、褒められたんだろうか? 「しかし、一撃必殺だとしても、その様ではな」 「まだルーキーなんだよ。ド新人! 大目に見てくれっ。うわぁ☆」 叫んだはいいが、足下が覚束無い。倒れそうになるのを、小柄な人影が飛んできて、支えてくれた。 「しっかりしてよ、リアステッドさん」 「セイヤ? 済まないな」 「ううん。でも、良かった。帰ってきてくれて」 「あぁ……」 昨夜、泣きじゃくっていた少年が満面とはいわないまでも笑顔を見せてくれて、やはり嬉しい。アイオリアが何としても、彼を助けたかった気持ちが解る気がする。 それだけに、この少年が抱え込んだ運命も非常に過酷ではあろうが。 「結構、似合ってるよ。その黄金聖衣」 「そ、そっか?」 おやおや、気を遣ってくれているらしい。 「あー、セイヤ。アイオロスとはちゃんと仲直りしたからな」 「え?」 「だから、何も心配するなよ。なぁ、アイオロス」 「あ? あぁ、まぁ、……うん」 オイオイ、それじゃ、説得力に欠けるだろ―がっ。それとも、やっぱり俺にはまだ隔意とか含みがあるのか? これ以上、考えないようにしよう。 「あぁ、セイヤ。聖闘士としては先輩だな。宜しく頼むよ。小宇宙のコントロールとか、教えて貰おうかな」 「それは止めた方が断然、良いね。心から忠告しとくよ」 最後の人影──仮面の女性が口を開いた。弟子の付き添いだろうか。 「魔鈴さん。ひどぉーい」 その弟子が頬を膨らませる。この辺はやはり、まだまだ子供だな。 「えーっと、鷲座《イーグル》だっけ?」 「イーグルの魔鈴。以後、お見知りおきを。レオのリアステッド」 「…………」 どうにも慣れん。しかも、彼女の口調には何処となく刺を感じる。 アイオリアとセイヤの関係を思えば、その師匠とも親交があっても不思議ではない。あぁ、面倒なことにならなきゃいいが。 「ま、よろしく」 既に疲れを覚えてはいたが、俺としては笑って誤魔化すしかなかった。どうせ、聖域に長居することはない──はずなのだから! 「リア、肩を貸そうか」 「自分で歩けるよ」 「無理をするな。教皇宮までは後、三つの宮を抜けなきゃならんのだぞ」 「…………三つ……?」 マジに気が遠くなりそうだった。 アイオロスが意地悪げに──それが素か?──苦笑したので、一層、縋るわけにもいかなくなったが。
「よぉ、どうだった。ギリシャ旅行は」 「……まぁ、一生の忘れられん思い出になったよ」 全く……こんなこと、我が身に起こっていても尚、信じられん。未だに夢じゃないかと、思ったりもする。 「ホレ、土産」 「何じゃ、こりゃ」 「お守りだと。“何たらの目”とかいう」 「何たらって……、そんなんで、御利益があるのか」 「気の持ちようだろうさ」 アテナの街角で、普通に見かけた目玉模様の、ポピュラーな土産物だ。適当な数を買い込んで、皆に配る。職業柄もあってか、皆夫々、験担ぎをしたりもする。異国のお守りは案外に受けた。 ワイン好きの同僚には念願の『ネメア・リザーヴ』を──奉られそうになるほどに感謝された。アイオロスに改めて、礼を言っておかんとな。 馬鹿話に興じながら、過ごす職場の雰囲気が実に懐かしく感じられる。 古代の趣きを遺す聖域も今となれば、まぁ、悪くはないが、やはり俺には現代《こちら》の方がしっくりとくる。ゴミゴミとしていても、N.Y.の方が我が街と思える。
“何たらの目”を弄びながら、じーっと俺を見ていた相棒が小首を傾げながら、傍らの同僚に声をかけた。 「なぁ、リアの奴。何だか、雰囲気が変わったような気がしないか」 「そうか? 一週間、ギリシャでリフレッシュしてきたからじゃないのか」 「う〜〜ん。そういうのとは何か違うというか……。根本から??」 ブツクサと呟いていたのに、俺は気付かなかった。厄介なことに、この我が相棒は結構、勘が鋭かったりする。俺の『身の内の変化』とやらを直感的に捉えたらしい。 とはいえ、それがあの聖闘士と結び付くはずもなく──またしても、的外れどころか、的とは真逆の方向へと矢を射たのだ。明後日にも程がある。 「リア! お前まさかっ、本当に禁断の世界に踏み込んじまったんじゃないだろーなっ!?」 ガタガタガタ〜ッッ☆ その場の全員がズッコケたのはいうまでもない。俺は身を震わせ、拳を固めていた。 「……いい加減、そのネタはよせって、言ってんだろーがぁっ!!」 ダンッッ! 腹立ち紛れに本気で、ジャックのデスクに拳を叩きつけていた。その一瞬後、 バキィ★ 「──げっ!!」 「ん゜なっ!?」 デスクが分解…、つーか崩壊、瓦礫となった。しまった。つい、小宇宙を籠めてしまったらしい。……らしい、という辺り、我ながら情けない。どこが最高の聖闘士の一人なんだか;;; 取り巻く沈黙から一転、同僚たちは騒然となる。 「なっ、なななっっ、何だ、これ! どーなってんだ!?」 「おい、リアッ。お前、何やったんだ!?」 「さ、さぁなぁ。大分、ガタがきてたみたいだなぁ」 無理があるのは解っている。解ってはいるが、それで押し通すしかない。 「ガタがって……」 殴ったくらいで、こんなんなるか? と皆が皆、疑問に思ったものだが、職業柄の本能が妙な危険信号を発したのか、「それ以上、突っ込むな」と報せていたのかもしれない。 何人かが元デスクをサッサと片付けた。どうも、なかったことにしてしまおうとなったようだ。 以来、誰もあの馬鹿げたネタを持ち出すことはなかった。それどころか、俺を怒らすような真似を全くしなくなった。 不幸中の幸いだか、災いが転じて福となったのかは知らんが、少しばかり距離を置くようになった同僚たちの態度に、仕方がないとは思いつつも、寂しさを覚えなくもなかった。 やはり、俺は『普通』ではなくなっているのだと──否応なく、知ることとなった。 尤も、我が相棒だけは相変わらずだ。あのネタだけはさすがに口にしなくなったが、変わらない距離と態度は『普通』を外れた俺にとっては幾らか救いにもなっていた。 とりあえず、周囲に迷惑をかけない程度には小宇宙も扱えなくては──アイオロスが今度、N.Y.に来たら、訓練を始めて貰おうと決めた。。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
闇に包まれても、俺は以前のように動じなくなった。一切の闇なんて、あり得ない。闇には必ず、光が連れ添っているもの──だから、恐れる必要などないのだと……。 だから、待っていればいいのだ。ホラ、眩いばかりの光が、そこに生まれた。 「アイオリア…、久し振りだ」 その挨拶が妥当なのかどうかは、よく判らない。ともかく、俺にとっては先代に当たる──だが、俺よりは年下だった獅子座の黄金聖闘士たる青年が微かに笑ってくれた。
これは『夢』だ。既に亡き者である、魂の存在までが失せたはずの彼は時々、こうして現れる。それは何を示唆しているのだろう。 「まだ、心配事でもあるのか」 アテナや世界や、兄のことや星矢、仲間たち──思いを遺したものは沢山あるだろう。 「後のことは任せろ」と、大見得を切って、言えれば、どれほどに! 「でもな、もう否定はしないよ、アイオリア。俺自身のことも…。俺は獅子座の黄金聖闘士──そうだな」 少しだけ、先代がホッと顔を綻ばせた。 「こいつのことも、ちゃんと引き受けるよ。正直、鬱陶しいというか、煩いけどな」 途端に傍らから、ミィミイとしか表現のしようのない鳴声がした。前はキィン…、と澄んだ美しい音を奏でていたのに。何なんだ、こいつは。 すると、アイオリアは少しだけ切なげに苦笑し、深遠の奥へと遠ざかっていった。 ……魂までが消滅したのなら、あれはアイオリアの霊魂ではない。多分、こいつの…、獅子座の黄金聖衣が持つ記憶をなぞり、投影された姿。こいつが愛して止まなかった、護りたくて、護りきれなかった、優しくも毅き魂の在り様……。 そこで、俺は目覚めた。物憂げに体を起こし、傍らに目を遣り、嘆息する。 「お前、また来ていたのか。任務でもないってのに」 つーか、どこから入ったんだ? 聖衣も単体で、テレポーテーションでも出来るのか。 寝込みを聖衣に襲われるってのはどうよ? 他の聖衣も、こんな奇天烈な真似をするのかね。獅子座の黄金聖衣に添寝された俺は盛大に溜息をついた。 「早く帰れ。用もないのに、来るんじゃない」 途端に抗議の響きが。それも、どう聞いても、キャウゥン…;;; そーじゃなくて、キイィンだろうがっ! どこの仔犬だ、お前はっ!? 「至高の聖衣が聞いて呆れる」 しかし、夢で会ったアイオリア──唯一、この獅子座の黄金聖衣を介してのみ叶う出会いだ。 あれが聖衣の記憶から再構築された幻影だとしても、限りなく当人に近いはずだ。アテナやアイオロス、星矢にこそ、会わせてやりたいのに、獅子座でなければ、それも叶わないなんてな……。 だから、このことは誰にも言っていない。 「……お前も、切ないよな」 撫でてやると、また響いた。何と聞こえたかは敢えて、言うまい。 「解った解った。一緒に聖域に帰ってやるよ。……今回はな」 獅子だか仔犬だかは喜びに震えたようだが、甘い顔は、そうはしてやれないからな! とはいえ、こいつがこの先の長い人生に渡る生涯の相棒となることは間違いなかった。 後々、俺は『聖衣に最も愛された者』などという大層な二つ名を貰うことになる。 『星の運命』とやらに、人が振り回される必要はないと、彼の女神は言った。 それでも、今はその『運命』が人を縛る。神をも縛る。 けれど、いつか、その『運命』から人も神も解放される刻が訪れることを──遠い道程だとしても、少しずつ歩んでいくしかないだろう。
いつか、星の影から、その『運命』を救い上げる刻を信じ──…… 12
てなわけで、六周年記念作『星の影から』完結でございます☆ 総文字数約8万字。400字詰め原稿用紙200枚ほど──うわぁ、凄いかも^^ サイトでは最長物語。やればできるじゃん♪ それはともかく、よくぞ、ここまで、お付き合い下さいました。本当に有り難うございます。 オリ・キャラ獅子座の黄金聖闘士が主役、しかも、元祖のアイオリアは甦りさえしておらず云々だというのに、思いの他、続きを楽しみにして頂けて、物書冥利に尽きるというものです。 ひとまず、ローが獅子座の黄金聖闘士たる自身の『運命』を受け容れたラストを、彼の新たなスタートとして、物語は終わります。『星の影』の今一つの意味も書けたし。 彼や聖域のその後などを、グランド・フィナーレに持ってこようかとも考えたのですが、簡単に書ききれるものでもないので、止めました。その辺は需要と供給が一致したら、続編を書くかもしれません? それ以前に、完結によって、話の印象も変わるかもしれない。この結末に納得して頂けたら、幸いです。できましたら、チロッと感想をヨロシクどうぞ^^;
2008.01.31. |