百火繚乱

星影 with CRIMINAL MINDS


 コンコン…
 ノックと同時にドアを開く。忙しなく、荷物を片付けている連中の視線が俺に集中した。
「あ、ロー捜査官」
 記憶力の良いドクターが呼びかけてくるが、何となく嬉しそうだ。何故だ? とりあえず、厳しい表情のままの同期の元へ行く。
「よぉ、無事、解決だってな。さすがだな」
「いや。皆が良く動いてくれたからな」
 解決したんだから、もう少し表情を和らげてもいいと思うが──しかし、直属の部下だけでなく、支局の連中も労うのだから、良いリーダーだよな。
「で、もうクワンティコにお帰りか」
「あぁ。待機しつつ、報告書作りだ。尤も、もう次の任務が待っているかもしれんが」
「本当にハードだな」
「それだけに遣り甲斐がある」
 敏腕検事として、実績も挙げていたのに、FBIに転向したのはBAUに入るためだと聞いた。検事は事件が終わってから、犯人の罪を裁くために検挙することしかできない。止められるものなら、止めたい──その一心での選択だったと。

「あ、コレ、お土産ね。例の陣中見舞いが好評だったっていうからさ。機内で食ってくれ」
「済まないな」
「爆発物じゃないから、安心してくれ」
「洒落にも冗談にもなってないぞ」
 苦笑交じりでも、ホッチナーは差し入れの箱は受け取ってくれた。中味はやはり、和菓子だ。大福ばかりではないが。
 ホッチナーとの話が一段落ついたと見たか、お若いドクター君が寄ってきた。
「あのぉ、ロー捜査官」
「何だい」
「ペラム・ベイ・パークの事件の担当だったんですよね」
「い……あぁ、まぁ」
 誰だ。余計なことを言ったのはっ!
「それじゃ、一寸お尋きしたいんですけど、お時間、宜しいですか?」
 時間がないのはそっちの方だと思うが。ここで断るのも、変に怪しまれるか。
「まぁ、一寸なら」
「それじゃ、あの一件は集団幻覚と言われていますが、貴方もその場にいたのですか」
「あぁ、いたよ」
「じゃ、見たんですか? 例の化け物とやらを」
「化け物って……。あれ、カミサマの類らしかったけどな」
 元々、一部始終がTVに流れてしまったためもあり、その辺は後々も特別番組などが組まれて、色々と論じられている。
「じゃ、見たんですねっ。後で、精神鑑定なんかも受けたんですか」
「勿論、俺は異常ナシだったよ」
 捜査官としては仕方のないことだ。中には自分が見たものを信じられずに、半分、パニクッたり、ノイローゼ気味になっている者もいるのだ。
 俺は『この類《て》の異常事態』に耐性が随分と出来ていたお陰で、何の異常もなかったが。……ある意味ではそんな自分の図太さに笑いたくもなる。

 それはともかく、お若いドクターはブツブツと考えに耽っている。
「それでも、幻覚を見た、と。正常な、それも相当数な人間にまで、症状が伝播したということに……。やはり、興味深い。一体、どんな心理的要因から、そんなことが引き起こされたんでしょうか」
「さぁな。その辺のことは今もよく解かっていない。医者やら学者やらにも当たってみたが、決定的な説は出ていないな」
「つーかさ。本当にアレ、幻覚だったのか」
「何を言ってるのよ、モーガン。巨大な化け物が出現だなんて、センセーショナルな煽り方をしていたけど、それ以外の何があるって言うの?」
 プロファイラーにしては鍛えられた体に目が向き、その本質を見逃されがちだろうモーガン捜査官が口を挟むと、エキゾチック美女なプレンティス捜査官も加わってくる。オイオイ、本当に興味津々だな。プロフイラーってのは。勘弁してくれ。
「でもよ。ペラム・ベイ・パーク付近にだけ、局地的暴風も起きたんだろう」
「あら、気象データには残ってなかったんじゃなかった?」
「そうだが、現にパークは惨憺たる有様にされたんだぜ。嵐がなかったんなら、何の仕業なんだ」
「そうねぇ。でも、嵐があったとしても、それが化け物の仕業だなんて、考えられないわ」
 まぁ、そうだろうな。この目で見た俺だって、未だに信じたくない。つーか、アレを鎮めるのに俺も手を貸しただなんて──!?

 にしても、彼らの知的好奇心といったら! 次から次へと疑問が湧き出してきて、討論している。ダメだ。俺なんかじゃ、とても太刀打ちできない。いかん、ボロが出そうだ。
 と観念しかかった時だ。
「三人とも、それくらいにしておけ」
「ホッチ? 何だよ、いいトコなのに」
「余り、彼を困らせるな。言えないこともあるだろう。何しろ、『X−FILE』な事件なんだからな」
 珍しく、雑ぜ返すように言うリーダーに、三人が一様に目を丸くしている。更に、離れたところで片付けをしていた金髪美女が箱を抱えながら、通り過ぎ様に一言。
「討論も結構だけど、いい加減、片付けの手を動かしてくれないかしら」
「わ、解かったよ。JJ」
「ゴメンなさい」
 二人の捜査官はそそくさと作業に戻るが、残るドクターはまだ俺を見ている。マズいかも。ここは──逃げの一手!
「そ、それじゃ、皆さん。この度は御協力に感謝。じゃな、ホッチナー!」
「あぁ、また……」
 返事も聞かずに飛び出していく。
「ちょっ…! ロー捜査官!!」
 ドクターの声が追い縋ってきたが、勿論、止まらなかった。
「ハァ、ヤバヤバ」
 本トによくもまぁ、ああも次々、疑問が出るもんだ。冷や汗が吹き出してくる。
「さて、油売ってる場合じゃないな。こっちにも仕事が舞いこんできたばかりだしな」
 自分の仕事に戻ろうと、歩き出した。



 数日前に上司から宛がわれた新しい事件は連続放火事件と思しき代物ではあるが、またぞろ『X−FILE』めいた事件でもあった。近場の現場は見たところもあるが、各事件の情報を集めるだけでも数日を要した。
 そして、他にも類似事件がないかとデータ検索もしてみたのだ。データ室を出ると、オフィスに向かった。
「おい、ジャック。一寸、調べてみたんだが、どうも他にも二、三件、それらしい事件が──」
 待っているはずの相棒に早速、報告をと思ったのだが──他の捜査員たちも屯している大部屋オフィスには何故か、普段は見慣れない顔が幾つか……。先刻、別れたばかりのような気も?
「……って、何で、BAUがいるんだよっ」
 しかも、帰りの機内でと渡したはずの差し入れ、もう食ってるし!
「あ、一寸、傷付く言い方ですね」
「お邪魔でした?」
「一応、協力してくれないかって言われたんだけどな」
「…………」
 何だか、少しばかり気の毒そうな顔のリーダーは何も言わなかったが。焦って、手を振る。
「い、いや。全然、話聞いてなかったからさ。帰ったとばっかり──ホッチナー?」
「キャット捜査官が少しだけでも、時間をくれないかとね。まぁ、内々の要請かな。まだ、受けるかどうか、決めたわけじゃない」
「こんな事件に関わっている時間なんて、ないだろう」
「自分の担当を、こんな事件だなんて、言うなよ」
 五月蝿いわっ。好き勝手なことばかり、しやがって!
「見るだけならな。どうせ、ジェットが飛ぶ時間が決まっているわけでもないしな」
 あぁ、こいつら、移動には専用小型ジェットを持ってるんだったっけな。それこそ、文字通りにあちこち、飛び回って、それだけ、ハードな仕事だろうから、羨む気にもならんが。

「それより、ロー。類似事件が他にもあったって?」
 しっかり、BAUリーダーの顔になられると、こちらとしても、無視はできない。どうやら、既に事件の概要は把握しているらしい。
「ざっと調べただけだがな。東部一帯、複数の州に跨って、この一年ほどの間に急増している。もっと言えば、建国の東部十三州だ」
「それも意味があるのかね」
「かもしれんが、今は何とも」
 肩を竦めると、プレンティス捜査官が書類を示した。
「確かに同じような状況ね。何故、これらの事件も一緒にファイルされてないの?」
「どうってことのないボヤだと見過ごされていたんだろうな。然程の大火事にもならずに当然、犠牲者もいない。同時に目撃者もゼロなわけだが……」
 俺は既に作ってあった一連の火災事件の発生状況を記した地図に、新たな点を打ち込んでいく。そして、発生順に点を結ぶ。広範囲に渡って、複雑な図形に描き出される。
「随分と動き回ってるな。本トに同一犯か」
「一人とは限らないのかも」
「集団で、危ない火遊びか」
「それでも、目撃者が皆無ってのは変ですよ。独りなら、熟れた犯行の実行者ということもありますけど、人数が増えれば、ドジを踏んで、目撃される可能性も増えるはずです」
「ドジを踏むどころか、現場には碌な証拠も残っていないんだったな」
「それじゃ、やっぱり、単独犯?」
 全員の視線が改めて、地図に向けられりる。
「同一犯だとすると凄いスピードですね。火をつけるためだけに回っているにしても、信じ難い速さです」
「直線距離でもね。実際の移動となると、もっと距離は出るわよ。何を使っているんでしょう」
「車……。いや、小回りの利くバイク?」
「だとしたら、よっぽどタフな奴ですね」
「今まで、犠牲者が出なかったのが奇蹟だな。毎回、逃げおおせれば、気も大きくなっているだろうし、自信も付けているはずだ」
 うわ、論争が激しくなってきた。ホッチナーも加わる。

「碌な証拠は残っていない。だが、確かに似た現場……」
「火種がよく判っていないってところか?」
 それが正に今回の事件の『X−FILE』的な要素でもあった。放火であることは間違いない。だが、そう可燃物があるわけでもないのに、激しく燃えている場合が多い。ならば、ガソリンか灯油でも撒いたのかと考えられたが、調査の結果はシロだ。何も出ない。
「可燃性ガスやら何やら、あらゆる可能性を考えて、調べたが、やはり何の痕跡もない。それなのに、火の回りが異常に早い。何が起きたのかがサッパリだ」
「それで、『X−FILE』?」
「人的被害が出ないとなると、動きが鈍るのは常だよ。倉庫だけが燃えたって、持ち主は保険で損をすることもないしな。というか、他の支局もサジを投げて、結局うちに回ってきた。ニューヨークでも何件か起きているわけだしな」
 やたらと発生件数は多い割りには毎回、似たり寄ったり現場で、新たな証拠も出ないときている。
「しかし、人気のない所ばかりを選んで、放火ってのは何だ。単に炎に関心があるだけってことか」
「火をつけるのだけが目的? 前にもアリゾナで、ありましたよね」
「あぁ、強迫性障害《OCD》の女子学生な……」
 口が重くなったのは、あんまり思い出したくないような事件だったってことかな。

「それもこれも、人間が犯人なら、だけどな」
 それまで黙って、聞いていたジャックがポツリと思わせぶりに呟いた。当然、全員の視線が向く。ヤバ…。まさか、こいつ!!
「おい、ジャック……」
「どういうことです?」
「俺はウィル・オ・ザ・ウィスプの仕業じゃないかと踏んでるんだがね」
「ジャック!!」
 俺の声は殆ど、悲鳴に近い。BAUの連中を前に、何つーことを! ご、誤魔化せるかな?
「ウィル・オ・ザ・ウィスプ? 何かの団体ですか」
 プレンティス捜査官の表情からすると、良かった。解かってないみたいだ。と、ホッとしたのも束の間だった。
「ウィル・オ・ザ・ウィスプ。ヨーロッパの広い地域に於いて、幽霊の出現前に現れるという青白い火の玉。鍛冶屋のウィルという極悪人が他人に恨まれた挙句に殺されたが、『死者の門』で、聖ペテロを騙し、生まれ変わり、第二の人生を生きることとなったものの、やはり悪事を働き続けたので、天国へも地獄へも行けず、その魂は煉獄を永遠に彷徨うことになった。これに悪魔が同情し、地獄の業火から少し炎を分け与えた。この炎がウィル・オ・ザ・ウィスプだという。イグナス・ファチュアス、イグニス・ファティウスとも呼ばれる」
 ……スゴ。生きた百科事典って感じだ。一瞬、惚れ惚れとしてしまったが、
「おぉ、さすがドクター。良く御存知で」
「って、ジャック。いい加減にしろよ。内々でもと、BAUに協力要請した張本人が人間以外が犯人とか──言うか、普通」
 思わず、俺は相棒に詰め寄った。いや、こいつはこういう奴だったよ。あぁ、俺が甘かった。
「いや、リア。彼らの討論を聞いていると、益々、人間が犯人とは思えなくなってきたってことさ」
「あーのなぁ。つか、リアって呼ぶなっ」
 飽きていたはずだが、BAUのメンバーの前で呼ばれると反射的に出てしまった。キョトンと見ている者の方が多いが、事情を知っているホッチナーが苦笑する。
「どうしたんです、ホッチ?」
「いや、別に……」
 適当に誤魔化してくれたことには感謝するべきなのかもしれない。そして、多分、その知識量からも理由を察せられるだろう若いドクターは別のことに気を取られていたので、助かった。
「でも、考えられないことじゃありません。歴史上、謎の火の玉が火災を起こしたという事例は数多く、報告されていますから」
「でも、リード。それって、あくまでも独立した話でしょ。神話にしても、伝説にしても、現実にあるとしても……。今回の事件は間違いなく、連続放火事件だと思えるわ。偶発的な火の玉の仕業だなんて」
「ウィル・オ・ザ・ウィスプはタダの火の玉じゃないよ。何しろ、元人間だからね。自らの意志を宿しているとしても不思議じゃない」
「それはあくまで、伝説《いいつたえ》でしょう」
「神話も伝説も真実を映した鏡の一部だよ。何から何まで、創り話ってわけじゃない」
 意外だ。まさか、天才的頭脳を持ったドクターが、こんなに食いついてくるなんて……。

「現場を見てみたいな」
 ポツリとドクターが呟く。
「おい、リード。それはさすがに」
「いいですな。一緒に見に行きますか? 我々もまた、行くつもりですので」
「おいおいおいっ。正式に協力要請はしてないだろう」
「今から、してもいいだろう。どうです? ホッチナー捜査官」
「……余り、我々の力が必要だとは思えないが」
 相手が人外の存在(?)じゃ、プロファイリングのしようがないだろうに。つか、ホッチナーまでが疑ってないってのはどーよ。いや、案外にアリか?
「ドクター・リードの深い知識は参考になります。せめて、現場を回る間だけでも、御同道頂けませんか」
「リードは? どうしたい」
「行ってみたいです」
 即答かよ。天才の思考パターンてのは解らんな。あぁ、でも、何か、こういう相手が身近にいたような……そこにいる相棒か。知らんかった。ジャックも天才型だったんだなぁ。
「では、リード。彼らに同行し、現場をつぶさに観察すること。人間の意志が関わってるのか、いないのか……。そこから逆にプロファイリングできないこともない」
「ハイッ」
 マジに嬉しそうだな。やる気満々じゃないか。
「……本トにいいのか、ホッチナー」
「あぁ。だが、頼むぞ。私の大事な部下だからな」
「そうですよ。大事な仲間ですから」
 リーダーは俺の肩を叩き、余り発言しなかった、あの金髪美女までが重々しく付け加えた。
「〜〜〜〜〜」
 頭、痛いぜ。何で、こうなるんだ。



 ドクター・リード以外のBAUメンバーは機上の人となっていた。
「ね、モーガン。リードは大丈夫かしら。私が知る限り、BAUを離れて、独りで行動するのって、初めてじゃない? しかも、他の捜査員が一緒だし」
「そうだなぁ。そこは俺もちょい心配だけど……。けど、ま、子供じゃないんだから。なぁ、ホッチ」
「そうだな。リードも我々以外の人間と動くことも、時には必要だろう。何事も経験だ。それに──」
「それに?」
「ローがいるのだから、そう心配することもないさ」
 あっさりとした言葉に、二人の捜査官は顔を見合わせた。驚きを以って。
 渉外担当のJJもホッチナーを見つめている。
「彼は…、リードのようなタイプの扱いに慣れているようだからな」
「もしかして、キャット捜査官?」
 ホッチナーは頷くことで、返答する。
「へぇ…。そうすると、ロー捜査官はリードを二人、抱えて、任務に当たるってわけか」
「それは別の意味で、大変そうね」
 機内に軽く笑い声が上がったが、一人は唱和しなかった。JJだ。 自分に向けられた視線に、苦笑する。
「君もやはり、心配かい」
「それは……そうですね」
 彼女がリードには弟のように対しているのは誰もが知っている。尤も、リードの方はJJに、幾らかは思慕の念を抱いていたようなので、複雑なところだ。
「でも、ホッチが全然、心配していないので──」
 だから、信頼する。会ったばかりのニューヨーク支局の捜査官を。
「有難う」
 信頼し、信頼される。難しいことだが、彼らは任務を重ねることで、その絆を深めていた。

「ところで、ホッチ。ロー捜査官は何で、リアって呼ぶなって怒ってたんだ。彼、リアステッドだったよな」
「スペルを思い出してみろ」
「Leahst…、あぁ。頭がレアね。聖書にも出てくる歴とした女性名じゃない。ヤコブの妻で、イスラエル十二支族の母といってもいい女性」
「そら、怒るわ」
「面白がって、名前を略して、呼ぶ奴は昔からいた。ローは本気で嫌がって、時々、喧嘩沙汰にまでなっていたがな」
「聖書に登場といえば、ホッチの名前もそうじゃないですか?」
「まぁな……」
 Aaron──しかし、ローとは違って、姓の方を略して呼ばれることをホッチナー自身も好むので、家族以外では余り呼ばれない。
「モーセの兄で、その補佐役。イスラエル初の祭司長たるアロン」
「些か、立派過ぎる名前だよ」
「えー、そんな風に思ってたんだ? 一寸、意外だな」
「……さぁな」
 ホッチナーの表情に、微かに翳りが射したことには誰も気付かなかった。
「さて、スペンス坊やが大きくなって、帰ってくるといいな」
「そうね。ギデオンが驚くくらいにね」
 期待されている?天才ドクターは、その頃、N.Y.のとある火災現場を訪れていた。



「此処も同じだな」
「そうですね。火種云々もだが、火元がこうも判然としていないとは思いませんでした」
 つくづく不思議だというように、ドクター・リードが首を捻る。まぁ、それは俺たちも御同様だが。
 普通は火元が最も激しく燃えている。火元を中心に燃え広がっていくので、炭化にも程度の差が出るはずだ。ところが、
「じわじわと延焼していったというより、こう、一気に建物全体が火に包まれて、パッと燃え上がったという感じですね」
「そうだな。そう小さくもない建物を、どうしたら、一気に炎の海に沈めることができるのか? 中々、難問だな」
「人の仕業だとしたら、ですね」
 ドクターが悪戯っぽく言うと、我が相棒も偉そうに頷いた。
「そういうこと。俺も別に思いつきだけで、ウィル・オ・ザ・ウィスプの仕業だと言ってるわけじゃないんだよ」
「だからって、そんな報告書で、上が納得するかよ。人魂《ひとだま》が真犯人だという証拠があるってわけでもないんだぜ」
 大体、人魂に、家一軒丸々、燃やし尽くすだけのエネルギーがあるのかどうか。そこからして、俺には疑問なんだが。
「人間の意志の力を舐めちゃぁいかんよ。現にお前も──」
「!? くぉら、待てっ」
 慌てて、相棒の腕を掴み、ドクターの傍から引き離した。ドクターは火災現場を観察していて、幸い俺たちのやり取りには気付いていなかったが。
「馬鹿野郎ッ。ドクターの前で、何を言い出す気だ」
「いや、別に何も? お前さんには何か心当たりでもあるのか」
「フザケてろよっ」
「まぁまぁ、冗談はさておいて──」
 急に真面目な顔になるから、慣れてる俺でも時々、合わせるのに遅れる。
「此処はどうだ。何か、感じるものはあったか?」
 こいつは──! 俺の特殊能力?を知っていることを明かした途端、捜査に有効利用しよう♪ などと使うのを前提で動くようになった。
 俺も秘密を握られている身としては強く反撥もできない。まぁ、力のコントロールのための訓練と思えば、我慢もできる。実際、有用になることも多い。だが、今回は、
「いや、何の気配も感じないな。人魂の仕業だとしても、此処には何の痕跡もない」
「小宇宙が揺らいでいるようなことも?」
 人魂も人外の存在《もの》だ。そういったモノが動くと、場の調和されていた小宇宙が乱れた痕が残ることを、ペラム・ベイ・パークの事件以降、見極められるようになっていた。
 尤も、余程、大きな力が働いた後でないと、感知は難しいが。
「しっかし、ジャック。本気で、人魂の仕業だと思ってるのか? 確信があるのか。アイオロスも今回は別に何も言ってきてないし」
「人魂じゃなくて、ウィル・オ・ザ・ウィスプ。聖域だって、何もかもを把握しているわけじゃないだろう? この程度の被害じゃ、尚更だ」
「う〜〜ん」
 それこそ、アイオロスにでも『現場』を見て貰った方が話は早いのかもしれない。俺なんかより、遥かに『良い目』をしているからな。
 とはいえ、彼も忙しいからな。そうそう、呼ぶわけにもいかない。
 ジャックはともかく、俺としては確信を掴めない上に、次の『犯行』の予測も立てにくいときた。『犯人』とやらが人であろうと、なかろうと──その辺を探っているドクターはどう判断するだろう。まさか、BAUが『人ならざるモノ』が関わっているかもしれない事件に、一人とはいえ、メンバーを出すとは思いもしなかった。
 ホッチナーも検事を辞めたばかりの研修生時代は理路整然とし、幾らか杓子定規なところのある奴だったが……。色々、熟《こな》れたってことかな。

 さて、ドクターはといえば、地図と現場写真を車のボンネットに並べて、何やら考え込んでいる。
「どうするんだ。一応、協力要請した以上、いざという時、置き去りにもできないんだぞ」
 つーか、んなことしたのがバレたら、後でホッチナーに何されるか、分かったもんじゃないし;;;
 それはともかく、切っ掛けを作った我が相棒はノホホンと、とんでもないことを言った。「それはまぁ…、何とかなるだろ」
「あんた、その行き当たりばったりなところ、いい加減、何とかしろ。何かある度に、後始末に苦労するのはいつも俺なんだぞ──」
 頬を引きつらせ、詰め寄ろうとしたが、タイミングよく、天才君が声をかけてくる。
「キャット捜査官、ロー捜査官」
「おう、ドクター。何か判ったかい」
「くぉら」
 ったく、調子の良い! これ幸いと飛んでいきやがる。
 しかし、俺たちが気付かないようなことも、ドクターの頭脳ならば、発見できるかもしれない。俺もドクターの元に急ぐ。
「どうです? 犯人の目星はつきましたか。人か、それとも──」
「放火犯には幾つかタイプがあるんです。自己顕示欲の強い者、政治的思想を抱えた者。男女の別で言うなら、圧倒的に男が多いとか」
「じゃあ、女じゃない、と?」
「女の放火犯の場合、大抵は一つの分類で済んでしまいます。何らかの復讐のため」
 つまり、犠牲者も出ていない、今回の事件では女の犯人ではない、ということになるわけだな。
「では、犯人は男…、と」
「そうですね。一応、男……なんでしょうね」
「一応って?」
「ウィル・オ・ザ・ウィスプも、元は男ですよね。鍛冶屋のウィルという名の」
 俺と、そして、ジャックすらが数瞬、押し黙った。
「えーと、まさか、ドクター。本気で言ってるわけないよな? こいつの戯言に──」
「戯言とは何だ」
 ジャックに絡む俺に、ドクターは驚いたことにジャックへの援護射撃を行ったのだ。
「でも、ロー捜査官。確かに、この世には僕の知らないようなことも、まだまだ沢山あるんだと思います」
 それは前に、俺が彼に言ったことだ。揚げ足取り…、のつもりはないだろうが。
「無秩序に見えて、それなりの法則もあるようです。一度、網を張ってみませんか?」
「って、予測できるのか?」
 本当に人魂の仕業なら、どっかからフワフワ飛んでくるようなイメージなんだが。
「現場の共通点なんですけど、直ぐ近くに水場があるんですよ」
「水場…、気付かなかったな。しかし、関係あるのか」
「これは一説に過ぎないんですが、ウィル・オ・ザ・ウィスプは何故か、水上に現れるという説もあるんです」
「一寸、待て。人魂は墓場に出るもんだろう。土の上に」
 実際、土葬された人体が分解され、地上に噴出した燐などが自然発火した火の玉が、墓地という場所柄、埋葬された人の魂が現れたのだと考えられたのが所謂、人魂《ひとだま》だと。ウィル・オ・ザ・ウィスプにはウィルなる男の魂だという個性(?)があるが、全部が全部、元ウィルでもないだろうから、他の人魂と同じだ、と。
「えぇ。ただ、そういう説もあるってことです。僕も原典は知りませんから。前にネットで見ただけなので」
 一度、読んだだけで、全ての本からネットまで、何から何まで、丸暗記……。しかも、原典まで、きちんと把握しているとは大した能力だ。
 BAUの秘蔵っ子扱いされるのも解るな。
「ただ、今回の一連の火災事件に限って言えば、確かに水場近くで起こっている。それも池や沼、川などの、より自然な水場で」
「そうだとしても、次の候補になりそうな場所は相当、あるだろう」
「次の方向は大体、読めていますから」
 さすがに、この言葉には俺だけでなく、ジャックも呆気に取られた。サラッと結構、凄いこと言ったぞ。

☆         ★         ☆         ★         ☆

 ドクター・リードの選んだ次の犯行候補地は昼に回った現場とは雰囲気は似たり寄ったりの廃ビルだった。勿論、人気はない。そして、直ぐ近くには池があった。ただ…、
「池っても、あれ、古い貯水池じゃないか? 人工じゃ、駄目なんじゃないのか」
「元々は人工でも、歳月を越えたものはある程度、自然に同化しますから」
「ハァ…。そういうもんかね。しかし、俺たちが此処にいたら、出てこないんじゃないか? 目撃者ゼロも偶然じゃないだろう。そういう場所を選んでいるとしか思えんぞ」
 問い質す俺に、ドクターではなく、我が相棒の方が反応した。腕を取ると、軽くだが、小突かれた。
「ッテ、何する──」
「静かにしろ。ドクターの作戦に賭けてみるって、決めただろうが。四の五の言わずに、待ってろ」
 ったく! 大体、人魂が現れたとして、どうすりゃ良いんだ。普通の火の玉じゃないだろうに、水でも掛けりゃ良いのか? 網で捕まえられるもんでもなかろうし。
 その辺、この二人、ちゃんと考えているのか? 果てしなく、怪しい。つか、ジャックの方は、まさか俺を当てにしていないだろうな!? 冗談キツいぞ。幾ら小宇宙の扱いには慣れてきたといっても、人外の代物の扱いにまで、慣れたわけじゃない。
 況してや、ドクターがいるのでは下手な真似はできない。

「……ウィル・オ・ザ・ウィスプって、好物とか、あんのかなぁ」
「何?」
「いや、ただボケ〜ッと待つのも芸がないってゆーか」
「芸なんか、必要ないだろうが」
 時々、こいつの発想にはついていけなくなる。良く、長いこと、相棒やってられるよなぁ。もしかして、自分が実は聖闘士だということより、そっちの方が凄いかも、とか思ったりもする。
 ともかく、更に待つこと、十数時間、既に日も変わってしまっていた。一番、出火の多い時間帯に入り、ドクターなど、舟を漕いでいる。やっぱり、頭脳労働専門だろうから、狭い車内で、深夜にまで張り込みなんて、やったことないんだろうな。オフィスで徹夜はやってそうだが。
 利発を通り越した天才ドクター。しかし、眠りそうで、目を閉じていると、やはり年相応でしかない。まぁ、日本にいる青銅聖闘士連中なんかも同じだが、瞳に生気ってのは溢れるものなんだな。
 感慨に耽りかけた時だった。ザワッと辺りの空気が…、いや、小宇宙が揺れた。
「──ッ!?」
「リア?」
 呼びかけを気にはしていられない。それは……いる! いや、来たというべきか。
「ビンゴかもしれんぞ」
「来たかっ」
 ポゥ…、と闇の中に光が生まれる。それも立て続けにポツポツと幾つもの浮遊する輝きが……。
 俺とジャックは静かに車外に出て、様子を窺った。
「火の玉っていうより、光の玉だな」
「う〜〜ん…、何です?」
 眠そうなドクターの声が被るが、外の光景に気付き、眠気も吹っ飛んだだろう。
「あ…、あれ、あれがっ!?」
「あぁ、ドクター。さすがだ。見事に読みきったな」
 確かに。行動分析ってのは大したもんだ。まさか、人魂まで分析できるとは;;;
「それは良いが、この後どうする? 放っとくと、また火が出るかもしれんぞ」
 言ってる間にも火の玉はどんどん増えている。次第に明るさも増していく。
「こんなに明るくなるのに、誰にも気付かれなかったなんて……」
「いや、何だか、一寸違うぞ」
 気付かないはずがない。闇の中に、光が一つ動くだけでも、人の目を引くはずなのに、こんなにも光の玉が集まり、乱れ飛んでいて──幾ら、人気の少ない場所とはいっても、光は遠くまでチラチラと届くものだぞ。
 なのに、誰も見ていないなど、あり得ない。つまり、これは異常事態なんだ。いや、火の玉が飛ぶなんて、今までも十分、異常だったが、こいつは極め付きだ。
 そうしている内に、火の玉は一箇所に集まり、一つに……。
「おい…、あんなに大きなもんなのか、ウィル・オ・ザ・ウィスプってのは」
「イメージと、随分、違いますね」
 ドクターも興味ありありで、凝視している。つか、意外と肝が据わってるな。さすが、ホッチナーの部下だ。なんて、感心している場合じゃない!

 無数の火の玉が纏まり、光すらも凝縮されたように眩く輝く巨大人魂?は暫く、廃ビルの前でフワフワと漂っていたが、不意に動きを止めた。それも刹那、次には此方に向かってくる!?
「見付かった?」
「逃げ──」
 もう、ジャックはトンズラこいてる。この野郎! 俺も後を追いかけたが──嫌でも気付く。車内にはまだドクターがっ!
「ドクターッ、早く出て!!」
「えっ? ええっ!?」
 どれだけの人魂が建物を丸焼けにしているかは判らないが、あんな数の集合体に直撃されたら、こんな車、即オシャカだ。まーた、備品係から文句を言われるが、それより、ホッチナーが怖い。後、あの金髪美女もTT
「早く! そっち側からっ」
「ロー捜査官! 後ろっ、後ろっっ」
 悲鳴上げる前に、行動してくれっ。内心、焦りつつも、後ろを振り向く。かなり近くまで、迫ってきている。
「リアッ!」
 とっくに、安全地帯?まで避難している相棒の声には含みがある。
「チックショ」
 仕方がない。ドクターはまだ、車内でジタバタしている。今なら、多分、彼は見ていない。見られない。
 俺は両手を掲げ、タイミングを合わせるように一瞬だけ、小宇宙でシールドを張った。
 バチッと火花のようなものが散る。それは集団から離れた火の玉──ウィル・オ・ザ・ウィスプなんだろうか? 背後でドアの閉まる音がする。アタフタと逃れたドクターがジャックの方に走っていくのが見えた。
 火の玉はショックでか、廃ビルの方に引き下がっていった。俺もドクターを追って、ジャックの元に向かう。
 その辺の茂みに三人で潜みつつ、様子を窺う。巨大人魂は動揺を示すかのように、フラフラしている。そう見るのは人間的過ぎるだろうか。
 シミジミとドクターが呟く。
「驚きました。本当に出るなんて」
「実は疑っていたわけ?」
「いえ、連続放火とは思ってましたよ。犯人が現れるんじゃないかとは。まさか、それが本当にウィル・オ・ザ・ウィスプだなんて」
「つか、本当にアレがそうなのか。あんなに集まって、巨大な火の玉になるなんて、想像もしてなかったぞ」
「全くだな」
「感心している場合か。どうする?」
「どうするって??」
 そこで、?マークを幾つも付けるな。聞いてるのはこっちだぞ。
「……一応、聞いておくが、この後の対応策は?」
「…………」
「何故、黙る。策があるから、網を張ったんじゃないのか」
 やはり、それは希望的観測だろうか。どこかで解っていて、相棒に従った俺のミス……か。またしてもっ!

「静かに! こっちに来ますよ」
「気付かれた? 俺たちを狙ってるのか」
「さっき、襲われかかったじゃないか」
「そういえば、さっきは何故、引き下がったんでしょう。何か、光ったような感じでしたが……ロー捜査官、何かあったんですか?」
「さぁ、よく解らん。運が良かっただけだと思うな」
 良かった。とりあえず、ドクターは何も見ていない。しかし、このままだと、手詰まりだ。ドクターの目や耳を塞がない限り、小宇宙も使えない。当然、聖衣も喚べない。尤も、喚んだところで、どう対処したら良いのか、サッパリだが。
「おいっ、見ろ」
 ジャックの声に、視線を返すと、火の玉が分裂していく。元に戻っているのか?
「マズいぞ」
 パラパラと火の玉が周囲に散っていく。こっちにも幾つか、飛んでくる。本当に、意思があるかのように……。
「俺たちを探しているのか」
「目撃者は消せ、とか?」
「勘弁してくれ。マジ、どうすんだよっ。何か、打つ手は──」
 しかし、ジャックは言うに及ばず、ドクターの天才的頭脳も、さすがにこんな異常事態への対処までは導き出せないらしい。
「うわっ」
「声を出さないで──でっ!?」
 いつの間にやら、目と鼻の先に火の玉がフワフワ…;;; そいつがパッと後退したかと思うと、他の連中?も滝が流れ落ちるような勢いで、上空から降ってくる。
「わわわーっ」
「リアッ、何とかしろっっ」
「できるかっ!」
 だから、ドクターの目の前じゃ、何もできないっての! それでも、反射的に防衛本能が働いたらしい。咄嗟に小宇宙をぶつけていたのだ。……が、手を使わず、殆ど無意識だったので、狙いが全く正確ではなかった。
 先刻同様、バチッと火花が散り、まるで目を回したかのように、散り散りにフラフラと火の玉は離れていく。ところが、
「あうっ」
「ひっ…っ」
「しまっ──」
 呻き声に慌てて、振り向くと、二人が悶絶している。
「済まん。大丈夫か、ジャック」
「何とかな。俺はまぁ…。しかし、ドクターは」
 ……ドクターも火の玉同様、目を回していた;;;
 小宇宙の扱いに慣れてきたといっても、自由自在に使うには程遠い。だから、両手を掲げることで、集中し、制御を行うようにしている。いわば、そのモーションが小宇宙発動の鍵だ。
 ところが、今は手を使う余裕などなかった。無意識の意志の力のみで発したので、制御も完全ではなく、狙いどころを狂わせ、周囲に小宇宙が弾けてしまった。その余波を傍にいた二人も諸に食らったわけだ。
 ジャックはまだ耐えられたようだが──ドクターは完全にノビているらしい。だが、ジャックはこれを一転好機と見たようだ。
「リア。ドクターがノビてる今の内に、何とかケリをつけろ」
「ったく、結局、それかっ。あんたは、その場凌ぎが多すぎるんだよっ」
 叫びつつも、聖衣は喚ぶ。金色の獅子座の黄金聖衣がチラチラ、と火の玉を反射して、常とは異なる輝きを見せる。
 聖域との往復以外にアメリカ国内で、この聖衣を纏うのはペラム・ベイ・パークの事件以来だった。あの時のカミサマに比べれば、可愛いもの……と思いたい。
 いや、聖衣を付けたことで感覚も、より鋭くなった。
「──こいつら、気配が静かすぎるな」
 カミサマ──“ガ=オー”のような荒れ狂う怒りなどなければ、殺気も微塵に感じられない。
「襲ってくるつもりがあるのか、ないのか」
 火をつけて、回っていたのが、あの火の玉群だとしても、その真意は何だ? ……勿論、真意があれば、だが。
「おい、リア、どうした」
「どうもこうも、防ぐ以外に、俺に何ができる」
 とりあえず、小宇宙で接近を防ぐ以外の手立てを思いつかない。
「必殺技とかで消せないのか」
「無闇に消していいものか判らん。大体、あの数だぞ」
 ライトニング・ボルトを撃ち込んでも、多分、分散するだけ。未熟な俺のライトニング・プラズマでは全てを捉えられるか甚だ疑問だ。
「早くしないと、ドクターが目を覚ましちまうぞ」
「んなこと、言ったって!!」
 結局、手詰まりだ。
「くっそ! 大体、こういう人魂なんつー代物は、蟹座《キャンサー》の領分だろうに」
 やたらと悪ぶって見せる、隣宮の守護者を思い浮かべた時だった。

「泣き言ですかぁ。獅子座のリアステッドさん」
 軽い調子の声が上から降ってくる。聞き覚えのある声が。
「キャンサー……、デスマスク!」
 本気で歓声を上げたものだが、それだけでは終わらなかった。
「全く、その程度の鬼火に囲まれた程度で、弱音を吐くとは、情けない」
「……ゲッ、シャカ」
 もう片方の隣人までが御登場とは。
「相変わらず、失礼な物言いだな」
 二人並んではいるが、珍しいっつーか、チョイ想像できない凄い組み合わせだな。
「揃って、任務か?」
 当然の質問だと思うが、乙女座《バルゴ》のシャカは大分、気分を害したようだ。一方のデスマスクは飄々としているが。
「まさか、こんな蟹と」
「俺ァ、一人の任務しか受けねェよ」
 聞けば、シャカはアラスカに、デスマスクはメキシコにいたらしい。それがあっちゅー間にアメリカ東海岸まで飛んで、合流とは、ったく……。しかし、正直、助かった。
「とにかく、何とかしてくれ」
「フッ。跪いて、拝むなら、何とかしてやろう」
「〜〜〜〜;;; デスマスクは? 酒でも奢れば良いのか」
「そーだなぁ」
「待ちたまえ。何故、私ではなく、こんな蟹を頼る」
 お前さんより、余程、常識人寄りだから──とか言ったら、どう反応するかな。代わりに、デスマスクが鼻で笑う。
「ったりめェだろうが。これは俺の領分だ」
「つーか、頼られたら、お前さん、どうする気だ? 一気に消滅させる気だとか」
「勿論、天空覇邪魑魅魍魎で──」
「止めんかっ」
 これだけ大量の人魂が集まれば、当然、小宇宙も乱れる。俺にだって、判るほどだ。それを一気に消したりしたら、更にバランスが崩れ、嵐ぐらい起こるかもしれない。ペラム・ベイ・パークの時と同じように……。
 あれは“ガ=オー”が起こしたものだけじゃなかった。……ドクターには教えられないけどな。
「まぁ、任せろよ」
 有り難いことに、蟹座の黄金聖闘士の自信たっぷりな言葉に嘘はなかった。



「納得がいかぬ」
「しつこい奴だな。お前が納得しようと、関係ねぇって。こいつらはとりあえず、聖域に連れていって、巨蟹宮に置いとくわ」
「全く、余計な居候を増やしおって」
 ブツブツ言っているが、『触らぬ何とかに祟りなし』という気がする。俺は出来るだけ、シャカから離れて、デスマスクに向き合う。
「結局、そいつらは何で、集まってきていたんだ。火付けまでするなんて」
「人の気を引きたかったみたいだな。視える奴がやってくるのを待ってたんだろ」
 だったら、最初から人のいる場所に現れても良さそうなもんだが──デスマスクが言うには、魂にも一応は縛られる理《ことわり》というものがあるらしい。余程、力のある魂ではないと、人のいる場所にホイホイ現れるのは難しいそうだ。だから、逆に寄ってくるのを待っていた、と。
「しかし、何のために? 殺気は感じなかったから、危害を与えるつもりでもなかったようだし」
「まぁな。要するに、天国への道筋を願ったってことだな」
 ウィル・オ・ザ・ウィスプの究極の望みは唯一つ。この世の呪縛から、逃れること……らしい。理由は様々、中には自らの現世への未練が強すぎるが故に、留まらざるを得ない魂《もの》もいるが、案外、当の本人…、つーか魂は気付いていないのだと。

「しっかし、リアステッド。あんた、よく攻撃しなかったな。正解だぜ。さすがに、こいつらも牙を剥きかねないからな」
「数が多すぎたからな。どうこうできる自信なんか、あるもんか。ところで、デスマスク。活動していたのは本当に東部十三州だけだったのか?」
「あぁ。場所柄だな。こいつら、昔々のヨーロッパからの移民だから」
「……なるほど。そういう彼らにとっては、この大陸も十三州に限られているってことか」
「そゆこと」
 それなら、納得もいく。あのウィル・オ・ザ・ウィスプたちにとっては土地勘があるのも十三州だけだったんだろう。
「ま、聖域も一応、ヨーロッパだしな。連中の郷愁を慰められるってもんだ」
 懐かしの故郷──それも彼らの望みの一つだろうか。
「んじゃま、俺はこいつら連れて、帰るから」
「あぁ。サンキュ。礼は今度、聖域に行った時にでも」
「良い店、見つけとくよん♪」
 奢る以上、一緒に行く。獅子宮の一つ前で、よく顔を合わせるためか、意外と馬も合うようで、何だかんだで、割と親しくなっている。デスマスクの選ぶ店には当たり外れもないから、一緒に飯を食う機会も結構、増えた。
 一っ飛びで、聖域へと帰っていくデスマスクを見送る俺に忍び寄る黒い影……。いや、金の派手派手な影?か。
「全く、この私を無視するとは。無礼にも程があるとは思わんかね」
 別に無視してたわけじゃないっての! 正直、うんざりしながら、振り向くが、シャカは俺を見てはいなかった。
「あの二人は一般の人間ではないのか」
 シャカの声が低い。勿論、あの二人とはノビたドクターと、彼を抱えているジャックだ。ちょいヤバいかも。 察したジャックが慌てて、
「あ、俺は一応、協力者ですから。アテナにもお会いしていますしね」
「なるほど。噂の相棒とやらか」
「へぇ。俺が聖域で、噂になってるんですか? 光栄だなぁ」
「では、その膝枕されている者も協力者かね」
 膝枕って;;;
「いや。彼は…、そういうわけでは」
 答えつつも、嫌ぁな流れのような気がする。
「ならば、記憶を消すくらいはしておいた方が良いな」
 当然のように手を伸ばすのに、俺も慌てて、間に入る。
「ちょーっと、待ったぁ!!」
「何だね、リアステッド。一々、煩いぞ」
「ドクターに手を出すな。どうせ、ずっと気を失っていたんだ。何も見ちゃいないし、聞いてもいない」
 実を言えば、たとえ、眠っていても、人間は外界からの刺激を脳に蓄積しているという。眠っていれば、確かに見てはいない。それでも、耳は音に反応するのだ。
 ドクターほどの記憶力を誇る人間なら、尚のこと、蓄積される情報量も多いだろう。そこから、何に気付くかも計り知れない。しかし……、
「どんな後遺症が出るかも分からんだろうが。んなことになってみろ。俺がホッチナーに殺されるわっ」
「……誰のことだ」
「ドクターの上司だよ。……鬼軍曹」
 シャカは大仰に嘆息してみせた。呆れさせたらしい。
「捜査官だか、軍人だかは知らんが、獅子座の黄金聖闘士ともあろう者が只人を恐れるとは」
「そういう問題じゃないっ。俺はまだ、この仕事を辞める気はないんだからなっ」
 閉ざした目が俺を凝視してくるが、何を考えているかは想像できない。

「う…ん」
 ドクターの声…。マズいな。本当に目を覚ましそうだ。早いトコ、シャカを追っ払わないと。ここは下手に出て、お帰り願おう。
「……まぁ、悪く思うな。来てくれて、感謝はしてるって。これでもな」
「感謝というものは形で、表して貰いたいものだ」
 お供えでもすりゃ良いのか? 改めて見ると──もしかして、拗ねているのか? まぁ、こんな奴でも、随分と年下だしな。ドクターよりも更に若いってのは、何ともコメントの付けようもないが……。
「シャカ」
「何だね」
「真面目な話、助かったよ。有難うな」
「────」
 急に黙り込むなよ。怖いから。
「シャカ?」
「フ…ン。デスマスクだけでなく、私にも奢りたまえ」
 一言だけ人の顔も見ずに告げると、光の軌跡を残し、星々の瞬く夜空へと消えた。突然のことに、さすがに茫然とする。
「何だ? あいつ」
「照れていたようだな」
「え? マジか」
 あれがツンデレとかって奴か? まさか、懐かれたわけはないよな?? なっ!? そんな怖いことないぞ。
 まぁ良い。とりあえず、シャカのことは後回しにってことで──今は何よりもドクターだ。「レオ、聖域に戻ってくれ」
 キィンと少しだけ反抗。ったく……。
「ドクターに見られたら、マズいだろうが。帰れよ。また今度な」
 不承不承という感じで、聖衣は俺から離れると、黄金聖闘士たちを追うように空へと消えていった。

☆         ★         ☆         ★         ☆

「ドクター。ドクター、起きて下さい」
「しっかりしてくれ、ドクター」
「う〜〜ん。うわっ。あ…、あれ? お二人とも、どうし──あっ。ウィル・オ・ザ・ウィスプはっ!?」
 反応が何とも……色々と一気に思い出したらしい。
 ジャックが苦笑し、起こしてやりながら、告げる。途中経過は全て、すっ飛ばして。
「ウィル・オ・ザ・ウィスプなら、消えちまいましたよ」
「えっ、消えたっ!? あれ全部ですかっ。どんな風に消えたんですかっ」
「どんな風って……」
 本トに好奇心旺盛だな。しかし、事実を教えるわけにもいかない。
「それより、ドクター。体は大丈夫か? どこか痛いとか、おかしなところはないか」
 キョトンとしたドクターだが、両手で体のあちこちを確かめるように触っている。
「えーと、とりあえずは大丈夫そうです」
「そっか、良かった。君に何かあったら、ホッチナーに何されるか」
 本気で安堵した。すると、ドクターは目を瞬かせて、見返してきた。
「え、何でですか。まさか、ホッチが──」
「まさかなもんか。頼むって言われたし、あれは裏を返せば、何かあったら、タダじゃ済まさんぞ、という意味だぞ」
「そんなこと」
「いや! あいつはマジに怒らせると、そりゃ、怖いぞ。ドクター、虎の尾は踏むなよ」
「……ホッチは虎ですか」
 納得していないような顔だが、解らないでもない。沈着冷静を画に描いた見本のような奴。どんなことがあっても、精神的には常に安定しているのがホッチナーだ。声を荒げることがあれば、それだけでも大した事件だ。……でも、もしかしたら、今はそうでもないのかな?

「さて、そろそろ、引き上げるか」
「え…。あー、現場は」
「火は出なかったから、現場ってわけじゃない、俺たちにできることはないよ」
 車も何とか、無事だったのは何よりだ。こんなことを続けていたら、いつか自腹を切ることになりそうだ。
「でも、連続放火事件が終わったわけじゃないですよね」
 走り出した車の中で、落ち着いたか、ドクターが尋ねてくる。
「また、ウィル・オ・ザ・ウィスプが出るかも」
「いや、これでオミヤ入りかもな」
 つまり、迷宮入り事件扱いになる。大抵の『X−FILE』事件の結末だ。
「何でですか。また、ウィル・オ・ザ・ウィスプが出たら、火事にもなるかもしれませんよ」「ウィル・オ・ザ・ウィスプは消えたって、言ったろう」
「消えても、また現れるかもしれないじゃないですか」
 それは確かにそうだ。ウィル・オ・ザ・ウィスプは人魂なんだから、未練を残した人がいれば、どんどん増える。ただ、今回の放火事件に関して言えば、
「多分、今回、火をつけて回っていた連中は成仏したんじゃないかな」
「成仏? 神に召されたとか、天国に行ったってことですか」
「まぁ、そんなトコ」
「ウィル・オ・ザ・ウィスプは天国にも地獄にもいけない魂じゃ……」
 ジャックも俺も肩を竦める。
「名前の由来になった奴はそうでも、全てってわけじゃないだろう」
「まぁ、暫くは様子を見るしかないが、多分……な」
「随分と断定的なんですね。どうして、判るんですか」
 俺たちはまた、顔を見合わせた。
「そりゃ、経験による勘…、かな。ただ、この類の事件は忘れた頃に再発したりするからな。それも何十年も経ってから」
 これにはドクターも些か、呆けたようになった。
「それじゃ、もう僕の出番はないですね」
「ドクター。ホッチナー捜査官にはどう、報告するんです?」
 少しばかり、意地が悪そうに、しかし、興味深そうにジャックが尋ねる。そりゃ、そうだ。本当にウィル・オ・ザ・ウィスプが現れたなんて──俺たちはともかく、BAUの連中が信じるとも思えないだろうな。
「勿論、ありのままを」
「夢でも見たって、言われそうですがね」
「そうだな。だが、一人だけ…、ホッチナーは決め付けないんじゃないかな。ドクターが見たというのなら──」



「そうか。御苦労だったな、リード」
 ある意味では真っ当な反応ではなかったことに、リードは拍子抜けした。ロー捜査官の予想通りだ。
「それで、BAUの派遣はありか?」
「ロー捜査官とキャット捜査官は一先ず、事件は終息しただろうと」
「つまり、要請そのものはしない、ということか」
「はい。あの…、報告書は出さなきゃいけませんか」
 それもロー捜査官らに確認した方が良いと言われたことだ。報告書は正式なものだ。記録としてファイルされてしまうと、正規の要請とも見做されるし、それが『X−FILE』では正気を疑われかねない。
 トントンと指でデスクを叩き、思案顔のホッチナーに、リードも幾らか不安になる。だが、
「いや、報告書はいい。正式な要請でもなかったからな。ところで、どうだった。独りで、他の捜査官に協力するというのは」
「面白かったです。あ、でも、あのお二人だったから……かもしれませんが」
「なるほどな。機会があったら、これからも時には独りで、出るのもいいと思うぞ」
「はい。ところで、ホッチ」
「どうした」
「ロー捜査官ですが、何か隠しているみたいで……」
 古馴染みの秘密とやらに関心があるかと思ったが、デスクの向こうから、凝と此方を見つめてくる。
「…………リード」
「はい?」
「秘密なんてものは誰だって、持っているものだ。シカゴで、ギデオンが言っていたよ。そう…、一つや二つあっても、別に不思議ではない」
 シカゴには少し前に、チームで行っている。モーガンが事件に巻き込まれた時で、彼すらも正しく『秘密を抱え』ていた。自分自身を顧みても──確かに、何もかも全てを曝け出しているわけではない。
 ともかく、リードは頷くしかなかった。興味関心が全くなくなったわけではないが。
「あ、それと、これ。ロー捜査官からのお土産です。御家族と一緒に、どうぞって」
「有難う。マメな奴だな」
 苦笑しつつも、包みを受け取るのを見て、リードはホッチナーのオフィスを出た。
 その直後に、デスクの電話が鳴る。
「はい、ホッチナーです」

☆         ★         ☆         ★         ☆

 もう一つ別の包みを抱え、リードは階段を下り、仲間たちの許に直行した。BAUのホッチナーのチームは大部屋オフィスではあるが、纏まって、デスクを並べている。
「よぉ、お帰り、坊や」
 モーガンは時々、揶揄うように「小僧」呼ばわりするが、反応を楽しんでいるらしい。それはリードにも解っていたが、それでも、時々、腹が立つことはあった。だが、今日は全然、気にならない。
「はい、これ。ロー捜査官から」
「また、和菓子か?」
「さぁ、どうかな」
「ところで、俺たちに報告はなしか。ウィル・オ・ザ・ウィスプとやらは現れたのか」
 信じていないのが明らかな口調だが、プレンティスが釘を刺す。
「やめてよ、モーガン。そんなわけないでしょう」
「出たよ」
「そう。……え、嘘っ」
「マジかよ」
「うん。凄かったよ」
 それ以上の表現ができないことにリードは少しばかり、リードは自分の感性の鈍さを呪った。沢山の本を読み、一字一句覚えていても、自らの表現力には関係がない知識でしかないことを痛感する。

 リードはボンヤリとしていたが、仲間たちは色めき立っていた。
「火の玉を見たってこと?」
「そうだよ。それも沢山」
 ボーっと遠くを見るような眼差しで思い出していると、仲間たちは顔を見合わせ、ヒソヒソ★
「よぉ。大丈夫か。そりゃ、夢か幻じゃないのか」
「そうよ、リード。一寸、疲れてるんじゃない」
 やっぱり、こういう反応が普通だよなぁ、と漠然と思う。自分だって、他の誰かが「人魂を見た」とか言ったら、まず間違いなく、同じことを言う。
 とすると、大したもんだなぁ、と上のオフィスにいるホッチナーをガラス越しに見上げる。電話中のようだ。

「おい、リード? 寝てないのか」
「違うよ。ちゃんと起きてたって──ロー捜査官たちも一緒だったんだよ」
「あの二人は、まぁ……」
 言い澱んだのは反論に窮したためらしい。
「でも、事件そのものは、とりあえず終息だってさ」
「何で?」
「どうも、成仏したらしいから」
 騒《ざわめ》くオフィスの中で、その一角だけ沈黙が漂う。
「……つか、そんなことまで、判るのか。あの二人は」
「みたいだよ。ただ、いつかは類似事件が起きるかもってさ。何十年か後にとか」
「長いスパンだな。それじゅ、行動分析も当てにはならないな」
 言いつつも、バサバサと包みを広げ始めるのをリードは眺める。
 プレンティスが目を瞬かせた。
「リード。何だか、楽しそうね」
「え…、そう? う…ん、楽しかったよ。BAUの扱う事件は陰惨なものが多いじゃない。だから、余計にそう感じるのかもしれないけど」
 危うく、焼き殺されたかもしれないという辺りのことは忘れているのか、危機感が薄れたのか。
 しかし、常にない状況に、いつもとは違う捜査官たちとの捜査。確かに楽しかったのだ。
「そう。私も行ってみたかったな。ウィル・オ・ザ・ウィスプを見てみたかった」
 黙って聞いていたJJが言うと、リードも笑った。
「本トに凄かったよ。それに、綺麗だった」
「火の玉が?」
「それもだけど、他に…、金色のライオンが」
「へ? 何?? ライオンだって」
「うん」
 言葉少ななリードに、包みを開けながら、モーガンが突っ込む。
「お前、それこそ夢──」
「夢でもいいんだよ。僕がそう、信じているんだから。一々、茶々入れないでよ。モーガンにはお土産は上げないよ」
 包みを引ったくって、取り上げる。
「おい。リード! 悪かったよ。そんな意地悪すんなよ」
 ……それほど、土産が欲しいか;;;

「何だ、これ。缶詰?」
「あぁ。水羊羹だよ。こうやって、空けるんだよ」
 と、実践するリード。
「うわぁ。プルプルしてて、透き通ってて、綺麗」
 ワイワイやっていると、物珍しさに、他の捜査官たちも集まってきた。



『あぁ、特に異常はないようだが……。何だ? 実は危険な目にも遭っていたのか』
「ドクターは何も言わなかったのか? まぁ、実は少し」
『少し?』
「…………一寸、かな」
『曖昧だな。何、怯えてるんだ?』
 電話口の向こうの『鬼軍曹』の表情が想像できる。自覚のない奴って……。
『しかし、お前さんが心配だと言うのなら、暫く注意はしておくよ』
「そうしてくれ。何がどうのってわけじゃないんだがな。張り込み中に、気を失うようなことがあって」
『ちゃんと、医療部に診せたのか?』
「勿論。当然」
 だから、ドクターに何かあったら、困るし。

『解った。色々、済まなかったな、ロー』
「いや。実際、助かったよ。でもさ、大事にする気持ちは解るが、大事にしすぎるなよ」
『しすぎてるか?』
「そう見えたよ」
『なるほど。気をつけておくよ。ところで、ロー。リードがお前さんのことを気にしていたぞ』
 不穏な雰囲気。やっぱり、何か気付かれたのか。探る相手が悪すぎるが。
「え、何を?」
『お前さんが何か、秘密を抱えているらしい、とね』
「──……」
 さすがに冷や汗が出る思いだ。
『どうした。心当たりでも』
「いやぁ…、えーと。アレかな。それとも、コレかなぁ」
 適当に誤魔化すが、電話の向こうでは苦笑が漏れる。ホッチナーにしては珍しい。
「あんま、詮索しないでくれよ」
『しないしない。リードにも釘を刺しておいたよ。秘密のない人間なんて、いないってな』
 プロファイラーの彼らは、どれだけ、人の秘密を掘り当てたんだろうな。中には気付きたくもない人の心の暗部もあるだろうに。
 人の姿はしていても、精神的には異形の怪物《モンスター》染みた犯罪者《もの》は実在する。常に、そういった者たちと向き合わなければならないとは──過酷な部署だと心底、思う。精神的に自分を護るのは並大抵のことじゃないだろう。ホッチナーは勿論、ひ弱そうに見えるドクターも……。

「それはそうと、ドクターは報告書を出したのか」
『いや、口頭報告だけで済ませた。その方が良いだろう?』
「まぁね。んじゃ、こちらもドクターはいなかったってことで、纏めるよ」
『そうだな……』
 電話口の会話も、終わりが近付いているようだ。何年も会っていなかったのだから、今更、残念に思うことなどないはずなのだが。
 荷物を抱えた相棒が奥の入口から、入ってきた。
「あー。相棒が来たよ。また、新しい事件を持ってきたのかもな」
『多いのか。その類の事件は』
「意外とな。んじゃ、ホッチナー。また、機会があったら」
『そうだな。BAU《われわれ》の出番はない方がいいとも思うが。あぁ、土産は受け取ったよ。有難う。しかし、いつから、そんなに気を遣うようになったんだ』
「俺も一応、大人になってるってこと」
 年長の同期は然も可笑しそうに笑い、挨拶を残し、電話は切れた。

「どこと話してたんだ」
「クワンティコ」
「じゃあ、ホッチナー捜査官か。それとも、ドクター・リードとか?」
「鬼軍曹な上司の方」
 抱えていたダンボールの資料箱をデスクに置き、一息ついたジャックが意地悪そうな顔になる。
「色々、秘密を抱えたお前さんには一番の天敵じゃないのか。プロファラーってのは」
「さぁな。……大した秘密でもないさ」
「聖域の黄金聖闘士だってのがか?」
 ボソリとした呟きだが、こんなところで口にするなっての。だが、軽く睨んだだけで、口にしたのは別のことだった。
「ジャックには隠し事はないのか?」
「え? そりゃまぁ、人に言えないことくらい、幾らでも」
「それでも、ドクターとは馬が合ってたよな」
「あー、まぁな。……なるほど、プロファイラーってだけで、敬遠する理由にはならんな」
「そゆこと。でもまぁ、カードの勝負だけは絶対に止めた方が良いだろうがな」
「大負けしたことあんのか?」
 突っ込む相棒には答えず、デスクに向き直る。『ウィル・オ・ザ・ウィスプ連続放火事件?』の報告書をデッチ上げ……もとい、それなりに纏めなければならないのだから。

《了》

前振り拍手



 ちょい遅れましたが、小宇宙部屋開設三周年記念作品、とりあえず、前篇です。
 何だか、小宇宙部屋の話なの? とか言われそうですが^^;;; 拍手設定の『星影 with クリマイ』版ということで、←あっちのメンバーが何人もいるので、余計に……。でも、後篇では、ローたちメインになるので、お楽しみに?
 放火犯がどうの、とか書いてますが、プロファイリングというレベルじゃありません。問題はウィル・オ・ザ・ウィスプの方だし^^ 『ロードス島戦記』などの『フォーセリア』を御存知の方には『光の精霊』として、通ってます。大元は、そんな悪人だったなんてね★
 名前の夫々。オリ・キャラのリアステッドと、『クリマイ』主役のホッチ共に『旧約聖書』に登場する名前を持っているのも又、偶然の奇蹟^^
 ホッチことアーロン・ホッチナーについては『クリマイ』ファンの間でもよく「欧米でも姓を略して、愛称にすることがあるんだねー」と意外がられています。姓から愛称といえば、うちのGオリ・キャラのスノー☆ しかも、『独英翻訳(シュネーヴァイス→スノーホワイト)→略(スノー)』という変化球で。ドラマで、そういう設定が使われると、一寸嬉しい♪
 ……どんどん、『星矢』から遠くなってるなぁ;;;

2010.03.03.


 やっとこ仕上がりました。前後篇にしようかと思ってたんですが、書き上げてみたら、知らぬ間に前篇の倍の長さになってて、バランスも悪いので、また一本に纏めました。
 考えてみると、ローとジャックのコンビがまともに捜査?してるのは初めてですね。しかも、スペンス坊やも一緒ですし^^ 因みにドクター・リードはwowowのクリマイ人気投票では栄えある第一位獲得者です。輝一押しのホッチは続く第二位☆
 この話はシーズン2の14話前辺りの設定です。14-5話はリード・メインで、大変な目に遭うとゆー★
 一方では星矢キャラも頑張りました。意外なあの人たちも登場し、掛け合いを書くのが楽しくて楽しくて♪ 十二宮ではこの三人の守護宮が続いているのも何か、笑えます。
 小宇宙部屋開設三周年記念作品ですが、この度、『クリミナル・マインド』地上波放映決定☆記念作品にも相成りました^^ 関東ローカル(金・26:20〜27:15)ですが、視聴可能な方は是非、御覧下さい☆ →テレ朝・番組紹介『クリミナル・マインド』 『スパドラ』サイト

2010.03.31.

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