加護の下に


 この世に邪悪が蔓延る時、顕れる聖なる闘士──聖闘士。星座《ほし》の運命に従い、戦女神《アテナ》の御許に集いし少年たち……。
 宿星《ほし》に選ばれ、世の平和を乱す悪神や邪神の眷族と矛を交える。身の内に抱える小宇宙を武器に、アテナより授けられた聖衣を纏い、その身一つで戦う。──それこそが聖闘士。

 聖闘士は小宇宙の大きさにより、三つの階級に分かれる。
 只人を遙かに凌駕する力を持つが、聖闘士の中では最下級で、数も一番、多いのが青銅聖闘士。
 その上に位置し、聖闘士の纏め役や指導者的存在であるのが白銀聖闘士。
 そして、最上級にあり、黄道十二宮に連なる星座を宿星とする十二人の黄金聖闘士。その小宇宙は圧倒的であり、白銀聖闘士が束になって掛かっても、敵わないものだ。
 ただし、十二人が一堂に会することは少ないともいう。揃うことがあるとすれば、それは大きな『聖戦』が近づいている証ともなろうか。
 少しずつ、確実に聖闘士は揃いつつある。
 そして、今、任に就いている黄金聖闘士は二名──射手座のアイオロスと双子座のサガだった。



光が走り、闇を切り裂いた。
光は爆発的に広がり、闇の中に蠢く異形のモノどもは溶けるように消えていった……。

 異形のモノどもの直中に飛び込み、小宇宙を爆発させた射手座のアイオロスは全てが鎮まった荒野に一人、立っていた。
「──アイオロス! 大丈夫かっ」
 サガが血相を変えて、飛んできた。アイオロスが強引に、異形の群れに突っ込んでいったからだ。
 見れば、手足や頬に傷がある。黄金聖衣は数ある聖衣の中でも、露出が少なく、その強度も神がかった至高の聖衣とも称されるものなので、主の体をほぼ完璧に護るが、曝されている肌までは、その限りではないようだ。
 勿論、小宇宙を燃やすことで、ガードもできるが、相手も力を振るうのであれば、そのガードを突破することもある。
「……アイオロス、いい加減、無闇に突っ込むのは止めろ。何故、無駄に怪我をするような真似をするんだ」
 ヒーリングをかけながら、窘めるサガの声には半ば、諦めが漂っている。一緒《とも》に任に就くようになってからというもの、幾度となく忠告してきたサガだが、アイオロスが聞き入れた例《ためし》はない。相手の攻撃を見抜くだけの十分な目を持ち、躱せるだけの速さを有しながら、何故か、アイオロスは一直線に敵に真向かっていくのだ。
 黄金聖衣のお陰で、大した傷を負わないとはいえ──いや、そもそも、黄金聖闘士が掠り傷でも負うというのはサガには我慢がならないことでもあるようだ。殊に、取るに足らない大した敵でもない相手の場合ならば、尚のことだ。
 だが、アイオロスは全く頓着しない。
「大した怪我じゃない。それより、一気にケリをつけようとしただけだ」
「だから、今少し、慎重になれとと言っているんだ。ほんの半瞬でも、様子を見るだけで、無駄な怪我などすることはなくなるだろう」
「気にするほどの怪我じゃない。後の始末をして、早く帰ろう」
 話を終わらせ、行こうとしたが、さすがに一方的に過ぎたようだ。正面に回りこんだサガは話を終わらせてはくれなかった。

「待て、アイオロス。一体、何故なんだ。何故、そこまで……」
 真摯かつ心底より案じるような声音に、さすがにアイオロスも無視はできなくなった。何といっても、現在、任務を遂行できる黄金聖闘士は彼ら二人だけだ。彼ら自身も未だ、年端もいかぬ少年でしかないが、下の者たちは候補生に過ぎないのだから、話にもならない。
 そう…、例えば、アイオロスの弟も──……。
 弟たちが黄金聖衣を得るまでは彼ら二人が出るしかないのだ。
 なればこそと、サガが慎重になるのが解らないわけではない。ただ、アイオロスにしてみれば、全く無用の心配に過ぎない。
「気にする必要がないからだ。我らにはアテナの御加護がある。動けぬようになる大きなけがなど負うはずがない」
 言い切ると、サガが絶句した。アイオロスの無茶の理由が、アテナへの信心──とサガは受け取ったに違いない──だとは思わなかったのだろう。
「…………? いや、しかし、万が一ということも」
「あるかもしれないな。だが、それが今だとは考えられない。我ら黄金聖闘士は事有る時のために、選ばれたはずだ。このような小競り合いなどで命を散らせるためではないだろう」
「それは、そうかもしれんが、しかし……」
「無論、いつかはその時も訪れるだろう。だが、それは定められた瞬間であるはずだ。だから、その瞬間までは俺たちが死ぬこともない。俺はそう、信じている。それこそがアテナの御加護だと」
「アイオロス……」
 それでも、サガはまだ、何か言いたそうではあった。だが、躊躇ったものの、結局、何事かを口にすることはなかった。
 この時、サガが何を感じ、何を考えたかなど──アイオロスは気にも留めなかった。
 サガを無視しているわけではない。むしろ、その逆だ。サガには自分が聖域から消えた後、死んだ後のことを全て任せなければならないのだから……。

 アテナの御加護を信じる──それは純粋なる信心とは異なる。
 その源は──ただの、契約だからだ。

 誰も知らぬことではあるが、アイオロスは小宇宙に覚醒《めざ》めた正にその瞬間、アテナと契約した。
 生まれたばかりで、死の淵に追いやられてしまった弟を救うために、自らの命を捧げることを──誓ったのだ。
 その期限は決して、長いものではない。アイオロスがアテナから赦された猶予はたったの七年だ。
 七年の間に、弟を誰にも引けを取らぬ黄金聖闘士に育て上げ、自分の得たものの全てを伝えなくてはならないのだから!
 既に数年を経て、期限は半分を切っている。弟は黄金聖闘士候補生としての訓練を始めてはいるが、まだまだ幼い。
 ……本当に全てを伝えきれるのか、時に不安にもなるものだ。

 いや、それもまた、アテナよりの試練にして、御加護なのかもしれない。
 疑念を抱き、揺れている暇などない。ただただ、アテナを信じ、弟を鍛えるだけた。
 『その後』のことは、それこそ、アテナの思し召しのままに──そういうことだ。

「もういいだろう、サガ。まぁ、俺もできる限りは様子を見ることもしてみよう」
 口先ばかりとは、正に、このことだろうか。正直、アイオロスには改めるつもりは殆どないのだ。
 なるようにしかならない。ロスの内に根ざす考え方の根本は全て、そんなものだ。
「さぁ、後始末をして、戻ろう」
「解った…」
 諦めにも似た吐息を漏らし、サガも歩きだした。
 アイオロスに残されている時間は短い。故に、一つのことに拘ってはいられない。ただ、ひたすらに前へ前へと突き進むのみだ。
 ある意味ではアイオロスは焦っていたのかもしれない。周囲に無頓着になるほどに……。
 当然、他の者の心の内になぞ、気を回してはいられない。
 黄金聖闘士として、任に就くほどではあっても、アイオロスとて、それこそ、年端もいかぬ少年なのだ。
 己が姿勢が、信頼する仲間にして、友人でもあり、後事の全てを託そうと決めている相手の内心《うち》に僅かな揺らぎと変化をもたらしたことになど、気づくはずもなかった。



 後始末をつけ、聖域に戻ったが、何日、留守にしていたのは正直、よく判らなくなっていた。
 小宇宙を燃やし、敵と渡り合う時、その周辺はある種の『別次元』とも『異空間』にも等しい、切り離された時空間になるようだった。無論、だからといって、数年も経っているということはさすがにないが、数日単位で感覚が狂うのは頻繁なことだった。
「兄ちゃん! お帰りなさいっっ」
 任務完了の報告のために、教皇宮へと登っていた途中、自宮で待っていたのは弟・アイオリアだった。
 因みにサガには聖域に入る前に別の任務が舞い込み、別行動になっていた。

 アテナによって、獅子座の黄金聖闘士たることを既に宿命づけられているアイオリアだが、未だ幼き候補生なので、兄の宮で一緒に過ごしている。その一日の大半は候補生としての修行と勉強に時を費やしている。
「兄ちゃん、ケガしてるの?」
 腕の傷を見て、不安そうな顔になる。サガがヒーリングをしてくれたが、傷跡までは消しきる前に、止めさせてしまったのだ。
「大したことはない。もう塞がっている。それより、教皇様にお会いしにいかなければならないんだ。待っていられるな」
「う、うん……。大丈夫だよ。でも、兄ちゃん」
「何だ。急ぐ用か」
「ってゆーか、すぐに戻ってこられる?」
「それは教皇様次第だろうな。どうした」
 重ねて問うと、弟はモジモジし始めた。
「できれば、早く帰ってきてほしいな。ちゃんと、お祝いしたいから」
「お祝い? 何のことだ」
 まさか、任務成功の祝い……とも思えないが──すると、弟は幼いながらに顔を顰《しか》めてみせた。
「やだな、兄ちゃん。今日は兄ちゃんの誕生日じゃないの」
「…………え」
 絶句するよりない。何しろ、日にちの感覚までがズレているので、思い出そうとする行為すらが無駄だった。
「そうか、今日は三十日なのか」
「やだな、忘れないでよ」
「ハハ、すまん」
 こればかりは任務に就かなければ、理解できない。説明しようともせず、アイオロスは苦笑するに留めた。
「それじゃ、できるだけ、早く戻ってくるようにしよう」
「うん。待ってる」
 輝くような笑顔で、送り出してくれた弟の未来を思いながら、ふと、どんなお祝いをしてくれるのかなどと考えた。

 幸せな想像も一瞬だ。果たして、自分にとって、誕生日というものはメデタい日なのだろうかと、思考は捻れる。
 期限を切るように生きているアイオロスには誕生日とは正に、迫りくる死へのカウントダウンではないか。
 無論、人間という存在は生きながら、死に向かっているものだ。ましてや、戦う運命を負った聖闘士ならば、尚のこと……。
 それでも、確実に命尽きる時を知っているというだけで、更なる焦慮感に苛まれているのも間違いない。
 アイオロスは己が最期というものを極力、想像しないように努めていた。その己の死を弟や仲間たちが、どのように受け止めるのかを。

 ……アイオリアは独りで立ち続けることができるだろうか。
 いや、心配しても始まるまい。幼馴染みたちもいることだし、弟の心の強さを信じるよりないのだ。
 そして、残る数年で、そのように強く強く育て上げる。それだけのことだ。

 一方で、悲しみや辛きことを慰める楽しく良き思い出も沢山あるといい。
 だから、誕生日だという今日のこの日も、今はただ、楽しむだけ……。

 アイオリアが待っている。早く帰ろう。
 そのためにも──アイオロスは教皇宮に向かって、延びる十二宮階段の残りを一気に駆け上がった。

前振り拍手連載



 超ギリッギリな『ロス誕2012』さま参加作品、何とか仕上がりました。本当に投稿最終日ですよ;;;(ちょっと、色々あって、あんまり書けないのじゃ)
 それでも、ロス誕だけは☆ と予定を立てて、それでもそれでも、辛うじて、ギリギリ・セーフというのが何ともです。
 肝心のお話ですが、これまでのロス誕話は放っておいても明るい話、バカ話が湧き上がってきたものですが、さすがにネタが尽きてきたのか──今回は難しいかな、と思っていたところ、ふと思い出したのが何年か前に拍手で連載展開した別設定もの。この続きなら…、と捻ったら、「こんなん出ました〜♪」という感じに仕上がりました^^ 基本のお話として、そちらも覗いてみて下さい☆

2012.12.17.

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