FALLING STAR 遁走曲

 その日は出撃の予定も、前回の戦闘報告書作りなどの事務もなく、戦場の一角に湧いた僅かな休息の泉に皆が浸っていた。
 『ホワイト・ディンゴ』隊のレイヤー隊長は食堂で、カップ片手に所在無さげに座っている部下を見つけた。
「どうした、レオン」
「隊長」
「珍しいな、君がポケッと座り込んでいるなんて。パソコンはどうしたんだ。充電中かい」
 まさか、壊れたわけではあるまい。とにかく、普段からパソコンを手放さない彼は時間があくと、電子書籍を読んでいるのだ。作戦による移動で立ち寄る、あちこちの基地で本のデータを纏めて、入手しているので、暇潰しに困ることはないそうだ。
 なのに、今日は彼の手元にはパソコンがない。
「それが取られてしまって」
「取られた? 誰に」
「あの二人に、ですよ」
 肩を竦め、諦め口調で指差した先には何やら、盛り上がっている『ホワイト・ディンゴ』の夫婦漫才コンビ──もとい、前衛コンビのマイクとアニタの姿がある。
 なるほど、レオンのパソコンに向かい、騒いでいるようだが、漏れ聞こえる言葉(はっきりいって、会話になぞ、なっていない)からでは、まるで要領を得ない。
 一部抜粋してみれば、「ダメ」「イヤ」「あぁ、もう!」「悔しい」等々、何が何だか、さっぱりだ。
「何やってるんだ。あの二人」
「いわゆる、落ちモノパズルをね」
「……落ち???」
「知りませんか? 何色かのブロックやらボールやら、輪っかとか星とかが落ちてくるのを何個か揃えて、消していくゲームですよ」
「いや、それくらいは知っているが」
 何だって、いきなりハマっているのか? それも二人して!?
「どこかでアニタが可愛いゲームがあるとか聞きつけてきたみたいで、さっき探させられて、落としたんです」
 あんぐりと口をあけたレイヤーは信じられないといった顔で声を潜めた。
「オイオイ、レオン。まさか軍用回線を使ったんじゃ──」
「民間《そと》に繋げるわけにはいかないでしょう。というか、本当にまさかなんですけど、軍内部のどこぞのコンピュータにデータがあったんですよ」
 どうやら、お茶目なくせに度胸満点というか怖いもの知らずな奴がいるらしい。
 しかも、アニタが聞きつけて、探すくらいだから、他にも同じことをやっている者は少なくないのだろう。露見したら、マズイのではないだろうか。
「でも、こういうことって、案外、なくならないもんなんですよねぇ」
 やけにシミジミとレオンが呟いたものだ。
 一方で、即席ゲーマーたちの雰囲気が険悪になっていた。
「全く、アニタちゃんてば、意外と不器用だなぁ」
「うっさいわね、マイク! 大体、傍であんたがギャアギャア騒ぐから、気が散るのよ」
「オイオイ、俺のせいだってか? よく言うぜ。自分の腕の悪さを人のせいにするたぁな」
「何よ! あんたに言われたくないわよ」
「少なくとも、俺の方がアニタよりは上手いぜ」
「言ったわね〜★ なら、勝負して、はっきりさせましょうよ」
「あぁ、いいとも。望むところよ」
 トントン拍子に? 話が進む。
「あのなぁ。そこまで熱くなるようなことか」
 半ばは感心したような、だが、珍しくもレオンが途方にくれたような顔をしている。
 何だか、とてつもなく派手に燃え上がってしまった二人は『対戦モード』で、決戦に突入しかけるが、
「ちょっと、マイク。邪魔よ」
「そっちこそ、もう少し向こうに行けよ」
「バカ言わないでよ。これ以上ずれたら、やり難くてならないわ。あんた、自分だけが良いポジション取るつもりなの」
 何しろ、レオンのパソコンは小型のモバイル・ノートだ。ゲームの操作には幾つかのキーを割り当てられているが、キーボード自体が小さいため、大人二人が並んでやるには窮屈でならないらしい。
 それで諦めてくれれば──などと傍観者二人が願ったのも束の間、マイクがとんでもないことを言い出した。
「おーし。それじゃ、ボブに頼もうぜ。整備に使ってないコンピュータがあったはずだからさ」
 おいおいおいおい!! そこまでして、やるようなことか?
「──隊長?」
 疲れたように意見を求めるレオンに、だが、頼みの隊長はどうやら、ツボに嵌まったらしく、必死に笑いを堪えていた。

 レオン同様に呆れ果てて、脱力したのは整備士長のボブだった。様子を見に後からついてきたレイヤー隊長に気付き、目で確認を取る。
「本当に止めないんですか」
「まぁ、息抜きに少し使うくらいなら、目を瞑るさ」
「息抜きになってるんですかね、あれ。何だか、ストレスを発散させるより、溜め込んでる気がしますけど」
 レイヤーとレオンと会話に、ボブは諦め顔で準備を進めた。
「しかし、レオンのパソコンはともかく、仮にも軍仕様のコンピュータ上で動くのかね」
「さぁ……」
 僅かな疑問もすぐに氷解する。結構、デカいモニターが輝き、軽快な音楽とともに、スタート画面が表示される。
「何考えて、作ったんだか」
 そんなことは気にもしていないマイクとアニタはプライドを懸けて、やる気満々だった。
 突然の場違いな音楽に、手隙の整備士たちが集まってきた。ギャラリーを背に対戦が始まる。何とも可愛らしいキャラをバックに、色とりどりの音符がスーッと落ちてくる。
「へェ、落ちゲーか」
「懐かしいなぁ。ガキの頃、よくやったよ」
「未だに残ってるんだなぁ」
 発想そのものは西暦時代のものだ。正に時代を超えて、様々なバリエーションを生んだ『不朽の名作』の一つだろう。
「あれは四分音符だったか?」
「八分音符でしょう。マイクも一緒になって、気に入ったのはアレのお陰ですかね。まぁ、余り意味はないみたいですけど」
 マイクとアニタは中々、熾烈な『戦い』を繰り広げていた。同色に揃えられた音符が消滅し、時に光を発し、下から競り上がってくる邪魔物を巻き込んで消える。時には連続的に消滅し、対戦相手への攻撃として作用するのが判る。
「連鎖、だったか。消えることで、下に落ちた瞬間にまた色が揃えられて、消すと得点が上がる」
「えぇ。それが相手方への大きな攻撃になるわけですね。2連鎖、3連鎖くらいは狙えるようですし。4連鎖以上は難しいでしょうが」
「……詳しいのか」
「マイクが得々と説明してました」
 と、歓声が上がる。とりあえず、勝負がついたらしい。その反応からどっちの勝ちかは一目瞭然だ。真面目に本気に悔しがっているのには笑うしかない。
「落ちモノに、キャラクターも組み込まれていますね。あのゲームの場合は風や水などの自然の精霊で、得意分野の魔法が使えるといった設定がついてるみたいです」
「一発逆転を狙えるのか。今もマイクがやってたな」
「しかし、考えてみると、案外に戦略性のあるものですよね。大きな連鎖を狙って、すぐには消さずに揃えながら、積み上げていく。次に出てくる色を見て、素早く操作するのが肝心ですがね。あれは早い者勝ちだから」
「結構、得意なんじゃないか、レオン」
「え?」
「いや、要はパズルなのだし、論理的思考を瞬時に行うってのは君向けじゃないかと思ってね」
「そりゃ、面白いな。やってみないか、レオン」
 ご機嫌な声が横から、かけられる。勿論、声の主は先刻の勝者だ。
 ゲームはと見れば、懐かしがりの整備士たちが既に対戦を始めている。彼らのボスはサジを投げてしまったらしい。
「それって、君と対戦しろって意味なのかい。マイク」
「当然。いつぞやのカードの借りを返してやるぜ」
「……いや、こんなんで返されても」
「レオン。この高慢ちきをコテンパンに伸しちゃってよ」
 マイクに惜敗;;;したアニタが応援に回る。
「お願い、カタキを取って!」
 そんな大袈裟な──とは妙に言える雰囲気ではなかった。
「ハン、返り討ちにしてやるぜ」
 先刻以上にやる気満々なのは何故なのだろう。レオンはただただ、眉間を押さえて、嘆息するしかなかった。

 何人かの整備士たちが対戦を終えた後、いよいよ、『ホワイト・ディンゴ』隊パイロット同士の対戦が始まることとなる。
「レオン、お前は何を使う?」
「先に選んでもいいのかい」
「う…。俺は火の精霊を使いたいかな」 
 先刻のアニタとの勝負でも『過激な火の精霊』を選んでいた。燃える男には一番☆ などと思っているかは定かではない。
 方や掴み所のない男は、
「いいよ。それじゃ、僕は水の精霊にするかな」
「あんまし強くないぜ。その精霊《こ》は」
「さぁ、どうかな」
 とにもかくにも火の精霊マイクvs水の精霊レオンのカードがスタートする。
「……何つーか、シュールな光景とでもいうのかねぇ」
 盛り上がるギャラリーの後ろから眺めるレイヤーに並んだボブが呟く。
「地球連邦軍オーストラリア方面軍所属特殊遊撃MS小隊の中でも、その名を知られた『ホワイト・ディンゴ』のパイロットが、GMを駆り、ジオンと戦う精鋭がだぞ。何が悲しゅうて、ああも愛くるしいキャラ使って、対決せにゃならんのだ」
 地を這うようなボブの述懐にレイヤーも苦笑を抑えきれない。
「おやっさん。ああいうのは愛くるしい、じゃなくて、“萌えキャラ”っていうんですよ」
「喧しい! んなことに真面目にツッコミ入れるな!!」
 近くにいた整備士のピント外れな指摘に、ボブもマジ切れする。
「にしても、レオンはらしいというか、ああいうゲームでも淡々とこなしますねぇ」
「あぁ、その辺は確かに性格が出てるな。反面、マイクの煩いことときたら」
 当人が聞けば、「心外だ」とムクれるかもしれない。とにかく、何にでも熱く集中するマイクらしいのも間違いがなかった。
 たかがゲームと言うなかれ。落ちてくる『色』の組合せを瞬時に見分け、どう揃えるべきかと判断する。正しく目や反射神経、状況判断力に優れたパイロット向けのパズルといえなくもない。アニタは些か分の悪い勝負を持ちかけたのかもしれない。
 パイロットとしての彼らは──戦い方にも違いがあるし、一概にどちらが優秀とは言い切れない。部下として、仲間としては頼りになる連中だが、こんなお遊びの中にも違いを見せるのが微笑ましくも思える。
 マイクはかなり直感的に進めているようだ。色を揃えるその動作が何とも速い。次々と色を消しながら、時に大きな連鎖が起こる。起こすのではなく、偶然に起きているのだろう。ただ、早く積み上げられる分、その頻度も大きいようだ。
 方や、レオンはマイクに比べれば、操作スピードは遅いが、確実に連鎖を狙っている。3連鎖をああも連続されると相手は堪らないだろう。
〈性格だなぁ。あぁ、連鎖に連鎖をぶつけると、相殺されるのか〉
 火の精霊マイクの攻撃が水の精霊レオンに届かないことが多いのも連鎖させられる態勢を整えているからだろうか。
 見守るギャラリーからも感嘆の息が漏れる。正に名勝負といえるほどに続いている。
「ったく、いい歳して、あんなもんに感心するなよ」
「ですけど、おやっさん。確かに見物ではありますよ」
 整備士たちも童心に返ったようにハシャいでいる。見るだけでも息抜きになっているのなら、十分ではないかとレイヤーは思う。
 一際大きなどよめきが上がった。連鎖を続けた上に、水の精霊が“特殊魔法”を使ったことで、勝敗が決したようだ。
「ちっくしょ〜お★ もう一息だったのぃTT」
 アニタ以上に本気で悔しがっている火の精霊マイク。
「さっすが、レオン」
「まぁ、火を消すにはやっぱり水だってことかな」
「レオン! もう一勝負だっ」
「えぇっ、まだやるのかい」
「当たり前だ。このまま引き下がれるかっ」
「いや、だから、何でそこまで……」
 燃え上がるマイクにレオンはまたぞろ付き合わされることになってしまったようだ。
 今度はマイクは闇の精霊を選んだようだ。レオンは変わらず水の精霊で──……。

 そんなこんなで、精霊キャラを変えつつ、幾勝負かが続いた。さすがに整備士ギャラリーたちも飽きて、少なくなっていくが、のめり込んだマイクが諦めない。
「もう一度!」
「勘弁してくれよ、マイク。何回やれば、気が済むんだ」
「キッチリ勝つまで」
「あのなぁ、さっき勝ったじゃないか」
「いーや、あんな勝ち方じゃ、納得いかん」
 付き合わされているレオンはさすがに気が乗らないらしい。何しろ、一回の勝負で十分以上、既に一時間以上、ひたすら音符に向き合っているのだ。
「もう、マイクったら。妙なところで子どもっぽいんだから」
「確かにな」
 大きく嘆息するアニタの隣で相槌を打ったレイヤーは何を思ったか、二人に歩み寄る。そして、正に思いがけない言葉が発せられた。
「レオン、替われ」
「………は?」
 些かボケた応答とは思うが、マジに何を言われたか理解らなかったのだ。それはマイクも同様だった。
「マイク、私が相手をしよう」
「い゛っ!?」
「だから、勝っても負けても、これで最後にするんだ。いいな」
「え…。あ、はぁ……」
 ギャラリーが復活。つーか、先刻より倍増している。当然だ。レオンがマイクに引きずられるのは解からないでもないが、よりにもよって、レイヤー隊長が自分からゲームに参加するなどと、誰が想像できようか。こんな見物があるはずがない。
 そして、前代未聞の見物対決がスタートした……。

 結果は──マイクの落ち込みようで判るというものか。余りの落胆振りに、敵討ちだ何だと騒いでいたはずのアニタが心配して、励ましているほどだ。
「実は昔、結構、やりこんでいたんじゃありませんか」
「さて、ね」
 それほど、あっさりと陥落させてしまったのには驚くよりなかった。
「たまにはこんなお遊びに興じるにも面白いもんだな。一度くらい、君とも対戦してみたかったかな。レオン?」
「──冗談でしょう。大体、マイクといい勝負だった私では記録的な速攻で叩きのめした隊長に敵うわけありませんよ」
 初めから負ける『戦い』はしない主義だと言うレオンをレイヤーは窺うように見返した。そんな意味ありげな視線から、逃れるようにレオンは目を逸らす。
「それにしても、マイクの奴、大丈夫ですかね。ああも簡単にやられて──結構、引きずる質ですよ」
「やはり、な。だから、手加減したんだな?」
 言わんでもいいことを言ってしまったレオンは反射的に口元を抑えた。バツが悪そうに、小声で言い訳する。
「手加減するなんていうほどのもんじゃありませんよ。ちょっと、慎重を期しただけです」
「なら、マイクのような思い切った戦法も取れるってコトかな」
「そりゃあね。でも、所詮はゲームですよ」
「そうかい」
 それでも、マイクには『所詮なもの』ではなかったのだ。あんなにもムキになって、レオンとやりあったのだから。その辺のマイクの心理にはレオンも気付いていないらしい。
「まぁ、マイクの心配はいらんだろう。明日──いや、夜にはケロッとしてるさ」
「なら、いいんですがね」
 ボブが整備士たちに発破をかけている声を背に、二人は先にハンガーを後にした。
「確かに息抜きになりましたね。やっぱり、隊長ともやってみてもいいかな。一度くらい」
「これで最後だなんて、言わなきゃよかったかな」
 しかし、マイクの前では無理な話だと思い直す。
「レオン、君のパソコンにはまだデータは残っているんだろう」
「それは勿論……」
 前衛コンビから奪い返してきたパソコンは今も持っている。
「これで、ですか?」
「やりにくそうだが、それはそれで、面白いんじゃないかな」
 少しだけ考え込んだレオンは、だが、深みのある瞳を光らせたものだ。
「いいでしょう。お受けしますよ、その勝負」
「よし。じゃあ、私の部屋で隠れて、やるか」
「ですね。ところで、隊長はどの精霊がいいですか?」
「何でも構わんが、君は水の精霊かい? さっきもそればかり使っていたようだし」
「何となくですがね。そうそう、このゲーム、対戦だけじゃなくて、ストーリーモードもあるんですよ。アニタがやってました」
「ほう、まだ知らない精霊なんかも出てくるのかな」
「かもしれませんね。全ステージ・クリアはしてなかったみたいですから」
 戦時中であっても、思いもかけない平穏な一日はゆっくりと過ぎていった。

おまけ

 ジオン軍エース『荒野の迅雷』ことヴィッシュ・ドナヒュー中尉は部下たちが集まって、何やら盛り上がっているのに興味を引かれた。
「何を騒いでいるんだ」
「あ、中尉。ちょっと噂のゲームをですね」
「ゲーム?」
 場違いな単語に輪の中を覗き込み──眩暈を起こしかけた。
「中尉もどうです?」
「……いや、遠慮しておく。程々にしておけよ」
 何やら、精神的ショック攻撃でも食らったように、フラフラしながら、離れていった。
「お前なぁ、怖ぇコト言うなよ」
「何がよ」
「中尉を誘ったろ。んな光景、想像できるか? 泣く子も黙る『荒野の迅雷』がだぞ。こぉんなゲームに興じる姿ってのを」
 場が、静まり返った。次いで、大爆笑☆
「そ、想像できねぇ〜」
「は、ハラ痛っ…★」
「いや、ある意味、見たいぞ。メガトン級の破壊力があるに違いない」
「お前、それ言い過ぎっ」
 何とも平和だと勘違いしかねない光景はいつまで、続くのだろうか。好き勝手に言われているドナヒュー中尉は複雑そうに嘆息するばかりだった。

おわし★

『FS遁走曲・始末記』



 ゴ、ゴメンナサ〜イ★ 今さらのように、落ちゲーにハマっているのは輝です^^; 原稿もやらずに何やってるんだか。挙句に、外伝キャラ使って、こんな話を……;;; レオンどころかレイヤーさんまでが謎な奴になっている。おまけに又もや意味ねぇタイトルだし。
 因みに参考ゲームというか、輝がハマリ中のゲームは『Crystal light stage』さま製作配布の『マジカルフィーリング』です。本当は別のソフトを探しに行って、見事にヨロめいてしもうた☆ いや、一時期ゲーセンでハマったのが懐かしくてねぇ。

2003.11.18.

外伝讃歌

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