砂塵の蜃楼《すなのみちしるべ》

 ──宇宙世紀0079年8月 『モビル・スーツ・パイロット適性検査実施を全軍に通達』──

 ジャブロー──いわずと知れた地球連邦軍参謀本部である。南米の地下深くに置かれた連邦軍の総本山にしては戦時中にありながら、穏やかな雰囲気が漂っている。
 地上はジャングルに覆われ、敵もその正確な位置を掴みきれていないためだろうか。もちろん、空襲などはあるが、効果は薄く、地下基地の頭上に広がる厚い岩盤から鈍い振動と音が響く程度だった。
 お陰というか、そのせいか、本部とは信じられないような空気に支配されて久しい。所属する軍人たちも、どこかのんびりとしている。
 だが、中には大車輪で活動している部局もあった。筆頭が情報局である。


「不機嫌そうな面だな」
「……そう、はいらん」
 ノックもせずに入ってきた相手を、部屋の主は十二分に不機嫌という顔で睨つける。
「それとも、お前さんは上機嫌でいられるのか。あんなフザケタ御命令に」
「言うなよ。これでも、我慢してるんだ。それより──」
 とりあえず、ここ、情報局第三課課長公室を訪ねた本来の用件を済ませにかかる。訪問者は第二課──情報収集課の課長で、部屋の主は当然、第三課──分析課課長だ。二課の集めた情報を三課が分析する協調関係にあり、比較的“仲”も良い。
 時は10月、近くヨーロッパ方面で行われる大作戦に関しての確認を済ませると、やはり、その『不機嫌のタネ』の話題に触れずにもいられない。ともかく、不満をブチまけたいのだ。
「で、そっちは何人、引っかかった?」
「五人だ。それもこの本局《ジャブロー》だけでだがな」
「この際、他の支局のことまで考えてはおられんよ。で、その五人には知らせたのか」
「もちろん。気は進まなかったがさ」
「反応はどうだった?」
「まぁ、赤くなったり、青くなったり、白くなったり……中には猛反発した奴もいたが、最後には納得してくれた…、と思うぞ」
 最後は肩を竦め、いささか自信なさげに付け加える。本トに納得しているかどうかは怪しい。
「三課では何人が特務行きだ」
「……三人」
「うちよりは少ないな。ま、数が問題じゃないがさ」
「全くだ。よーりによって…!」
「よりによって?」
 イスが小刻みに音を立てるほどに全身が震えている。握り合わされた両手も暴発を堪えているように見える。一体、誰が引っかかったのか。
 疑問に応えるように、一枚の書類がデスクに放り出された。滑り落ちそうになるのを慌てて、取り押さえる。嘆息しつつ、それが自分も受け取った『問題の命令書の添付リスト』だと確認する。──が、記された名前の一つに、二課課長さえもが顔を引きつらせた。
「レオン・リーフェイ大尉。…って、あのリーフェイがかっ!?」
「あーっ、もうっ、言うな! 何も聞きたくねーぞっ!!」
 仮にも本局内の一課を預かる者の言い様ではない──が、この態度も無理ないと思う。本当に『よりによって』だ。
「それで、本人は何て? そっちも知らせたんだろう」
 何となしに予測しつつも尋ねてみる。案の定というべきか、さらにイスが大きく軋んだ。
「………御命令ならば、承ります、と。涼しい顔でぬかしやがった。他の奴らは一度は抗議したってのに、顔色一つ変えずに、文句一つ言わずに、あんの野郎はーっっ!!」
 やっぱり、と苦笑を滲ませ、天井を仰ぐ。ここまで予想通りだと、いっそ清々しい。
「まぁ、確かに、上層部《うえ》も認めたことだからな。承るよりないんだが」
 ギロッと睨まれ、一瞬たじろぐが、宥めるように続ける。
「それに特務の言い分も、一応は理に敵ってるしな」
 どこがだ、と一刀両断にできないのは彼も軍人であるからだろう。
 そも、『不機嫌のタネ』は8月に通達された『MSパイロット適性検査』に発する。年齢に制限はあったが、全軍というからにはもちろん、情報局でも行われた。ただ、実施はしたものの、多くは気に留めてもいなかった。
 確かに敵ジオンのMSザクは戦局を左右する存在《もの》として登場した。だが、情報を扱ってきた者にすれば、その情報の中でも把握できるザクはともかく、開発途上の『連邦軍製MS』は『実体の見えない存在』──『ないもの』としか受けいれられない。
 ところがだ。その『見えないはずのもの』を『利用できるもの』と理解した者もいた。それが同じ情報局の特務班だ。独自の隠密行動を取る特務は高機動力と火力を併せ持ったMSを『使える』と判断し、又できるものなら利用したいと考えたのだ。
 ならば、特務だけで勝手にやってくれ、というのが他課の偽ざる心境だが、世の中には『建て前』というものもある。勝利に向けて協調を、と請われれば、無下にもできない。
 つまり、特務班だけではMSパイロットの適性者を賄いきれなかったのだ。さらには訓練中に振い落とされる者も出ると予測され、どうにも心許ない。そこで、他課から供給することになったわけだ。さすがに特務絡みとなれば、全く関係ない所属からは集められない。
 それはそれで、理に敵っているといえなくもない。屁理屈だと叫びたい思いは強いが、『戦争終結のため』なるお題目を唱えられれば、拒絶は難しい。

「ま、せいぜい、恩を売っておくさ」
「恩を感じるようなタマか? あの連中が」
 デスクから獰猛な唸り声が上がる。次いで、派手に拳が叩きつけられる音が響く。
 痛そうに顔を歪めたのは当の本人ではなく、今一人の課長だったが。
「何だって、うちの大事な分析官に、モビル・スーツなんてな、水物を扱わせにゃならんのだっっ。みすみすカンオケに足つっこませろってのか」
「落ちつけよ。それに一応は適性ありと判断され──」
「そのテストとやらはジオンから入手したザクの適性検査が元になっているんだぞ。だが、我が軍のパイロットが乗るのはザクではないんだろうがっ」
 これには一言もない。
 テストが重ねられ、既に戦線にも投入されている試作機ガンダムの実戦データは見るべきものであり、ザクを始めとしたジオンのMSにも引けをとらない機体とは認める。
 だが、今回の適性検査で拾い上げられた者たちの搭乗機は、そのデータから量産されるものだ。データはデータ。運用は運用。そして、実戦は実戦。実際に量産機が実戦を経験するまでは信用などできるはずもない。正しく、水物と終わるかもしれないのだ。
 おまけに現在、製造ラインをフル回転にして量産に入っているとはいうが、現時点でさえ、パイロット訓練生らは現物での搭乗訓練には至っていないはずだった。先行き不安になるのも致し方ない。
 盛大に溜息する。一人だったら、デスクに足ぐらい投げ出していたかもしれない。
「なぁ、一課は免除なんてことはないよなぁ」
「……聞いてないぞ。いくらなんでも、そりゃ、ないだろう」
「どうだかね。何せ、同じ情報局でもエリートでございますからねぇ。連中は」
 収集・分析された情報は第一課により、戦略戦術を論じられる。参謀本部と密接な繋がりを持ち、表裏一体といってもいいこの課は局内での地位も飛び抜けている。同じ課長でも一課と他課とでは発言力の強さからして何もかもが違うのだ。
 考えたくはないが、ありうるとも思ってしまう。ともかく、適性者を出しておいて『訓練でハネられた』とでもすれば、体裁は繕える。
 同じ結論に至った二人は一つ首を振り、揃って、そいつを思考から締め出した。
「何はともあれ、もう決定されたことだ。こいつは正式な命令で、覆せない」
 差し出したリストを、ふて腐れながらも、受け取るのに苦笑してみせる。
「だが、リーフェイだってな。ひょっとしたら、これからの訓練結果次第では帰ってくるかもしれないぞ? まだ分からないさ」
「そう願いたいね。……ったく、奴はうちでもトップ・クラスの分析官だってのに。怪我でもさせたら、承知しねぇぞ」
 まだブツブツ呟きつつも、幾らかは気分を宥めたらしい相手に息をつきつつも、頷いた。部下の無事を願う気持ちは同じなのだ。
 課は違うが、レオン・リーフェイ大尉のことは彼も知っていた。年齢のわりには今現在も十分に重要な任を負っている中堅どころで、ゆくゆくは第三課の幹部の一席を占めること間違いなしとまで、いわれている優秀な分析官だ。その彼にパイロットの適性があるというのは確かに少々、意外ではあった。
 意外ではなかったのは課での将来を嘱望されている身でありながら、そんな異例な命令をあっさりと平然に受けいれた辺りか……。


 楽観というより切なる願いであろうが、ひょっとしたら、はリーフェイ大尉に関すれば、起きなかった。めでたくも? 大尉がモビル・スーツ・パイロットとして、オーストラリアに赴くという報告を元上官たる第三課課長は天を呪って、受けたという。

(2)



 突然ですが、始めてしまいました『コロ落ち』小説です☆
 初めての連載物として、発表──とりあえず、『ホワイト・ディンゴ隊結成』を追っていく予定です。例によっての輝版設定バリバリですがね。今回の『情報局』絡みの設定も『QUICKSAND』執筆時に、既存の確実な設定を確認できなかったため、勝手に作り上げてしまった代物です。それなりに頭は悩ませましたが、アラも多いだろうと、その実、戦々恐々……。
 にしても、輝の完全な新作小説は何と、『DAYS』以来の実に8ヶ月ぶりだったりします^^; やっぱり、楽しいなぁ♪ 早いトコ、WDメンバーを書きたいなぁ。(今回、約一名が名前だけ★)

2002.03.19

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