★七難八苦を乗り越えろ☆

一難目


 意識を失っていたのは然程の時間ではないはずだった。後頭部の辺りに疼きを感じる。目覚めたのはそれ故だろう。無意識に身動き《みじろき》しようとしたが、自由が効かない。

 俺はどうしたのか、どうなったのか? 疼きに思考も乱される。

 トゥラーン軍の将軍の一人であるジムサだが、即座には自らの置かれた状況を理解できなかった。
 それでも、やがては意識は明瞭さを帯びる。窮屈な姿勢で転がされている己を発見する。おまけに後ろ手で縛られている。
 俄かに周囲が騒がしくなった。完全に目覚めたのだが、奇妙な違和感に曝された。
〈──何だ?〉
 肌が泡立つほどの違和感の正体は直ぐに知れた。周囲で交されているのはパルス語だ。
〈そうか、俺は……〉
 捕えられたのだ。パルス軍に。ここはペシャワール城内に違いない。
 後ろ手は革紐で縛られている。勿論、上体もグルグル巻きにされている。
 パルス兵が近付いてきた。意識が戻ったと気付いたのだろう。
 パルス語で「立て」と命じられる。とはいえ、自ら立ち上がることはできない。尤も、無理矢理引きずり立たされた。そのまま、何処《いずこ》かへと引っ立てられていく。

 しかし、何故、殺さなかったのだろう。その機会は幾らでもあったはずだ。ジムサは事の成行きを思い返す。
 部隊を指揮して、パルス軍の要害たるペシャワール城を攻略せんと攻めかかり、パルス軍の将軍に重傷を負わせたものの、勇将と思しき片目の男に馬から引き摺り下ろされるとは──トゥラーン騎兵にあるまじき、正に屈辱の限りだ。
 あれは最初から自分を──たまたま俺だったというだけではあろうが──捕えることを狙っていたのだ。
 では、何のためか。
〈策を弄するを好む奴らのこと。俺を利用するつもりか〉
 そうはさせるものか。死は常に訪れ得るものと覚悟しているが、敵にその気がないのであれば、諦めはすまい。
 ジムサは機会を信じ、大人しく引っ立てられていく。項垂れたように見せながら、その実、全身で周囲の様子を探る。可能な限りの会話に意識を向け、せめて、情報を得られないかと努める。持ち出せるかどうかは全く見込み薄かもしれないが──。
 擦れ違う者が、見送る者が憎々しげな視線で貫く。悪口雑言を投げかけられもする。
 寸刻前まで戦い、剣と吹き矢とで数多の敵兵を死に至らしめたのだから、それも当然か。
 それにしても、よくも暴発しないものだ。これが自軍であれば、疾うに八つ裂きにされていよう。トゥラーン軍の苛烈さは周辺諸国に並ぶものはない。

 やがて、ジムサは城内のかなり奥まった辺りと思しき広間に引き出されていた。大勢の敵兵が揃っていた。
 その中心にあるのは左右に男を従えた少年だ。何とも場違いな、貴公子然とした少年……その正体は直ぐに察せられた。
 恐らく、いや、間違いなく、敵パルス軍の総大将たる王太子アルスラーンに相違ない。
 とすれば、左右の男達はその腹心か。黒衣の騎士は言うまでもなく、ダリューン卿だろう。『戦士の中の戦士』なる異名は遠くトゥラーンでも名高い。いや、悪名高いというべきか。親王イリテルシュの父の敵なのだ。
 今一人は智将ナルサスか。油断ならない男だと聞く。
 他にも王太子とは別の意味で、場違いな者が数人いるようだ。息を呑むような美貌の女に、見るからに軽そうで華やかな男。パルス人には見えない、剽悍そうな若者に、王太子と同年代の少年や少女まで……。
〈……何なのだ、ここは〉
 些かジムサも混乱気味だ。
「トゥラーンの捕虜を連れて参りました」
 同時に無理矢理、膝を折らされ、更に頭を下げさせられる。屈辱の極みではあったが、今は耐えた。
「ジムサ将軍で、宜しいか」
 ナルサス卿と思しき男が口を開いた。パルス語だった。
 理解はできるが、ジムサは無視した。バカ正直に応じてやることはない。
 次いで、トゥラーン語が発せられたる。そこで、初めて反応を見せる。これで、パルス語は理解できないものと思ってくれるだろうか。
 顔を上げ、自分を捕えた者達を睨み上げる。豪然と胸を張り、敵中にあって尚、恐れる素振りも見せない。
 何をする気か、どんな思惑があるかは知らないが、そうそう思い通りにさせるものか。

 …………が、身構えるジムサにとっては些か苦い反応が待っていた。つーか、昔から嫌ってほどに、もうゴメンだと思うほどに曝されてきた、実に素直な反応だ。
 そうでないのは王太子を含めた少年少女くらいか。ひたと自分の面に視線が集中しているのを感じる。
 無反応を装いながら、正直げんなりする。初対面の連中だと、いつものことだ。
「おい、ナルサス。本当に、こいつがジムサという将軍なのか」
「そのはずだ。ザラーヴァント卿を傷つけた、剣と吹き矢の使い手だったと……クバート卿、そうでしたな」
「あぁ、間違いない……はずだ」
「おいおい、どっかで取り違えたんじゃあるまいな」
「いや、俺が馬から引き摺り下ろしたのを──」
 片目の男の正体にここで気付く。片手で馬上の敵兵を宙に放り上げる真似ができるか、普通。……自分が少々、小柄なせいか? などと考えて、少し落ち込む。
「──イスファーンが抑えた」
「確かに。取り違える余地など、ございませぬ」
 断言しつつも、どこか自信なさげというか。
 大体、いつもの成行きだ。我慢だ。聞いちゃいても、解らない振り、解らない振り。
 ……だったのだが、
「しっかし、将軍というには、ちとばかし幼すぎやしないか」
 プツ…。軽薄な男が火矢をぶち込みやがった。
 いや、まだまだ。こんなもんはいつものこと、いつものことだ。我慢我慢。
「ん〜、ジムサ将軍は確かに、やや小柄で童顔な者だとは聞いているが」
 おいっ、んないらんことまで情報収集しとんのか!? パルスの智将とやらは。
「童顔だとしてもなぁ、何かこー、可愛いっての?」
 プチプチッ…
「てゆーか、何か女の子みたーい」
 無邪気〜☆に少女が言ってのけた。
 プチッと、何とかの緒が切れたか。幾らなんでも、年下の少女にまで言われたかない。

「喧しいっ! だぁれが、チビでガキで、女顔だ〜〜っ!!」
                                 (注・パルス語表現が未熟^^)

 静まり返る面々。数瞬の後、肩で息をしていたジムサは我に返った。
「…………しまった」
 思わず叫んじまった;;; パルス語、解らない振りしていたものを。そればかりか、こんな理由《こと》で、敵の陣中で喚いた己に真赤になる。
 慌てふためいたのは小柄で童顔で、序でに女顔なトゥラーンの武将だけではなかった。
「ど、どうするのだ、ナルサス。これでは作戦が」
「む、う〜ん。いや、一寸待て。考えるから、一寸待て」
 さすがの智将も、直ぐには名案は浮かばないらしい。

 どーする、パルス軍! どーなる、ジムサ君!?

二難目・上



 いきなり始まりました『アルスラーン戦記』ものでした★
 シリアスと見せかけておいて、実はギャグ? 滑ってるとしか思えないよなー。
 最新刊でド久々の再登場となったジムサ将軍が実にいい感じ?だったので、読み返してみたら、中々、美味しい設定の持ち主だったと再認識。
 因に原作中では確かに『やや小柄で童顔』とは記されていますが、特に『女顔』ではありません。でも、中村地里氏のコミックは女顔かも。まぁ、一応、少女コミック誌連載だったからなぁ。
 とりあえず、うちのジムサ君は最低でも後六つの災難に遭うんじゃないかな。可哀相に^^;

2005.12.18.

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