★七難八苦を乗り越えろ☆

二難目・上ノ巻


 パルス暦321年6月。パルス南方国境を守るペシャワール城砦は遊牧の民トゥラーン軍の侵攻を受け、篭城を続けていた。
 その城壁を以って、盾とされ、さしもの勇猛なるトゥラーンも攻めあぐねていた。
 膠着するかに見えた戦況はあるトゥラーン軍武将がパルス軍に捕らえられたことから、動き出す。


 ペシャワール城を望む高台を中心に野営するトゥラーン軍の陣地は簡単な柵を巡らせ、無論、門には見張り兵が寝ずの番で立っている。ペシャワール城に首を竦めた亀の如く閉じこもっているパルス軍だが、逆に夜襲をかけてこないとは断言できないのだ。
 そして、今もペシャワール城の方角からトゥラーン陣営へと忍び寄る人影があった。だが、潜り込むような素振りも見せず、堂々と兵の立つ門へと向かっている。
 当然、誰何の声が上がる。
「止まれ、何者だ」
「通せ。俺の顔を見忘れたか」
 などと返され、二人組の歩哨は繁々と、不審な人物を見遣る。一人は「おや?」と首を傾げたが、今一人の記憶を刺激はしなかったのだろう。槍を向け、威嚇する。
 いきなり「通せ」などと言われたからといって、「はい、そうですか」と通したのでは歩哨の役目は果たせない。そして、彼は任務に忠実だった。
「黙れ。この怪しい女め」
「おん…!?」
 何故か、相手は絶句したが、月明かりと篝火に浮かび上がるのはパルス風の衣服を纏った妙齢の女にしか見えなかった。
 中々、美人だ。不寝番でなければ、このまま何処ぞに連れ込んで、あんなことや、こんなことを……いやいや、鼻の下を伸ばしている場合ではない。堂々と、トゥラーン陣営に乗り込んでくるとは全く、何を狙っているのやら。
 尤も、今回に限っては狙いなどありはしない。何しろ、その女の正体は──……^^ 
「パルスの女が我が陣営に、のこのこ姿を現すとは見上げた度胸だが」
 とりあえず、引っ捕えて、敵の動きを探る。歩哨は突きつけた槍を小さく震えている女の喉元まで近づけた。
「さぁ、大人しく──」
「喧しい! 誰が女だっ」
 どっかで同じようなセリフを怒鳴ったような……。
 とにかく、この一喝は効いた。
 様子を窺っていた残る一人がハッとする。
「その声は……もしや、ジムサ将軍?」
 こらっ! 恐る恐る聞くんじゃない!! 紛れもない若い将軍が震えていたように見えたのは怒りの余り、肩を震わせていたのだ。
「もしやも何もあるか。見りゃ、判るだろうがッ」
 いや、判りません、とは歩哨たちの心の中の声。
 尤も、耳には聞こえないまでも、顔に書いてあり、更にジムサを逆撫でする。
「こ、これは失礼を……いや、あの、よくぞ、御無事で」
「申し訳ございません。しかし、そのお姿は一体?」
 我が軍切っての勇将が勇戦しつつも敵に捕えられたのは承知していた。その無事な姿には安堵するものの、何がどーして、女装などしているのか?
 聞きたいような聞きたくないような──とはいえ、素朴な疑問ではあった。
 だが、無論のこと、反応は素っ気ない。
「詳しく説明している暇などない。通るぞ」
「ハッ。直ちに陛下と諸将方に御報告を」
 その言葉に行きかけたジムサの足が止まった。
「おい」
「は?」
 別の方向に走りかけた兵も振り返る。
「いらんことまで、報せるなよ」
 脅してはみたが、時既に遅かった。
 門での騒ぎを聞きつけてか、それとも、連れてきた女とイイ思いをしてきた後なのか──ともかく、一番、会いたくない御仁とバッタリと;;;
「ジ、親王《ジノン》…!」
 ジムサは咄嗟に顔を伏せ、礼を取る。が、誤魔化せなかったようだ。
 棒のように突っ立っている親王イリテルシュは呆然と呟いた。
「おぬし……ジムサか?」
「ハ、ハァ……」
 バレては仕方がない。ジムサは顔を上げる。自分でも嫌になるほどに中々の美女に見えなくもない面が月光の下に、曝される。
「ジムサ! 無事であったか!!」
「うわ〜〜っTT」

☆       ★       ☆       ★       ☆


 さて、ジムサ将軍が何故に女装などするハメになったかという基本的な疑問だが、時を溯ること数刻前……。
 パルス軍に捕えられ、ペシャワール城内の牢に放り込まれたが、敵にも何やら、思惑があるらしく、直ちに処刑とはならなかった。だが、利用されるのを分かっていて、ただ待つわけにはいかない。
 何とか、革紐を解き、脱出を試みた。多少の時間はかかったが、紐は外すことができた。
 そして、食事を運んできた小間使い(注・ジムサ主観)を眠らせ、牢から出るところまでは難なく成功した。
 が、城内の造りには暗い。忽ち、どこにいるのやら、果たして外が近いのかも判らなくなってしまった。
 見回りの兵が近付けば、手近な人気のない部屋に飛び込み、やり過ごした。このままでは埒が開かない。
「くそっ。何とか、手はないものか」
 何度となく隠れた部屋で嘆息するが、名案を思いつくものでもない。空手では覚束無いので、武器でもないかと物色するが、目ぼしい物もない。
 そして、この部屋で見つけた物といえば、下働きの女官たちの物だろうか。女物の仕事着ばかり……。
「女物か……」
 ふっと先刻のイヤ〜な、忘れたい回想に捕われる。そして、ふっと思いついてしまう。

 ……もしかして、女物《これ》着て、ちょーっと髪も弄ったりしてみたら、マジに女に化けられるんじゃ? 運の良いことに(何に使うんだか)鬘も幾つかあるようだし……。

 ハッと我に返り、激しく首を振る。

 何を考えているんだ、ジムサ! 仮にもトゥラーン戦士たる男が女装なぞ!?
 だが、手段なぞ選んではいられまい。何であれ、まずは脱出するのが肝心だ。
 そのためならば、女装如きは一時の恥じではないか!
 為すべきを果たせぬことこそ、トゥラーン戦士にあるまじき行為ではないのか!?

 激しく葛藤するトゥラーン軍有数の勇将──尤も、フツーの男なら、こんなことで葛藤なぞせんが;;;
 ジムサは唾を飲み込み、そっと手にしていた鬘を頭に乗せてみた。備え付けられている姿見を覗く。
「………………」
 得も言われぬ思いに捕われた瞬間、戸口が勢いよく開いた。断りもなく、というか、断る必要もないのだろう。入ってきたのは女官らしき女だ。
 当然、反射的に物陰に隠れてしまうが、上手い隠れ方とはいえなかった。派手な物音を立ててしまった。
「誰? 出てらっしゃい」
 怪しまれて、兵を呼ばれては万事休すだ。
〈えーい、ままよ〉
 手近な女官の衣服を取り、前に抱えて、顔だけを覗かせる。
 女官は僅かに首を傾げたようだ。
「見ない娘《こ》ね」
 男だと、脱走した敵将と疑われなかったのにはとりあえず、安堵しつつも、心の片隅ではガックリする。そう、姿見の中に見出されたのは中々に美形な“女”だった。表面上は^^;;;
「まぁ、いいわ。人手が足りないんだから、早く着替えて、ついていらっしゃい」
「…………ハァ」
 バレないように小声で答える。幾らか曲がっていた鬘を直し、女官の衣服を身に纏う。袖も裾も長く、手足を隠してくれるのは有り難い。剣を振るい、槍を使う両腕と騎馬で鍛えられた両足だけはさすがに誤魔化せない。
 いや、今一つある。
〈……胸だけはどうしようもないな〉
 つい、前屈みになってしまう。勿論、いつまでも此処に留まるつもりはない。隙をついて、何としても、脱出してみせる。それまでは、隠したトゥラーンの軍衣も当分、見付からないでいることを祈る他ない。
「さぁ、急いで」
 こちらも着替えた女官に促され、ジムサは意を決して、後に従ったが、
「一寸、待ちなさい」
「ハ、ハイ?」
 バレたか。相手が女では余り手荒なことはしたくはないが……。
 だが、女官はジロジロとジムサの顔を見つめる。そして、身構えるジムサが脱力するようなことを言って下さった。
「貴方、スッピンで行くつもりなの?」
「……ハ、ハァ?」
「幾ら、下働きだといってもね、それなりの身支度はしなくては駄目よ」
 何が駄目なのか、サッパリ理解できないが、女官は自分の化粧道具で、手早く整えてくれた。少々、思考を飛ばしているジムサは為されるがままだ。
「うん、これで良し。にしても、肌が荒れてるわねぇ。日に焼けすぎよ。野良仕事ばっかりやってたの?」
「…………えぇ、まぁ」
「なら、尚のこと、しっかり手入れしなくちゃ駄目よ。せっかくのイイ素材なのに、勿体ない」
 イイ素材? 何が?? 誰が??? 己のパルス語理解能力をとことん疑ったものだ。
「それじゃ、行きましょう」
 何故か、満足そうな女官は今度こそ、部屋を出た。
 どうやら、そうそうにバレる心配はないらしい。安堵してよいものら……。
 全く滑稽なことをしている意識はあったが、それでも、かなり悲壮な決意だったのだ。

 さて、ジムサ君は無事に脱出できるのだろうか? 乞う御期待??

続く^^;

一難目 二難目・中



 『アルスラーン戦記』もの続き、『二難目』にして、一回じゃ終わらんとは★
 災難続きのジムサ将軍。まぁ、受難の物語だからねぇ。
 ジムサのトゥラーン陣営への帰還の描写はアニメ版アレンジ。牢からの脱出シーンはコミック版より拝借してます。原作じゃ、(見逃されていたとはいえ)サラッとあっちゅー間に脱獄?しちゃったからね。

2006.01.26.

伝説小部屋 小説