★七難八苦を乗り越えろ☆
六難目 夜の帳に包まれたパルス軍の陣営。無論、各所に篝火が焚かれ、不審番が立ち、巡回もしている。その陣へ向けて、闇の中を二つの人影が向かっていた。……だが、 「止まれ。この前方《さき》あるはパルスの陣。夜陰に乗じる不届き者か」 麗しいとも賞される誰何《すいか》と警告の声に、人影が足を止める。 これが陣幕の内なれば、何れかの将軍にでも招かれた女人のものとも夢想もできるが、ここは陣の外。しかも、足元に突き立つ鋭い矢の洗礼まであっては、常なれば、惑いもするだろう。 だが、王太子アルスラーン殿下の陣営であれば、唯一人、該当する女性《もの》がいることを二つの人影も知っていた。 「その声は、よもや、女神官《カーヒーナ》殿ではありませぬか」 「む? 如何にも。はて、私を知っているとは野盗や幽鬼の類でもないということか」 絶世の美女と感嘆される女神官ファランギースは闇を透かし見つつ、配下の兵に松明を向けさせると、浮かび上がったのは厳つい顔の男だ。無論、見覚えがある。 「お主、ザラーヴァント卿ではないか。何故、このような場所におる」 ペシャワール城から、アルスラーンが放逐された後、王都へと出撃した国王軍で戦っているとばかり思っていたが、どうやら、そうではないらしい。 「このザラーヴァント。どうあっても、王太子殿下の麾下に参じたく……」 そも、アルスラーン一党がペシャワール城を出た時も、負傷療養のため、寝台から離れられなかった。そうでもなければ、ザラーヴァントも供となりたかったと熱く語るのだ。 「故に、出奔してきたということか。何とも、義理堅いこと」 軽快に笑ったファランギースだが、あの国王《シャーオ》の下を飛び出してくる際、まぁ、色々とあったことまでは想像できなかっただろう。 そうして、今一つの影に視線を移す。ザラーヴァントの後ろで、少しばかり、身を縮めている……いや、単に小柄なだけか? 男…、体つきは確かに男だが──これまた見覚えのある者に苦笑する。 「何と、変わった道行きというか。面白い道連れだな、ザラーヴァント卿。トゥラーンの三拍子な御仁ではないか」 「三拍子?」 「……何の三拍子だ」 ファランギースには他意はないが、全く誉められているとは思えないのだろう。三拍子=小柄・童顔・女顔だが、歴とした草原の民の将軍ジムサは身を震わせていた。 「いや、ファランギース殿。これには事情が。こ奴も決して、王太子殿下に仇なすつもりはないのだ。どうか、殿下に……、せめて、軍師殿に目通りをさせていただけませぬか」 「無論、直ぐに報せを走らせるとしよう。恐らく心配はあるまい。殿下はきっと、お喜びになろう。ジムサ将軍、そなたの無事もな」 複雑そうな顔で、ジムサはソッポを向きながらも、腰の剣を外し、同行者に差し出していた。ザラーヴァントも黙って、受け取るだけだ。そういう取り決めでもしていたのだろうか。 そんなやり取りに、旅の合間に培ったと見える信頼が感じられる。 「いやはや、それにしても、面白い成り行きが聞けそうだ」 愉しげに、ファランギースは二人を先導するかに、陣へと向かっていった。
ファランギースの予言通り、アルスラーンが二人の思いもかけぬ来訪者を歓喜で迎えるのは翌朝のこととなる。既に夜も更け、王太子は眠りについてたのだ。 明くる朝の光の下、同胞たるザラーヴァントだけでなく、本来なら、侵略者であったトゥラーン人の手をも取ったのだ……。
ともかく、その前夜、夜陰に乗じ、陣に近付いた二人は軍師ナルサスの陣幕に通された。 「しかし、件《くだん》の夫婦者がよもや、お主らであったとはなぁ」 揶揄うように肩を揺らせるのは黒衣の驍将だ。 「ふっ、夫婦者とは何の話で」 顔を赤くも青くもさせるザラーヴァントに対し、妻であろう^^草原の民はムスッとした表情を隠そうともしない。 「大陸公路で、パルス人と異国人の若い夫婦連れが盗賊を狩り立てているとか、旅人の護衛をしているとの噂は我らの耳にも届いていたぞ」 「無論、殿下も御存知だ。いつか、会うこともあれば、御礼をしたいと仰っておられた」 「ハァ、左様で……」 王太子の御礼の言葉など、誉れにも等しいだろうが、少しも喜べないのは当然だろう。 「あ、いや、パルスの武人として、当然のことをしたまでのこと。礼などとは無用にござる」 「ジムサ将軍はどうか。望みなどはないか」 「…………別に。盗賊どもには相応の報いをくれてやっただけのことだ。それなりに戴くものは戴いた」 略奪は草原の民にとっては罪ではない、とは誰の言葉だったか。戴いたのは盗賊どもの荒稼ぎ品だけでなく、命もだったが、報いが何に対するものかは、実は智将ナルサスでさえもが察していたわけではなかった。 とにかく、嫌になるくらい、同じ目に遭ってきたが、それでも、慣れるということはないのだ。 彼のパルス国王から逃れる際も色々、あったが、ここに至る道中にも、それはもう、色色々とありすぎたわけだ。 「その話はいい。それより、本当に俺を使ってくれるのか」 「技量《うで》の立つ兵ならば、幾らでも欲しい。トゥラーン軍に於いては一軍の将だったお主には不満かもしれぬが」 「そんなことは気にしない。パルス軍の兵たちも、敵を簡単に信じるはずもないだろうからな」 どこか冷めた言葉に、旅の道連れだった好漢が顔を顰めた。 「そういう言い方は止せ。殿下への忠誠と力量を見せれば、必ずや、お主を信じ、着いてくる者は現れる」 妙に熱いザラーヴァントの言葉に、ジムサも幾らか表情を改め、小さく頷いた。 そんな二人の様子に、一同は二人の間には確かに信頼があることを知るのだった。 「ともかく、俺にできることなら、言ってくれれば、何でもする」 「う、うむ。当てにさせてもらおう」 黙っていれば、女神官には及ばないまでも十二分に絶世の美女ともいえる小柄なトゥラーン人に、ナルサスはどう使うべきか思案するのだった。 「俺はパルスの宮廷には何の縁《ゆかり》もない。後腐れのない使い方もできるぞ」 その言葉の影に含まれた意味に気付き、パルス人たちは夫々の反応を示す。 驍将ダリューンは明らかに顔を顰め、ザラーヴァントは些か慌てている。女神官ファランギースは無表情を通したが、智将ナルサスといえば、苦笑を隠さなかった。 如何にもトゥラーン人らしい発想といえなくもないが、一応はパルス軍内にあるためか、直接的な言い方は避けているようでもあるからだ。 「言いたいことは解らんでもないが、我らが王太子殿下がそのようなことをお考えになると思うか」 「…………いや」 「さもあろう。況してや、お主を使い捨てにもしかねない策など、決して、お認めにはなるまいよ」 すると、三拍子将軍はジッとナルサスを見返してきた。正しく、黙っていればなので、ナルサスでさえ、何ともいえない妙な気分になるが、頓着しないジムサは軽く息をつき、頷いた。 「俺のような戦うしか能のない奴が余計な差し出口をしたものだ。ともかく、俺は俺自身が生きやすくするためにも戦うだけだ。全力でな」 それきり、特に語ることのないジムサはとりあえず、同行者であり、信頼関係にもあるザラーヴァントに預けることとした。 日も落ちて久しく、明朝、アルスラーン王太子には報告がなされることとなった。当然、謁見が叶うのも、その後だ。 「ともかく、今宵はゆっくりと休むといい」 何れかの天幕を与えられることになろうが、出ていく小柄な後ろ姿を、このような境遇に叩き込んだ張本人ともいえる軍師がどこか愉しそうな表情で見送っているのに、僚友たちは気がついた。 「ナルサス。お主、あ奴を如何様に使うつもりだ」 「さてな。当面は前線で奮戦してもらうよりあるまい。だが、何れは……彼なりの使い所も出てくることだろう」 「……何となく、苦労するような姿が目に浮かぶのだが、思い過ごしであろうか」 ファランギースまでが漣のような笑い声を立てるのに、ナルサスは一層、人の悪そうな笑みを深めるのだった。 「そうだな。何しろ、あの女顔《かお》だ。エラムにばかり、危険な真似をさせずに済むかもしれんな」 一瞬、何のことかと首を傾げかけたが、ファランギースが声を立てずに笑うのに、ダリューンも察した。 「まさか、女装させて、どこぞに潜り込ませようとでも……」 エラムなら、実際に熟してきたように潜入も可能だろうが、外見はともかくの根っからの武人たるジムサには絶対に無理だ。大体、このパルスに於いては異国人の上に絶世の美女(にしか見えない;;;)ときては却って、目立つに決まっている。 「フッ、冗談だ。真に受けるな」 「いや、半分くらいは本気だったろう」 何せ、あの!! 国王アンドラゴラス陛下までが手を出しかけたというのだ。それで、逃げてくる羽目になったどころか、偶然が重なり、ザラーヴァントまでが巻き込まれ、駆け落ち扱いされたなどと、気の毒すぎて、笑えない。 「冗談はともかく、当てになる手駒が増えたのは有り難い。ザラーヴァント卿ならば、大部隊も任せられる。作戦にも更に幅が出るというものだ」 「確かに。どうせ、次の作戦に向けての部隊の再編も必要だしな」 「そういうことだ」 アルスラーンがペシャワールを放逐された時は八人と一羽だった一行は、ギランで兵を得て、更には進軍の道すがら、合流した隊もあり、数万に膨れている。 とはいえ、軍としてはやはり、烏合の衆といわざるを得ない。道中、訓練を重ねてはいるが、ナルサスが思いのままに動かせるほどではなかった。 無論、現状を把握し、その上での最善と効果的な動かし方を心得てはいるが、そのためにも有能な将は必要だった。 ペシャワール城で初めて会った頃のザラーヴァントは直情的すぎて、視野も広いとはいえず──後に苦境に陥ることにもなったが、その一戦で随分と変わった。 となると、問題はやはり、草原の民の将軍だ。 「とりあえず、ザラーヴァント卿の部隊に預けるか」 「それしかないだろうが、大丈夫か」 何といっても、トゥラーンは長くパルスへの侵入を繰り返してきた隣国だ。殆どがパルス人の部隊に、たった独り加わるとなれば、色々と問題も生じよう。 無論、多少の危険など、ものともしない腕前なのは承知しているが、 「幸い、今の兵の多くはギランで募った者たちだ。知識くらいはあっても、敵としての実感は殆どないだろう。それにな、あの御仁、トゥラーンの兵士にはやたらと人気があったそうだ。高嶺の花扱いされていたとかな」 どうやら、パルスの智将殿は一度は捕虜とした敵将の情報を更に得ていたらしい。 「高嶺の花って……まぁ、解らんでもないが」 「あの無愛想がいいとかな。たまに笑ってくれれば、それだけで兵は涙して、喜んだとか何とか」 「いや…、それはよく解らんぞ」 「俺にも解らんよ」 そういう世界もあるらしい。そんな認識だけを共有する男たちに、女神官が笑いを噛みしめる。 「何れにしても、一戦し、その技量を見せれば、我が軍にも“三拍子の会”ができるかもしれんな」 王太子軍の誇る驍将と智将は顔を見合わせた。 “三拍子の会”とは何ぞや? その心は、 「“三拍子の将軍を愛でる会”と言った方がいいだろうか」 愛でるって……あぁ、高嶺の花だから? 涼しい顔で、杯を傾ける女神官に、引きつった苦笑いしか出てこない両将だった。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
その頃、件の三拍子将軍といえば、奇妙な寒気に襲われていた。 「どうした?」 「いや…、何というか、妙な胸騒ぎが」 寒気だけではない。どうにもイヤァな予感が募る一方だ。 すると豪胆な同行者改め身元引受人^^は相も変わらぬ豪快な笑みを浮かべた。 「さすがのお主も、不安を苛まれることはあるわけだ。安心しろ。軍師殿がああ言われた以上、絶対に悪いようにはせん。何より、王太子殿下の御心に反するような真似はなさるまい」 「…………だといいがな」 王太子の御心も軍師の知謀も関係のない、遠い遠いところに寒気やら胸騒ぎの要因はあると思えたが、こればかりは説明のしようもない。 ある種の『経験』に裏打ちされた予感とでもいうか……。 ジムサは一つ息をつき、考えても始まらないことだとも改めて自分を納得させた。 ともかく、今夜くらいはゆっくり休みたい。野盗やら獣やら、その他諸々から身を護るために、気を張り続ける必要がない夜は限られているのだから……。
五難目 七難目・上
新『アル戦』終了記念? いや、まぁ、何といいますか。原作小説とは大分、違うもので……本当に荒川版原作のアニメ化なのね、と。因みに荒川版コミックは読んでいません。うーん、気づいたら、始まってたし、手を出さない内にアニメ見ちゃったし、原作との変化に、戸惑いまくる自分にも気づいちゃったし……。 でもまぁ、これで原作にも興味を持つ人が増えれば、御の字じゃないかなーっと。といっても、現状の第二部の展開にはかなり引きましたけど。 えぇ、丁度、アレ出た頃、色々あって、とても感想とか書いてる余裕なかったし。そりゃショックっちゃ、ショックでしたよ。一押しだったし……。 アルスラーン麾下では唯一のトゥラーン人だったし、もう一度くらいイルテリシュやブルハーンとの遭遇があると思ってましたから。えぇえぇ、まさか、細かいの《オフルール》とのシーンが初めての海行きがフラグだなんて、思いもしませんでしたよっ★ だから、このシリーズも今更感満載なんですが、せっかく、アニメにもなったし終わったしで、書いてみました。 ただ、原作とは違う再会シーンにしてみたのは荒川版がかなりアレンジされているから、自分もやってみよっかなーという思いつき♪ うん、それはそれで、大変です。
アニメは第二期もあるとか。こうなったら、せめて第一部完結はさせてほしいですよね。そしたら、ジムサも出ることになるけど☆ 2015.11.16. |