★七難八苦を乗り越えろ☆
五難目 「……暑い。水をくれ」 「飲みすぎると、次の水場に着く前に、なくなるぞ」 「そんなこと、言ってられん。どうにも、慣れん。この熱さには」 砂漠を突き進むような旅路では日々、このような会話ばかりをしている。 道行を同じくするこのパルス人は豪快ではあるが、暑さには弱いようだった。しかも、きっちりと鎧などを身に着けているものだから、堪えるだろうに、頑固なもんで、一向に外そうとしない。 見ている方が暑苦しいと、ジムサは嘆息した。その溜息も酷く熱い。草原の民にとっても、この暑さはかなり堪える。
「それにしても、中々、王太子と会えんな」 「殿下の軍も動いておられるのだから、当然のことだ」 同行者たるザラーヴァントも首筋の汗を拭いながらも、熱の籠もった息を吐き出す。 「しかし、こうも時間がかかるとな。そろそろ、手許も厳しいな」 「金か? そうだろうな。俺の分までお前が払ってくれているのだからな。済まぬ」 神妙な顔つきで頭を下げるジムサに、ザラーヴァントが豪快に笑う。 「そんな顔をするな! 何れ、倍返しにしてくれればいいさ」 「ザラーヴァント…。いい奴だなぁ。お前は」 行動を一緒《とも》にして、暫く経つ。となれば、互いの為人《ひととなり》も見えてくるというものだ。パルス人の好漢に、ジムサは正直、感激しつつ、笑みを零した。 すると、何でか、パルス人の好漢とやらはアタフタとし始めた。 「なっ、何を…、言うかっっ。気にするなっ…、と言うとろーがっっ」 何だか、蹴躓いたような台詞回しなのに、ジムサはキョトンと首を捻る。全く、自覚がないのだが、その仕草は──エラく可愛らしかったりしたのだ^^;;; 「い、いかん! その気などないはずなのに、その気になってしまいかねん……っっ」 などと、好漢?が内心で悶絶しているなどと、ジムサにも想像ができなかったようだ。 裏表のないジムサの性格もまた、好ましいものだが、絶世の美女ともタメを張れるような女顔《カオ》でなければ、もっと気軽に、胸襟を開くように付き合えるものを!! とまれ、王太子軍と合流するという本来の目的が中々、叶わないということを除けば、何事もない順調な旅だったが、それもここで一変する。 彼方から、砂煙と叫び声が近付いてきたかと思うと、あっという間に、二人を取り巻いたのだ。大陸公路の周辺を荒らしている盗賊たちだった。パルス軍が敗れてからというもの、治安も一気に悪くなったのだ。 王太子軍が一度、王都に上ろうとした際に、大分、掃討されたはずだが、再び幅を利かせるようになってしまった。 当然のように、値踏みするような視線を二人に向ける。それは直ぐに、ジムサへと集中する。 「へへっ、佳い女だぜ」 「おい、テメー。身包《みぐる》み全て、置いていけ。勿論、その女も俺たちが頂くぜ」 ブチブチッと“佳い女”とやらの何とかの緒が纏めてブチ切れる音を、テメー呼ばわりされたザラーヴァントは聞いたような気がした。 「ホレ、早くしろ。今なら、命だけは助けてやるぜ」 「女には傷を付けるなよ」 身の程知らずな暴言が続く。あぁ、これで、この盗賊どもは命を縮めたこと決定だとその運命に少々、同情しかけたザラーヴァントだった。
馬から下りた数人が女──ジムサの腕を掴んで、引き寄せようとした……が、 「ギャーーッ!!!」 立て続けに絶叫と血飛沫が宙を引き裂いた。掴んだ腕が砂の大地に落ち、取り囲んだ数人も鮮血を撒き散らして、倒れ伏した。 「なっ、何をするっ」 「このアマッ! 大人しくしやがれ!!」 予想だにしなかった反撃に他の盗賊たちも剣を抜くが、ジムサの速さには到底、及ばない。 「──どわぁーれが女だっっーー!!!」 あっという間に、更に数人を斬り伏せるのに、ザラーヴァントが口笛を吹く。 「おーおー、さすがだな」 のんびりと見物している場合ではなかった。他の盗賊が怒り狂って、ザラーヴァントに襲い掛かったのだ。 尤も、それは早まった行為だった。一人だけでなく、二人も敵に回し、盗賊どもは壊滅への道 を一気に転がり落ちたのだった。 「ぐわぁ……」 最後の一人が地に沈むのに、大した時間はかからなかった。 「ハッ…。相手が悪かったな」 「全くだ。クッ…。人を助平心丸出しの目で見やがって、背筋がゾワーッとしたぜ」 好色の視線に曝されるのはどうにも慣れようがない。女顔でもジムサは全うな男だった。 主をなくした馬は放すことにした。代え馬にとも少しだけ考えたが、餌に困るのは目に見えている。しかし、放す前に──馬に括りつけてあった袋をどうするかでも一頻り悩む。盗賊たちが荒稼ぎしたと見えるお宝で一杯だ。 「幾らか頂戴していくか」 「何を言う。これらは旅人が奪われたものだぞ」 「だが、返す当てなんてないだろう。本来の持ち主は疾うに死んでるぞ」 この言葉にはザラーヴァントも唸るしかない。悲しい現実という奴だ。 とはいえ、全てを二頭の馬で運べる量ではなかった。どこかに預けるのも、お尋ね者に等しい身では余り大きな顔を出すわけにもいかない。 「だから、少しだけ分けて貰おう。俺たちが命を繋いでいけるのに必要な分だけな」 それは草原を生きる者の知恵ともいえた。感じるものがあったのか、ザラーヴァントも腕組みをして、考え込む。 残りは近くにでも隠しておくしかない。放り出しておけば、他の盗賊たちの餌食になるだけだし、善良な旅人たちが通りかかったとしても、これだけのお宝となれば、騒動の種になるのも目に見えている。 いつか、取りに来ることが叶ったなら──本来の持ち主の家族などを探せるものなら探し、不可能ならば、他の方法を考えればよいことだ。 ともかく、今は彼ら二人が少しでも、生き延びて、王太子軍に合流することこそが重要なのだから。 「……解かった。そうしよう」 そうして、二人は当座の旅費には案じることもなくなったのだ。 ☆ ★ ☆ ★ ☆
それから、程なくして、大陸公路沿いに、とある噂が流れるようになった。 それは『偉丈夫と異国人の絶世の美女という若い夫婦!?連れ』が近辺の盗賊どもを狩り立てているという代物だった。更には、その異色の夫婦?は旅人の一団の護衛をするようにもなったとか……。 そんな噂はやがて、王太子の陣営にも届いた。 「ホゥ。少しは大陸公路にも安全が戻りつつあるということかな」 「本来ならば、我々が安全を保たねばならんはずなのだがな。その夫婦には感謝せねばならんな」 よもや、彼らとの再会を願うワケアリ連中だとは如何な智将といえども、神ならぬ身では予想できるはずもなかった。 「その夫婦連れも大陸公路を移動しているとのこと。いつか、会うこともあるかもしれませんな」 信頼する軍師の言葉に、王太子アルスラーンも頷いた。 「そんな日がくることを楽しみにしておこう。その時は、ちゃんと御礼もしたいな」 感謝することを忘れない王太子に、居合わせた側近たちは笑みを零した。 そう、そんな日は、すぐそこまで迫っていた。
四難目 六難目
お久々の『アルスラーン戦記』で『五難目』です★ 復活目指して、いきなりのアル戦です。何か、湧いたもんで^^ でも、今回の不幸は大人しめ?
2011.02.10. |