★七難八苦を乗り越えろ☆

七難目・下ノ巻

「纂王奴っ、宝剣を渡せ。パルス王家の至宝を、その血も引かぬ纂奪者が手にするなぞ、汚らわしいっっ」
 黒衣の騎士殿が冷静に激怒するのが目に見えるような口上だ。この上、己の未来を決定付けなくともよかろうにと、この状況下でも造反者たちに同情したくなる。

 しかし、罵られた当の纂奪者とやらは表情を変えることはない。
 カイ・ホスローに始まるパルス王家の血を引いていないことは誰よりも承知しているはずだ。その上で、王太子に定められたことはアルスラーン自身には何ら、責も罪もあることではないのだ。
 そして、王たるを選んだことも──単に王太子としての責を果たしたにすぎないともいえるが、それ以上に、国を変えたいとの強い願いを持っているが故だ。

 王位とは奪い奪われるものだという認識が未だ、強いトゥラーン人のジムサには、それとても持って回ったような理屈に感じられるが、文明国《パルス》にはこの種の論法が必要なのかもしれない。
 大方のパルスの民は全てを包み隠さず、明らかにしたアルスラーンを好意を持って、迎えている。何より、悪逆なる侵略者から王都を解放し、飢餓から救ったのも誰あろうアルスラーン一党であることを忘れてはいない。
 陰で文句を言うのも、時にはこうして、過激な行動に出るのも「王家云々」なぞは単なる名目で、自分たちの損得からきているに過ぎない者たちなのだ。

「さぁ、早く渡せ。でなければ、その巫女が死ぬぞ。それとも、巫女如きと宝剣は引き替えにできぬか」
 何とも、嫌悪を催すような声だ。人間、ここまで醜悪になれるものだろうか。
 造反者はその言葉でもって、アルスラーンを貶めようとしているのだ。
 それでも、アルスラーンの冷静さを崩すには至らない。いや…、静かな怒りを──男は気付きもしないのだろうが、湛えている。
 アルスラーンは煌びやかだけではない佩剣を鞘ごと引き抜き、
「……渡すのは構わぬが、ルクナバードを得て、お主はどうするつもりなのだ」
「知れたこと。正しき王家のお血筋の御方をお探しし、王に立っていただく」
 正統なる王というものか。ジムサはさほど、詳しくはないが、前《さき》の戦いでルシタニアに与《くみ》した銀仮面卿とやらが実は先々代の王の王子だったとかは一応、聞いている。
 叔父だった先王アンドラゴラス三世への復讐心から、その偽王を仰いだ民が辛苦を舐めようと構わぬとさえ、言ったとか。
 苛烈なトゥラーン王でさえ、第一の条件は「民を飢えさせない」ことだったというのに、その王子の狂乱振りが窺える。
 王子は、ともかくも王都解放後、姿を消したというが、よもや、これから探すとでも言うのか? それとも、か細くとも、王家に連なる者を他に連れてくる気か?
「……傀儡そのものではないか」
 そんな王を、ここにいる民が認めると本気で思っているのだろうか。宝剣さえあれば、何でも許されると信じているのか。

 そこで、思い当たる。カイ・ホスローの血を引かぬアルスラーンにさえ、その加護があるのなら、真実、正統の王家の者が受けられぬはずがないと──余りにも楽観的な見込みだが。
 などと考えれば考えるほど、単なる成り行きのような気がしないでもない。あくまでも、狙いはアルスラーン陛下の命を奪うことで、その目論見が崩れた後は大して考えてもいなかったのではないか。
 となると、あの巫女を捕らえ損ねたのはやはり、己の落ち度というべきだろうか。そのために、陛下を無用な危険に曝してしまったのだから。事なきを得たとしても、後でダリューン卿に目で射殺されそうな気もする;;;(さすがに本当に射抜かれるのはゴメンだ)
 全く、楽しくない想像を振り払い、アルスラーンの背中を見守る。少し離れたところのファランギースも同様に静観しているのが唯一の慰みか。



「さぁ、ルクナバードだ。受け取るがいい」
「──気をつけよ。邪な心に染まりし者はカイ・ホスローの怒りを招くと云うのでな」
 などと言ってのけたのは美しい女神官殿だ。蛇王ザッハークすら、封じたという宝剣の霊験はほとんど、伝説として信じられている。
 さすがに男は怯んだが、すぐに思い直したようだ。正統の王家を打ち立てようとしているのに、怒りを招くはずがないと。
 「早く寄越せ」と喚く男に、ジムサは唸るばかりだが、ファランギースが意味ありげに目配せをしたのに気付く。
 男や巫女たち、他の民の注意も全てルクナバードに向く一瞬の間、勝機があるとすれば、ここしかない!
 しかし、空手では心許ないと思った瞬間《とき》だ。アルスラーンの手からルクナバードがあっさりと、男へと放り投げられる。
 金色の輝きが宙を舞う視界の片隅をもっと鈍い銀の輝きが閃いた──ルクナバードに注視しており、誰一人、気付きもしなかったが。群衆の中から飛来した一閃を反射的に掴み取れば、それはジムサ愛用の吹き矢の筒だった。
 誰が持ち出し、投げたかなど考える暇はない。中に一本だけ矢が仕込まれているのを確認し、敵に狙いをつける。
 男か、巫女か──迷う間すら許されない。まずは人質を解放するしかあるまい。

 ヒュッ…

 微かな、しかし、相応の威力を伴う閃光は狙い違わず、人質の首に刃を当てていた巫女の手首に的中する。
 悲鳴を上げ、短刀を取り落とし、拘束していた腕も緩めたのをファランギースが見逃すはずもない。すかさず、人質の巫女の腕を取り、強引に引き離した。
「な、貴様、何をしたっ」
 ルクナバードを手にしながらも、予想していなかったことが起きたがために恐慌に陥る男は無闇に宝剣を振り回している。
 常ならば、即座に次なる矢で、男を黙らせるところだが、巫女に扮している以上、それすらも身につけることは叶わなかった。となれば、唯一の武器となるのはこの吹き矢の筒そのものくらいか。
 自棄になった男がアルスラーンを襲う気になる前に、片を付けなければならない。一気に距離を詰める。
「こっ、この女ぁっっ」
 絶叫が不愉快な響きでもって、耳を打つ。

 ──誰が女だっ!! とは言い返さなかった。この格好では仕方がない;;; 何度も言うが、バレたらバレたでマズいつーか、ハズい。
 そんなことはどうでもいい。ともかく、男を無力化するのが先だ。
 幾ら伝家の宝刀の如きルクナバードといえども、こんな男の手にあるのでは正しく宝の持ち腐れでしかない。
 大振りな一撃なぞ、見極めるのは容易い。沈めた頭上を掠め、数本髪が飛んだかもしれないが、握りしめた筒を横凪に払う。
 ガッと鈍い音がする。喉仏を潰しただろうが、呻き声すら上げられず、男が吹っ飛ばされる。
 倒れて、悶絶する男を冷ややかに見下ろす。暫く喋ることもできないだろうが、筒を突き立てなかっただけでも感謝してほしいものだ。そうしていれば、恐らく命はなかっただろう。
「さすがじゃ、シム」
 見返すと、ファランギースは助けられた巫女を宥めており、手首を打たれた巫女はその場に蹲《うずくま》り、他の巫女たちに取り押さえられていた。

 暗殺者たちが制圧されたと理解した観衆がわっと沸いた。
「何と、美事な」
「やはり、戦女神よ」
 などと賞賛の言葉が飛ぶ。さて、パルスは多神教だが、戦女神に相当する神もあるのか? などと息をつきながら、今にして思う。
 一方で、ファランギースが捕らえた二人を引っ立てるように命じている。無論、怪我の手当もだが、その後、ダリューンたちに引き渡され、色々と調べられることになるだろう。
 裏ではナルサス卿が神殿内を把握すべく、動き出しているはずだ。


☆       ★       ☆       ★       ☆


「大事ないか」
 案ずるような声に振り向けば、巫女に護られたアルスラーンが歩み寄ってくる。
 慌てて、その場に跪《ひざまず》けば、足下にルクナバードが転がっている。アルスラーンに渡さなければと手を伸ばしかけるが、そこで躊躇する。
 ファランギースの言葉が過《よぎ》ったためだけでもなく、異国人たる己がパルスの宝を手にして良いものか、迷ったのだ。
 そんな逡巡も、続いた不安そうな声に吹き飛ぶ。
「どうした? どこか痛めたか」
「……いえ、どこも。陛下、神事の場を騒がせ、申し訳もなく」
 黙っているわけにもいかないので、大分、控えめに囁くような声で謝罪する。吹き矢も使ってしまったし、アルスラーンには既に気付かれているとも思えるが、大観衆に正体暴露されるのは果てしなくゴメンだ。
「何を言う。血を流すことなく、収めてくれたのではないか?」
 あれだけ、喉仏を潰すほどに叩きつけたのでは血くらい出ているだろうが──アルスラーンが言いたいのは「相手を死なせずに済ませてくれた」ということだろう。

 すると、アルスラーンが膝を落としかけるのに仰天する。遅れて、ルクナバードを拾おうとしているのに気付く。
 国王自らに民衆の前で取らせるのはやはり、不味い。ダリューン卿のみならず、ジャスワント卿辺りにも叩き殺されかねない。我に返ったジムサは「私が」と制し、ルクナバードを掴んだ。幸い、異国人だからと祟ることはなさそうだ。
 美しい剣を鞘に納め、王の前に捧げた。
「有り難う。……其方、シムと申したか」
「ハ…、左様にございます」
「見事な腕前だ。本当に助かった」
「畏れ多きことにございます」
 間違いなく気付いている。しかし、意を汲んでくれているのだろう。
 一つ頷いたアルスラーンは女神官に目をやる。
「ファランギース、神事はどうなるのだ?」
「さすがに今日のところは……。日を改めて、ということになりましょう」
「そうか。民には不快な思いをさせたな」
 王を狙う者がいるなどと、その政に不満ある者がいると示すに他ならない。不快というよりも、不安になる民は多いだろう。
 アルスラーンは民に言葉をかけようと、群衆の前に進み出た。

 空白の一瞬──暗殺者たちを斥け、護りにつく誰もが気が緩んだ瞬間といえた。あの黒衣の驍将ですらがひっ捕らえた二人を尋問することに注意を引かれていたのだろう。
 当然、アルスラーンを目で追ったジムサだが、再び視界の片隅に光が閃くのに気付いた。ほぼ同時に、吹き矢を放られた時には感じなかった明らかな殺意──向けられた先は唯一人!!
「──陛下っっ、御無礼!!」
 誰もが仰天したが、飛びかかった巫女が若き国王を突き飛ばすように押し倒したところへ、矢が飛来する。
 逃げた射手が場所を変えたのだ。無論、未だ捕らえておらぬので、警戒はしていたが、女神官よりも巫女の方が早かった。
 ファランギースは矢の射線を辿り、射手の潜んでいる場所を読み取る。
「……やはり、護りには適しておらぬわけじゃな。神殿というものは」
 誘うためもあり、神殿外の高い塔にも必要以上の警護は置かなかったのは宮廷画家殿の策だが、些か綱渡りの感が強すぎまいか。

 仰向けに倒れたアルスラーンがすぐに起き上がれないのを見て、ジムサは跳ね起きる。
 連射された矢が鋭く襲いかかってくる。かなり離れているだろうに、中々の腕前には違いない。まだ手にしていた筒で、何とか打ち払うが、さすがに短い筒では凌ぎきれない。
「──痛ッッ」
 第二波の最後の矢を払うのに、まともに握っていた手を叩きつけるようになってしまう。それでも、取り落とさずに済んだが、第三派がきたら、完全に凌ぐのは難しいかもしれない。こうなれば、本当に、盾になるしかないか。
 こんな格好で、死に花を咲かせるというのは業腹だが、これも運命《さだめ》というものか。
 覚悟も決めたジムサだが、思わぬ救いは背後で体を起こした護るべき王から齎《もたら》される。
「──ジムサッ、これを。ルクナバードをっ」
 実名を呼ばれたことに反応している場合ではない。パルス随一、唯一無二の宝を差し出されたことに驚いてもいられない。
 宝剣神剣とても、この危急の場では武器に過ぎない──武器としても通用する宝剣は珍しいかもしれないが。ましてや、異国人が手に取るだけでなく、振るってしまっては英雄王の怒りに触れるのではないかなどとも、露ほどにも考えなかった。

 スラリと引き抜かれた剣が弾いた太陽の輝きは烈光となり、人々の目を射抜く。
「──ハッ」
 矢を叩き落とす一振りごとに放たれる一閃の眩さと美しさに、誰もが息を呑む。
 第三波を難なく、斬り飛ばせば、射手も最早、目的を果たすことは不可能と察したのだろう。途端に殺気が薄れていく。
 時間を稼いだとはいえ、全速力で向かっているだろう警護陣が間に合うかは微妙だ。このままでは逃してしまうかもしれない。
 その刹那、手の中のルクナバードが妙に熱くなったような気がした。その熱に浮かされるように、両手で頭上まで振り上げていた。
 まるで、天上の太陽に突き立てるように──その灼熱を刃に纏わせたように感じたのは気のせいだったろうか。
「逃がさんっっ!!」
 そんなことが可能か否かなど頭になかった。ただ、沸き上がる思いのままに、剣を振り下ろす。



 爆裂するような閃光は、正しく地上に太陽が生じたようだった。
 瞬間的に生まれた地上の太陽はほとんどの者には優しく、命の象徴の輝きを示すのみだったが、ある者には厳しくも目を焼いたのだ。
「……何と。これもまた、英雄王の意志というものかの」
 感嘆の息をつくファランギースは驚愕しつつも、アルスラーンを助け起こすと、巫女たちに指示を飛ばす。恐らく、射手は目を焼かれ、逃げることなど叶わぬだろう。
 ナルサス卿に報せに走る巫女たちをよそに、未だルクナバードを手にしたままの巫女──ジムサは呆然と立ち尽くしている。
 己が為したことながら、正直、何が起きたのか、理解には程遠い。想像すらできない状態だ。
「ジムサ、大丈夫か」
 ファランギースの手を借りて、立ち上がったアルスラーンは「心配ない」と答えると、ジムサに歩み寄る。しかし、反応がない。
「ジムサ?」
「…………陛下? 一体、何が」
「ルクナバードの霊験だろう。カイ・ホスローがお力を貸してくださったのだ」
「英雄王が? ……されど、私は異国の民で」
「そんなことは関係がない。カイ・ホスローがこの国の民だけを護りたかったわけでもないはずだ。あぁ、それとも、太陽の欠片を鍛えたルクナバードならば、太陽神の民に寄り添うものとも考えられるかな。そんなことより──」
 アルスラーンはルクナバードを持ったままのジムサの手を取り、
「また助けられたな、ジムサ卿。こんな格好までさせて、申し訳ない」
「…………え?」
 呆けていたジムサの意識が明瞭さを帯びる。
 「こんな格好」とは「どんな格好」で──……^^;;;
 改めて自分の姿を見下ろすまでもなく、巫女の扮装で……。
 一気に血が引き、目も覚めたが、蒼褪めた。

 当然、観衆もザワザワしている。
「おい、あれ、ジムサ卿って、もしかしなくても、あのジムサ将軍?」
「まさか……。いや、でも、さっき、吹き矢使ってたよな」
「思い返してみれば、あの槍捌きも見覚えが」
「マジかよ、あんな美女があのトゥラーン人だとは」
「ツッコむとこ、そこかよ。てゆーか、トゥラーン人でもルクナバードが使えるのか?」
「何を言う。それこそ、英雄王の思し召しというものだ。生まれなど関係なく、将軍を認めておられる証だ」
「あー、お前、前から結構、贔屓にしてたよな」
「高嶺の花じゃなかったっけ?」
「高嶺の花か。確かに元々……とは思ってたけど、あんな格好されると、妙にくるな」
「え、お前、そっちだったの?」
「そーじゃないけど、それでも、こー、なんつーか、な」
「あぁ、解る気はスっけど」
「俺も三拍子の会に入ろっかなー」
 などと言ってる辺りは警護の兵士や非番で見物にきた連中か。

「何でもいいわ。たとえ、男でも将軍でも、麗しのお姉さまよ」
「前々から、ちょっと気になる御方だったものね」
「ホント、素敵☆」
 何が気になるのかはサッパリだが。完全に男としては見ていない!?

 何はともあれ、正体が完全に露見《バレ》れたのは間違いがなかった。心底、申し訳なさそうに王が窺ってくる。
「……済まない。ジムサ」
「ジムサ卿、気分でも悪いのかの?」
「わっ、わる…、いや、まぁ、何とか──」
 残念ながら、支離滅裂っぽい。心を取り繕うのも儘ならない。ましてや、立て直すことなど。
 何にせよ、人の目が痛すぎる。
「へ、陛下。ルクナバードを」
「あ、あぁ。そうだった」
 鞘に戻し、改めて、アルスラーンが腰に佩く。
「ファランギース殿。俺は、もういいか?」
 とにかく、この場から逃げ出したい。何れ、居合わせた群衆から、噂がばら撒かれるのは目に見えている。拡散する前に、この格好だけでも何とかしたいと思ったのだが。
「陛下が引き上げられるまではお側にいてもらいたいのじゃがな。お主は警護役なのだから」
「ふぁらんぎーす、どのぉTT」
 完全に泣きが入り、パルス語発音も何か怪しいが、この時ばかりは麗しの女神官が“悪魔”に見えたと、後々、アルスラーンが側近たちに語ったものだ。

終わらん^^

七難目・中



 完結、ではありません。多分、オマケの巻を書くことになります。ともあれ、受難七難目は一段落つきました。
 やっとこ、ここまでという感じですが、ネタそのものは結構、古くて、二難目でこっそり女装脱獄かました辺りで、いつか衆人環視の前で女装^^;;; させたいと、あれこれ展開を考えていました。
 『三拍子の会』がどんどん大きくなって、多分、『女性部』も誕生すると思われます。もしかしたら、もうできてるかも★
 ひたすら、可哀想なジムサ将軍。ガンバレ☆ もうすぐ、かわいい娘と会えるから?(それって、ある意味、フラグなわけだけど)

2016.07.22.

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