★七難八苦を乗り越えろ☆

七難目・中ノ巻


おかしいだろう、絶対に!
何故だ? どーなってるっ!?
何で…、何故、誰も全然、気付かないんだっっ!!?

 などと内心ではなく、大声で叫びたいが、黙っているよりない。おかしいと喚きたくとも、実際に気付かれでもしたら、それはそれで大いに困る。全くもって、末代までの恥もいいところだ。
 ために懸命に表情を取り繕っているのは無論のこと、ジムサ将軍──ただし、その姿は常の武人のものではない。眠る時ですら、手元から離さない剣も得意の必殺武器たる吹き矢も帯びてはいない。
 飾りは多くない純白の長衣で身を包み、顔は薄絹《ヴェール》で半ば、隠れている。他の巫女たちとともに、神事の場に並んでいるのだ。そう! アルスラーン国王陛下を招く神事の場に。
 つまり、既に衆人環視の前に出てしまっているのだが、若き国王陛下が現れるのを待ち侘びているためもあるのか、誰《だぁれ》もジムサの正体に気付かないのだ。

 そりゃ、顔は半分、隠れているよ。ゆったりとした長衣は鍛えられた腕も足も隠してくれるよ。だからってさ!! 隣にいる巫女たちですらがヴェールなしで顔合わせもしたのに、全く疑いもしないって、どーゆーことよっっ★



 巫女扮装の三拍子将軍の正体をこの場では唯一、知るファランギースがチラリと目を向けてくる。愉しげな色が浮かんでいるのをジムサは見逃さなかった。
 絶対に遊んでいる。無論、国王陛下護衛のためであるのは承知しているが、こんな形でなければ、護れないのかと嘆息したくなる。
 いや…、そうなのだろう。あの宮廷画家が伊達や酔狂だけで、こんな策を取るとは考えられない。
 こうまでしなければならないような敵がいるのだと、ジムサは気を引き締める。この神殿内に、陛下を害そうなどと考える輩が……。
 どんな姿をしていようと為すべきことは変わらない……はずだ;;; まぁ、正直なところはそうとでも考えなければ、やってられないのだが。
 ジムサはヴェールの下から注意深く視線だけで、周囲に注意を配った。

 そこに若き国王アルスラーン陛下御来駕が告げられる。
 華美ではないが、常になく煌びやかな正装を纏ったアルスラーンが現れ、待ち望んでいた民も歓声に沸く。
 その佩剣が陽光を弾き、七色の煌めきを生む。宝剣ルクナバードだ。神事の場に帯剣は許されないが、神器に等しい宝剣は例外だった。
 滅多に人前に出されることのない宝剣を民が目にできる稀有な機会──誰もが心待ちにするのも当然だった。

 この神事が何のためのかはジムサは余り理解してはいなかった。無論、ファランギースは説明してくれたが、異国人のジムサにはそも、パルスの神々への造詣には程遠く、今もって、信心を向けているとするなら、トゥラーンの太陽神《ダヤン》だ。
 アルスラーンも女神官であるファランギースも、別にその信仰を改めさせるようなことはしなかった。
 遊牧の民であるトゥラーンでは神殿を築くこともなく、御神体といえるのは天上に輝く太陽そのものだ。草原の何処に在ろうと、振り仰げば、そこに神はいるものだった。
 パルスにいる今とて、それは変わらない。この神事の場であってさえ、宝剣の射抜くような輝きを生むのも、太陽なのだから……。
 
 懐かしい草原に思いを馳せかけたが、目を打つ宝剣の輝きに、それどころではないと今一度、気を引き締める。


☆       ★       ☆       ★       ☆


 アルスラーンが用意されていた椅子に腰を下ろし、少し離れたところにファランギースが控えていた。
 巫女たちは更に後ろに並んでいるので、椅子の背の上に出たアルスラーンの頭しか見えない。きっと、いつものように穏やかな笑みを浮かべていることだろう。
 ……面と向かって、会うようなことがないままに終わってくれれば、万々歳だが、目論見通りにはやはり、いくわけがなかった。
 宮廷画家殿は「この機会に出せる膿は出す」と言いきったのだから。

 考えてみれば、この場での陛下の護りも、どこか隙がある。ジムサとともに並ぶ巫女の中にもファランギースには及ばぬにしても、腕の立つ者が選ばれているはずだが、身の熟しからすると、全員ではないようだ。
 しかも、後ろに下がっていてはいざという時、直ぐに前には出られない。勿論、民の前に悠然と身を曝すアルスラーンを何者かが狙っているなどと、民の目に明らかなようにはできないが。
 大体、ナルサス卿の算段はともかく、それこそ衆人環視の前で、国王陛下を暗殺するような真似をするものだろうか? それで、神殿は言い逃れができると思っているのか。
 そんなことを考えて、ジムサは苦笑したくなった。故国トゥラーンでは正に力が全てであり、国王《カガーン》への反逆ですら、認められていたことだった。
 駆け引きなど、間怠っこしいことはしない。王であろうとも、力がないから、負けるのであり、負ければ、全てが覆される。命とともに……。
 トゥラーンで王になるということは、反逆される覚悟を常にしておかなければならないのだった。
 ジムサにとっても当たり前だったはずが、その故国はパルスに敗れ、瓦解し、利用された上に味方に「裏切り者」と追われた自分は巡り巡って、敵だったはずのパルスに将として迎えられ、そろそろ四年。自分でも気づかぬ内に、トゥラーン流から遠ざかっていたようだ。

 では、今回、ナルサス卿が煽っている相手はどうだろうか。放置はしておけないから、国王陛下第一のダリューン卿も、この策を認めざるを得なかったのだろう。
 そのダリューン卿は神殿の警護に回っている。神事の場には武人は当然、出られないが、黒衣の驍将が全く姿も見せないのではむしろ、相手の警戒を助長する。
 神殿の外から、攻撃するのは難しい。となれば、注意すべきは中に入ってくる民だろうが、その一人一人を調べては不穏の気配を無関係な民にも感じさせることになってしまう。
 ダリューンはそれでも、持ち物くらいは調べるべきだと主張したが、ナルサスが「暴発してくれなければ意味がない」と取り合わなかった。
 引き下がったもののダリューンの機嫌が一層、低下したのはいうまでもない。

 神事は進み、アルスラーンが立ち上がった。数歩、前に出るだけだが、一歩ごとに宝剣が虹の如く、光を散りばめる。『太陽のかけらを鍛えた』という伝承は伊達ではないと異国の生まれですら、感嘆するが──アルスラーンがファランギースからも更に離れるので、最も警戒しなければならない瞬間だ。
 ジムサも姿はどうあれ、武人として戦士としての感覚を研ぎ澄ませ、全身で気配を探る。
 ……比較的、近くで、妙に揺らいだ気配に気づく。強烈な殺意には程遠いが、動揺のようなものだ。ヴェールの下で目だけ動かす。近くに立つのは巫女たちだけだ。ほとんどが国王来駕の神事の場ということで、堅くなってはいるようだが、幾人かは緊張というより、緊迫感を滲ませている。これは警護役たちだろう。
 そして、一人に視線が止まる。やはり、ヴェール越しではあるが、些か強張った青い顔をしている?
 神殿側の何らかの意向を受けているのはこの巫女かと、ジムサは自身の警戒を露わにはしないように気を静めながら、巫女の動きを監視した。



 神事も佳境──アルスラーンが神官から、聖器らしきものを受け取る。
 両手が塞がるこの一瞬こそ、『敵』が狙う刹那な瞬間だった。
「纂王アルスラーン! 王家の血も引かずして、斯様な神事に参じるなぞ、言語道断!!」
 観衆の間から、金切り声のような糾弾の声が上がる。他の歓声も、さすがにその周辺からは消えていき、代わりに騒《ざわ》めきが生じる。
「身の程を弁え、退位せよっ。応じずとあれば、この場で討ってくれるっっ」

 ヒュン…

 空気を切り裂く音が、何事が生じたかを極僅かな者に知らせる。何処《いずこ》から飛んできた矢がアルスラーンに向けられたが、無論、その眼前で叩き落とされる。
「陛下、お退がりください」
 飛び出してきたファランギースだ。帯剣はできないため、程近くに立てさせてあった神事のための長杖を手にしている。当然、事これ起これり時のために備えてあったのだ。

 観衆の間には混乱が生じ始めている。救国の国王陛下を「纂王」と断罪した上に、矢が射掛けられた。そこに黒衣の驍将が配下を引き連れ、声を上げた主を捕らえようと、突入してきたためもある。
 当然、更に矢が放たれる可能性もあり、アルスラーンの前にはファランギースだけでなく、他の巫女も壁になるように護りについた。
 ジムサは──警護役ではない巫女たちとともに、後方に控えたままだ。それはナルサスやファランギースに指示されたことでもあった。
 アルスラーンを襲うのに正攻法で仕留められるなどと、相手も考えているはずがない。
「必ずや、向こうにも隠し玉があるはずだ。巫女殿は、その隠し玉に対してのこちらの切り札なのでな」
 誰が巫女殿だっ★ とは睨むだけで済ませたが、既に艶やかに?化粧された面では効果半減だったろう。

 その隠し玉らしき巫女はジムサの斜め前で固唾を呑んだ様子で、成り行きを見守っている。食い入るように、その目がアルスラーンの背に向けられているのだ。
 そう。将たるジムサから見れば、馬鹿馬鹿しいほどに誘うようにアルスラーンの背後ががら空きだった。再度、矢が放たれるのを警戒しているかに、ファランギースはじめ、護りの巫女も観衆との間に立ち塞がっている。
 誘いそのものだというのに、気づいていないのか、或いは承知の上か。騒ぎに煽られるように、遂に足を踏み出した。その右手が左手の長い袖へと差し入れられている。
 瞬時に殺意が沸くのを感じた。静まり返っていた火山が突然、噴火するかの如くに。
 反射的に、ジムサも動いた。


☆       ★       ☆       ★       ☆


 暗殺者に成り代わった巫女は隠し持っていた短剣をアルスラーンの背に突き立てようと、腰だめに突進していった。
 恐らく、確信していただろう。動機は何であれ、間違いなく、目的は果たせるだろうと。
 だが、成就を阻んだ者がいた。後ろから、肩を掴まれたかと思うと、突進の力を殺がれる。更に腕も取られ、凄まじい力で捻り上げられそうになる。
 巫女はその力には下手に逆らわず、だが、手首を返して、短剣を振るった。危険を察したか、相手は手を離し、距離を取った。
 見返せば、昨日になって、加わった巫女だった。名は確か「シム」とかいったか。国王護衛のために呼ばれたと聞いていたが、後ろに残っていたことに気づかなかったとは迂闊だった。
 それにしても、見た目とは裏腹に信じがたい力だ。ファランギースほどではないにせよ、腕に覚えがあるのだろう。
 肝心のアルスラーンといえば、既に他の巫女がこちら側にも回り、庇うように立っている。こうなっては簡単にはアルスラーンを討つことは叶うまい。その一瞬に賭けるしかなかったというのに、この巫女に邪魔されてしまったのだ。
 最初から逃げられるとは思っていなかった。しかし、どうにか、纂王に一太刀は加えなければ、意味などない。
 構え直した短剣を「シム」めがけて、素早く繰り出す。侮れない相手なのは明らかだが、どうにか隙を作り、切り抜けるために。
 無論、「シム」──ジムサも素早く避けるが、慣れない長衣では常の動きができない。動いているつもりでも、足に纏わりついて、どこかぎこちないのだ。
 鋭い切っ先が眼前を振り抜かれる。引っかけられたヴェールが剥ぎ取られた。

 その頃には民の中でも暴言を発した者が取り押さえられ、一応の落着を見ていた。矢を放った者も既にその場からは逃げている。
 一方では、神事の場に於いての巫女同士の奮戦が繰り広げられ、民の目もそちらに向けられている。
 畏れ多くも国王陛下を襲い、仕留め損ねた巫女は暴挙を防いだ巫女に八つ当たり気味に短剣を振るっている。
 その一閃が避ける巫女のヴェールを引き裂き、その面を露わにした。途端に観衆の間から「おおっ」とドヨメキが上がる。

「何と、美しい」
「可憐だ。巫女だなんて、もったいない」
「いやいや、神に愛でられ、仕える巫女に相応しい」
「ファランギース様とはまた、違って、素敵」
「お姉さまとお呼びしたい」
 などなど、あらん限りの賛辞(妙なのも混じっとったが)の声が上がるが、場違いなこと極まりない。とにもかくにも、攻めまくられている状況だというのに、脱力しそうになって、危うく一太刀受けそうになった。
「──シム!」
 ファランギースが叫びながら、長杖を放った。掴もうと手を伸ばしたところに、突っ込んでくる。
 懐に飛び込まれそうになったが、手にした杖を回し、下方で弾きながら、一度、距離を取る。
 あくまでも儀式仕様だが、長さでは槍のように使えるものだ。得物を手にすれば、最早、恐れるべき相手ではない。何しろ、槍の扱いならば、既にジムサはパルス軍に於いても五指には入るとされているのだ。
 暗殺者とはいえ、巫女などに後れを取るはずがなかった。
 舞の如き動きで、長杖の先端を突きつける。そんな動きにまで、歓声が上がる。
「まるで、戦女神よな」
「何の。異国の物語にある戦乙女ではないか」
 ……もう好きに言ってくれTT

 方や、その構えを見て、暗殺者の巫女も、美しい巫女^^;がただ者ではないことを悟ったようだ。軽く息を呑み、だが、果敢に向かってきた。
 一薙ぎで打ち払うが、力加減が難しい。恐れるべき敵ではないが、アルスラーンだけでなく、これだけ人が多い場では下手に短剣を弾き飛ばすわけにもいかないのだ。
 払われた巫女は転がりながらも、短剣を手放さなかった。膝をついたまま、ジムサを睨み上げ──こちらが身構えた一瞬に立ち上がると背を向けた。
 呆気に取られたジムサも反応が遅れた。半瞬後、後を追うが、短剣を振るいながら、一ヶ所に固まっていた他の巫女たちの元に駆けつけ、その一人の手を掴んだのだ。
 悲鳴を上げる巫女の背後に回り、首筋に短剣を突きつけた。
「動くな」
 長杖が届く前に、宣言され、さすがに動きを止める。
 かつてのトゥラーン戦士としてのジムサであれば、一人の巫女など見捨ててでも、災いの元など斬って、捨てただろう。
 しかし、今は──違う。戦いの場であれば、苛烈さは失われてはいないが、決して戦場ではない、しかも、神事の場で余人の目も多すぎるとあっては、非情な真似はできなかった。

「その杖を捨てろ。纂王奴! こいつを殺されたくなければ、独りでこちらに来い」
 前半はジムサに、後半はアルスラーンに向けたものだ。
 唇を噛みながらも、アルスラーンを誹謗する言葉に血が上るのを感じる。
 そんなジムサの傍らに、あっさりと進み出てきたアルスラーンが並んだ。ファランギースも止めなかったのだ。
「捨ててくれないか」
「……陛下」
 声を出せば、男とバレかねないので、ずっと黙っていたが、さすがに口を開かずにはいられない。
 すると、アルスラーンがジムサを見返してきた。すっかり背が伸びたアルスラーンは既にジムサを越している。
 そして、柔らかな澄んだ目が笑っていた。思わず、息を呑む。
〈え…、と。まさか、俺だって、気づいてる?〉
 動揺するが、それこそ、そんな場合ではない。言葉通りに、折角、手にした得物を放り出すよりなかった。
 確かめたアルスラーンが今一度、ジムサに──巫女にだが──笑いかけ、人質を取った巫女に向いた。



 隠し玉を狩り損ねた切り札は、明かしてしまっては最早、切り札とはいえない。こんな状況も、立案者は予測していたのだろうか。
〈ナルサス卿は何をしている。どうするつもりなのだ〉
 共犯者を捕らえたダリューンも周囲に威圧感を振りまきながらも、様子見をしている。
 一番、近いところにあるのは、今でもジムサだ。直ぐにでも動けるように瞬きもせずに、相手の呼吸すらも掴もうと凝視する。
 場合によっては、国王陛下との間に割り込み、この身を盾とするのも辞さなかった。

更に続く

七難目・上  七難目・下



 ええと、何だかギャグっぽさが余りないような……。こんなにシリアスになるなんて、予想外でした★ 次で終わるか、自信がない^^;;;

2016.06.17.

伝説小部屋 小説