黄昏の夢

Twilight


 120年に渡る自由惑星同盟軍の対銀河帝国軍戦史上に於いても、輝かしい一時代を成した男達の集団があり、彼らは『730年マフィア』と呼ばれていた。同盟軍士官学校730年6月の卒業生七人の集団である。
 『730年マフィア』の最盛期、パトリック・アッテンボローはまだ、幼かったが、辛うじて記憶している。いや、もしかしたら、12月11日が巡ってくる度に繰り返される『追悼番組』の影響で、そのつもりになっているだけなのかもしれない。
 宇宙暦745年12月に行われた『第二次ティアマト会戦』は小競り合いではなく、同盟・帝国双方が大兵力を動員し、激突した。そして、『730年マフィア』のリーダーと云われたブルース・アッシュビーは想像を絶する戦術を駆使し、華麗なまでの完勝を勝ち取った。
 だが、アッシュビー自身はこの会戦で戦死した。今一人、ヴィットリオ・ディ・ベルティーニ提督も同じ戦場に斃れたが、この軍事的英雄の早過ぎる死を同盟市民も悼んだのだ。
 ブルース・アッシュビー提督の勇名は同盟軍と帝国軍が初めて、対峙した一世紀以上も過去の『ダゴンの殲滅戦』を演出したリン・パオ、ユースフ・トパロウル両提督に並び、敵手たる銀河帝国にも、その名を知られた指揮官である。
 だが、長じたパトリック・アッテンボローはどれほど、偉大と呼ばれようが、軍事的英雄なる存在を無条件に讃辞する気にはなれなかった。
 各人の人格や性格がどうのではなく、『軍人』という存在自体に対し、好意を抱けないのだ。
 三年間の兵役任務で、その見解は確実に結晶化した。軍隊という組織は肥大しきり、職業軍人は度し難い……。その『力』は建国時の理念や目的を果たすために有するはずなのだが、受け皿には大穴が開き、見る影もなかった。
 そこに、自由惑星同盟という『国家』そのものが衰退を始めているようだとの予感を覚えたわけではなかった。この時点では、まだ……。
 だが、将来、振り返ってみれば、確かにその翼の影こそが、頭上に広がりつつあったと想起できるのだ。

 それはともかくとして、では、ならば、『ダゴンの英雄』や『730年マフィア』が誹謗されるべき無能な軍人だったかといえば、そうではない。
 パトリックの信条とは別に確固たる評価が確立しているし、パトリック自身、それを否定する気はない。
 少なくとも、彼ら『英雄』は指揮下の将兵を不必要に死なせる指揮官ではなかった。
 ただ、幾らかはマシであろう、と思っているに過ぎず、軍隊も軍人も毛嫌いしていることには変わりはない。
 パトリック・アッテンボローは批評する側に回った。しかも、御用ジャーナリストなどとは一線二線をも画した、批判をも加えるジャーナリズムの真髄を求める存在として、名を知られることになる。

 そんなパトリックがまだ、無名だった頃に出会い、熱烈な恋愛の末、妻にと望んだ女性の父親が典型的な職業軍人であり、軍人以外の婿を迎えるつもりはない! と突っ撥ねられたのは些か因縁めいている。
 それでも、百回以上の口喧嘩と三回の喧嘩沙汰の挙句に『男の子が生まれたら、軍人にする』とのお許しを頂いたのだ。
 自由惑星同盟軍の箍が相当に緩んでいたとしても、個人レベルでは『理想』や『お題目』を心底から信じ、従軍する者も決して、少なくはなかった。義父たる軍人も、その一人だった。
 宇宙暦766年現在、アッテンボロー夫妻の間には二人の子が生まれていた──が、祖父の失望すること二回……つまり、共に女の子だったのだ。
「さすがは俺の子だ。碌でもない職業なんぞに就きたくはない、と思っているのさ」
 とは、さすがに面と向かって、言ったりはしない。それほどに義父の悲嘆は深かったのだ。
 そして、私人としてのみならず、軍人としての義父を悲しませるニュースが流れた。
 『730年マフィア』の一人、ウォリス・ウォーリック元帥の急死である。退役し、政界にまで転じたウォーリックだったが、幾つかのスキャンダルの洗礼を受け、引退を余儀なくされたのだ。
 軍人として、指揮官としては有能で、名将と称された人物であったが、或いはだからこそ、『敵』も多かったのかもしれない。
 大軍を率いて星の大海を駆け巡り、敵軍を打ち破った勇将ウォーリック提督。『男爵《バロン》』という異名を持ち、社交界でも持て囃された男にとって、惑星上の小都市での孤独な病死は寂しい最後だったに違いない。
 この年、現存する『730年マフィア』はフレデリック・ジャスパー、ファン・チューリン、アルフレッド・ローザスの三名となり、往時の過半数を割ったのである。

「せめて、星の海で果てたかったろうに……」
 そんな感想を義父は漏らしたが、案外、自分の願望ではないか? と思える。
 だが、パトリックには理解し難い感慨だ。
「死を有り難がり、死に場所を選べる人生なぞ、あるものか」
 150年も長生きすれば、遺《おく》る側遺られる側、互いに有り難がる心境に達するのは間違いないが、問題は場所でもなく、生き方だろう。
 それでも、一軍人にとって、『730年マフィア』の将軍達は軍神にも等しい存在であるくらいは認識していたので、心中で呟くだけにしておいたが……。
 その直後である。妻の、娘の三度目の妊娠が明らかになったのは。
 お腹の子の祖父は小躍りして、喜んだ。
「今度こそ、男の子だっ。絶対に男の子だ! いや、これはもしかしたら、ウォーリック元帥の生まれ変わりかもしれん!!」
 興奮の余り、実に宇宙暦マイナス1000年ほどはありそうな非科学的なことを口走ったものだ。正に苦笑を禁じ得ないが、本気で信じたがっているのかもしれない。とにかく、それほどまでに軍人を継ぐべき男子を欲していたのだ。
 結果は数ヶ月後に出た。胎児の性別が確認され、彼は三度目の失望を味わわされた。傍目にも気の毒なほどに意気消沈してしまった。
 パトリックも嘆息しつつ、頭を掻いたが、それまでだ。現代医学では『産み分け』は可能だが、そんな『邪道』な方法を使ってまで、義父を喜ばせる気は全くなかった。
 約束は『男の子が生まれたら』だ。生まれなくとも、生まれても、天命という奴である。
 何にせよ、アッテンボロー夫妻が子宝を授かるチャンスも日を追うごとに減じていくのだ。
 そして、769年春。最後かもしれないチャンスが巡ってきたのだ。
「絶対に男の子だ!! 今度こそ、男の子だ!!!」
 三年前と同じセリフをより熱っぽい口調で、正に躍り上がらんばかりに狂喜した。さすがに誰某の生まれ変わりとは言わなかったが。
 果たして、『四度目の正直』となるのか? 又しても、期待は空振りで終わるのか?
 赤子の祖父には見定めることは叶わなかった。指折り数えた孫の誕生を待たずに、慢性的に続く銀河帝国軍との戦闘で、戦死したからである。
 退役寸前まで生き延びながら──だが、自身の望み通り(?)で意外と本望かもしれない。
 もし、仮に無事に退役を迎えていたら、孫の軍人としての栄達を見届けるまでに長生きしたことだろう。但し、口煩くして、煙たがられたかもしれないが……。

 とにかく、四人目にして、アッテンボロー夫妻は待望の(!?)男子を得たのであった。祖父の名を授けられた息子は五体満足の健康優良児で、スクスクと成長していった。
 同月齢の乳児に比して、行動範囲が広く、元気いっぱいの息子が二歳の時、フレデリック・ジャスパー元帥事故死の報が流れた。
 同僚ジョン・ドリンカー・コープ提督戦死の際、僚友を故意に見捨てた、との悪意に満ちた噂に傷付けられながらも、『730年マフィア』の誰よりも長く軍に留まり、尽くした退役直後の夫人との旧婚旅行中の宇宙船事故であった。
『それでも、宇宙で果てるのは本懐だろう』
 義父が生きていたら、果たして、そう思っただろうか。
 だか、それを忘れていたことを、或いは忘れようとしたかったことを思い出させる。
 既に苦もなく歩くようになった小さな息子の将来についてである。
 『男の子が生まれたら、軍人にする』との約束を交した義父は既に亡い。約を違えたとしても、この世では文句を言われはしない。
 しかし、相手がこの世に存在しないからこそ、絶対的な効力を以て、迫ってきているようにパトリックには感じられたのだ。そして、それは息子が成長するにつれ、更に増大していった。
 三人の姉に負けないくらいに行動的で、その後を追いかける。既に腕白なきかん坊振りが窺え始めた四歳の年、再び『730年マフィア』の訃報に接した。
 ファン・チューリン元帥の病死である。
「……貴方、本当にダスティを軍人にするの?」
 やはり、父の出した条件を忘却しようにも叶わないらしい妻が尋ねてきた。
「さてな、どうするかなぁ……」
 生まれてもいない孫をウォーリック提督の生まれ変わりといい、期待をかけていた義父の姿は意外なほど、鮮明に思い出される。
「親父さんが生きていてくれれば、ダスティのために喧嘩もしてやれるんだが、いわば、遺言だしなぁ……」
「でも……」
「まっ、それは十二年後までの宿題にしておこう。ひょっとしたら、ダスティが自発的に軍人になりたい、と言うかもしれんからな」
 顎を撫でながら、言ったものの、そうなればなったで、不肖の息子に成長してしまうわけである。何となく、面白くない。

 妻にコーヒーを頼んで、立体TV《ソリヴィジョン》を点けると、『730年マフィア』の特番が流れ出した。内容は二年前と大して変わらない。ただ、主役がフレデリック・ジャスパー提督からファン・チューリン提督に変わっているだけで……。
 それに、影の主役はやはり、ブルース・アッシュビー元帥と思われる構成だ。
 思い巡らさずにはいられない。この『730年マフィア』の面々だけでも、戦死、事故死、病死と人生の終焉は多彩である。
 仮に息子が軍人の道を進んだとした場合、命の危険に曝される頻度も高くなるのだ。果たして、生物学的な天寿を全うできるだろうか?
 勿論、職業軍人にならずとも、兵役義務はあるが、その期間には遥かな差がありすぎる。
 軍人の子が親に先立つ可能性も高い。そういえば、故ファン元帥も確か、息子には……。
「……狂った世の中だな」
 順番通りにいかないとは──……。
 自身が優れた将帥でありながら、我が子を先に喪ったファン元帥の心境は如何なるものだったろうか? 無論、今更──いや、たとえ、元帥の生前であれ、知る術はなかろうが……。
 沈着冷静で、何事にも冷淡な人物だったという評判だったから──戦闘にも昇進にも──そんな人物がどんな心境にあろうと、パトリックの比較対象にはなり得ない。
 不意に馬鹿げた想像だと自分自身が不快になる。将来未定の息子が先立つ可能性を考えるなど!
 立体TVでは『730年マフィア』の一代絵巻がとりあえず終了し、現代の街並みの中に一件の邸宅がクローズ・アップされていく。
 『730年マフィア』最後の一人であるローザス提督宅にリポーターが押しかける様には口許を歪め、眉をハネ上げた。
「やはり、狂っている」
 漂ってきた香ばしい香が上昇しかけた不快度のメーターを落ち着かせてくれた。


 十五年後、画面上のその私邸で執り行われたアルフレッド・ローザス退役大将(後元帥昇進)の軍部葬に、自由惑星同盟軍士官学校最上級生ダスティ・アッテンボロー候補生は参列するのである。



 ウォーリック提督の生まれ変わりかどうかはともかく、ジャーナリスト志望であった青年は非凡な戦術手腕を有した前線指揮官として名を揚げ、自由惑星同盟軍に於いて、二〇代の内に提督となり、中将まで昇進する。
 果たして、会ったこともない祖父は喜んだだろうか?
 彼は『母なる国家』の黄昏期と滅亡に至る混乱の渦中に身を置くのである。
 そして、同盟が存続し得ていれば、元帥も夢ではなかっただろうと評されることになるダスティ・アッテンボロー『退役』中将は民主共和制の種子を守るために、全宇宙の殆どを支配するに至る専制国家を相手に戦い続けるのである。
 彼と同名の祖父が何を望み、銀河帝国と戦ったのか。何を求め、婿には軍人を、孫は軍人にと拘り続けたのかを知る術もない。
 『伊達と酔狂』と公言しつつも、強大な敵に対し、分の悪すぎる抵抗を続け、宇宙の片隅に微かに芽吹いた小さな芽を護ろうとする孫をどう思うかも分かりはしない。

 唯一つ確かなのは銀河帝国成立以後、300年に渡り、帝国の圧政の中で細々と息を繋いできた一つの政治形態が、330年ほども前にアーレ・ハイネセンらによって、帝国を逃れてきた思想が『自由惑星同盟』という『理想の国』を形作り、三世紀近い時を存在してきた事実《こと》だ。
 その後の『ダゴンの英雄』にせよ、『730年マフィア』にせよ、完全無欠な人間ではありえず、純粋高邁な理想に燃えていたわけでもなかろうが、少なくとも、民主共和制に従属する軍人としての任務を果たしてきたのだ。
 そして、それだけのために大量の血が流れ、多くの人命や物量が失われていった。
 他に方法論を求めず、軍事力のみに恃んだと先人を責めるべきだろうが? 但し、それは現代の我々にも返ってくるものだが……。
 それでも、最初の戦いから160年もの長きに渡り、そういった理想や思いの断片は代々、受け継がれ、残されてきたのだ。


 自由惑星同盟事実上の滅亡後に、その精神の欠片を引き継いだのは『ヤン不正規隊《イレギュラーズ》』という軍部の一部であり、象徴となったのは『退役』元帥ヤン・ウェンリーであった。

《第二部へ》

初出 1997年8月16日発行 『Dreiklang』所収



 本来なら、この『黄昏の夢』は二部構成の作品で、今回の話はその第一部に相当します。語り部は何と!? アッテン・パパです。(第二部は息子のダスティ君ですが) 以下、掲載誌のフリートークより抜粋☆

 さて、改めて考えるまでもなく、ティアマトの大勝利から僅か半世紀余りで、同盟は滅亡してしまったわけです。
 そういう目で見てみると、既に衰退の影がチラついていたような気もします。
 『ダゴン会戦』時代に遡ってみても、『古き良き時代』である一方、『ダゴンの英雄』達が軍部にいる場所がなくなり、退役した──などと、軍の人事への政治的影響が見え隠れしているような気がしてなりません。そう考えれば、半世紀とは良く保った方なのかもしれません。
 『永遠の国家など存在しない』とはヤンの口癖ですが──宇宙に進出しようと、版図を広げようと──この辺が人類、国家、或いは政治形態と云うものの限界なのかもしれません。
 帝国とて、王朝は変わり、中身は刷新されているわけですから。それに対し、同盟は150年以上、続いてきた方法論を変えず、改めようともしなかった。
 『専制政治体制の打倒』は単なるお題目と化しており、口実に過ぎなかったのか?
 ただ、一部の人間が自らの殻の中での特権を守ることが目的だったのか? それとも、銀河帝国の打倒など現実では叶うはずはなく、その戦いは続くと──永遠にとはいわないまでも、現在と近未来までは続くと、信じていたようにしか思えません。
 アッテンボローがジャーナリストを目指したかったのも、父パトリック氏の影響もあるでしょうが、やはりジャーナリズムと云うものは『民主制』の中でこそ、強く息づく存在だから……ではないでしょうか。
 それでも、現実としては権力の影響を全く受けずにはいられないようですが、それも仕方がないんでしょうか。尤も、この諦めこそが何にもまして、いかんのかもしれませんが。

 さてさて、第二部は──再生するにはちょい長いんですが、この第一部の反応如何では頑張ってみよっかなー。てか、OCRソフト買えよ★

2006.03.13.

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