風濤碧落《なみたつそらに》


 FAF──フェアリイ空軍に於いて、戦術偵察を担う特殊戦第五飛行戦隊。
 現在は出撃機も、その予定機もなく、格納庫の左右に向き合うように、戦隊所属のスーパーシルフ全機が揃っている。出撃前は上階の整備・発進準備庫からの喧騒に染まる格納庫も今は人気は少ない。最後のミッションより帰投した一機は上階から移されたものの、まだ整備員が取りついているが、至って静かなものだ。
 ジョージ・サミア大尉はエレベータを降りると、一番、奥の搭乗機に向かった。が、途中、三番機の前で一度、足を止める。このスペースは昨日までは空いていた。
 『必ず、情報を持ち帰る』──戦術偵察の必要性から、彼ら特殊戦に課せられた絶対至上命令だ。それ故に他部隊の戦闘に加わることもなく、『ブーメラン戦隊』などと揶揄と蔑視をも込めて呼ばれるが、無論、戦闘を避けられない時もある。
 B−3“雪風”は先だっての任務で、搭乗員も含め、小さくない損害を受け、空軍工場に送られていたが、帰っていた。勿論、戦いの傷跡なぞ、ウソのようにキレイに拭い去られている。
 その機上に動く人影があるが、“雪風”の搭乗員ではなかった。パイロットは負傷し、フライトオフィサは戦死したのだ。それこそが“雪風”の傷跡だろうか?
 ともかく、サミアは用を済ませに自機へと歩き始めた。今頃、気付くのも迂闊な話だが、昨日、出撃レポート作成のためにコクピットに長居した後、忘れ物をしたらしい。
 居並ぶ妖精たちの端に駐機するB−13“ガルーダ”が彼の搭乗機だ。向かいのスペースは空いている。ブーメラン戦隊所属機が13機しかないからだ。
 ここは16機分の格納スペースを有し、「将来的には所属機も増えるだろう」などと昔から実しやかに噂されるが、それらしい兆しは今もって、全くなかった。
 コクピットで、あっさりと見つかった探し物を無造作にポケットに突っこむ。ふとディスプレイを見やり、メインスイッチに手を伸ばしかけたが、止めた。“ガルーダ”が眠ることはない。今も他の戦隊機やコンピュータ群と情報のやり取りをしているだろう。自分の出る幕ではない。
 ラダーを降り、キャノピを閉ざすと、元きた方へと戻る。
 「少佐」
 またB−3“雪風”の前で立ち止まり、今度は機上の人物に声をかけた。
 応じて、コクピットから顔を出したのはジェイムズ・ブッカー少佐。彼ら特殊戦ブーメラン戦隊の実質的副司令と称される、直属の上官だ。
「よぉ、サミア大尉。何か用か」
「いや、こっちの用はもう済んでいる。いつ戻ったんだ、雪風は」
「つい、さっき──でもないか」
 察するに、コクピットにこもって、各種点検をしている内に、時間が経っていたらしい。
「案外、早かったじゃないか。よかったな」
「ホゥ。お前さんが気にかけてくれていたとは驚きだな」
「心配していたわけじゃない。一機、ローテから外れれば、皺寄せはこっちにくる。尤も、深井少尉の問題が未解決では同じことか」
 “雪風”のパイロット、深井零少尉は現在、予審法廷の被告という立場だった。相棒のフライトオフィサも空席のままというオマケ付だ。
 しかし、戦隊の総監で、フライト・スケジュールを管理するブッカー少佐の態度からは深刻さは窺えない。深井少尉の無罪を信じているのか、すでに決まっているのだろうか。
「まぁ、あんたには不幸中の幸いかな。どうせ、この際とばかりに電装やらも変えたんだろう。いいように雪風を弄り回す気じゃないのか」
「ところが、そうも言ってられないんだ。なぁ、ジョージ。一応、聞いておきたいんだが・・・」
 一気に砕けた物言いとなり、新しい懸案について、確認をしてみるが、
「分かりきったことを聞くな」
 問答無用というか、取りつく島もないというか。全く予想通りだったのには違いないが、それでも、溜息が出る。
「せめて、答えろよ」
「せいぜい、頑張ってくれ。任務なんだろう」
「お前らの任務でもある、とは考えんのか」
「あいにく、そういう命令は受けていないな」
 話の振りでも、階級ではなく名を呼んだのも、そのためだろう。
「そうだ、少佐」
「気が変わったか」
「まさか。上に出てもいいか?」
 地下へと閉ざされた基地の外──地上へと出ることを望む戦隊員は案外に多い。ブッカー少佐は組んだ腕に凭れた姿勢で、意地悪く笑う。
「手伝うってんなら、許可してやってもいい」
「──なら、いい。それじゃ、少佐。お先に」
「おい! 即答か、コラ」
 ヒラヒラと手を振り、上官をアッサリと見捨てる。かくして、近く視察により催される日本空軍御大将閲兵に向けての電子人形儀仗兵誕生へと、道は一歩、近づくのだった。
 少佐の諦めきったボヤキを背に、サミアはエレベータに向かう。呼ぶまでもなく、丁度、降りてくるところだった。ランプが点り、扉が開くと、男が降りてくる。今し方、話題にも上げていた“雪風”のパイロット、深井零少尉だった。
 が、二人は特に挨拶を交わすでもなく、擦れ違う。これがブーメラン戦士たちだ。同じ戦隊員でも、たとえ、それが相棒であろうとも、任務外では接することもなく、会話すら持たない。自分以外には興味も関心もない。彼らにとっての、それが常識だった。
 エレベータはサミアを上階へと上げていく。開いた扉の先は戦隊員の個人的趣味の場となりつつあるブリーフィング・ルームに通じている。そこからは整備庫が見渡せるが、無論、その下の格納庫は遮られてしまう。
 解かっていながら、一度だけ、サミアは妖精たちの消えた整備庫を見下ろしていた。



 二、三秒くらいは考えてやってもよかったか? そんな後悔ともいえない思いを巡らせる。
 散歩はともかく、本気で怒らせると手がつけられなくなるのだ、あの少佐は。休みを取り消されたら堪らない。
「まぁ、いいか」
 どうせ、大した予定があるわけでもない。少佐がどう出るか──いつものことだと、諦める可能性大だが──それ次第だ。
 そうこうしている内に勤務明けとなり、とっとと官舎のある居住区へと向かう。基地の外ではあるが、地上ではない。
 特殊戦をも擁するフェアリイ基地は地下に穿たれた空間に建設されている。それは他の五つの基地も同様だ。人類は地中にこもり、“ジャム”なる謎の侵略者と戦っている。
 そんな街路を行くと、やはり、外の風に当たればよかったかと僅かに悔やむ。彼らが地上に在るのは任務時のみ。それもシルフに搭乗しているか、大地に降り立っていても、フライトスーツを着用しているかだ。フェアリイという異星の風を肌で感じられる機会は少ない。
「・・・・フェアリイか」
 地球とは唯一、南極から繋がれた、しかし、宇宙の何処《いずこ》かさえ定かではない、恐らくは地球より遥か彼方のこの惑星。これが対“ジャム”最前線であり、全てだった。約30年前に、この惑星に訪れ、今に至る変化だ。そして、今後とも──・・・。
 サミアは足を止め、髪をかき乱した。何とも、らしくもないことを考えているではないか。予定を変え、飲みに行くことに決めた。


 馴染みというほどの店はないが、店から店へと渡り歩くこともない。フラリと入ったバーで、腰を落ちつける。フェアリイの歓楽街はFAF軍人のためにあるようなものだ。そのバーでも、そこかしこに軍人たちの姿が見える。
 だが、サミアには勿論、相手などはいない。声をかけてくる者もいない。着崩してはいるが、彼の制服にあるブーメラン戦隊の隊章を見れば、近づいてくるわけがない。完璧な拒絶しか返らないと分かっていて尚、無駄な試みをする者などいはしない。
 それでも、特殊戦という謎めいた存在への興味はあるらしく、窺っている者は多い。尤も、サミアは意に介さないどころか、気づいてすらいなかったのかもしれない。ただ、静かに一人、酒を楽しんでいた──が、
「ブッカー少佐、久しぶり。一緒にカードでもどうです」
「あー、悪いな。今日は連れもいるから、また今度、誘ってくれ」
 知った名前に聞き慣れた声。確認するまでもなく、さすがにサミアもげんなりとした。何だって、こんな所で、上官に鉢合わせしなればならんのか。しかも、その上官は真直ぐにサミアの席に向かってきた。店に入るなり、気づいたらしい。
「よぉ、大尉。飲ってるな」
 当然のように隣に座る。そして、連れも招き寄せる。
「零、お前も座れよ」
 深井零少尉は黙って、少佐の隣に腰を下ろした。相変わらず、互いにスーパーシルフのパイロットである彼らは挨拶もしない。間に座るブッカー少佐が彼らブーメラン戦士を統括する立場であるのを差し引いても、先刻のように他部隊の者が気軽に声をかけてくるのだから、特殊戦では異質といえるだろう。それは少佐が現役パイロットだった頃から変わらない。
 なぜだか、急に特殊戦に配属されたばかりの頃を思い出した。つまりは初めて、少佐に──当時は大尉だったが──会った頃のことだ。
「残念だったな、ジョージ」
 真先に頼んだビールを呷りながら、意味の掴めないことを言う。
「もう酔ったのか?」
「誰が。今日は中々、好い空と風だった。なぁ、零」
「・・・まぁな」
 同じビールに口をつけ、言葉少なに深井少尉が相槌を打つ。彼にとって、少佐は親友ともいえる相手だ。ブーメラン戦士に親友とは笑えることかもしれないが、そうでなければ、一緒に飲んだりもしないだろう。サミアとて、少佐とはわりと親しい方だという自覚はあるのだ。
 あの後、二人で上に出て、風に当たってきたらしい。幾らか、つまらないと思う。
「ハン。それで、飛びもしない出来損ないのブーメランもどきで遊んでたのか」
「出来損ないとは随分だな」
「事実だろうが。返ってこないブーメランがブーメランの名に値するのか」
「──何れ、返ってくるようなものを作ってみせるさ」
 幾らか意地になっているようなのが少しだけ可笑しい。
「自分の手で、か。拘るんだな」
 薄く笑うと、少佐を挟んで座る深井少尉が僅かに意外そうな顔をした。彼が何に反応したのかは気にもかけなかったが。
「で、油売ってるところを見ると、あの問題は解決したか」
 何とも腹立たしいことか。些細な問題をデカくしている奴らの一人が吐くセリフではない。
「そう簡単にいくか。一番、確実なのはお前らが並ぶことだ。それだけで済む」
「冗談。少尉だって、嫌だろう」
「・・・確かに。それも飛びきり、悪い冗談だ」
 今度こそ、はっきりと驚いた顔をしている。面と向かって、話しかけてくるとは考えてもいなかったのだろう。サミア自身もそう思う。これはきっと酒のせいに違いない。
 それでも、会話が成立しているので、ブッカー少佐は些かピント外れな感慨を味わっ ていた。そのために反応が遅れたものだが。
「だから、俺が要らん苦労をすることになるんだ」
 もはや、溜息も出ない。戦隊員たちが悉く「ノー」と言ったため、アンドロイド製作にまで、話は大きくなってしまった。
 それと聞き、サミアは呆れたように笑った。少佐の一存で決められることではない。特殊戦の事実上の司令官リディア・クーリィ准将がまともに聞きいれたとは信じがたい。
「よくまぁ、准将がOKしたな」
「零が説得した。俺も即行で計画を立てたよ。今夜は慰労会さ。明日から忙しくなる」
「フ…ン。それは大層な難事業だったな、少尉」
 軽くグラスを掲げてみせる。深井少尉は無反応だったが、戸惑っているらしいのは親友であるブッカー少佐の目には明らかだった。
 この二人、その気にさえなれば、それなりの付き合いもできるのではないか? などと期待してしまう。現に二人とも、自分とはごく普通の友人付き合いをしている──と思う。これは思いこみではない、と信じたい。
「とりあえず、少尉が補佐役ってわけだ。万全だな」
 どこが、と抗議する前にサミアは残りのビールを飲み干し、立ち上がった。
「何だ、帰るのか」
「慰労会じゃ、邪魔だろう? ま、ゆっくりしろ。暫くは飲みに出る暇もなくなるんだろうしな」
 完全に人事な言い草はいっそ、天晴れだろうか。サミアはさっさと勘定を済ませ、店を後にしたのだった。
「全く。あれでも、昔はまだ可愛げがあったのにな」
「可愛げだ?」
 男に可愛げがあって堪るか、とでも言いたげな少尉の反応。尤も、彼は“女の可愛げ”とやらにも、さほど関心を持たないに違いない。
「奴が特殊戦に配属されたばかりの頃さ。まだ反応が素直だった。お前とは一歳《ひとつ》ばかりしか違わんが、特殊戦での経験はかなり長い。俺も・・・まだ現役で飛んでいたからな」
 それはつまり、早々にFAF送りとなり、しかも、特殊戦に放りこまれたことに他ならない。
「へェ、初耳だな」
「そりゃ、そうだろうさ」
 話したことはない。大体がして、他の戦隊員の話など聞いたところで、耳を右から左へと突き抜けていくだけだろう。
「・・・・もっと、話してみたらいいんだ」
「何?」
「いや・・・」
 ブッカー少佐はビールと一緒に言葉を飲みこんだ。真顔で言ってみても、彼らは鼻で笑って済ませるだろう。
 当の深井少尉は少しだけ不可解な顔をしたが、特に気にとめた様子も見せず、肴をつつく。

 特殊戦の隊員たち──ブーメラン戦士に共通の、孤立を孤独を、畏れない生き方。
 一人で生きるのは強さなのか、それとも、何かを失うことを恐れるが故の弱さなのか?

 何れにしても、人が人である以上、ブッカー少佐にはそれが“正しい”こととは思えない。
 だが、彼らにはそれしかない。・・・それだけしか、ないのだ。

(2)



 本当に突然、始めてしまった『戦闘妖精・雪風』小説です。前から構想だけはあったのが纏まってきたところに、まぁ『OPERATIN2』発売記念、かな?
 にしても、話が又、輝らしいというか何つーか。メインは『サミア大尉』だろうけど、多分、原作知ってる方でも「サミアって、誰?」と思うんではなかろうかと^^; いや、一応は原作キャラなんだけど、ムチャクチャ出番少ないんで、オリ・キャラみたいなもんです。
 B−13の“ガルーダ”という名もオリジナルです。由来なんぞは何れ又。まだ続くはず★

2003.03.11.

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