傷 跡 ふみ


「早かったな。もう少し遅いと思って…。えっ?!」
 インターホンが鳴るのを聞いて、愛しい妻子の帰宅だと思い、確かめずにドアを開けると…。
「ミライさん!?」
「朝早くから御免なさい。…貴方と少し話がしたいの、スノー。」

 幾ら知合いといえ、ジャニスの留守中に妙齢の独身女性を家に上げるわけもいかないので、話は近くの公園ですることにした。
 朝早いこともあり、人気も余りない。
 ミライは、俺の隣を緊張気味に歩いている。話をどう切り出したらいいのか迷っている様子なので、俺はとりあえず奴の様子を聞く。
「奴はまだ寝てるのか?」
「え? ええ…。随分、疲れているから。…多分、昼くらいまでは寝ていると思うわ。」
 そういう意味で尋ねたわけではないが、答えが意味深なものになっていた。
 が、彼女は気付いていない。悪い癖だとは承知しているのだが…少し揶揄いたくなった。
「疲れているって…。ミライさん…、そりゃ、ま…その…大胆な…。」
 言っている意味が良く理解らない、という風に不思議そうに俺を見返すミライ。
 そして…漸く意味が理解ったらしい。顔が真赤になった。
「スノー!! ち、違うわ! そういう意味じゃ…違う…!!」
「じゃあ、何にもなかったワケ?」
「そういうわけじゃないけど…いえ、そういうわけとは…あ、いえ…その…。」
 何を言っているか分からなくなったミライが可笑しい。
 きっと奴も同じ反応をするだろうな、と思って大笑いしていたら、揶揄われていたと理解したミライに凄い目付きで睨まれた。
「しかし…結論は出たみたいだな。」
 ミライは俺を見て、確りと頷く。──俺は、彼らの結論に祝福をする。
 そして…ポケットから煙草を出し火を点け、表情を改め、本題を引き出す。
「で、ミライさん、俺に話って何?」
「スノー、ブライトの右肩の傷のこと、どこまで知っているの?」
 どう話を向けて良いか悩んだ末に、ミライは俺にそう問う。
「前の戦争の時、受けた傷…。」
「―─。」
「そして……奴の罪の刻印。」
 ミライは少し脱力したように、静かに目を瞑り、溜息を漏らす。
「そう…。やっぱり…知っていたのね。その話は…ブライトから聞いたの?」
「いや、奴は何も言わない。」
 俺が聞いたのは、前の戦争で受けた傷だということだけだ。そのことは、シャトル・スタッフなら皆、知っている。男同士は、何かと上半身の肌を晒すことが多い。奴の肩の傷は、その時に隠せる場所ではない。が、奴も軍人なので、傷があっても別に不思議に思う者はいなかった。
 況してや、奴の指揮したホワイト・ベースは、艦長自らが銃を手に白兵戦も経験しているのは周知の事実だ。『前の戦争で受けた傷』という説明に、それ以上、追及する者はいなかった。
 ただ、至近距離から撃たれたにしては、骨や神経を奇麗に避けていたという事実は、皆を不思議がらせてはいたが…。
「じゃあ…何故?」
「ミライさん、君は、あの時必死だったから覚えていなかっただろうけど…、俺は、あのジュピトリス捕獲作戦の時、フィラデルフィアに乗っていたんだ。そして…あの射殺されたスパイ遺体移送の際に、艦隊司令に従って、立ち会ったんだよ。」



 ジュピトリス捕獲作戦──前の戦争の終盤で、ジオンの木星船団を捕獲し、ジオンのエネルギー補給を絶つという作戦。俺が乗っていたフィラデルフィアを旗艦とし、WB他一艦を伴い、計三艦で行われた。
 その作戦開始直前、重大なトラブルが発生した。攻撃の核となるべきWBに、ジオンのスパイが紛れ込んでいるという事実が発覚した。
 スパイは、WB艦長自らが射殺したということだったが、その際、艦長自身も負傷し、命には別状ないものの作戦の指揮を采ることができなくなった。…作戦前の重大トラブルとして、艦隊の幹部のみにしか知らされなかったことだ。
 射殺されたスパイの遺体は、艦隊司令の立ち会いの下、補給艦に移されることになった。
 艦隊司令は、旗艦フィラデルフィアの艦長が兼任しており、俺はその艦に操舵手として乗り込んでいた。

 スパイの遺体を補給艦に移す際、俺は艦隊司令たる艦長に付き従い、その場に立ち会うことになった。
 立ち会いの際、不思議だったのは、その射殺されたスパイと引き渡すWB乗組員の表情だった。
 スパイの表情は、任半ばで果てたというのに酷く穏やかだった。そう…まるで愛する人の胸で眠るように、笑みすら浮かべていた。
 それに対し、引き渡す側のWB乗組員の表情は、緊張に蒼褪めていた。スパイに乗り込まれたのは確かに過失だが、作戦開始前に処理できた。射殺とは、確かに後味は良くないが、処分の対象とはならないはずというのに。
 もう一つ不思議だったことは、重傷を負ったといえ、命の別状はないというWB艦長が全く姿を見せなかったことだった。モニター越しにさえもその姿を現さなかった。
 不自然なことが多すぎたので、遺体引渡しの任を終え、艦に戻るランチの中で、俺は艦長に疑問をぶつけてみた。
「ホワイト・ベースで、何が起こったのでしょうか。」
「ホワイト・ベースにスパイが紛れ込んで、そして、射殺された。その際、ホワイト・ベース艦長が負傷した。──それだけだ。」
「………。」
「下手に突いて、藪から蛇を出すことはないだろう。」
「しかし…。」
「少尉、生き延びたいのなら、目の前の事実だけを受け入れればいい。」
 艦隊司令たる艦長は、それ以上の質問を俺に許さなかった。



「じゃあ、艦隊司令は…いえ、他の人達も全てを知っていたの…?」
「艦長は、ある程度、推測はしていただろうが…。他の者は誰も何も知らない。」
「それじゃあ、貴方は何故? スノー。」
 あの時のような蒼褪めた顔をして、ミライは俺を見詰める。
 俺は、手にしていた煙草を捨てて、足で火を揉み消しながら続けた。
「見たんだよ、月で彼女を。…彼女の幻影だけどな。」
 ミライが傍らのベンチに座り込む。
「テストフライトで月に行った時、彼女の幻影を見た。奴を懐かしむように、愛おしむように……奴を抱きしめてキスをしていた。」
 ミライが顔を手で覆う。…それでも、止めろとは言わない。
「あの時のホワイト・ベース・クルーの対応、月で見た彼女の幻影、そして、君との関係。全て合わせると答えが出てくる。──奴と彼女は恋愛関係にあった。が、彼女はスパイだった。事が露見して逃げる際、奴は彼女に右肩を撃たれ、彼女は奴に射殺された。そして、そのことに君が関係している。…そうだろ?」
「私を助けようとしたの。私があの時、出て行かなければ…。でも、私は、彼女にブライトを渡したくなかった。それがどんなに彼を傷付けるかもしれないと分かっていても。それがどんなに酷いことかを分かっていても。ブライトを彼女に渡すわけにはいかなかった。私は…、私はブライトを愛している。だから…私は…!」
 伏せていた顔を上げ、目に涙を溜めながらも、俺を確り見据えている。自分の罪を理解しながら、奴の傷の深さを理解しながら…それでもノアが愛おしいと。
 俺は、彼女の強さが羨ましい。
 そして、俺は思う。この女性《ひと》なら奴を包み込んでくれると。奴の傷を癒していけると。奴と共に生きていけると。…そう思う。


 俺は、新しい煙草を取り出して火を点けた。
「ミライさん、奴はもう答えを出しているよ。ホワイト・ベースでも君を選んだ。月でも彼女の手を取らなかった。…その理由は分かるだろう?」
「………。」
「奴は迷子になっているんだ。あの昏《くら》い宇宙で。だから…君が思い出させてやってくれ。」
「………。」
「宇宙は昏いばかりではなく、全ての『生』の生まれくる温かい場所だということを。そして、気付かせてやってくれ。奴の帰るべき場所は、君だということを。」
「…スノー…。」
「奴が、宇宙で迷い子にならないように道標になってくれ。宇宙に浮かぶこの碧《あお》い地球《ほし》のように。奴の帰るべき場所は、君だ。…そうだろ?」
 ミライは目を瞑った。その目からゆっくり涙が落ちる。張り詰めていたものが解けていくように、ゆっくりと。
「…ありがとう、スノー。朝早くから御免なさい。私、帰るわ…ブライトの許に。」
 ミライは涙を拭い、綺麗な笑顔で立ち去った。
 あの二人はもう迷うこともないだろう。お互い確り手を繋ぎ合っていけるだろう。
 それでいい。それで…。


 煙草の火を始末していると、後ろに人の気配を感じた。
 振り向くと、そこにはミリシアを抱いたジャニスが立っていた。──俺の愛しい家族。
「良いこと言うわね。『帰るべき場所は、君だ。』…ね。」
「俺は、お前がいるから迷わずに帰ってこられる。だから…さ。」
 そう言って、俺は愛おしい妻を娘を抱きしめ、お帰りのキスをする。
 ノアはミライと共に新しい人生を歩み始めるだろう。彼らなら、お互いの傷を舐め合うことなく、共に傷を癒しながら生きていけるだろう。そんな彼らに俺は心からの祝福をする。
 俺はもう一度、俺の愛しい家族を強く抱きしめた。

俺の相棒に幸あらん…と、願いを込めて。


 エピローグ


 ふみさんよりの頂き物小説・第三章☆ どうだ、参ったか!? とゆーくらいに格好好いふみさん版スノーですな♪
 主役のはずの某たらしさんは寝てるらしく、出番がないのに……^^;;;

2004.10.27.

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