腕 時 計〜Good-Luck! 入江和馬



『想い』のおもさを届けに…


…おもい
すごくおもい
なぜか、おもい
そのおもさで、体が動かなくなってしまう…

「……ったく、何を考えているんだか…。」
 自分の行為が奇異に類することであるのは解っている。
 ジャブローにある民間用エアポートの出入口で、他の人間からは、ただ単にボ〜ッと立っているようにしか見えない。現に今も、通り過ぎた人々が彼に必ず視線を送り、表情を険しくする。
 自分で自分のことを呪いながら──しかし、その場を離れることができなかった。足が前に出ないのだ。前に出たい、進みたいという気持ちはあり、体も前に出ようとするのだが、うまく足を振り出すことができなくなってしまったのだ。

…おもい
感覚として感じる、おもさ
 
じゃない…のか?
…この『おもさ』は……

 マサキと別れたスノーは、その想いに捕われていた。
 その『おもさ』は、荷物が“おもい”とか、体が“おもい”というものではないことは、彼には解っていた。が、あえて考えないようにしていたのだが…。無意識に右手がポケットにいき、先ほどマサキから預かったものに触った時は、思わず苦笑してしまった。
「腕時計、か…。」
 その腕時計は、一番最初の持ち主の性格に似て、正確に時を刻んでおり、未だに現役であった。その傷の多さも特異なものであったが、支給されて数年しか経ってないのに、すでに10年以上使いこまれたような感じを受ける。これがその元の持ち主の印象とダブってしまうのは、仕様がないのかもしれない。そして、その傷は彼の心の傷を具現化しているように思える。
 まだ軍人になって数年であるのに、どんな軍人よりも実戦経験と知識があるが故の心の葛藤。彼は、まだ20代の若者なのだ。それを連邦軍のお偉方は……。
 そんな『想い』を思い出し、スノーは苦笑をその顔に浮かべた。スノーは、そんな彼とは互いに気も合い、『親友』という仲になった。彼が、そんな想いを時折心の中に浮かべているのを見て、何度か肩を叩いた。それだけで、彼は笑顔を浮かべ、スノーを見つめたものだった。
「そう、なの…か……。」
 …そんな『想い』を持つ者がもう一人いたことを、その彼の笑顔と一緒に思い出したのだ。

「…私はあいつのアイリーン・アドラーで十分♪」

 そう言い、笑顔で答える彼女を──。
 彼は、想いを馳せる。

…女性の理想像に、なりたかったのか?

 スノーもマサキを悩ますその同じ──ブライト・ノアという人物に『想い』を抱いていたのだ。

『親友』としての想い

 一時はその『想い』の大きさと周囲からのプレッシャーで、スノー自身の意志に関わらず、彼──ブライトの前からいなくなったが、それでも、その『想い』は変わらなかった。
 スノーの想いが彼にとって重く、いや、大きくなり、スノー自身の心を占めていくのが恐かった……正直そんな想いが一時期にあったのだ。それを無くしてまった時のことを考えて、あえて自ら距離を置こうとも考えた。
 だが…。
 マサキを始めとするホワイト・ベースのクルーのブライトへの『想い』を見て、ブライトへの想いを隠すことをやめた。だからこそ、ブライトとも心を許せる親友になったというのに…。
 しかし、今、招待されている結婚式に行かない自分もいる…。

「だからって…だからこそ、なのか? なあ、マサキ?」

 腕時計を渡した時の彼女は、スノーの心に残る微笑みを彼に向けていた。その笑顔にはいくつもの感情が含まれていることは彼には解った。だからこそ『想い』を感じ、体も動かなくなってしまったのだろう。その『想い』は、自分も解っていたことなのだから…。
 ブライト・ノアという人物は、多くの人間から『想い』を向けられているのだろう。ネガティブなものから愛情まで。
 それを受けながら、彼は今の彼になったのだろう。どんなに悩み、辛い思いをしたのだろう。しかし、その『想い』を彼は真摯に受けとめ、プラスのエネルギーに変換し、前向きな姿勢を保ったのに違いない。だからこそ、今の彼はどんな人物からも一目、置かれる人間になったのだろうから。
 自分は、そんな彼から『想い』を向けられながら、今、何をしているのだろうか?
 そして、その『想い』を自分はどう想っているのだろうか?

「ふっはっはっは…ははははは!」
 彼は自分の『想い』を理解して、思わず笑い出してしまった。そこはエアポートの出入口であり、多くの人間が通り過ぎる場所であるため、さらに奇異な視線を浴びたが、彼は全く意に介さなかった。それほど、その理解したことがあまりにも明解すぎたからだった。
 結婚という一人の人間を選び、ともに歩むことを選んだブライトが…いや、その相手のミライに嫉妬していたのだ。そんな単純な感情が、自分が滑稽だという感情が溢れ出てきてしまうのを押さえきれなかったのだ。
「さてと。行きますか。」
 自分の『想い』に素直になることにした今、走り出す彼の足取りは軽かった。

 そして、あの腕時計は、そんな彼の腕にはめられていた…。

★      ☆      ★      ☆      ★

 ほぼ同時刻。
 ブライトとミライの結婚式もすでに二次会にとなり、ごく親しい人間…といってもホワイト・ベース・クルーばかりのメンバーで、和やかな雰囲気の中で進められていった。WBメンバーでは、いつも階級は関係なく、友人同士となり、皆が笑い声を上げ、和やかな雰囲気を作っていた。
 その中で、ブライトは連邦軍公式礼服から私服のスーツに、ミライは白いノースリーブのハイネックと同じく白いタイトロングスカートをはいている。清楚なイメージの彼女の服装は、いかにも彼女らしい…そんな想いを彼女を見ながら抱いた。
 そんな彼女をいつまでも見ていたかったが、二次会に参加したメンバーから多くの祝いの言葉がかけられるので、それに答えていくので、彼は徐々に精一杯になっていった。
 その二次会のメンバーにサンマロも含まれていた。彼は一年戦争終了後、正式に医学部を卒業し、大尉に昇進したばかりであった。彼の礼服姿は、本人も照れくさそうな表情をしていたが、実に嬉しそうでもあった。
 そんなサンマロを見つけたブライトは、自ら声をかけ、近況を話し合っていた。彼らの周りには、自然と輪ができていた。その中で自然に話題はマサキの話題へとなっていった。
「…マサキって最後の最後まで、いつもの調子だったね。」
「ああ、あの人らしいね。自分の素の感情は見せないけど、それが不快に感じない。何故なんだろうね…。」
「そうだね、俺なんか…。」
「サンマロ、ちょっといいか…」
「なんだい? ブライト?」
 いつもの穏やかな表情を浮かべ、ブライトの方に向いたサンマロは、ブライトの表情に吃驚してしまった。
「マサキが最後ってどういう意味だ? 俺は聞いてないんだが…。」
 ブライトの言葉を聞いて、その表情の意味を理解したサンマロはマサキの気持ちを察して、穏やかに話しはじめた。
「ブライト、お前、聞いてないのか? マサキは…昨日付けで退役になって、今日ジャブローを離れるんだ。」
「なんだって!? まさか…。俺はあいつから何も…。」
 ブライトは思わず大声を出してしまった。あいつは…いや、マサキはそういう大事なことは必ずいってくれると、そう信じていた。それが、何故…?
 ブライトの声を聞きつけて、ミライは急いで彼の元に走り寄り、子供をなだめるように話してかけた。
「ブライト、落ち着いて。マサキは『ブライトには私から言うわね。』ってみんなに言っていたの…私にも、ね。だから…。」
「なんで俺には言えないんだ! そんな大切なこと、この俺に相談してくれないなんて…。」
「…だいぶ前に、マサキは退役届けを出していたのよ。それが今になってやっと受理された、というわけなのよ。」
 ミライはブライトを落ちつかせるために、穏やかな口調で話しかけた。が、今のブライトはそれさえも不快に感じてしまうのであった。
「だからって…! 何故…!」
 表情を固くし、ミライを怒鳴りつけてしまう。感情を押さえきれない。
「ミライ、マサキは何故、俺に言わなかったんだろう。なにか聞いているか?」
 両腕を痛いほど掴まれ、真剣な眼差しが射抜くようだと感じながら、ミライは何か言葉を紡ぎだそうとした、その瞬間…。
「愛だろ、愛。」
 二次会の会場に音もなく入ってきた人物がその間に入り、ブライトに声をかける。
「…! スノー!?」
「スノー、ただいま参上しました。」
 深々と頭を下げると、その顔に微笑みを浮かべ、ミライに向かって話し掛ける。
「…ブライトをよろしく。マサキもそう思っていたと思うよ。」
「ええ。」
「あいつの『想い』もよろしく。」
「…もちろん。」
 その表情には、曇り一つもなく穏やかな微笑みであった。見ているだけで、彼の不安は解け、思わず微笑を向けていた。
「……で、マサキは?」
 ブライトは目の前で起こっていたことを理解できず、イライラは頂点に達していた。
「ここからタクシーで5分のエアポート。だが…ブライト、行ってどうする?」
「それは…退役する理由を聞いて…。」
「前もってお前に言わなかったことを、今日聞いて言うと思うか?」
「それは…。」
「結婚式当日だっていうのに? 花嫁さんは、置き去りにしてまでも?」
「……。」
 ブライトは呆然となった。俺はいったい何をしようとしていたのだろう? マサキのことは気になる。だが…。今は結婚式。一番『想い』を向けている彼女…ミライを置いて俺は…。
「いってらっしゃい。あなた。」
 そんなブライトの悩む姿を見て、ミライはブライトの背中に軽く片手を添える。
「でも…。」
 戸惑うブライトに、彼女はさらに言葉を重ねた。
「いってらっしゃい。あなたのその『想い』、ちゃんと彼女に伝えてきて。」
 微笑む彼女に向き直ると、ブライトはミライを抱き寄せ、いきなり唇を重ね、深いくちづけを何度もくり返す。周囲はそれを唖然として見るだけだった。
 静寂が辺りを包む。
 ミライはそのどんどん深くなるキスに最初は戸惑ったが、徐々に酔いしれていった。足下がおぼつかなくなり、立っているのがやっととなり、ブライトの胸元にしがみつく。それでも体を支えるのが辛くなってくる…。
「…っ、ブライト。」
 ようやく唇が離れ、呼吸も整わないままにミライが話そうとするも、それを人さし指で制したブライトは、ミライの耳もとで囁いた。
「続きは後で。…行ってくるよ。」
 子供の悪戯が成功したかのような表情を浮かべ、ブライトはミライを見つめる。ミライはその視線を受け、顔が赤くなるのを感じた。
「よっ! 伊達男!」
「…スノー…。」
「マサキなら、まだ間に合うぜ。今から走れば…。」
 その言葉が終わらないうちに、ブライトは会場の出入口の扉を開け、駆け抜けていった。
 その後姿を、その場にいた者全員が、暖かい眼差しを向け、送った。
 ブライトへの『想い』は 彼ら共通の『想い』であり、その『想い』を向けるマサキの気持ちが痛いほど理解できる人々であった。
 「あいつは、良い奴だ。だから…。」
 誰が呟いたか分からない。その言葉がその場の静寂に広がった。言葉の続きは彼らの心の中にあるのだろう。それを改めて表に出すことは、ないかもしれない。

 言葉にできない『想い』
 それは確かに存在するのだから…。

「…なんだか妬けちゃうわね。」
 ミライのその一言で、再び会場は和やかな雰囲気を取り戻していた。先ほどはいなかったスノーも含め、笑顔をその顔にたたえ、その場の人間に馴染んでいた。

☆      ★      ☆      ★      ☆

 スノーは、ふとその腕時計を見た。それは、今でも正確な時を刻んでいる。
 その『想い』は、この時計のように今でも、いつまでも続いていくのだろう。そう思うと、スノーはある言葉を思い出していた。

「私、ニュータイプじゃなくて良かったと思っているの」

 マサキは嬉しそうにそうスノーに語ったことであった。
 それに対してスノーは答えなかったが、今、何となく解った気がした。アナログと言われるかもしれないが、直接会って話す楽しさ、嬉しさは大切なことだと思うのだ。

 多くの想いを受けて、ブライトはマサキの元へ走る。
 その想いは、きっとマサキを……。
 そして多くの仲間の想いも…。
 スノーは、思わず微笑んでいた。それは、彼の望んだものだったから。

「Good Luck!」

 想いをのせて、彼は再びマサキに向かって呟いていた…。

《了》

『腕時計』 『腕時計〜最終章〜(前編)』


 ハイ、入江さんからの頂きもの・その3、前作の続編ですね☆
 又もや切ないお話。完全にスノーがメインで、輝版とは又違った“想い”を抱え、動いている。
 いや、生きている、といってもいいでしょう。生みの親としては嬉しいことです。
 今回の結末でも、時計はスノーが持ってるし、ひょっとして、その4とか・・・ねぇ^^

2002.11.12.

トップ あずまや