腕時計・外伝〜レオンver 入江和馬


−4 leaf clover−


三つ葉は「希望」「信仰」「愛情」の印
残る1枚は「幸福」のシンボル
その残る一枚が…足りないのは何故?




 『ホワイト・ディンゴ』の部隊にいた時も、俺は他の人間から尊敬と妬み、そして畏怖の感情を向けられていた。戦場での戦果もあったが、人の言ってほしい言葉が理解《わか》る──勘が良い、というのもあったかもしれない。人から向けられる感情の波動が理解るだけに、自分の感情や想いは、ずっと胸の奥にしまうのが常の習慣《こと》になってしまった。
 スノーとの出会いは、そんなWD時代を引きずる俺にとって強烈だった。
「無理して言葉に出すな。あんたの悪い癖だぞ。俺が望んだ言葉は……あんたの心…想いの言葉だ。表面上なんて気にするな」
 俺を見て、スノーはいつも心配していたようだった。できる部下として、気遣ってくれる上官もいたが、こんな言葉を賭けられたのは初めてだった。

『自分が言いたいことを言わなくて、どうやって、コミュニケーションを取るんだ?』

 そんな疑問に答えるかのように、その後はずっと互いに背中合わせで、座っているだけだった。背中の温かさが唯一のコミュニケーションの手段。周囲から見れば、奇異な風景だったかもしれないが、俺にとっては、コミュニケーション…言葉ではなく、心がダイレクトに伝わってくる確かな手段だった。
 その温かさが、今の自分に繋がっているのは、いうまでもない。
 その後、スノーはあのホワイトベースの艦長と組んで、テンプテーションのコ・パイもやったが、俺が軍を退役し、やがて店を開くことになった時には、スノーも同じく軍を抜けて側におり、結局またコンビを組むことになってしまった。


「おっはよ〜、レオン。じゃなくって、“チャイナ・ムーン”♪」
 いつもそうだ。『あの夢』を見た時のスノーは、明るい。その表情も声も普段とは変わらない──そう一見には。長い付き合いの俺にはよく解っている。
「…その名前はよせ。ところで、いつものオーラがほとんどないぞ。また、あの夢を見たのか?」
 いつもの調子で答える。すると、また考えこんでいる。眉間にシワを一瞬寄せると、顔に心と同じく暗い陰りを射す。
 彼の心は、理解っていた。いや、理解しているつもりだった。しかし、その表情から夢の重要さを悟る。

そう、あの日のスノーを、
何もなくなったスノーを、俺は知っているから…。

 あの日…スノーが家族を失った日。
 瞳が虚ろで感情という存在は、スノーの中にはなかった。表情も、言葉も全て消えていた。そう、全てが…。
「あぁ…。レオン、か…?」
「スノー……」
「……何も言わなくていいよ…。だって、あいつらは…」
「天に召された。君の周りには……俺だけだ」
「そう、か……。誰もいない、か……」
 …何もなく寂しさだけが彼を取り巻いていた。俺の言葉に機械的に答えるスノーを俺は…ただ遠巻きに見ているしかなかった。
 いつしか、マサキという女性が、スノーの中で大きなウェイトを締めるようになっていくのも、それが愛という名のものに変わるのも…。

だが、このままでいいのだろうか?
このまま、彼はその想いを抱えて、歩いていくだけでいいのか?

 この疑問には、長く答えられずにいた……。がしかし、あの女性に会い、話すことで、その疑問は解くことができた。
 あの女性──ミライ・ヤシマに会うことで、俺はスノーに掛けるべき新たなる言葉を、見出したのだ。


★      ☆      ★      ☆      ★


「マサキ…さんですか?」
 スノーの親友でもあるブライト・ノアの夫人ミライ・ヤシマの名は勿論、知っていたが、客として相対していること、そして、スノーが正に忘れようとしている女性の名を出され、自分も今までの人生で一番、動揺している。そうと判断《わか》っただけでも、まだマシだというべきだろう。
「えぇ。マサキ・ヒカル…スノーさんは覚えていらっしゃるかしら」
 ミライは、俺の瞳を真直ぐに見て、言葉を出していく。その視線に正直に答えるしかないと決心した。
「えぇ。よく…いや、彼の心の中では、彼女が大部分を占めています。彼女の存在は、彼の心を侵食しはじめています」
「そう、そうなの…。良かった…」
「!?」
「なぜ、そんなことを言うかって? だって…」
 目の前に出されていたハーブティーを一口飲み、静かに言葉を紡ぎだした。
「マサキもそうだから…。」
「だが、マサキは来なかった!」
 その言葉を聞いて、俺は瞬間的に今のスノーのことを思った。そして…『怒り』という感情に、言葉に支配されるのを自制心でも抑えられなかった。
 なぜ来なかったのだ!? マサキさえいれば、スノーは、あいつは…。
 自分では何も、どうすることもできないという悔しさが、感情が心の垣根を飛び出していく。
「ジャニスやミリシアが死んだ時も、今までも…!! あいつが探しても全く姿を表そうとせず、何もしなかった! 皆が探しても…! なのに、あいつは、そんなマサキの幻想を抱いて──」
「マサキは、来られなかったのよ」
 ミライがそんな俺を瞳に映しながら、静かに話し出す。その言葉に、感情が落ち着かされていく。八つ当たりだった、と自分をいつものように客観的に分析し、ミライに視線を向けた。彼女の雰囲気には、深刻さが漂っていた。軽く頭を下げ、会話を続ける。
「失礼しました…来られなかった、とは?」
「えぇ、来られなかったの。あなたが、私も含めて、皆が探しても見つからなかった理由…それは」
「それは?」
「別人に…いえ、元のマサキに戻ってしまったから。ある切っかけで」
「元のマサキさんって…。それで、切っかけとは?」
 その『元のマサキ』と『切っかけ』をミライから聞き、暫く言葉もなかったのは、俺らしくない、というべきかもしれない。それだけ衝撃的だったのだ。
 ミライはそこまで話し、ふうっと一呼吸おくと、言葉を再び紡ぎはじめた。
「マサキは記憶がなくても、心だけは求めているものは変わらない」
 その言葉が、心に響いてくる。マサキを想い、それがマサキのためになると信じている。マサキには会ったことはないが、ミライから、そう聞かされるだけでマサキが本当に望んでいる、と自分まで信じられる。
「スノーも同じです。求めているものは、きっとマサキさんと同じでしょう」
 心からの言葉が、声にして出せる。まるで、スノーと話しているようだ。駆け引きなど考えもせず、自分の率直な思いを口にできる──嬉しいと感じ、表情が穏やかになるのが自分にも分かった。スノーの本当の想いを、そして自分の想いを感じ、言葉にすることできたように思えたのだ。
「やっぱり、レオンにはその表情がいいわね」
「え?」
「あなたには、その穏やかな表情が良く似合うわ。あなたの心を表しているような、その表情が……。よくブライトから、あなたの話を聞かされていました。スノーさんと一緒の時にね。あなたには、心をそのままにした微笑みが似合うって、二人とも言っていたから…」
「ありがとう。それを言われたのは……スノーとあなただけだ」
「……」
 ミライは何も言わず、涙を一雫だけ落とした……。

四葉のクローバー
三つ葉は「希望」「信仰」「愛情」の印
残る1枚は「幸福」のシンボル

その残る一枚をミライから受け取り、今、俺はスノーに手渡すために言葉を、
あえて言わなかった言葉を、彼に投げかける。

「話せない、じゃなくて、相手への想いの大きさを自覚していないんだろ?」

《了》

『最終章(前編)』  『外伝〜ミライ編』


 レオン・メインもの到着〜♪ 入江さんが実に頑張ってくれました。いや、もう感涙物ですよ。 人様のレオン・メインもの・・・。それが全てかいっ★
 輝版(MINUS編)の二人は結構ドライなんですが、入江さんトコの方が親密ですね^^ ただ、一寸だけ──ブライトとレイヤーさんの立場がないような(爆)
 レオンとミライさんの会話というのも盲点です。輝は考えたこともなかった。“オーラだけでなくやっぱし霊も見えてるかもしれない”レオンと“さらに上手な読みまくり”ミライさんの対決──違うっての^^;

2003.04.01.

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