腕時計・外伝〜ミライver 入江和馬


−The last leaf−


三つ葉は「希望」「信仰」「愛情」の印
残る1枚は「幸福」のシンボル
その残る一枚は、今、私が握っている




「…そう、そうだったの…。」
 アグラーイ家からの呼び出しは、急なものであった。リムジンとともに、ミライが馴染みの『爺や』が使者としてやってきたのだった。ブライトは仕事で数日出張しており、ミライ一人だったため、メモをおいてミライは自宅から迎えの車に乗った。
 ミライは、アグラーイ家の別荘に行き…そこにいる穏やかに微笑むマサキと会った。。

「ごめんなさい、ミライ。私をずっと探してくれたようで…。数年の記憶をなくしてパニックになっていて…最近なの、自分を取り戻せていたのは。」
 いつもの微笑みではなく、この家に『匿われていた』時代の悲しみを背負った微笑みを見せるマサキに、ミライはかける言葉を失ってしまった。瞳も…まるで死んだようであり、輝きもない。
 このまま、あの頃のマサキに戻ってしまうのだろうか?
 この屋敷にいた時のマサキは、確かに綺麗で名前通り輝いていて…しかし、表面上の事と周囲の人間にはわかっていた。マサキの『こころ』はここにはない。皆に合わせて笑って、皆に合わせて行動して…。
 自分というものを、忘れているようだった。それは痛々しいほどに。
「……そんなことはないわ。」
 と穏やかに微笑む彼女を見て、ミライは自分の無力さを感じるのだった。
 だが、しかし。
 自分の意志で連邦軍に来て、あれだけ変わったマサキを見たミライにとって、現在のマサキは……。


★      ☆      ★      ☆      ★


「…ミライ、久し振りだね。」
 ミライが次の言葉を悩んでいたところに、声をかけてきたのは…スヴャトスラーフ・ミハイロビッチ・アグラーイ…マサキの従兄に当たる人物だった。
「ええ、久し振り。」
「マサキに会いにきてくれたそうで…ありがとう。」
「いえ……。」
「‥‥折り入って、君にお願いがある。」
「え?」
 スヴャトスラーフとの会話を上の空でしていたミライは、その視線を上げ、彼のそれに合わせる。彼は今までに見たことがないような表情をしていた。
「こんなことをお願いするのは、君から見たら奇異に見えるかもしれない。だが…。マサキを愛する人間《もの》の一人として、今の彼女を見ていることはできないのだ。」
 彼は、ミライの視線を受けると、真剣な口調で話しはじめた。
「記憶を取り戻してくれ…とは言わない。だが…記憶を失くす前の彼女に戻って欲しいのだ。……御協力を頼む。」
 その言葉の後、彼は頭を深々と下げた。その言葉、その態度…彼のマサキへの想いを知るには十分だった。いつもの、プライドが高い彼からは想像もつかないような表情。
 そして、その想いは…ミライも同じだった。
「ええ、私にできることなら。」
 その心を通じるものを感じながら、ミライは言葉を返していた。
「ありがとう…。」
 スヴャトスラーフは、やや照れながら微笑み、右手を出す。
「あなたの想い、確かに受け取りました。‘The last leaf’…必ず渡してくるわ。」
 その想いの大きさを…そして、その想いが自分と同じものと感じて、思わず微笑んでしまう。
「……じゃあ、行ってくるわ。あなたの…そして、私の想いを適えることができる人物《ひと》…ベルンハルト・シュネーヴァイスに会いに行くために…。」


The last leaf…その想いをあの人に届けるために。
 ミライは今、動き出した。

《了》

『最終章(前編)』  『外伝・レオン編』


 入江さんよりの『腕時計シリーズ』とりあえずの最後の頂き物です。随分、前に貰っていたのに、色々と──まぁ、夏コミがあったので、今頃UPとなりました。
 とにもかくにも、長いシリーズ物、ありがとう☆でした♪

2003.08.29.

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