愴海《うみ》に眠れ(後編) 遠雲《ユンワン》


 第三と第八雷撃隊がやや遅れて突入したのは幸いだったといえる。
 ジオン艦隊は先行した第六雷撃隊に気を取られ、彼らの接近に気付くのが遅れたのだった。
 迎撃に上がっていた六機のザクは第六雷撃隊をまだ追い回し続けていた。
 ルナツーの尉官参謀が予想したように三機のザクが後続して、発進してきていたが、これも当初は第六が逃げ惑う宙域に向かって加速していた。
 彼らが新手の十三隻の突撃艇に気付いた時、もう各艇は突撃準備隊形を整えつつあったのだ。
「マイヤー中尉の隊は新手の敵に向かわせろ!」
 ジオン艦隊の旗艦チベ級重巡洋艦チョムスキーの艦橋ではジオンの将官が部下に叫んでいた。
 既に六機のザクの方は間に合わない位置にいた。マイヤー中尉の指揮する三機のザクだけが加速の方向を変えれば、迎撃可能な状態だった。
「全艦対空射撃!」
「主砲砲門開け!」
 将官が、艦長がそれぞれ命令を下す。
 チベの、そして後続するグスマン級巡洋艦の大口径主砲がビームの光を放った。
「敵は五つの小隊に分かれました。ナセルに一隊、アラファトとボリバルに二隊ずつ、向かっています!」
「マイヤー隊、ナセルに突入してくる一隊を攻撃します!」
 主砲、味方に当てるなよ、ジオンの将官は号令した。


 ザクのコクピットの中では小隊長マイヤー中尉が自分の両脇を固める二機の部下に号令を下している。
「キーン! 敵の頭を抑えろ!!」
 キーン准尉のザクの一二〇ミリマシンガンの黄色い洩光弾が突撃艇の前方を塞いだ。
 三隻の突撃艇が減速用バーニアと方向転換用スラスターを吹かして、キーンの射弾を避ける。
 編隊を崩した一隻がマイヤー機の眼前に躍り出た。
「貰った!!」
 今度はマイヤー中尉の一二〇ミリ弾が突撃艇の横腹を貫いた。
 制御を失った突撃艇はグルグルと旋回しながら、あらぬ方向へと加速を始めてしまった。
「手負いの敵には構うな! 次をやるぞ!」
 マイヤーは叫び、ザクのスラスターを吹かして、隊形を組み直そうとする二隻へと向かう。
 突撃艇の上部に設置された防御用の四〇ミリ機関砲が火を噴いた。
 被弾の衝撃がマイヤー機に伝わる。
「そんな豆鉄砲が何ぼのもんじゃ!」
 再びマイヤーの一二〇ミリ機関砲が火を噴いた。



 敵の巡洋艦は一列縦隊で並び、チベ級重巡洋艦を先頭に、他の四隻のムサイ級と思われる巡洋艦が後続していた。
 第八雷撃隊は後尾を行く二隻に狙いを定め、『ニューオーリンズ・ラブ』を先頭とする三隻は最後尾から二番目の巡洋艦に向かっていた。残る二隻は最後尾の巡洋艦に突入を開始していた。第三雷撃隊の内、それぞれ一隊ずつも彼らと同じ目標に突入を開始していた。

 撃ってきた!
 敵艦のビームの光を認めた時、スノーの背筋に冷たいものが走った。
 艇を微妙に横滑りさせる。
 横滑りの加減は案外に難しい。
 大きく滑らせれば、艇は加速を失い、次の射撃で狙い撃ちされてしまう。かといって滑らせなければ、コンピュータ制御されている敵の主砲は九〇パーセント以上の確率で直撃する。
「操縦! 余計な操作はするな!」
 キーリングが怒鳴るのは前方を行く二隻が楯になってくれると確信しているからだろう。
 スノーはムカムカする気持ちを抑えた。
「スノー、おかしいわ。」
 突然、呟いたのは隣の席にいるローラである。
「まだムサイの射程距離には入ってないのに……。」
「ムサイじゃないっていうのか?」
 が、先行する僚艇の向こうに見える敵艦のシルエットは明らかにムサイ級巡洋艦のそれである。
「ニューオーリンズ・ラブより全艇!」
 ロウ中尉からのやや雑音混じりの通信が届いた。
「今、気付いたんだが、こいつはムサイじゃない。グスマン級だ!」
 幻のグスマン級、開戦時には本国防衛艦隊に属していたため、連邦軍での知名度は低い。
 職業軍人ではないローラは、グスマン級と言われても、キョトンとした顔をしている。
 が、戦前の士官教育を受けているキーリングやスノーは愕然とした。グスマン級は艦隊決戦用にムサイの砲戦能力を強化した艦であり、砲門の数は少ないものの、射程距離は重巡洋艦並だった。
「何故、前の攻撃の時に気付かなかったんだ!」
 軍人口調を出せずにキーリングが怒鳴った。
「攻撃中の艦種確認は難しいんですよ、代行!」
 ロウがすかさず、言い返す。
 無能な奴め、と吐き捨てるキーリングを誰も構ってはいられない。すぐに巡洋艦の第二射が放たれ、ビームの光は『タンガロア』の僅か一メートル脇を掠めた。
「ホ、ホーネット全艇!」
 キーリングが号令をかける。
「も、目標を一隻に絞るぞ。ホーホーバロン、スィーティ・スージー! こちらに合流してこい!」
「無茶です!」
 スノーが叫んだのと同時に『ホーホーバロン』と『スィーティ・スージー』の艇長も同じことを叫んだ。
 既に突撃針路に入っているのだ。ここで方向転換をするのは自殺行為に等しかった。
 敵の第三射が襲い、今度は二本のビームの光が艇の上と下を掠めた。
「せめて目標を本艇に合わせろ!」
「大尉!」
 それは或いは誤った判断ではなかったかもしれない。敵が強力ならば、攻撃は集中した方がいいからだ。だが、キーリングの魂胆が見えているだけにスノーは嫌悪を隠せなかった。
「ニューオーリンズ・ラブより全艇!」
 ロウが無線で呼びかけなければ、スノーは怒号を発してキーリングを罵倒していたであろう。
「代行は精神錯乱を起こした! 指揮は俺の艇が采る! 今の大尉の命令は無効だ!」
 スノーとローラは顔を見合わせた。
「ロウ中尉! 貴様、何を言うか!」
 怒鳴るキーリングを相手にせず、ロウはスノーに呼びかけた。
「シュネーヴァイス少尉! タンガロアの艇長は今からお前だ。」
「タンガロア、了解!」
 姿勢制御バーニアを操作して敵の第四射を回避しながら、スノーは大声で答えた。
「シュネーヴァイス、貴様ぁ。」
 キーリングは愕然として、怒鳴り散らした。
「ウィピティ! 操縦を代われ! そして、ニューオーリンズを攻撃しろ! ハンク !シュネーヴァイスを逮捕しろ!」
 が、誰も動こうとはしなかった。
「ハンク軍曹!!」
 怒鳴るキーリングの方を見る余裕はスノーにはない。
 敵の第五射が襲い、目標艦の前方を行く巡洋艦からもビーム砲が発射されつつあった。
「ピンク・バッカニア、タンガロア。陣形をV字編隊に変えるぞ!」
「了解!」
 スノーが操縦輪を操作、微加速して『ニューオーリンズ・ラブ』の右上後方に出ようとする。
 が、その眼前で悲劇は起こった。
 横から襲った巡洋艦のビームが『ニューオーリンズ・ラブ』の抱えていたミサイルを直撃したのだ。
「あぁ! ニューオーリンズが!」
 ローラの悲鳴にキーリングも、キムも前方に目を向けた。
 スノーは絶望的な思いと共に、次に繰り広げられるだろう光景を予想した。
 対艦用の大型ミサイルは明るい輝きと共に大きく膨らみ、あっという間に『ニューオーリンズ・ラブ』のオレンジ色の船体を飲み込んでいった。
 『タンガロア』の全クルーが声もなく、息を飲んだ。
 が、悲運はそれで終わらなかった。
 『ニューオーリンズ・ラブ』に続行する『ピンク・バッカニア』が爆発の中に突っ込んだのだ。
「いやぁ!!」
 しかし、ローラが再び悲鳴を上げたのはそのことではない。
 腕から千切れ飛んだ青いノーマルスーツの手が血を振り撒きながら、びったりとタンガロアの防弾ガラスに張り付いたのだ。
 薬指と小指はさらに千切れて、先端がなくなっていた。
「ピンク・バッカニアより、タンガロアへ!」
 漸く爆発を抜けた僚艇が呼びかけてきた。
「ちきしょう! 破片と肉片を艇のあちこちに食らっちまった。ふらつきが止まらねえ!」
 補充クルーのリーダー、スターリング中尉の上擦ずった声が雑音を交えながら、響いた。
「タンガロアより、ピンク・バッカニアへ。先頭艇は引き受けた。本艇の左後方につけ。」
 スノーがスターリング中尉に呼びかける。
 増速するタンガロアの窓からロウ中尉の手が離れていった。
「恩に着るぜ、シュネーヴァイス少尉!」
「いかん!」
 そう怒鳴ったのはキーリングである。
「今のは無効だ!」
「自分はタンガロアの艇長を命じられています。」
 スノーはなおも、キーリングの方を見ないまま言った。
「ローラ! ターゲット・ロックオン!」
 は、はいとローラもやや取り乱しながら、これもキーリングの方を見ずに射撃制御用コンソールを操作する。
 ミサイルに内蔵されたカメラにターゲットを捉えさせ、コンピュータに記憶させるのは副操縦士の仕事だった。
「ハンク!!」
 二人に相手にされないキーリングは立ち上がり、上部銃座を操作しているハンク軍曹を大声で呼んだ。
 だが、次の言葉は声にならなかった。
 キーリングは立ち竦み、目を見開いて、ハンクのいるはずだった上部銃座操作席の方を見ていた。
 ハンクは護身用の拳銃を構えて、上部銃座の操作席を離れていた。
 銃口はピッタリとキーリングに向けられていた。
 ハンク……驚愕したのはキーリングだけではない。コクピットの一番後ろでレーザー通信機を操作するキムも、異様な気配で副操縦士席から振り向いたローラも驚愕していた。
「自分はもう、うんざりであります。大尉殿。」
 絞るような声でハンクはキーリングに言った。
「ハンク、貴方……。」
「副操縦士! ターゲットから目を離すな!」
 絶句するローラにスノーの怒号が飛ぶ。敵は既に対空機関砲を発射し始めている。
 洩光弾の黄色い光が当たり、一帯を包むように走り、被弾の衝撃に艇が揺れた。
「まだだぞ、ローラ……。」
 対空機関砲を発射し始めたということは艇は敵艦の間近にまで、迫っていることを意味する。
 しかし、絶対命中という距離に辿り着くまでにはまだ少しの時間があった。
 その間、スノーは敵の弾丸を回避するために艇の針路を右に左に上に下にと微調整し、ローラはその間、ターゲットをしっかりと捉えてなくてはならなかった。
「ハンク、キーリング大尉を逮捕しろ! 艇長命令だ。」
 遂に全くキーリングを見ないまま、スノーが命令を下した。
「シュネーヴァイス! 貴様!!」
 キーリングの怒鳴り声は突き付けられたハンクの拳銃によって、封じられた。
 コクピットのすぐ目の前で四〇ミリ機関砲弾が炸裂した。上に一メートルずれれば、コクピットを粉砕し、下に数メートルずれれば、ミサイルに直撃していたであろう一弾だった。
「撃て!」
 スノーの命令と同時にローラが発射レバーを引いた。
 二本のフィッシュは母艇を離れ、真直ぐに敵艦へと向かった。
 同時にスノーは操縦輪を右下方に押し倒し、艇を下へ向けた。
 左後方ではやや操作の遅れた『ピンクバッカニア』がミサイル発射と同時に蜂の巣のように撃ち抜かれて、爆発した。
 さらにその直後、一発のミサイルが巡洋艦の主砲搭部分を直撃した。

「命中したのか!」
 スノーの発する声に答える者はいない。
 艇は敵艦の下を擦り抜けて、離脱針路に入っていた。
 ザクが三機、一二〇ミリマシンガンを乱射しながら、こちらに向かってくるのが判る。
 だが、敵艦の被害状況はここからでは判らない。
 ミサイルの爆発は幾つも確認したが、対空機銃に撃破されたための爆発の可能性が高かった。
 第八雷撃隊のもう二隻が目標としていた最後尾の巡洋艦の艦橋に一隻の突撃艇が激突した。
「誰だ…?」
「ホーホーバロンです。」
 涙声のキムが答える。
「コクピットに銃弾を受けて、操縦士以外みんな死んでいたようです。」
「スィーティ・スージーは?」
「やられました。」
 初めてスノーは慄然とした。
 スノー! ローラが声を上げる。
 見て、彼女の指し示す方向を見ると、そこには『タンガロア』が攻撃した巡洋艦が巨大な爆発に包まれる様が見て取れた。
 『ホーホーバロン』が体当たりした巡洋艦もコントロールを失い、艦隊から脱落している。
「やったのか……」
 だが、一体、何隻が撃破されたのだろうか。
 少なくとも、第八はキムの報告では『タンガロア』が残るのみである。
 スノーは追ってくるザクを振り切るためにバーニアを吹かした。



 基地に戻った時、キーリングはハンクを殴り付け、押さえ付けたスノーとキムに告訴してやると息巻いた。
 そして、事実、告訴した。
 だが、司令部はこの件を公にすることを望まなかった。
 生存僅か一隻という犠牲と引き換えに、第八雷撃隊はグスマン級巡洋艦一隻撃沈、一隻撃破の損害を敵に与え、ジオン巡洋艦隊は輸送船団に手出しすることなく、戦場を離脱していったのだ。
 戦死者にも、生存した『タンガロア』のクルーにも叙勲が申請されていた。
 結局、キーリングとスノーは負傷者扱いにされて、両方とも病院船に乗せて地球に転属させることで、事件は落着してしまった。


★      ☆      ★      ☆      ★


 ローラは戦功徽章を授けられ、少尉特別任官の推薦を受けた。
 ワッケイン司令から直々にメダルを受け取り、回れ右して自分の席に戻りながら、彼女は今度の事件の何が正しく、何が間違っていたのかを考えていた。
 結論は出なかった。
 スノーは病院船に乗る前にローラにペンダントを返しにきた。
 涙ぐむローラにスノーは敢えて、明るく言った。
「新型が貰えるってさ、ローラ。あの棺桶とはオサラバできるぜ。」
「スノー……。」
 非難がましい目でスノーを睨むローラに、彼は苦笑して手を左右に振った。 
「ごめんな、こんな言い方しかできないんだ。」
 そう言って、そっとローラを抱き寄せ、その額に唇づけした。
 かつて、都会に出た時、彼女の父がしたのと同じ仕種だった。
「タンガロアの加護が、俺の副操縦士にありますように。」
 スノーはそう言ってローラを放し、病院船の入口に向かってジャンプした。
「元気でいろよ! ローラ!」
 彼はそう言って、大きく手を振った。
 だが、ローラは彼がそう言った後、病院船の入口のところで彼女の方を振り向いた時のスノーの目が忘れられない。
 スノーの目は、これまでローラが見てきたどの目よりも深い悲しみを湛えていた。
 スノー!
 呼び止めたローラの声はもう、彼には届かなかった。

「地球連邦軍軍歌斉唱!」
 号令と共に全員が起立する。
 我に返ったローラも、一動作だけ遅れて起立した。
「パパ……。」
 津波で死んだ父をローラは頭の中で思い描く。
 タンガロアが私たちを守ってくれているのよね。
 私も、私にとって大切な人も……守ってくれるのよね。
 今はそう思うことだけが彼女を安らぎへと導いた。

 オムル曹長は新型モビルスーツの担当メカニックへと抜擢を受けていた。
 自分を救ってくれたロウ中尉のことを忘れたことはない。
 ロウ中尉は一つ年上の兄がいると語っていた。
 兄を目指し、兄のようになりたいと思って、一緒に軍に志願したのだという。
「いつか……。」
 と、オムルは思う。
 お兄さんに会います。
 彼の安らぎはそう誓う時に訪れている。


★      ☆      ★      ☆      ★


 スノーは病院船の中で星の海を見ている。
 数日前、二十人の仲間がここで戦死した。さらに別の雷撃隊のクルー達も戦死し、ジオンの巡洋艦乗組員は百人以上が死んだだろう。
 第八雷撃隊の損害はずば抜けて大きい。
 同じようにジオン艦隊に突撃した第三雷撃隊でも、三分の二が帰還してきていた。
 損害の大きさを彼はキーリングのせいにしようとしていたが、実はそうでもないことに気が付いた。
 キーリングは部隊を破滅する前にロウとスノーによって、指揮権を剥奪されていたのだ。
 第八の損害を大きくしたのは、かつてウォルドロンが教え、スノー自身も実践した『ギリギリまで接近して攻撃せよ』という原則を彼らが忠実に守ったからだった。だが、それは同時に第八雷撃隊に他の雷撃隊が得られなかった大戦果を齎したのだった。
 ウォルドロンは名指揮官だった。
 それはスノーにとって、信念というべき思い入れになりつつある。
 だが、ウォルドロンの戦法は彼の命を奪い、さらにはそのことがキーリングをして無理な出撃に駆り立てたのも事実だった。
「おやっさん……。」
 スノーは問いかける。
「俺達は何をしたんだ。」
 星の海は何も答えなかった。
 そして、その奥で地球が青く輝いていた。

《了》

(中編)> (エピローグ)


 遠雲さんのゲスト作・第3弾完結編です。『上官拘束事件』はこうして終息したのだった☆
 いやぁ、本当にありがとうございました。輝ではここまで、ハード展開されられなかったですよ。スノーが案外と心に傷を負ってしまったのも、後々、ブライトと出会った時への伏線として生きてくる感じがします。
 因みに本作品は遠雲さんのサイト『遠雲妄想録』さまで展開中の『巡洋艦ボリバルの物語』の前哨戦のような位置付けで、第一話『艦長』ともリンクしてます。是非とも、そちらも御一読下さい。更に背景が見えて、味わい深くなること請合い☆
 さて、エピローグも用意されているとか? まだまだ続くかも、ですぜ♪

2004.04.20.

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