受け継がれしもの

中篇

 『らぶbeぼーる タッチダウン』――通称『らぶタッチ』は今や、少女たちの聖典《バイブル》にも等しく、ファンの人気に後押しされ、映画化も決まった。
 その完成試写会イベント参加申し込みの倍率も相当のものだった。原作者という立場のお陰で何枚かの入場チケットを都合した真也はイベント会場近くのコーヒーショップで、アミィと待ち合わせをしていた。
「オー、いたいた。真也さん、久しぶり」
「ダイゴさん。今日はわざわざ、有り難うございます」
 戦隊結成当初からの仲間には「キング」と呼ばれる青年はいつも笑ってるな、と関係のないことを思う。あの戦いの間も、どんなに厳しくとも、笑顔は絶やさなかったのではないだろうか。
「アリガトって、こっちのセリフだろ。アミィに聞いたぜ。このチケット、コネなしで手に入れるの、大変なんだってな」
 それは確かだった。完全申し込みの上に、入場直前にチケットを引き替えるのだ。郵送された引換券だけでなく、前日に通知される番号が必要なのだが、一部、高額で取り引きされているらしいというのはこの種のイベントでは未だに付き物だろうか。
「アミィさんは?」
「もうすぐ、来るよ。そういや、真也さん。ゾーリ魔が出たら、片づけんの手伝ってくれてるんだってな」
「手伝うだなんて……。僕も一応はキョウリュウジャーのつもり…、なんですけど」
 戦隊のリーダーを張るダイゴの言葉は、その一員としては絶対の自信のない真也には余計に堪える。だが、
「つもりって、何で、そんな当たり前のこと言うんだ? 真也さんは鉄砕の後を継いだキョウリュウグレーだろ。でもさ、漫画の仕事も大変なんだろう。特に人気作家って奴はさ」
「あ、いやぁ。僕は『らぶタッチ』しか連載は持ってませんし」
「アミィがウルサいんだ。真也さんが怪我でもしたら、『らぶタッチ』の続きが読めなくなるってさ。微妙な発言だよなぁ」
 ファン心理に偏りすぎている。真也を青柳ゆう先生として、見すぎているというか……。
「大体、鉄砕とブンパッキーが認めたくらいにブレイブな真也さんがゾーリ魔なんかに後れを取るわけないのにな」
「ダイゴさん」
 急に肩の力が抜けていくように楽になった。肩だけじゃなく、心も――『魔物と戦う戦士』になるなんて、全く想像からは弾けすぎた展開に追い縋るのに精一杯で……。しかも、時間と〆切にも追われる漫画家との“二足の草鞋”だ。たとえ、信頼できる編集担当者でもこればかりは相談もできないのだ。知らず知らずの内に、思っていた以上に気も張っていたらしい。
 それが一気に溶けていく。解《ほど》けていく。これがこのリーダーの力だろうか。まだまだ若いのに、皆が彼に着いてきたのも解る気はする。

「キング、真也さん。お待たせ」
 華やかな声に振り向くと、華やかな彼女が現れた。本当に、一見からでは“強き竜の者”であるなどとは誰にも連想すらできないだろう。
 そのアミィが真也を見て、更に笑顔を弾けさせた。
「Wao☆ 真也さん、イメージ違う。髪切ったんですね」
 直ぐに気づいてくれたのはさすがに男勝りでも、女の子ということか。
「え、髪、切ってる? あぁ、なーんか、ちょっと感じ違う気はしてたけど」
 言ってはみたものの、自信なさげに首を傾げるダイゴはダイゴで、らしいというべきか。
 真也は以前よりは大分、短めに刈った前髪をいじりながら、苦笑する。
「顔出しするから、さっぱりした感じにしようかと思ったもので」
「カッコイイですよ。鉄砕に近い雰囲気だし」
「言われてみれば、確かに。やっぱり、真也さんと鉄砕って、似てるんだなー」
 戦う先代は間違いなく、強く、惚れ惚れするほどだったので、似ていると言われるのは悪い気はしない。もっとも、皆が言うほどには自分では似ているとは思っていないので、似せる気も毛頭なかったが……。
 ともかくと、ダイゴの隣に座ったアミィが両手を合わせ、頭を下げた。
「ゴメンナサイ。やっぱり弥生ちゃんは来られないそうです。せっかく、チケットまで用意してもらったのに」
「そんなこと、気にしないでください」
「でも、モッタイナイじゃないですか。観たくても観られないファンも大勢いるのに、席が一つ余っちゃうんじゃ」
「他に誰かいないのか。あ、りんちゃんとかは」
「もう連絡してみた。さすがに今からじゃ無理だって」
「うーん、んじゃ、優子さんは?」
「仕事中でしょう。もう、キングは自由すぎるんだから」
 ポリポリと頬を掻くダイゴに、真也も苦笑する。これでこの二人、結構、いい雰囲気らしい。
 少年少女の恋愛がメインの少女コミックの描き手である真也だが、それはある意味、理想化された恋愛に過ぎない。現実の生身の人間の恋愛模様となれば、また話は別なのだ。
 それはともかくで、自分は一足先に会場に入らなければならない。チケットを渡すと、席を立った。



 少女たちの聖典映画化だけに、会場は圧倒的に少女と、まだまだ卒業する気のない若い女性が多かった。彼女に付き合わされているらしい若者もいたが、中には単身突撃をかますマニアと思しき人々の姿もあった。
 しかも、今回は原作者の青柳ゆう先生も参加すると発表されていた。これまでは一切、表には現れず、写真一枚出さずにいた青柳先生に会えるとあって、ファンの期待は高まっていた。
「……大丈夫かな、真也さん。こんなに盛り上がってるのに」
「平気だろ。漫画のことは俺には良く解んないけど、真也さんが本気で取り組んでる仕事だってことは知ってる。だから、心配ないって」
「うん、そうだね」
 素顔を公表すると、前から聞かされていたアミィも真也には「絶対、大丈夫」と言い切ったのに、いざ、興奮状態のファンを目の当たりにして、不安を覚えたらしい。

 それは当の真也も同じだった。腹を決めたはずなのに、異様とも思える盛り上がりには尻込みするのも仕方ないか。
 編集担当の加賀美女史が窺うように覗き込んでくる。
「先生? 御気分でも」
「あ、いや、大丈夫です。それにしても、スゴい人ですね」
 近隣でも収容人数の高い、この会場を選んだと聞いた時は果たして、席が埋まるだろうかと案じたものだが、それこそ、杞憂だったようだ。
「それだけ、人気があるってことですよ。『らぶタッチ』は。その上、今回は謎めいた青柳先生の正体が遂に判明《わか》るとあって、この通りです」
 素顔を見せたい、男だと発表したいと最初に真也が相談したのは当然、担当の加賀美女史だった。
 担当として、青柳ゆうに気持ちよく仕事をさせることをモットーとしている彼女は突然の話に驚きながらも、出版社や編集長との橋渡しをしてくれた。そうして、このような場まで設けてくれたのだ。
 今一度、深呼吸をしてみる。会場《ここ》にいるのは『青柳ゆう』のファンたちなのだ。全員が真也を認めてくれるとは安易には考えないが、恐れる必要もないはずだった。
 御先祖様から、キョウリュウグレーの“銘”を引き継ぎ、出没する魔物と戦いもするのに、余程、今の方が緊張する。
「それじゃ、先生。出の用意、お願いします。いよいよですね」
「はい、頑張ります」
「そんなに気張らないでください。自然体の先生の方がいいですよ」
 頼もしい担当さんはクスクスと笑った。 結論から言えば、やはり『青柳ゆうが男だった』とは想像していたファンはいなかったに違いない。想像の範疇といえば、年代くらいなものだろうか。
 割れんばかりの拍手に迎えられ、舞台に現れたのは――青年と呼ぶにも些か落ち着き払った男性だったのだから。
 拍手は疎らになり、戸惑いが生じたのは明らかだった。それでも、マイクを渡された男性が口を開くのを誰もが固唾を呑んで、見守った。
「皆さん、こんにちは。今日は映画『らぶbeぼーる タッチダウン』試写会に参加してくださって、有り難う。でも、きっと皆さん、誰この人、とか思ってるんでしょうね。意表を突きすぎたかもしれませんが――僕が青柳ゆうです」
 姿勢が良く、すっきりとした立ち姿の男性はパッと見では漫画家にすら見えない。だが、はっきりと自分が「青柳ゆう」だと言った。
 当然、漣のような動揺や驚きが会場全体に広がる。
「イメージを壊しちゃったかな。だとしたら、ゴメンナサイ。でも、僕は…、僕の創る物語で、笑顔になってくれる人が一人でもいてくれれば、と思いながら、これまで『らぶタッチ』を描いてきました。これからも、そう努めていきたい。そうして、皆さんに、次の物語をお届けしたいと、願っています」
 静かな語り口なのに、やけに通る声だった。そして、誰もが「あぁ、この人があの自分たちが大好きな物語を紡ぎだしているのだ」と納得したのだった。

「映画は漫画とは異なる手法ですが、とても素敵なお話ができあがったと思います。これから暫しの時間、魔法のような物語《せかい》をお楽しみください」
 少しばかり夢見る少女的な言い回しに、ファンは『らぶタッチ』の主役オッキーをダブらせる。だから、やっぱり、この人が青柳先生なんだなと、思うのだ。
「青柳先生、有り難うございました。いやぁ、皆さん、驚きましたね。少女コミックの聖典《バイブル》の原作者がこんなにお若くて、しかも、格好いい男の方だなんて!」
 マイクを引き取った司会者の女性も少し興奮気味のようだ。
「後で、青柳先生への質問会や握手会も予定されていますので、お楽しみに。そ・れ・で・は、ここで、お待ちかねの完全オリジナル新作映画の鑑賞会を始めまーす」
 司会者の盛り上げに、会場が再び歓声に沸き返る。
 とにもかくにも、第一関門突破ということだろうか。とはいえ、十分に“驚愕の真実”といえる『青柳ゆうの正体』はこれから、様々な媒体を介し、世に広まっていくはずだ。本当の関門はそれから、なのかもしれない。
 それは今、案じても仕方のないことだ。ファンたちと一緒《とも》に、お待ちかねの映画を楽しむべきだった。


★        ☆        ★        ☆        ★


 そうして、舞台から客席に降りて、スタッフに案内された席に着こうとした――その瞬間《とき》だった。「キャーッ」「うわーっ」「化け物っっ」などと最近まで聞き慣れた感もあった悲鳴が後方の席から上がった。
「な、何事?」
 前方からでは状況が掴めず、加賀美女史も狼狽している。周囲にも不安と混乱の声が漏れ聞こえていた。
「――まさか」
 「先生!?」と、声が追ってくるが、真也は舞台に駆け上がった。会場全体を見渡せる舞台上で、司会者がヘたり込んでいた。
「大丈夫ですか」
「あ…、あれ!」
 震える指が指した後方では数体のゾーリ魔が暴れていた。

 真也は息を呑み、直ぐにダイゴとアミィの席を探した。疾うに駆け出した二人はゾーリ魔に向かっていっている。しかも、その数がじわじわと増えていた。
「どうして、こんな屋内《ところ》に……。しかも、あの数は」
 条件さえ揃えば、再生するゾーリ魔は大抵は屋外に出現する。だが、デーボス細胞が人に付着して運ばれた先で、ゾーリ魔化することもないわけではなかった。
 だとしても、あの数は異常だ。どう考えても、自然発生的なものとは思えなかった。
 逃げ惑うファンたちの間で、光が発せられるのに我に返る。サンバのリズムと竜の咆哮が身の中《うち》を震わせた。
 ダイゴとアミィが変身《チェンジ》したのだ。キョウリュウジャーの登場に付近では歓声が上がっている。ゾーリ魔を確実に蹴散らしていくが、人と客席という障害物が多いので、苦戦しているようだ。
 真也も懐の獣電池を手にしかけて、舌打ちする。ガブリボルバーは楽屋の荷物の中だ。舞台に上がるのではさすがに身につけられなかったとしても、せめて、舞台袖にでも荷物を置いておくべきだった。
「青柳先生、危険です。こちらに! 逃げましょう!!」
 舞台に上がってきた加賀美女史が手を引こうとする。スタッフも混乱するばかりで、自分の身を護るので精一杯だろう。
 しかし、客席にはまだ多くのファンたちが残っている。一斉に出口へと逃げ出そうとして、将棋倒しにでもなったら──非常に危険な状態だ。
 意を決した真也は司会者が取り落としたマイクを拾い上げた。大丈夫、音は生きている。
「先生!?」
「皆を置いては行けません。皆さん、落ち着いて! 僕の声が聞こえますかっ。慌てないで、聞いてください」
 何度か呼びかけると、ファンの動きが一時的に止まった。
「一度に出口に集まると危ない。一先ず、一度、深呼吸をしてください」
 青柳先生が舞台に留まり、声を上げている。皆のために……。
 恐慌に陥っていた人々の心が少しずつ静まっていった。
「僕が誘導します。大丈夫、キョウリュウジャーも来てくれているから、皆さん、無事に出られますよ」
「おう、任せろっ」
「皆、青柳先生の言うこと、よく聞いてね」
 応じるように二人の戦士が声を張り上げたのも効果的だったに違いない。
 そして、真也は誘導を始めた。幾つかの出口に振り分けながら、キョウリュウジャー二人の邪魔にならないようにと、道を開けていく。甲斐あって、二人とも、ゾーリ魔に集中できるようになった。見る間にゾーリ魔の数を減らしていく。
 これなら、ファンの皆を傷つけることも、会場に必要以上の損害を与えずに済むかもしれない。そう…、期待した瞬間だった。

 舞台に立ち、指示しつづける真也の傍らに大きな影が突然、現れた。それも上から──真也は全身の毛が逆立つような戦慄を覚え、本能的に後ろに下がった。
 だが、凄まじい勢いで振り抜かれた塊を完全に躱すことはできなかった。
「──先生ッッ」
 舞台袖に上がった悲鳴も遠い。一瞬、意識が飛びかけたが、床に叩き付けられた衝撃で、辛うじて繋ぎ止める。這いつくばりながら、顔を上げ──愕然となる。
「……カンブリ、魔」
 彼の百面神官カオス直属の騎士だったという恐るべき敵。ゾーリ魔とは比べ物にならない戦闘力を誇る。カンブリ魔の前ではゾーリ魔など雑兵に過ぎないだろう。
 無論、あの最終決戦の後、その姿を見るのは初めてだった。


前篇  後編


 初めて書いた真也さんでしたが、思いの外、筆が走る。妙に書きやすいのは何故?
 戦闘シーンも『キョウリュウジャー』では初めてです。元々、鎧モノは得意分野で他の作品で書きまくってきたので、いざ、書き始めるとノリノリに。何か、楽しい♪
 次はちゃんと、真也さんことキョウリュウグレーにも頑張ってもらいます。

 それはそうとで、当時、楽天ブックスで『フォトアルバム』を購入☆ 通販の場合はいつも、アマゾン使ってるんだけど──予約特典に見事に引っかかりました。楽天だと、黒金だったもんで。(アマゾンは赤緑) ソウジ君の言う通り、髪を切ったノッサンは本トに『ただのイケメン』でした^^;;;

2015.04.19
(pixiv投稿:2012.03.02.)

トップ 小説