受け継がれしもの

後篇

 カンブリ魔の出現に、落ち着きかけていた人々の間に再び、悲鳴が上がる。あの醜悪な存在が「ヌルヌル」と蠢くモノよりも恐怖すべきモノであることも、経験的に知っているからだ。
 しかも、まだ舞台近くにいた者などは『青柳ゆう先生』が化け物に襲われ、殴り飛ばされたのを目撃してしまったのだ。別の意味での金切り声が複数、上がったものだ。
 恐れは再度、人々をパニックに陥れ、無秩序に逃げ出す者もいれば、体が竦んで、その場に動けなくなる者もいた。
 しかし、その青柳先生――津古内真也は殴られる瞬間、後ろに飛んだので、皆が怯えているほどにはダメージを受けてはいなかった。それでも、叩きつけられた衝撃で、唇は切れ、出血もしていたが。
 しかも、変身《チェンジ》できないという悪い状態も変わらない。
「真也さんがっ!」
 真也のピンチに気付いたアミィが駆けつけようとするが、やはり大きな影が同じように降ってきて、道を塞いだ。
「カンブリ魔が二体!?」
「チックショー、どうなってるんだっっ」
 これまで、出没したのはゾーリ魔だけだったのに――カンブリ魔はゾーリ魔の百倍という戦闘力だけでなく、知能も遙かに勝る。
 しかし、ただデーボス細胞があれば、生まれるゾーリ魔と違って、“百面神官”カオスが生み出していたのだと、かつて、賢神が語ったものだ。
 そのカオスも既に滅したはずだ。“大地の闇”も消滅している。ならば、このカンブリ魔たちは何処から湧いたのか?
「キョウリュウレッド、難しく考えることないわ。そいつら、はぐれカンブリ魔よ」
 状況にそぐわない、ゆったりとしたチャーミングな声が近くから上がった。
 見返すと、若い女性が一人、会場の大混乱にも関わらず、席に座ったまま、ポップコーンなんぞを食べていた;;;
「えーと、キャンデリラ…、だよな?」
「はぁい、御名答〜〜☆」
 その正体は「キープ・スマイリング☆」がモットーな元デーボス軍の“戦騎”だったりする。カオスに追われ、命まで狙われるとなるや、賢神に協力し、意外とあっさりと返り討ちをカマした、全くもって、見かけによらない強者だ。
「何で、こんなトコにいるのよ」
「そりゃあ、モッチ、このお話が大好きなあの子が来たがったからに決まってるじゃなーい」
「あの子って、もしかして……もしかしなくても?」
 ペンネーム・オッキー☆LUCKさん。筋金入りの『らぶ・タッチ』ファン──その実態はキャンデリラの元部下にして、弟分?なラッキューロに違いない。

「それはともかく、はぐれカンブリ魔って、何だよ」
 ゾーリ魔を叩き伏せながら、疑問をぶつける。
「そのまんまよ。あの戦いの前に、氷結城を離れていたカンブリ魔が結構、いたのよ。一応、何らかの命令を受けていたらしいんだけどね。ともかく、あたしたちと同じで、寄る辺がないものだから、パニクッちゃってるのかもね。で、再生するゾーリ魔を集めて、仕掛けてきたわけよ」
「ちょっと、待ってよ。仕掛ける相手って、誰? まさか──」
「はぁ〜い、キョウリュウピンク。多分、またまた御名答☆ あたしたちのこと、狙ってるみた〜い。裏切者は許せないんですって♪」
「笑顔で、明るく、言わないで! 狙われてる自覚あるんなら、ウロウロしないでよ。何だって、よりにもよって、この試写会に、あんな連中引っ張ってきたりするのよっっ」
「えー、別にィ、あたしたちが引っ張ってきたわけじゃないしィ」
「引っ張ってきたも同然でしょうがっ」
 殆ど悲鳴に近い。どんな強敵を相手にするよりも、切羽詰まっているかもしれないアミィも、某オッキーさんに負けないくらいの筋金入りだ。下手をすれば、このまま、イベント中止も大有り──どころか、原作者の真也が只今、絶賛★大ピンチ中なのだ。
 本当に万一のことがあれば、命も危ない。連載も打ち切りになってしまう。それだけは何があろうと、阻止しなければならない。……しかし、
「もうっ、邪魔しないでよっ」
 一体のカンブリ魔が牽制するのだ。そのくせ、敵意はアミィよりも、明確にキャンデリラに向けられている。
「噂は本当だったヌルか。よもや、キョウリュウジャーと手を組むなどヌル。我らを裏切ったヌルか」
「あら、だって、仕方ないじゃな〜い。あたしたち、喜びと楽しみの担当なんだもの。考えてみたら、人間が絶滅しちゃったら、そーゆー感情も得られなくなるってことに気付いちゃったのよね」
 あっけらかんとした言い樣が余計、火に油を注いだようだった。
「ならば、喜びも楽しみも、奪い尽くしてくれるヌル! オイッ、そいつと後ろの幕をズタズタに引き裂くヌルっ!!」
 カンブリ魔がカンブレードを突きつけたのは――舞台上で、膝をついたままの真也と上映会のために展開されていたスクリーンだった。
 舞台上のカンブリ魔は「任せるヌル」と大きく、カンブレードを振り回した。
「真也さん…!」
「青柳先生っっ」
 誰もが真也は先ほど、殴り飛ばされたダメージから立ち直れずにいると、次には目を覆うような惨劇が迫っているのかと息を呑んだ。



 だが、顔を上げた真也は身を低くしたまま、襲いくるカンブリ魔に突進していったのだ。
 まさか、逆襲されるとは考えてもいなかっただろう。狼狽するカンブリ魔に(一応は)元ラガーマンだけに、見事なタックルをかけた。
「――グオッ」
 ブレイブやスピリットの“力”はチェンジしていない状態でも纏うことはできる。激突した瞬間、カンブリ魔は想像以上の衝撃を食らわされ、舞台下に転落した。
「何をやっているヌル!」
「ええい、たかがニンゲンの分際で、刃向かうヌルかっ!?」
「そんなこと…、関係ない。ここは…、皆が一時を楽しむための場所だ。それを奪うような真似は許さないっっ」
 さっきまで、真也が持っていたマイクが近くに転がっている。放り出された衝撃に耐え、放送状態は維持されていたので、カンブリ魔の襲撃で逃げられずにいた多くの人々――ファンの耳にも、その声は届いていた。
 殴り飛ばされても、襲われても、怯むことなく立ち上がり、恐るべき醜悪なモノにも立ち向かう。
 その勇気ある姿は少女漫画家という職業からの連想とは掛け離れていたが、怯え震えていたファンたちの心も奮い立たせた。
 あちこちから歓声が上がり、青柳先生やキョウリュウジャーたちを応援する声までもが増えてくる。
 殊にキョウリュウジャーは人々のそんな声もまた、己の力となすことができる。
「先生……」
 まだ舞台袖から動けずに、見守るしかない加賀美女史たちも、自分たちにも危険が迫りかねない状況も忘れ、感極まったものだ。

 一方で、カンブリ魔は怒りの余りに身を震わせた。化け物の表情なぞ、読み取れるはずもないが、人間ならば、青筋を立てていただろう。
「許さんとは何ヌルか。ただのニンゲン如きに何ができるヌル。大人しく、そこで待っているヌル。今直ぐ、引き裂いてやるヌル」
 脅しに屈する気はないが、唇を噛みしめる。今の真也に、戦う術がないのは確かだ。人並みの運動は今も続けているが、格闘技などは鉄砕に少しばかりの手解きを受けただけだ。チェンジしなければ、まともに戦うことはできないに等しいのだ。
 覚悟すべきなのかもしれない――それでも、どうにか、後ろのスクリーンだけは守れないかと考えていた。
 命を賭して、などと言うつもりはない。ただ、クリエーターの一人として、人々の楽しみの場であるこの会場や、一時の創造の時空間を生み出す銀幕《スクリーン》をこれ以上、傷つけずに何とかしたいとは切実に願うのだ。

 その瞬間だった。
「あ〜ぁ、もう! 空気読まないヤツって、キラいだよ」
 異形のモノたちが、いきなり現れるのはお約束なんだろうか。声に振り向けば、隣にコロコロとした人形のようなモンスターが「やれやれ」と言いたげに身振りをした。余りにも近すぎたので、驚くよりも固まったが。
 やたらと人間的な言動のモンスター――実はモンスターではなく、元“楽しみの密偵”ラッキューロは真也を見ると、丸い体をモジモジとさせた。
「青柳センセイ…、ですよね」
「え゛? え、えぇ。まぁ」
 何だって、モンスターが自分のペンネームを知っているのか。状況も忘れて、首を傾げる。
 すると、更に驚くべき、信じがたい台詞が飛び出した。
「ボク、センセイのファンなんです。『らぶ・タッチ』いつも読んでます☆」
「……はひ?」
「この映画もホントーに楽しみにしてました♪ こうやって、本物の青柳センセイにも会えるなんて…、ボク、カンゲキです」
「そ、それはどうも」
 何とも反応のしようもない。しかし、「本物の青柳先生にも」という言い方が少し引っかかった。
 本物ではない青柳先生には会ったような言い方……そこで、アミィと知り合う切っ掛けにもなった某ファンを思い出しても良かったのだが、状況がそれを許さなかった。
「貴様等! 何をノンキに和んどるヌルかっ。裏切り者ラッキューロ! よくも、我らの前に顔を出せたヌルなっ。一緒に片づけてくれるヌル!!」
「もう〜、ホンットーに空気読めないんだからー。大体、センセイがただの人間だなんて――見る目ないヤツは困るよね〜。青柳センセイ、コレ、必要ですよね」
 何と、腹の部分が開いて、手を突っ込んだのだ。某『猫型ロボットのポケット』を連想してしまうのは想像力が貧弱すぎるだろうか。
 だが、「ジャーン」と本当に何かを取り出したのには仰天した。ただ、それは――ガブリボルバーだったのだ。
「それ……」
「必要でしょ☆ 勝手にカバン開けちゃって、ゴメンナサイ」
 つまり、楽屋の荷物の中にあった正真正銘、真也のガブリボルバーなのだ。それこそ、今の状況では正に起死回生の一手を打てる魔法のアイテムにも等しい。
 ガブリボルバーを受け取ると、真也はラッキューロの手を取り、強く握る。
「有り難う! 助かるよ」
「うわぁ。青柳センセイにカンシャされちゃった。握手しちゃったよ〜☆」
 ピョンピョン跳ねながら、加賀美女史たちとは反対方向の舞台袖に引っ込んでいった。もっとも、そちらにも数名のスタッフがいるので、ちょっとした混乱は生じたが。


★        ☆        ★        ☆        ★


 ともかく、今は客席でも、もう一体のカンブリ魔を相手にダイゴとアミィが苦戦している。一対一であれば、今やカンブリ魔もそれほど恐れるべき相手ではない。
 だが、場所が場所だ。遠慮ない全力攻撃などカマせば、敵だけでなく、この会場までも崩壊させかねないからだ。多分、力加減に苦労しているのだ。
 力加減など、未熟な自分など、更に量れないに違いない。だが――舞台の端に立ち、真也はカンブリ魔を見下ろした。

「――真也さん? まさか」
 離れてはいるが、真也がガブリボルバーを持っているのを認めたアミィは焦った。
「ダメよ、こんなところで!」
 まだまだ、残っている人々も多いというのに――青柳ゆうとして、顔出ししたばかりなのに、この上、キョウリュウジャーにチェンジなどしたら、後で大騒ぎになる。
 しかし、駆けつけたくても、今は叶わない。そればかりか、
「アミィ、集中しろっ」
「でも、真也さんがっ」
「心配するな。真也さんは十分にブレイブだ。あんな奴に負けるかよ」
「心配するのは、そこじゃないわよ!」
 些か噛み合わないが、戦いでは見事なコンビネーションを決める二人だった。

「どうした、覚悟を決めたヌルか」
「そうかもしれない」
 酷く落ち着いている。興奮もしなければ、尻込みもしていない。自分でも驚くほどに冷静だった。
 懐の獣電池を再び手にする。自分にはこの“相棒”もついている。ブンパッキーが一緒《とも》に戦ってくれるのだから!
「ん? それは」
 カンブリ魔もやっと気づいたようだ。目の前にいる人間が決して、『ただのニンゲン』ではないことを。
 “相棒”の力を享けた獣電池をカンブリ魔に突きつける。
「ブレイブ・インッッ」
 いつの間にやら、自然に流れるような動きで熟《こな》せるのは慣れとは別のものらしい。
 だが、心持ちの上で、今日ほど強い思いでチェンジすることはなかった。
 ガブリボルバーに収められた獣電池がスピリット・パワーを弾けさせる。サンバのリズムと螺旋を描くように練り上げられる。
「ファイヤー!!」
 そのエネルギーをカンブリ魔に向けて、撃ち放つ。次なる竜の咆哮が猛々しく、会場に反響した。
 真也はそのまま、舞台を蹴り、カンブリ魔目掛けて、宙に舞った。
 カンブリ魔を弾き飛ばした“相棒《ブンパッキー》”のスピリット・パワーが空中で、真也を捉えた。光が収斂し――今一人のキョウリュウジャーが出現する。
 強烈な足蹴りがフラフラと立ち上がろうとしていたカンブリ魔をフッ飛ばした。
 カンブリ魔は相手が“強き竜の者”の一人であることを身をもって、思い知らされたのだ。

「…………青柳、先生?」
「ウソ、でしょ」
 舞台袖の面々は自分の目で見たものであるにも関わらず、信じがたい思いで、恐々と首を覗かせていた。
 他に逃げ遅れていた人々も想像を絶する展開に、固唾を呑んで、見守っている。だが、三人のキョウリュウジャーたちの熱き戦いに、次第に再び、声援を送り始めたのだ。


中篇  激闘編


 終わりませんねぇ、後編なのに^^;;; しかも、やっとチェンジしたのに、キョウリュウグレーな真也さんの活躍は次回に持ち越しです★

 グレーの戦い方とかを確かめようと、鉄砕や真也さんの登場回をチェックしましたが――何度見ても、コスプレンジャー・鉄砕は笑えますね。(まぁ、他の面子も結構、コスプレってるけど。ウッチーもなかなか♪)
 いっちゃん笑ったのは「元々、鮮やかな色などない」って、胸張って言うとこ? それが強みかいなっ。

2015.06.04.
(pixiv投稿:2014.03.07.)


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