受け継がれしもの

激闘篇

「ハァッ!!」
 一撃一撃に、ブレイブを乗せる。戦士としては未熟だと信じる真也にはそういう戦い方しかない。鉄砕に『魂の武闘殿』で鍛えられた時、言われるまでもなく、そう悟った。
 だからこそ、加減は難しい。いつでも、持てる力の全てを傾けるように戦ってきた。ただ、問題は――屋外でならば、それも良いが、今回のように屋内だと、周囲に及ぼす被害が大きすぎるということだ。
 ダイゴやアミィも、はぐれカンブリ魔を圧倒してはいたが、確実にカンブリ魔だけを倒すのは逆に難しい。
 それにカンブリ魔も気づいたらしい。標的だったキャンデリラとラッキューロも疾うに姿は見えない。だからだろうか、喜びと楽しみの場を奪うことに血道を上げ始めた。
 辺り構わず、攻撃を始めたのだ。
「もうっ、止めなさいっ」
「このっ、八つ当たりかよっっ」
 逃げ損ねた人と会場を守りながらというのは、戦い慣れた二人でも相当に厳しい。ましてや、真也は――戦いが長引くだけでも、刻々と不利に陥っていくのだ。
「うわっ」
 相手のカンブリ魔はスクリーンを狙うようになっていた。何しろ、大きな代物だ。大雑把に攻撃するだけでも当たりそうなものだ。
 辛うじて、撃ち際に、体当たりで狙いを外させたり、間に入り、身を挺するくらいしかできない。
 真也が、キョウリュウグレーが逆に弾き飛ばされるのが頻発してくると、人々の間から悲鳴が漏れるようになる。
 彼が『青柳ゆう』だからではない。いや、それも理由の一つではあろうが、何者であれ、彼がカンブリ魔を倒せなければ、会場は破壊され、人々の命も危うくなるのだ。

「くっ、このままじゃ……」
 何れ遠からず、突破されてしまう。
 変身《チェンジ》してさえも、自分には何も守れないのか? 人々の笑顔を守ることも叶わないのか?
 拳を握りしめる。悔しくて、歯がゆくて、どうにもならない。
 これが先代だったら、鉄砕だったら――動ずることもなく、冷静に事態を見極め、突破口を見い出すのだろうか。
 だが……、

 ――お前の強さは、思いの強さだ……

 不意に、その鉄砕の言葉が蘇る。
 あれは…、『魂の武闘殿』で、鍛えられた後の会話だったろうか。



 見た目は箱庭でしかないが、先刻まで、自分の魂はこの中で、特訓を受けていたのだという。
「これは幻術…、なんですよね」
「そうだ。魂に働きかけ、誘《いざな》うのだ。魂の感じるものは、実像と何ら変わらない。錯覚といえば、錯覚なのだがな」
「体はどうなんでしょう。心は鍛えられても、体がついていけるとは」
「確かにな。魂が受けたダメージは肉体にも反映されるが……、魂や心を鍛えても、自在に動けるわけではないな」
「そんなことで、本当に僕に戦えるんでしょうか」
 鉄砕は軽く目を瞠り、苦笑した。
「漫画家というのは体力勝負だそうだな」
「え? えぇ、それはまぁ……」
 仕事場に籠もりきりで、運動も何もしていないと思われがちだが――少なくとも、真也は〆切・徹夜を乗り切れるようにと、相応にランニング程度の運動は続けてきた。気分もリフレッシュされるので、体を動かすのは嫌いではなかった。
「お前が走っているところを見たことがある。全身の動きも悪くはなかった。少しばかり、鍛えてやれば、相応に戦えるようになるだろう」
「鍛えるって……?」
 『魂の武闘殿』ではなく、その場で、強者たる先代がカンフーの構えを取ったので、真也は冷や汗をかいたものだ。

 もちろん、カンフーなぞ、ちょいと鍛えられた程度で、身につくわけがない。ただ、『基本の動き』とやらを学ばされたのは無駄ではなかったと思う。お陰で、体の動きそのものが滑らかになったと自覚できるようになったからだ。
 その場に引っくり返る真也に、どこから手に入れてきたのか、ペットボトルが差し出された。
「有り難うございます」
「しかし、よく…、ついてくるな」
 シミジミと呟かれ、水を一口飲み、見返す。
「変ですか?」
「放り出されても、文句は言えんとは思っていたのだがな」
「でも、貴方が行ってしまったら、アミィさんたちと一緒に戦う後継者が必要なんですよね」
「それはそうだがな。余りにも急すぎたのでな」
「だったら、文句なんて言いません」
 アミィたちは会うまでは、最近、世界のあちこちで時に起こっていた騒ぎは知っていても、決して身近なものではなかった。
 この世のものとは思えぬ姿の化け物や色取り取りの戦士たちも、普通の人々にとっては想像もできないもので……でも、これは確かにこの世の現実で、誰もが逃れることもできない迫りくる危機なのだと、嫌でも実感したものだった。

 決意がどれほど、表情に出たかは自分には判断《わか》らない。戦いとは無縁ののんびりとした性格だと自覚しているが、それでも、見過ごせないとは思ったのだ。
 そんな決意を、鉄砕も汲み取ったに違いない。元より、自分を後継者にと望んだのは彼なのだから、遠慮なく鍛えるようになったのかもしれない。
 そして、その頑張りに対してか、鉄砕が言ったのだ。
「お前の強さは、思いの強さだ」
「思い…、ですか」
 初めて、会った頃にも「お前は強い」と言われたものだが、正直、ピンとは来なかった。少しばかり、化け物どもに立ち向かえたからといって、“強き竜の者”として、戦えるとは限らないのではないかと、人事のように疑わしく思ったからだ。
 すると、鉄砕は「俺は頗る頭の固い男だ」と、口癖のような言葉を口にした。そして、コツンと己の頭を拳で叩き、
「ここだけでなく、頭の中身もな。だから、俺の幻術は読み取った相手の心に応じたものを創り出すに過ぎない」
「過ぎないって;;;」
 過ぎないどころではないと思うが、サラリと何でもないことのように言うのに絶句する。
「だがな、幻術には今一つの術法がある。むしろ、こちらの方が力技というか、大技なのだがな」
 何故か、鉄砕は真也の顔を見て、楽しげに笑った。
「思い一つで、そこにいる者の全てを巻き込んでしまう。それこそ、敵も味方もお構いなしにな。まぁ、俺も使えないわけではないが、余り得意ではないな」
 幻術にも幾つかの手段があるのも鉄砕にも得手不得手があるのも理解《わか》ったが、どう話が落着するのかが想像できなかった。
 果たして、それこそ、想像外の台詞が続く。
「そちらの方は案外、お前に向いているのかもしれん」
「え…? そんな! 僕に幻術なんて、とても――」
「無論、今直ぐにとは言わん。だが、お前は必要なものを既に持っている。思いの強さ、深さ…。そして、想像力と創造力だ」
 二つの『ソウゾウ力』は漫画家『青柳ゆう』でもある真也には無論、備わっているものだが、それが幻術と結びつくのだろうか?
「思いを巡らせる力と生み出す力だ。覚えておくといい。いつか、役に立つかもしれん。……まぁ、それに限らず、お前はもう少し、自分を信じるべきだな」
「え…?」
 少し考え込んでしまった真也は顔を上げた。『自信』という言葉にドキリとする。

「実をいえば、俺には子どもなどいなかった」
 ブンパッキーに選ばれる前も後も、戦いに生きていた。別の戦いではあったが。
 今でもそうだが、鉄砕の祖国では血族の繋がりが強い。同族の子は全て、我が子も同然と見るのだそうだ。真也はそんな族子の子孫なのだという。
 そして、世界のあちらこちらで、同じ血を引く者と巡り会ったことは決して、初めてでもなかったのだ。
「俺は…、お前が子孫だから、後を継がせようと思ったわけじゃない。俺がブンパッキーと出会ってから、随分、長い時が過ぎた。その間、ブンパッキーを託せると感じたのはお前だけだ」
 言葉もなかった。アミィたちと知り合い、鉄砕の後継者が必要と知り、選ばれ、今更、逃げる気などはない――それでも、決して、自信があるわけでもなかった。
「自分の“強さ”を信じろ。真也」
 厳しさの権化のような鉄砕の言葉だからこそ、拠り所にもなりうる。ブンパッキーの力を享け、キョウリュウグレーとなる道もそれ故、受け入れたはずだった。



「信じろ。自分の、“強さ”を……」
 自分を信じるとは、つまり、自分を選んだ鉄砕やブンパッキーを信じることに他ならない。信じないのなら、それは彼らを疑うことにもなる。――そうではないはずだ。
 諦めてはならない。縋れるものが思いだけならば、最後まで、自分は思いを信じるのみだ。
 そして、必ず、この場を守る。あのスクリーンもどうにかして――……。
 とはいえ、手立てがあるわけでもない。せめて、スクリーンが『なけれ』ば、もっと思い切った戦い方もできるものを!?
 無い物ねだりにも等しい勝手な考えに、珍しくも舌打ちをしかけて、真也はハタと思いつく。
「そうか。なければ、いいんだ」
 本当に、現実になくすことはできなくとも――そう思わせることはできるかもしれない。見えなくすることは可能かもしれない。

 そう…、思いの力――幻術ならば!!

 本当に使えるのかは分からない。鉄砕からも、きちんと学んだわけではない。だが、これに賭けるしかなかった。
 今一度、両の拳を固めると、ゆっくりと立ち上がる。大きく深呼吸をして、カンブリ魔に向き直る。
 既に自分の方が有利だと信じて疑わないカンブリ魔はどこか勝ち誇ったように、真也――キョウリュウグレーを見遣ったものだ。
「どうしたヌル。起死回生、大逆転の一手でも思いついたヌルか」
「そうだね…、よく分かったね」
 きっぱりと言い切ると、魔物の如き化け物ですらが声を失った。

 思いが全て――その一念により、両の手をパンと叩き《はた》合わせる。
 その瞬間、会場全体が真白く光輝いた。


★        ☆        ★        ☆        ★


「え、何?」
「うわっと」
 蹈鞴《たたら》を踏んだアミィとダイゴだけでなく、あちこちから戸惑いの声が上がっている。
「これって、鉄砕の幻術?」
「でも、鉄砕は――まさか、真也さんが?」
 幻術使いだった鉄砕には鍛えられたり、助けられてきた二人は直ぐに、その後継者に思い至る。
 しかも、居合わせた者全てが、この純白の世界に取り込まれているのだ。無論、二体のカンブリ魔も見事に、幻術に引き込まれ、「な、何ヌルか」「どこヌルか。あの幕はどこにいったヌル」と慌てふためいていた。
「ダイゴさんっ、アミィさんっっ。今ですっ!!」
 舞台もスクリーンも、客席もかき消された純白の向こうから、真也が叫ぶ。
「ここなら、全力でも大丈夫ですっ! でもっ、余り長くは保ちませんからっっ」
「解った! アミィ!!」
「OK☆」
 二人は未だ、混乱しているカンブリ魔に向き直り、「アームド・オン!!」と突撃用の強化武器を装備する。
「行っくぜぇ!!」
「覚悟しなさいっ」
 恐らく覚悟する間など、なかっただろう。高まるブレイブのままの突撃に、遂に一体のカンブリ魔は爆散した。
 
「おのれっー」
 残された一体も怒り狂い、真也に突進してくる。彼がこの幻を生み出したことは明確だ。倒せば、幻も消えると考えたのかもしれない。
 だが、無論のこと、今の真也が引き下げるわけもない。
 自然と体がある構えを取る。今まで、一度も使ったことはない。これもまた、鉄砕やダイゴが使ったのを何度か、見ただけだ。
「鉄砕拳……」
 それでも――その姿を思い描き、準える。同じように動けないのは解りきっているが、それでも!!
「――激烈突破ッッッ!!」
 今までになく、強烈…、否、正しく激烈な一撃――ブレイブの全てが集約された拳がカンブリ魔を貫いた。
 悲鳴すら上げられず、二体目のカンブリ魔も砕け散った。

 肩で息をしながら、その有様を見届ける。正しく全力全開で、そのブレイブの名残が身の中《うち》に燻っている。
 そして、大きく息をついた瞬間、幻術が限界に達し、真白き空間が消失していく。
 現れた現実空間からは恐るべき化け物どもは一掃されていた。今度こそ、割れんばかりの歓声が湧き上がった。
「ヨッシャー! ブレイブだぜっ」
 そんなダイゴの声を耳にしながら、真也は舞台を振り仰いだ。そこには――守りたかったスクリーンが変わらず、展開されていた。
「…………良かった」
 安堵に気が抜けたところで、ブレイブの限界がきたようだ。変身も勝手に解けてしまい、膝から力が抜け、立っていられなくなる。
 あぁ、マズい、と思う間もなく、床に崩れ落ちる――が、寸前で、誰かの腕に抱き止められた。
「真也さんっ、しっかりっっ」
 遠のきかける声はアミィのものだったが……この腕はダイゴだろう。何より、誰よりも信じられる“仲間たち”のもの……。
「スゲェよ、真也さん。マジ、ブレイブだぜ」
 何の心配もしていないような明るい声に、そんな状態でも苦笑が漏れる。
 これまで、感じたことのないほどの安心感に、そのまま、意識は眠りへと落ち込んでいった。


後編  回想篇


 遂にブレイブな二代目キョウリュウグレーを目指しました☆ でも、終わらなかった……って、毎回、そればかり^^; タイトルも……最初から番号にすれば、良かったかな?
 最終章のはずだったのに、何故、まだ終わらない!? 何か、色々と書き込みたくなっちゃって――こんなに真也さんに入れ込むとは我ながら、ビックリ仰天です☆
 でも、三回しか出てない人ですからね。しかも、最終回はまともな台詞もなかったとゆー^^;;;(EDダンスも鉄砕はいたけど、真也さんはいなかったんだよねTT) それをいいことに、好き勝手な想像に走っています。これもブレイブ?
 結構、今回の真也さんはブレイブに戦えたと思うんですけど、どうでしょうか? 『ソウゾウ力』の下りは決して、『何とかのイマジネーション♪』の影響ではない──はずです。ハズ…、はず……;;;

2015.07.30
(pixiv投稿:2014.03.13.)

トップ 小説