受け継がれしもの

回想篇

 キィと軽いブレーキ音が響き、タクシーが停まる。ウトウトと半分、眠っていた真也は隣の人物に揺り起こされた。「先生、着きましたよ。起きてください」という声が何回かかかり、意識が覚醒を強いられる。
 気怠さに支配された体を起こし、荷物を抱えると、車外に出る。自宅マンションの前だったが、いつもは打ち合わせも外で待ち合わせなのに、ここまで送ってもらったのは初めてだな、とボンヤリ思う。
「先生、大丈夫ですか。やっぱり、部屋まで送りますよ」
 運転手に待つように言い、降りようとする担当編集者を、慌てて押し留める。
「だ、大丈夫ですから。加賀美さんもお忙しいのに、済みません。タクシーまで呼んでもらっちゃって」
「まぁ、今日は特別です。今夜は無理せずに、ゆっくり休んでください」
「はい、解りました」
 言われなくても、ペン一本持つ気にもなれない状態だが、鷹揚に頷いた。
 それでも、まだ心配そうに見返していた担当さんは、しかし、一度は出版社に戻らなければならないはずだ。車を出すように告げると、運転手も直ぐに応え、走り去っていった。
 見送った真也は踵《きびす》を返した。本当なら、一度はスピリットベースに寄り、費いきった獣電池の充電《チャージ》をしなければならないのだろうが、今日ばかりはそれも難しいようだ。
 フラフラしながら、エントランスへと入っていった。
 
 どれだけの人間にとって、今日という日は『特別』だったのだろうか? そんなことを考えながら、エレベータに乗る。
 まるで、何もなかったかのように自分を送り――もっとも、送るという行為そのものが『何事か』が起きた証ともいえる担当さんの態度……。全てを物語っているではないか。



 気が付いた瞬間、真也は自分が何処にいるのかを直ぐに把握できなかった。ベッドに寝かされてはいるが、目に入った天井に見覚えがなかったからだ。
「先生、御気分は如何ですか?」
 横から声がかかる。記憶を探れば、編集担当者の加賀美女史のものだと導き出せる。しかし、自分はどうしたのだろう。徹夜明けで、倒れるように寝入ってしまったんだったか? でも、知らない天井の部屋だし……。
 そんな風に、取り留めのない考えが過《よぎ》ったが、次第に記憶も整理され、
「──イベントッ! 試写会は?」
 慌てて跳ね起きるが、全身に軋むような痛みが走り、あえなくベッドに逆戻りとなる。
「ちょ…、先生っ。無理しないでください。それでなくても、無茶苦茶やったんですから」
「…………え?」
 無茶とか苦茶とかって;;; もう一度、記憶を整理し直し、自分の行動の無茶苦茶振りとやらを洗い出そうとするが──どうにも、巧くいかない。
 すると、加賀美女史が苦笑しながらも、水を差し出してくれた。
「試写会は無事に終わりました。握手会が流れちゃったのは残念でしたけど、皆さん、納得してくれましたよ。何しろ、先生が必死になって、スクリーンを護ってくれたんですから。客席もエライことになってたけど、立ち見でも何でも構わないからって、皆さんが……」
 危うく、水を吹き出すところだった。何だか、とんでもないことを言われたような気がした。


 『スクリーンを護った』とかって──忘れていたわけではなかったが、今の今まで、まるで夢のように感じていたのかもしれない。
 だが、次の瞬間には蒼褪めた。自分のやったこと…、正しく『無茶苦茶振り』だったではないかと。それでも、縋るような思いで、担当さんを見返す。
「体、大丈夫ですか? 桐生さんはブレイブの使い過ぎで、気力が尽きたようなものだから、眠れば、回復するって言ってましたけど」
 一瞬、桐生さんって、誰だっけ? とか考えてしまったが、ダイゴのことだと遅れて理解する。いや、それより何より、今担当さんは結構、普通に「ブレイブ」とか口にしなかったか?
「ちょ、ちょっと待ってください。あの…、加賀美さん。どこまで聞いたんですか」
 今更のようだけど、確認しておくべきだ。でないと、彼女が何か言う度に心臓に悪いというか、動悸が酷くなるばかりだ。いや、下手したら、止まるかも。
 果たして、頼れる担当さんはニッコリと笑った。
「勿論、全部ですよ。水臭いですね、先生。相談してくれれば、良かったのに」
「………………いや、それは」
 自分でも、未だに信じがたいと感じていることを、そうそう余人に明かせるはずがない。そうは思っても、巧く説明もできず、口籠ると、加賀美女史はまた笑いを漏らした。
「仕方ないですよね。こんなファンタジーな話。打ち明けられたら、逆に困っちゃいます」
 人によれば、「フザケたことを言うな」と怒り狂うかもしれないようなことだ。

 だが、現に暴れる異形のモノどもは存在したし、それらと戦う戦士たちも活躍していた。況してや、そんな状況に遭遇してしまい、変身シーンまで目の当たりにしたのだ。幻かと疑っても仕方がない。大体、今回に限っては本当の“幻”が事態に決着をつけたのだから!
 ただ、そんな“幻”を生み出した戦士がよもや、人気少女漫画家という顔を持つなどとは──ファンタジーを通り越していますよね、と加賀美女史は肩を竦めた。おまけに、それが彼女の担当とはどんな想定も通り越すどころか、横道に外れまくっているに違いない。
 それにしても、試写会が予定通り(では決してないだろうが)開かれたというのには驚いた。確かに、「楽しみの場を護るため」にもと、スクリーンを庇い続けたのは自分だが、今日は中止だとばかり思っていたのだ。
 会場に危険がないかを確認する時間は握手会及び質問会の時間が充てられたそうだ。
「だって、先生があんなに頑張っていたのを皆、見てたんですから。絶対に続けてほしいって」
 改めて、そう言われて、本当に自分は案外、考えなしなのだと呆れてしまう。混乱状態だったとはいえ、衆人環視の中、見てくれと言わんばかりに舞台上で、キョウリュウグレーに変身《チェンジ》してしまったのだから!?
 きっと今頃は、『青柳ゆう』の正体と結び付けられて、ネットやらで情報が氾濫しまくっているに違いない。何れ、『津古内真也』という本名とて、あっさり暴かれてしまうのではないだろうか。
 そんな近未来を想像し、さすがにズドーン★ と落ち込む真也に苦笑しながらも、加賀美女史が慰めにかかる。
「大丈夫ですよ、先生。皆さん、秘密は守ってくれます」
「守るって……。でも、秘密ってのは、口にしたくなるものじゃ」


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 人の秘密は特に──絶対に言っちゃダメ。自分たちだけの秘密だよ。
 けれど、秘密というだけで、暴きたくなるものでもある。
 その誘惑は如何ともしがたい。それが人の常だろうが。
 無論、全ての人が誘惑のままに明かしてしまうわけではないだろうが、あれだけの人間がいたのだ。一人が漏らしてしまっただけで、ネットに上がれば、瞬く間に拡散してしまうのが現代社会というものだ。


 だが、
「本当に大丈夫だと、私は信じています。桐生さんが皆さんに言ってくれたんです」
「ダイゴさん?」
 不安を抱えたままに見返すと、担当さんはそんな不安も吹き飛ばすような明るい笑顔を浮かべた。


★        ☆        ★        ☆        ★


 「皆、キョウリュウジャー《オレたち》のことは、秘密ってことで頼むな」
 気を失った真也を抱えて、救護室に向かおうとしていたダイゴは舞台上から、集まってきた人々に呼びかけた。無論のこと、人々の間に困惑混じりの騒《ざわめ》きが生じる。
「敵の大ボスはブッ飛ばしてやったんだけど、見ての通り、まだ小物が湧いて出ちまうんだ。俺たちもいつか、皆が本当に安心して、暮らしていけるように頑張るからさ。それまでは頼むよ。なっ」
 「なっ」って、そんなに無防備なくらいに軽快に同意を求められても、ちょっと、自信がないに違いない。『青柳先生』も関わっているから、大半は請け負いたいと思っているだろうが、それでも、人気覆面少女漫画家の素顔と、更に『正義の味方?』な秘密の顔まで知ってしまっては――『特別レアな秘密を誰かに言いたい』という誘惑は、実に甘美だろう。
 だが、それもダイゴは察していたらしい。
「あぁ、解るぜ。秘密なんて言うと、なーんか隠しておけなくなるっていうかさ。俺もそうなんだよ。隠し事って、超苦手でさ。うん。だから、隠さなくってもいいや」
 意外な台詞と、続いた言葉に、人々は吐息を漏らすことになる。
「周りを見てくれよ。今、ここにいる全員が俺たちの仲間だぜ。秘密っていっても、一人しか知らないもんじゃない。だから、どうしても話したくなったら、ここにいる誰かと話せばいいんだ」
 隣合った者と顔を見合わす人々――友人知人同士もいれば、全く知らない者同士もいる。唯一つ、共通項があるとすれば……元々、青柳ゆう先生の漫画のファンで、その映画を観に来たはずで――……。それだけでも十分、『お仲間』とはいえるのかもしれない。
 だから、連絡を取り合って、この日のことも作品のことも、語り合って……。
「なっ、映画、観ようぜ。せーっかく、この人がスクリーンも護りきったんだ。皆だって、観たいだろう?」
「Wao☆ それ、ナイス・アイディアよ。ね、皆、一緒に観ましょう」
 ダイゴの提案にアミィも言葉を添える。そして、そこかしこからも肯定の声が上がり、遂には「賛成」コールへと変わっていったのだ。

 いつか本当に、何の隠し事もなく、明かせるようになる日まで……。
 きっと、『仲間たち』は秘密を守りきるだろう。


★        ☆        ★        ☆        ★


「だから、先生。私は心配しません。もし、このことが漏れてしまったとしたら、その時はその時ですよ。時が満ちたというか、そうなっても構わなくなったんだって、思うことにします」
 物凄く前向きだけど、ある意味、開き直りのような気がしないでもない。
「私も頑張って、フォローしますから! 漫画家と正義の味方が両立できるように!!」
 やっぱり『漫画家』の方が先に来るんだなぁ、とか苦笑しながらも、真也は礼を言ったものだった。


 軽い反動で、エレベータが止まる。担当さんとのやり取りを思い出しながらも、壁に凭れ、また眠りかけていたのかもしれない。どんどん重くなる足を叱咤しながら、何とか部屋へと転がり込んだ。

 施錠だけはしっかりしたと思うが、寝室のベッドにも辿り着けず、普段、編集さんが待っているリビングのソファに身を沈めた瞬間には昏倒した。
 意識が途切れる瞬間、スピリットを費いきった懐の獣電池を握りしめていた。


激闘篇  幻影篇


 “激突の勇者”の後日談、最終章――のつもりだったのに、オカシイ……。ここまで、プロットからの想定が当てにならないことは余り、ないんですけどね。余程、激突の二人がツボだったのか? 読み違いも甚だしいですね★
 ところで、自分でも不思議なんですが、なぜか、真也のことは真也「さん」と呼んでしまう。鉄砕は鉄砕と呼び捨てなのに……。この辺、ダイゴたちもそうだなぁ。いつの日か、ダイゴたちも呼び捨てにする日が来るんだろうか? &優子さんも♪(血を見るかも?)

2015.08.21.
(pixiv投稿:2014.03.24.)


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