受け継がれしもの

幻影篇

「…………え…、と。どこ、ここ?」
 森の中だ。少なくとも、真也の行動範囲内には全くあるはずのない森だった。
 『鬱蒼とした』との表現が如何にも似合いそうな森だ。なのに、木の葉の間から射し込む陽射しは眩しく、決して、暗く感じないのが不思議だ。
 夢か、はたまた、謎めいた空間にいきなり放り出されたかは不明だが、突っ立っていても、仕方がない。
 全く…、“強き竜の者”と関わり、あまつさえ、自分自身もその“銘”の一つを受け継いでからというもの、ちょっとやそっとの事態《こと》では動じなくなってしまった。
 ……いや、元から案外、図太いだろうが、などと、あの人ならば、言うだろうか。
 切ない感傷に浸りながら、どこからか響く水音にも誘われ、木立の間を縫って、歩き出した。
 川ではないか。もっと強い音だ。やがて、木立の向こうに滝が垣間見えた。
 中々、険しい足場を苦労して進む。此処は本当に何処だろう? やはり、夢なのか――しかし、木の根に躓き、グラついた体を支えようと木に手をつけば、確かな感触がある。これが夢なら、大したものだ。
 難儀しながら、滝を目指す。そして、木立が開けると滝の威容が見て取れた。
 勇壮で、荘厳な――全身を打つ水が生み出す“力”は力強く、しかし、優しくもある。
 それは誰かを、何かを想起させるものだった。

 暫し、立ち尽くし、見惚れていたが──不意に気配を感じた。とはいえ、本当に微かな気配。ともすれば、この滝に同化してしまいそうな……、それでいて、どこか圧倒的な存在感を示す。
 矛盾した自分の感覚に途惑いながらも、その気配を辿ろうとする。
 そうして、見出したのは──滝壺からの飛沫を浴びながら、汀《みぎわ》に佇むその人の姿……。
「……まさか」
 呟きに、滝を取り巻く完璧に調和された気配が揺らいだ。そんな揺らぎを感じ取ったのだろうか。その人が振り向いた。
 自分に幾らか似通った面立ちだが、遥かに厳しい表情の人とは、二度と会うことは叶わないのだと思っていた。戦いに生き、果て──死して尚、文字通りに戦い続け、役目を全うし、旅立ったとばかり、真也だけでなく、皆が皆、信じていた。
 ならば、やはり、これは夢なのだろう。
 ……だが、



「全く…、驚いた奴だな」
 夢か幻かが、口を開いた。
「…………御先祖様…。鉄砕さん」
 慌てて、駆け寄ろうとするが、気持ちばかりが急いて、危うく転びそうにもなる。漸く辿り着くかといった寸前で、本当にコケかけるが、ガッシリと腕を掴まれ、引き起こされた。
「慌て者奴《め》
「す、済みません」
 口振りは冷ややかだが、しっかりと支えてくれている。体勢を立て直し、改めて、相手を見返す。掴まれた腕の感触は間違いなく、感じられる。スピリットだったとしても、こうも強く、残るほどに……。
 夢にしては鮮やかに──だが、現《うつつ》のはずはない。自分がこんな森にいるのが、何よりの証ではないか。やはり、夢だと納得しなければ、混乱するだけか。そう思った時だった。
「こんな風に、此処に来るとはな。驚くというよりない。大した奴だ」
「あの…、此処って、一体」
「判らんか? あの滝をよく“視”てみろ」
 促され、勇壮にして荘厳なる威容を再び、見返す。そして、凝視する。
 静寂に静寂を重ねる水の流れが生み出す波動は、深く激しく、心の奥深くまで揺さぶる。今や、身の中に宿る“相棒”のスピリットが潜んでいるのを感じ取る。
「ブンパッキー?」
 確か、“万年滝”といったか。戦いがない時は、その滝に身を沈めていると聞いた。強烈な水流に打たれ続け、元より強い硬度を更に高めているのだと。
 中国の奥地に実在する滝なのだそうだが、そこに自分が立っているのならば、益々、夢ではないか。そう思ってみても、一度も行ったこともない光景を、何故、こうも鮮やかに描けるのだろうか。
 それとも、まさかっ。
「あの…、僕、どうしたんでしょう? 知らない内に無断渡航とか、ヤバいこと、しでかしたわけでは……ないですよね」
「そんなわけがあるか。困った奴だな。自覚がないのか」
 盛大に嘆息され、どうやら密入国したとか、法を犯したわけでもなさそうなのには、一安心ではあるが、では、どういうことなのだろうか。
「此処は、確かに万年滝ではあるが、万一、人が誤って立ち入らぬようにと俺が創り上げた幻術による場だ」
 元々、人など寄りつかぬほどの奥地ではあるが、それこそ、万一というものはあるための備えだというが、
「え…、幻術? それじゃ」
「お前自身の幻術によって、道が開かれ、此処に繋げられたということだ。無意識にやるところが怖いな」
 信じられない思いで、鉄砕を見返すよりない。幻術など──まぁ、確かに一度は使ったが、偶然の要素が強すぎて、二度と発動させられないかもしれない。自信もあるわけがない。
 そんな真也の心の内を察したのだろう。鉄砕が苦笑する。
「お前の強さは、思いの強さだ。そう言ったはずだ。覚えているか」
「それは…、まぁ」
 それだけが全てだった。確かな自信も力も持たない自分にとって、縋れるものはただ一つ、その鉄砕の言葉だけだった。忘れるはずがない。

「お前は、守りたいと望んだものを守り切った。その思い故にな。あの幻術は…、初めてにしては見事だった」
 一応、褒められたんだろうか。だとしたら、喜んで良いんだろうか。戸惑いを覚えたが、嬉しいと思う気もないわけでもない。
 だが、それ以上に何かが気になった。もう一度、鉄砕の言葉を繰り返し、違和感に気付く。
「あの…、鉄砕さん。見てた…んですか? あの、僕の使った幻術」
「勿論だ。随分と戦い慣れもしてきたようだ。ブンパッキーも満足している」
「そ、そうですか。じゃなく──それじゃ、これ。本当に夢じゃないんですか。鉄砕さんは、今、此処に」
「何だ。最初から、そう言っているだろう。お前と俺の幻術が結びついて──ヒャッ★」
 常に冷静沈着な鉄砕とも思えない声が上がった。真也が突然、ペタペタと鉄砕の体のあちこちを触り出したからだ。
「な、何だ、いきなり。止めっ、擽ったい! 止めんか、馬鹿者ッ!!」
 例によって、強烈な頭突きがお見舞いされたが、今の真也も“激突の勇者”だ。互いを弾き返すように作用し、ゴインと派手な音を響かせる。二人揃って、よろける羽目となった。



 鉄砕が額を擦っているのは中々、レアな光景かもしれない。
「ったく、何の真似だ」
「す、済みません。実感が持てなくて」
 スピリットなのだから、生者ではないのは解っている。それでも、彼が──未だに存在しているのかどうかを確かめたかったのだ。
「成仏したとばかり、思っていました」
「誰か、そんなことを言ったのか」
「……いえ、あれ? そういえば」
 誰も言っていないかもしれない;;; ただ、仲間たちの間でも、そんな雰囲気になっていたというか、勝手にそう思い込んでいたというか。
 いや、敢えて言うなら、地球に帰還したダイゴがポツリと漏らしたという一言だろうか。

『これで、トリンたちも安心して、休めるだろうな』

 後で、アミィから聞かされた。真也と鉄砕の関係を思ってのことだろうか。
 鉄砕だけでなく、ラミレスやトリンも──“大地の闇”に向かった三人は、その崩壊とともにスピリットとしての存在も保てなくなったと、誰ともなく考えた。つまり、成仏したも同然だろうと。

「あ、あの…、トリンさんやラミレスさんもやっぱり、御無事なんですか」
「………………あぁ、こちらに戻っているのが無事というのなら、無事なのだろうな。それにしても、ラミレスはともかく、トリンを、さん付けで呼ぶ奴など初めてだな」
「え、可笑しいですか」
 それはともかく、だ。しかし、そうでないのなら、こうして『無事』ならば、何故、今の今まで、皆の前に現れなかったのだろう。あのデーボス軍との最後の戦いからは随分、経っているのに、誰からもそんな話は聞いていないのだから。
 単純に喜んで良いものなのか、微妙なところだ。この出会いとて、やはり偶然なのだろう。互いの幻術が結びついたと鉄砕は言うが、真也にはそもそも、幻術を使ったという自覚も意識も皆無なのだ。
 その辺り、当然のように鉄砕には注意される。
「しかし、自覚なしというのは危険だぞ。下手をすると、自分の作った幻から抜け出せなくなる恐れもある」
「そっ、そうなんですか」
 懸命に、現実の自分の状態を思い出そうとして――多分、あの騒動の後、帰宅したが、直ぐに気絶同然に眠ってしまった……はずだ。そういえば、最後の意識で、獣電池を握りしめたような……。
「獣電池のスピリットは空なのに、術が発動するなんて」
「勘違いしているな。我々の幻術にブンパッキーのスピリットは余り関係がない。問題なのは己自身のスピリットと、ブレイブの方だ」
「でも、あの時の僕は疲れ果ててて、どちらも殆ど尽きていたような気がするんですけど」
 疑問ばかりで首を傾げるばかりだが、また御先祖な先代はさも、可笑しそうに声を立てて、笑った。
「だから、大した奴だと言うんだ。まぁ、ブレイブが尽きかけていても、お前は生身の人間だ。俺のような純粋なスピリットと違って、たとえ、弱まっても、相応の力を有しているものだ」
 そうでなければ、幻術を発動などできない。
「獣電池は、空になっても、ブンパッキーと繋がるものだ。此処との道が開かれたのは、そのためだろうな」
 幻の中では獣電池を手にはしていないが――恐らくは、鉄砕の読み通りなのだろう。
 それよりも、何に気をつけたらいいのかも良く解らないのも問題か。無自覚というのは誰にとっても、質が悪い。
 だが、意外や、鉄砕は忠告したものの、それほど案じてはいないとも言ったのだ。
「お前は現実と幻想を違《たが》えたりはしない。人の心を動かせる“世界”を生み出すことのできるお前ならばな」
 それは、もう一人の自分が描き出す漫画の“世界”のことだろうか。
 思いを巡らせていると、固めた拳がトンと胸に押し当てられた。顔を上げると──誰よりも厳しい人が、酷く優しげな微笑を浮かべている。訳もなく、心が震え、目が離せない。
「思いが全てだ、真也。何度でも言う。お前の強さを、信じろ」
 そして、拳が離れたところを、真也は掌で撫でてみた。感触だけでなく、この温もりもきっと、忘れがたく思うことになるだろう。


★        ☆        ★        ☆        ★


「まぁ、いい。そうだ、真也。たまにはブンパッキーに会いに来てやってくれ。これなら、パスポートを使う必要もないだろう」
 千五百年以上前の生まれでも、余程、現代にも精通しているのには真也も面食らう。あの特訓中でも、時折、思いもかけない言葉が口から飛び出したものだった。
 しかし、何故、そんなことを言うのだろう。ブンパッキーの傍らには、これからも鉄砕がいるのではないのか、と。
 直截に疑問をぶつけると、鉄砕は暫し黙し、そして、静かに告げた。

「俺は、再び眠りにつくのでな」

 言葉の意味は――実に明確だった。曲解など許さぬほどに、明らかすぎるものだった。


 静けさを破る瀑布の響きすらが遠く……、
 霞んだもの如く、耳朶を打った。


回想篇  永劫篇


 ファイナル後、“激突の勇者”篇――本当にもう、諦めてました;;; 終わらせるのを? 情緒的に書こうとする余りに、字数が増えているのかもしれないです★
 ここでは万年滝の描写を如何に美しく!? に努めたような気も。努めて、コレか? てなモンかもしれませんけどね。
 でも、真也さん……ネームに詰まったら、幻術でブンパッキーに会いに行くついでに、森林浴でリフレッシュという裏技獲得か!? 羨ましいかも〜〜☆

2015.09.08
(pixiv投稿:2014.03.31.)

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