受け継がれしもの
永劫篇 「眠るって…、でも、どうして」 「さすがに、“大地の闇”での戦いで我々、スピリットも重大なる影響を受けた。それも悪いとしか言いようのないものをな」 少しばかり休息したところで、それがスピリットだったとしても、容易には回復できないほどのダメージを、実は受けているのだという。 だからだろうか。先刻の頭突きも――幾ら、自分もブンパッキーの“力”を得た“激突の勇者”だとしても、相打ちのようになるわけがないと、意外に思ったのだ。 だが、真也が問いたかったのはそういうことではなかった。 「……どうして、また眠るんですか」 絞り出すような声で尋ねると、訝しげに見返してくる。彼には、真也の葛藤など、全く理解できないのかもしれない。 「眠るくらいなら、どうして、そのまま成仏しないんですか」 「真也?」 「だって、貴方は! もう十分に戦ったじゃないですか。千五百年以上もの時を、世界を、人を守るために費やして!! だったら……だから、もう良いじゃないですかっ」 戦って戦って、ただ戦いに生きたと、そう聞いている。時代も国も、知識の彼方にあるような――それこそ、『物語』の世界で知るような舞台に、正しく、生きていた人なのだと。 その上、“強き竜の者”にまでなって……しかも、続く者が現れるまでも千年もの間、目覚めと眠りを繰り返しながらも、独りで…、たった独りきりで、戦い続けたのだ。たとえ、賢神や獣電竜たちがいたとしても、人としては、孤独なままに永き時を過ごし、越えてきたのではないか。 ならば、本当に休んでも、成仏して、二度と戦いになど備えなくても――……。 しかし、言いたいことの半分も、碌に言葉にすることはできなかった。物語を創り、語る自分が――何てザマだろうか。 結局、黙り込むよりなくなる真也を、こちらも黙したまま聞いていた鉄砕は表情を消し、見返していたが、ようやっと紡ぎ出した言葉は想像を絶するものだった。 「……たかが千五百年ではないか」 「え?」 たかが? 今、たかがと言ったのだろうか。 冷ややかともいえる口調で、その人は続ける。 「トリンと獣電竜たちは、億万を越える年月を越えてきたのだ。彼らに比すれば、千年や二千年が如何ほどのものだというのだ」 絶句するよりない言葉だった。 千年を越える歳月など、真也には想像もつかない。それは自分が生者だからなのか。 しかし、魂《スピリット》であろうとも、降り積もる時を永きものと感じるのではないのか? では、かつて、人であったはずのこの人は、最早、人ではなくなったのだろうか。生身の体を持たないからといって、スピリットは本当に人とはいえないのか。 「で、でも、獣電竜には元々、それだけ存在できるだけの力があるわけでしょう。けど、人はそうじゃないんじゃ――せいぜいが百年ほどしか生きられない。幾らスピリットでも、精神だって、そんな永い時間に耐えられるなんて」 「獣電竜とて、母なる種たる恐竜の寿命は然程のものではなかった。それでも、永劫の時を越えてきたのだぞ」 ならば、人には越えられぬと決めつけられるものだろうか、と彼は言うが、両者の比較が妥当なものなのかは真也には判らない。
「知っているか。獣電竜たちを生み出した恐竜たちだが、全てが絶滅期に棲息していたものではないのだ」 話が飛んだような気がしたが、もう真也には口を挟むこともできなくなっていた。 これは獣電戦隊でも気付いているのはイアンとノブハルくらいか。ダイゴはガブティラ辺りから聞いているかもしれないが、デーボス軍の尖兵が初めて、現れ、地球を襲い始めたのはジュラ紀だったのだという。 まだ、然程の数ではなく、その後も長いこと、恐竜は栄え、新たな種も生まれては消え、消えては生まれていった。 しかし、それが見せかけの平安であることを本来はデーボス軍の尖兵であったはずの賢神は熟知していた。次第に出現の頻度が高まり、攻撃が激化していくことを──備えをせねばならないことをも。 賢神は恐竜たちのスピリットに働きかけ、デーボスの脅威を報せた。幸い、意思の疎通は可能で、少しずつ応える種族が現れるようになってきた。そして、スピリットを集約し、戦う力と成す巨大な体──獣電竜をも生み出したのだ。 後に十大獣電竜と呼ばれることになる獣電竜を得た種族の中で、真っ先に応えたのは首長竜《プレシオサウルス》だった。もっとも、それでも、獣電竜誕生には当然、長い長い時間を要した。敵が押し寄せるようになり、攻撃も激しさを増し、やっと最初の獣電竜が生まれた頃には殆どの恐竜たちが脅威を実感するようにもなっていた。 とはいえ、獣電竜を生み出せるほどのスピリットに満ちた種族は決して、多くなかった。父なる獣電竜ブラギガス、最古の獣電竜トバスピノ、海を守護するプレズオン、他の種族まで守ろうとするステゴッチ──彼らを軸に、恐竜たちもデーボスに抗したが、その戦いもまた長引いた。少しずつ、獣電竜は増えていったが、次第に圧され、最後には恐竜という種の多くは、小型種を僅かに残し、絶滅した……。 それでも、戦いが完全に終息したわけではなかった。残った獣電竜に、死した恐竜《モノ》たちのスピリットが力を貸し、デーボス軍と戦い続けたのだ。その戦いは──想像を絶するほどに永く、永く続いた。
その果てに、デーボス軍との戦いはやっと、終わりを見た。今、蠢いている残党どももそう長くは活動できない。地球に降り注いだデーボス細胞を活性化させているデーボスの力も次第に弱まり、やがては消える。そうなれば、彼らキョウリュウジャーの戦いも終わるはずなのだ。 何より、誰よりも、獣電竜たちの戦いもまた……。そうなれば、彼らも眠りにつくのだろう。最早、デーボスが滅んだ今、彼らが目覚め、戦う理由はない。 だが、いつの日か、再び、デーボス軍ではない眠りを妨げるモノが現れ、目覚めさせられる時が来るかもしれない。何しろ、宇宙の果てにはデーボスまでが創造主と仰ぐような“悪の神”がいるらしいのだから! それでも、彼らは戦うのだろうか? いや、戦うのだろう。それは損得でも何でもない。相手が何者であろうとも、ただ、この地球《ほし》を守りたいという純粋な願い故に──そうに違いない。 そして、彼らの“相棒”もまた……。 人にとっては永すぎる時を渡ってきたスピリットレンジャーは“相棒”が潜む滝に目を遣り、 「ブンパッキーが在り続ける限り、俺も在る。ただ、そう決めただけだ」 “相棒”が目覚めれば、己も目覚め、戦うのならば、ともに戦う。 未来永劫、変わることなく──違《たが》えることのない誓いの如く……。 ★ ☆ ★ ☆ ★
頗《すこぶ》る固い頭同様に、その意思も揺るがすことなど、とても叶わぬほどに固いことを、真也は思い知らされた。 「どのくらい、眠るのですか?」 「さてな。それは俺にも解らん。スピリットレンジャーとなり、これまでも、幾度か目覚めと眠りを繰り返したが、その期間もまちまちだった。ただ、ブンパッキーが俺を呼べば、その時、俺の力が戻っていれば、目覚めるだろう」 タイマーなどあるわけでもない。ただ、獣電竜との絆だけが決する。そういうものだと納得しているのだというのだ。 もしかしたら、永遠に目覚めないかもしれない。ならば、目覚めに備える必要もないのではないかとも思えるが、それでも、選ぶ道は変わらないに違いない。
「眠る前にブンパッキーに会いに来たのだが……、まさか、お前にまで会うとはな」 偶然か、はたまた必然か――偶然の積み重ねが続けば、それも必然となる。或いは両者に違いなどないのかもしれない。 思えば、彼らの出会いそのものも、そうではないか。千五百年以上をも経た微かな血の繋がり故か、実は余り関係なく、ブンパッキーが結びつけたものかもしれないが。 「真也、ブンパッキーを頼むぞ」 顔を上げると、先刻の冷やかさは綺麗に拭い去られ、微笑さえ浮かべていた。 「デーボス軍の残党がいる限り、まだ眠ることはないだろうが、お前がいるのなら、安心だ」 「……え?」 彼にとって、唯一無二の“相棒”たるブンパッキーを託せると感じたのは真也だけだと、前にも言ってくれた。状況が切迫していた点は否めないが、現に真也は後継者となった。 それが本当に重い言葉なのだと、改めて感じる。 だが、それだけでもなかった。鉄砕は何故か、真也の顔をつくづくと見返してきたのだ。 「あの…、何か?」 「いや、お前に会えて、良かった」 「それは──」 「あぁ、少し違うな。お前という存在を知ることができて、良かったということだ」 どこが違うのだろう? 咄嗟に理解が追い付かず、目を瞬かせるのみだ。 「確かに、俺の生涯は戦いに満ち満ちたものだった」 人との戦い、デーボス軍との戦い──戦いに明け暮れ、遂には果てた。あの時代、それは珍しいことではなかった。しかも、スピリットレンジャーとなり、戦いは尚、終わりなど見えず……。 気が付けば、千五百年余り…、決して短くはないのも、それ故、真也の葛藤を生むことも、鉄砕とて解らないでもないのだ。 だが、その遥かな時を越えてきたからこそ、仲間に出会えた。そして、後継者たる子孫にも……。彼が守りたかった者たちの末裔《すえ》が、こうして、生きているのだ。 「今、この時代にお前がいる。嘗ての俺の生も戦いも、そして、死すらも、無駄ではなかったと、そう信じられる」 「鉄砕さん……」 すると、驚いたことに、鉄砕が手を伸ばしてきた。そして、そのまま抱きしめられた。 スピリットであっても、やはり温かい。随分と昔、両親に抱かれた遠き日を思い起こすような温もりだった。 だが、この手はもう、失われるものなのだ。 いつ目覚めるともしれぬ眠りに入れば、今度こそ、二度と会うことはないだろう。真也がいる限り、ブンパッキーが鉄砕を呼ぶ必要《こと》もないのだから。 せめて、真也の存在が彼を安んじられるのならば……。 いや、安んじられるのは真也自身なのかもしれない。 「どうか、実り多き人生を……、真也」 力強く、そして、優しい声が耳に残る。最後まで、人のことばかりだ。 人のため、世界のため、地球のために戦ってきたこの人は、誰よりも厳しく強く、そして、誰よりも優しい──故に、永き時にも耐えられるのだ。 温もりが離れ、背中を抱いていた手が肩に置かれた。 「そろそろ、戻った方がいい。大丈夫だとは思うが、幻に囚われないように気をつけろ」 「はい……」 時間がない。言いたいことは山のようにあるはずなのに、言葉にならない。 察したらしい鉄砕が苦笑する。 また、手が伸びてきた。今度は何だろう、と思う間もなく、手は軽く──胸を突いた。 滝の汀で話していたのだ。驚きなど、あっさり超越し、真也は滝壺に落ちていった。
軽い衝撃に目が覚める。うん、と呻きながら、仰向けになると、見慣れた天井が目に入った。間違いなく、自室のリビングだ。ソファから転げ落ちたらしい。 「……やっぱり、夢か」 とんだラスト・シーンだった。幾ら夢だからって、滝に突き落とすなんて、随分じゃないか。今更、文句の言いようもない相手だけど。 心中では愚痴りながら、ソファを頼りに体を起こす。その時、膝から何かが転がり落ちた。握り締めて、眠った獣電池だった。 何気なく手に取り、息を呑む。空だったはずの獣電池は、すっかりブンパッキーのスピリットに充ちていたのだ。 「どうして…、スピリットベースにも入っていないのに」 そこで、ハタと思い至る。あの万年滝は──本当に夢ではなく、幻術が結んだ幻だけど、真実の姿で……。とにかく、ブンパッキーが近くにいるからか、幻術による特別な場だったからか、そのためにチャージが可能になった……ということだろうか。 いや、この際、獣電池のことを気にしている場合じゃない。 あれが夢でないのなら、幻が繋いだものならば──あの人も、あの人が語ったことも、全ては現《うつつ》も同然の幻で……。 まだ疲れに痺れたような頭はまともに働きそうもないが、必死に思い出そうと努める。
また会えたことが嬉しくて、でも、それは必ず訪れる別れの兆しで、本当に二度と会えなくなることが悲しくて、なのに、どうしてか、突っかかってしまった。 そんな子供の癇癪でも、あの人はきちんと受け止めてくれた。冴え冴えしく、凛としたまま、そこに在った。確かに存在した。魂だけであっても、真直ぐな生の果てに、死をも乗り越え、あの場に佇んでいた。 唯一無二の“相棒”への尽きせぬ想いを、こんな子供を信じ、託してくれた。 そして、幸せを願ってくれた。 ──どうか、実り多き人生を…… 優しいばかりの言葉をくれたあの人は、生身ではなくとも、やはり人だった。 疑いようもなく、人だった。 それなのに、また備えのために、“相棒”のために眠りにつくことを選んだ。 堪えようもなく、涙が溢れる。拭いもせず、託された獣電池を握りしめた。 約束します。 二度とは会えないだろうし、僕の生き方の証を残すことは叶わなくても、 きっと僕たちの“相棒”が仲立ちになって、伝えてくれるはずだから……。 ……約束、します。 ★ ☆ ★ ☆ ★
そして、朝を迎える。変わることのない新たな日が始まる。 それでも、何かが違うのだと思うのは感傷かもしれないが、ただただ、日々を懸命に生きる。 あの人への何よりの礼となるのは、それしかないはずだ。
「さて、仕事仕事っと」 少しでも多くの人々に笑顔を……。 今は…、そのために、自分にできることをするだけだ。 真也は真っ白な原稿に“新たな世界”を紡ぎ始めた。 幻影篇 番外・不滅篇
以上! “激突の勇者”の物語完結です。丁度、最終回放送から二ヶ月の日までに終わらせようと目指し、何とか間に合わせました。
鉄砕と真也さん、決して登場の多くない、激突のお二人さんでしたが、やっぱり味があるというか、存在感がありましたね。さすが、出合君♪ 片や、魂だけのスピリットレンジャー。片や、人気覆面少女漫画家という設定もツツき甲斐があるといいますか。同じ人が演じているというのも見れば見るほど、不思議な感じで。 後継者云々の振りがあんな流れで、再登場の上、本当に二代目を襲名?するとはね〜☆ オイシイオイシイ。でも、戦っていたのは一話限定。最終回は碌に台詞もなく、EDダンスにも登場せずとは──更にイジリ甲斐があるというもの!! てなわけで、書き続けた二か月。キョウリュウ熱は冷めやらず、全然、次の戦隊にシフトもしないなんて、初めてでした。(鎧武とのコラボは面白かったけど……この頃はむしろ、鎧武の方を楽しんでた☆ 何か、ライダーも見始めてしまった^^;) 真也さんメインの話はとりあえず、ここで完結ですが、実はこの『受け継がれしもの』の番外編があったりします。絡みとしては100年後──この時点で、出ていた設定に沿ってと。 『ファイナルライブツアー』とかも近ければ見てみたかったけど……結局、生出演者には一度も接することはできませんでした(この時点では)が、案外、それで良いのかもしれませんね。見たい気はあるけど、役は役として、画面の中で見るのが一番、なのかもとか思ってたなぁ、この頃は。 後は『100年後の物語』と来年あるだろう『VS』を残すのみでしょうが、本家の激突さんが出る可能性は低いんでしょうね──とこの頃は思ってました^^ でもまぁ、ここまで来たら、とことん付き合っていきます!! というわけでの“激突の勇者”の物語終幕魔で、お付き合いいただきまして、ありがとうございました☆ 2015.10.01. (pixiv投稿:2014.04.09.)
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