BLUE IMPRESSIONS
第二章 他人の思惑など、知ったことではない。 ただ、誰にでも、捨てられないプライドはあるもんだ。 一年戦争終結より八ヶ月、ジオン軍残党の大勢力はアステロイド・ベルトへと去り、チラついていた戦火も下火になりつつあった。勿論、火種は埋火《うずみび》として残っている。 より危険なのは宇宙への脱出が叶わず、潜伏した地球各地の残存兵力だが、その叛乱も日に日に鎮静に向かっていった。局地的に蜂起しても、連邦に大した痛手も与えられずに各個撃破されるに及び、完全に地に潜る道を選んだのだ。 恐らく、その者たちは信じているのだろう。地球圏をも遠く離れた同胞たちの帰還と支援に同調し、再起する日が必ずや訪れることを……。 一方の連邦にしてみれば、その日を何の手立てもなく待つわけにもいかない。小さな残党勢力の一つ一つを可能な限り、炙り出し、壊滅させなければならなかった。そのために、戦時に劣らぬほどに活動している部局の一つが情報局だった。 参謀本部基地ジャブローの本局は全支局からの情報が集中する、また別の“戦場”と認識されている。中でも、第二課・第三課は元より、平時でも戦時と何ら変わらず、多忙を極める“戦場”だった。
「リーフェイ大尉、3番!」 伝達は明瞭かつ簡潔に──勢い、言葉までが極力、削られるらしい。意味が通ずるものならば、困りはしないが。 ご指名の士官はインカムを取るが、事務処理の手を休めているわけではなかった。 「ハイ、リーフェイです。──ロアン少佐? あぁ、構わない。繋いでくれ」 インカムの奥で回線が切り替わる音がする。 『相変わらず、連絡一つ取るにも難儀なところだな、そこは』 「少佐、お戻りだったんですか」 『あぁ、ついさっき、お戻りになったところだ』 砕けた物言いに苦笑が漏れる。第三課所属・情報分析官レオン・リーフェイ大尉は一先ず、ペンを置いた。 『今、忙しいか』 「それほどでもありませんよ。今日は定時には上がれるでしょう」 『なら、その後、一杯やらないか』 「家族サービスしなくてもいいんですか。帰ったその日くらい」 『帰還直後だから、勘弁してもらうのさ。それに、これも似たようなものだろう』 少しだけ返答に困る。 『また、面白そうな話があったら、聞かせてくれないか』 どうやら、それが本音らしい。承知の上で問うてみる。 「例えば、どんな話がお好みです?」 『何でもいいが……前の続きとか、ないかな』 「……待ち合わせは」 『定時だろう。局の前で待ってるかな。さすがに局内《なか》まで入りこむようなマネはできないからな』 「前で突っ立ってたって、不審人物扱いされかねませんよ」 様々な情報を扱うだけに、情報局のセキュリティは強固かつ厳重だ。局員でさえ、局内で出歩ける場所は管理されているのだから。 「どうせ、いつもの店でしょう」 『じゃあ、そっちでな。それはそうと、まだ申請してないんだな』 突然、話が飛んだようにしか思えないが、当人たちには突拍子がなくもなかった。いつ、話を振られるか、そろそろか、と予測するほどに出る話題だったりする。 「だから、今さらだって言ってるでしょう。周囲が混乱するだけですよ。大体──」 『どちらも自分の名前には違いない、だろ? 阿輝“アフェイ”』 「それこそ、やめて下さいよ」 『何だ、嫌なのか? 珍しい』 わざとらしいくらいに意外そうな声が少々、癇に障った。全く珍しいことだが──というより、付き合いが長いせいか、この通話の主の言葉には妙に揺らされてしまうのだ。 「30目前にして、ちゃん付けもないでしょうに」 『そうか、嫌なのか。それじゃ、一生、呼んでやろう。阿輝?』 「……付き合うの、やめますよ。哥哥“グヲグヲ”』 気分を害したような声で冷たく言い放つ。殊に表情の見えない声のやり取りだけだと効果覿面──のはずなのだが、生憎と今回の相手には通用しなかった。口ほどに怒っていない、というより、彼が怒るほどのことがまずないに等しいなどとは疾うに承知しているのだ。 『悪かった。そう怒るな』 苦笑交じりの謝罪を何度、受けただろう。話す度、会う度に同じようなことを繰り返しているような気がする。 「もういいです。切りますよ。あまり話しこんでいると、煩いですからね」 『了解だ、レオン大尉。また後で』 反論の間も与えずに通話は切れた。 「全く、わざとだな」 その場合は「リーフェイ大尉」と呼ぶべきところを──昔馴染みの同郷出身者として、彼には彼なりの拘りがあるのだろう。 インカムを置きつつ、軽く息をついた。わずかに目を眇め、考えこむ。別に自分の名前がどうの、という問題を思いやったわけではなかった。 「前の話、ね……」 どうやら、事態は動き出したらしい。それは彼自身には関わり合いのないことだが、シャトル班に所属する昔馴染みには全くの無関係とはいえないものだ。『あの話』が本決まりになった──確認するまでもなかろうが──不意に妙に胸が騒《ざわめ》くような感覚に囚われる。 「…………何だ?」 自分自身に問うてみる。だが、すぐには答えは出ない。引っかかりはあるが、しかし、 「大尉。報告書を纏めましたので、目を通して頂けますか。リーフェイ大尉?」 何やら、難しい顔の上官を珍しいものを見るように窺う部下に、瞬間、触れかけた答えが霧散する。 「あぁ、ご苦労。後はこいつのデータ整理を頼む」 首を傾げながらも、用意しておいた何枚かのディスクを手に離れていく部下を視界の隅に置き、受けとったファイルを捲り、欠落がないかをざっと確認する。 この仕事を片づけなければ、定時には上がれない。相手が誰だろうと、約束したからには破るわけにもいかない、とレオン・リーフェイ大尉は書類を裁き始めた。 今少し、自身の受けた感覚を見つめる時間があれば、気づいたかもしれない。それがある種の危険信号、不安であったことを……。 ロアン・スーライ少佐がインカムを戻した時、ドアが開き、今回限りの相棒が入ってきた。 「早かったな」 「まぁ、辞令を受け取っただけでしたからね」 「あぁ、いよいよ、専任だってな。おめでとう」 臨時副操縦士ベルンハルト・シュネーヴァイス中尉ことスノーは、それはそれは怪訝そうな顔をしたものだ。 「何で、知ってるんですか?」 当の本人がたった今、知らされたばかりだというのに、実に不可解だ。ロアン少佐は肩を竦めてみせる。 「噂を聞いたのさ」 「そんな噂、流れてましたかねぇ」 間借りのデスクに座りながら、呟く。特に好奇心旺盛でなくとも、噂話は勝手に耳に入ってくる。況してや、自分に関するものならば、大抵はお節介な誰かが耳打ちしてくれるものだ。 噂といいつつ、知っているのはロアン少佐だけなのか。どこから、仕入れてきたものか──尋ねても、答えてくれるとは思えないが。 「で、いつからなんだ」 スノーは黙って、ヒラヒラさせた辞令を差し出す。 「シャトルJC37副操縦士に任命す。本年10月1日付け。二ヶ月先、か」 「本ト驚きませんねぇ。そこまで、噂になってたんですか」 「意地悪く言うなよ。不満、なのか?」 この辞令が、と返されるが、答えようがなかった。人事官との会話も思い出される。 専任になるのは願ったりだが、着任までの空白期間は実に怪しげだ。何をさせようというのか。その答えは新コンビを組むことになる機長にあった。 「ブライト・ノア少佐か。たまに見かけるけどな」 彼のニュー・タイプ部隊ホワイト・ベース艦長。軍に於いて、その扱いに困り果てているだろう人物、正に曰くありげな任務ということだろうか。 とはいえ、スノーの態度には不安やら警戒やらは微塵にも感じられなかった。恐らく、人事官から告げられた時も全く動じずに、場を白けさせただろうと容易に想像できる。 「ノア少佐にはシャトル業務の経験はないはずだったな」 「だから、俺を呼んだ、という有り難い評価を頂きましたよ」 「この空白の間に、お前さんが教官よろしく、新機長を鍛えるわけか」 「アホらしいっスよね。俺は機長資格、持ってないってのに」 当然、教官の資格もあるはずがない。それは無論、人事官に対しても、疑問を装い指摘した。すると、相手は重々しく宣った。
『そんなことは些細な問題だ。現機長連の誰もが口を揃えて、答える。貴官は最高の副操縦士だとな。ぜひ、ノア機長もフォローしてやってほしい』 微妙に論点をずらした上に、 『貴官に足りないのは航宙時間だけで、すぐにでも機長を任せられるそうではないか』 などと、その実、随分なセリフではないか。 「それって、褒めてんですかね? お前は経験が足りないんだ、と貶してません?」 航宙時間が足りないのは仕方がない。スノーの年齢で、機長資格を持つ者など皆無なのだ。いや、今回の人事で最年少記録は塗り替えられることとなるわけだ。ただし、ブライト・ノア少佐が真にシャトル・スタッフの適性を有しているか否かにもよる。 『それは教官として、貴官が判断したまえ。将来の機長として、コンビを組むに足りうるか──』 相棒とはいえ、部下となるべき副操縦士にそんな判断が委ねられているのというのか? 「その心は?」 「何としてもモノにしろ、ですよね。おこがましく、判断なんぞする必要はない。ノア少佐と組む以外に貴様にはもう飛ぶチャンスはないのだ★ くらいな意味だったりして」 「シャレにならんなぁ」 それでも、ロアン少佐は同情する気にはなれなかった。そんなものは必要がない、とスノーの表情が語っている。案外と、この新しい辞令に乗り気な様子だと窺えるのだ。彼と新機長が上手くやっていけるかなどを今現在、心配しても、それこそ仕方のないことだ。 「まぁ、それはともかくとして、シュネーヴァイス中尉」 「──何スか?」 ざーとらしい呼びかけに幾らか警戒気味になる。将来の機長より、今ここにいる目前の機長の方がよっぽど、多大な不安を招く。まぁ、過剰反応だったが。 「さしあたり、目の前の仕事を片づけてくれないか。約束があるもんでね。きっちり定時には出たいんだ」 「家族サービスですか」 「まぁ、そんなようなもんだ。お前さんだって、早いトコ、新妻の元に帰りたいだろう」 「そうですね。スッ飛んでいきたいですよ」 照れもせずに惚気る新婚さんには、苦笑するよりない。 「そういや、そろそろじゃなかったか。晴れて、パパさんになるのも」 「パパって、柄ですか」 これは照れ隠しだろう。スノーの妻ジャニスは臨月間近だった。 「柄で、なるもんじゃないさ。お前さんのことだ。さぞかし、子煩悩パパになるだろうさ」 シャトル・スタッフとしてだけでなく、家庭人としても先輩の予言は完全に的中する。 (1) (3)
出てない、出てない。ブライトがぁ^^;;; 大分、間があいて、これかっ!? スノーはガンバってますが、やっぱし、ロアン少佐の方が……この人、今までスノーと一緒の出番が殆どなかったから、分からんかったが、スノーまで食ってないか? ひょっとして、最強キャラか☆ 名前も決定しました。“鸞 樹明”をヨロシク。 ついでに出しちったぜ、謎の人・レオン★ もう、誰にも止められない〜♪ 名前の謎にちょい触れたけど、あれで何となくでも解るかしらん。因みに「哥哥“グヲグヲ”」=「兄さん」の意味。当たり前だけど、実の兄弟じゃありません。
2003.01.28.
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