『星矢・蠍座誕+α』 お礼SS No.33

「アイオリア、待てよ」
 任を終え、教皇への報告も済ませ、十二宮を下っていたアイオリアを呼び止めたのは天蠍宮のミロだった。
「……何だ」
 話をするのは夫々の宮でだけ──そう取り決めてあるから、外でのように無視することはないが、歓迎されていないのは明らかだった。
 極力、他の黄金聖闘士との接触を避けようとするのが寧ろ、こちらの立場を慮ってのことだとはミロにも解っている。解ってはいるが、それでも!
「少し、寄っていかないか」
 普段なら、即答で断るだろうが、そうと承知の上でのミロの誘いに、アイオリアも幾らか引っ掛かりを覚えたのだろう。
「……カミュとアルデバランも来ているのか」
「あぁ、だから──」
「ならば、尚のこと、俺が加わるわけにはいかないな」
 言うなり、踵を返そうとするアイオリアの腕を、掴んで引き止める。
「今日は俺の誕生日なんだ」
「──誕生日?」
 正しく、想像を絶するような科白を聞いたような怪訝な顔で呟くアイオリアに、尚も言い募る。
「二人が細やかだが、祝ってくれると……。だから、お前もその席に。乾杯だけでもいいから」
「フ…、誕生日か」
 怪訝そうな表情が苦笑に変わった。今の聖域で、『誕生日の祝い』なぞ、どうにも掛け離れた印象でしかない。況してや、戦士の中の戦士たる黄金聖闘士が……。
 ゆっくりと、掴んでいた腕を外される。
「あいにく、そんな暇はない。また、勅命を受けているからな。失礼する」
「──リア」
 本当かどうかは判らないが、勅命を持ち出されてはこれ以上、引き止めることはできない。
 ミロはアイオリアの背中を見送るだけだった。全てを拒絶する、その背中を……。

 嘆息しつつ、居住区に戻ると、カミュとアルデバランに迎えられた。テーブルの上には幾らかの食事とワインの瓶に、グラスが四つ──結局、一つは使われることはないが。
「やはり、行ったか」
「あぁ…、また勅命だと」
「そうでなくても、来なかっただろうがな」
 ミロは反論もできず、もう一つ溜息をついた。予測していたのもまた確かだった。
 誕生日など、切っ掛けでしかない。ただ、昔のように、当たり前にアイオリアも仲間の輪に入れてやりたかった。たとえ、それをアイオリア自身が望んでいないのだとしてもだ。
「そう落ち込むな、ミロ」
「そうだ。それに、ちゃんと祝ってくれただろう」
「…………」
 去り際のアイオリアの小宇宙──逆境にあっても、決して翳ることのない太陽の如き暖かな小宇宙は確かに「おめでとう」と伝えてくれた。

 彼らは聖闘士だ。厳しい戦いの中、命を散らすのは今日明日かもしれない。それでも、彼らもまた人間だ。この世に生れ落ちた唯一日の日を祝いたいと望む。
 次に廻りくるその日には此処にいないかもしれない。そういう運命の下にあるのが聖闘士なのだ。
 浮ついた気分になど、染まるものではない。だとしても、まだまだ若い彼らが女神のため、世界の安寧のために、己をも懸けようとするには時に気持ちを盛り立てることも必要とされた。
 一年に一日の己が誕生日は、打ってつけの祝いの場ともなった。大仰な場はさすがに許されないが、内輪の祝いは禁じられてはいない所以だ。

 だが、そうであっても尚、アイオリアはそれさえも許されない。
 彼自身が許そうともしない。

「さて、俺たちも余り長居するわけにはいかんな」
 黄金聖闘士は十二宮の守護者でもある。任に出ているわけでもないのに、自宮を長く離れるのは好ましくない。少なくとも、彼ら自身が己を、そう戒めている。
 年に似合わぬ豪快な笑顔で立ち上がり、年の並んだ友人の肩をバンバンと叩き、アルデバランが出て行くと、急に部屋が広くなったように感じられた。
「カミュ、アイオリアが来なかった理由って、他にもあるのかな」
「他とは?」
「……十一月の誕生日といえば、ロス兄も…。だからかな、って」
「かも、しれんな」
 使われなかったグラスを眺め、アイオリアの心中を思いやる。それが正しいとは限らないが。

 今は祝うことも叶わない、アイオリアにとっての特別な日──射手座のアイオロスの。

「私も引き上げるとしよう」
「あぁ、カミュ。ワイン、有難うな。美味かった」
「それは良かった」
 友人たちの心底からの祝いに気持ちに、次のこの日を迎えるためにもと、気力も充実していく。だが、それさえも叶わないアイオリアは──……。
 ミロは願わずにはいられない。いつか、アイオリアの誕生日も何の遠慮もなく祝える日がくることを。アイオロスを偲び、思い馳せる日の訪れを。
 ただただ、願わずにはいられない。

明るい蠍座誕





『星矢・期間限定射手座誕・星影篇』 お礼SS No.34

 ニューヨークは秋が過ぎ去るのも早い。十一月も今日で終わりというこの季節、道行く人々の中には既に冬支度を済ませた者もいるほどだ。そんな中で、白シャツに薄手のジャケットを羽織っただけの青年は些か、場違いに移る。
「やぁ、リア。お帰り」
「アイオロス……。酔ってるのか」
「ハハ、酔ってなんかないぞー」
 酔っ払いは大抵、そう言うもんだ。
 今日は何と、定時に仕事を終え、買い物を済ませて、帰宅したら、家の前で待っていたのは酔っ払いだった。まだ、夜の六時を回ったところだというのに──ま、意外とアイオロスは酒に弱いから、大して飲んではいないのかもしれないが。
「急に君の顔が見たくなってさ。飛んできちゃったよ」
「飛んでって──まさか、聖域からか」
「御名答〜♪」
「酔っ払い飛行してきたのかよ」
 正に文字通りに。無茶を通り越して、怖いぞ。つまり、聖衣装着だったってことだろう? 酒乱で暴れたりされたら……。あ、前に謎のアパート崩壊事件とかあったよな。あれなんかも、実は聖闘士やら海闘士やら、冥闘士やらが絡んでいるとか?
 聖域の連中が聞いたら、またぞろ、眉を顰めそうなことを考えながら、ともかく、ドアを開ける。

 そういえば、アイオロスが家に来たのは初めてだった。何かあったのだろうか。
 とにかく、ソファに身を沈めているアイオロスにコップを持たせる。零してくれるなよ。
「ホレ、水。ヒーリングでアルコール分解できるんじゃなかったのか」
「それは奥の手。つーか、余韻を愉しんでいるのに、何で、んな無粋な真似」
 いかんな。更に呂律が怪しくなっている。こりゃ、沈没するのも時間の問題だな。しかし、ここまで酷い有様も初めて見るな。
「リア〜、今日は、何日だ」
「え? 十一月三十日だろう」
「そー! で、何の日か、知ってるか」
「何の日って…、何かあったっけ? ……あ」
 思い出した。今月、獅子宮の結界修復に行った時、ミロに誘われたんだった。
「あ〜、あんたの誕生日か」
「そう! ヘヘ、アテナに、お祝いして貰っちゃった☆ でも、リアは来てくれなかったなー。付き合い悪いぞぉ」
 目が据わっている。結構、本気で怒っているのか? この状態では判りにくい。
「悪かったよ。別に、あんたに隔意があるわけじゃない。祝いがしたいのなら、今、やってやろうか」
 といっても、この様じゃな。一杯だって、飲ませるのは危険なような気がする。
「おー、リアからの祝い酒なら、吐いてでも、飲むぞ〜♪」
「あのな」
 ともかく、ビールを出すだけでも、機嫌は良くなるだろうと、帰りがけに買ってきたばかりの缶ビールを開けた。
 だが、乾杯をする前に、アイオロスは静かになっていた。見れば、とうとう寝落ちしていた。
「やれやれ」
 苦笑しつつ、一応、毛布をかけてやる。鍛え抜いた聖闘士が、この程度で風邪を引くとも思えんがな。

「──オ、リア」
 一瞬、呼ばれたのかと見返し、誤りに気付く。今、彼が呼んだのは俺ではなく、彼の弟だ。
「一番、祝って欲しい奴がいないんじゃな」
 城戸総帥も臨席する祝いなら、さぞ、盛大に行われたに違いない。笑顔で、祝いの中心に立つ姿は想像できるが──本当なら、その傍らには、彼に良く似た弟が立っているべきだったはずだった。そして、真先に兄に「おめでとう」と寿ぐはずで……。
 どんなに盛大で、城戸総帥や黄金聖闘士たち、多くの仲間に祝われても、そのたった一人がいない。それが全てだ。
 時計を見ると、七時ちょい前。七時間早いアテネでは既に日は変わり、十二月になっている。夜中の二時前か。逆算すると誕生日が終わると同時に、聖域を飛び出してきたんだろう。
 そして、此処に、俺のところに来た……。

 聖域でのアイオロスはいつも笑顔を絶やさない。いつだって、自信に溢れ、人々を安心させる──暗い影など、微塵にも感じさせない。
 だが、彼の心には埋めようのない大きな穴が開いている。
 俺は…、確かにアイオリアに似ているかもしれない。だが、それだけだと、誰よりもアイオロスが知っている。だからこそ、弱気になると、俺のところに来る。
 決して、俺をアイオリアの代わりにはしていないから──でなければ、弱味など見せられるはずもない。
 友人として、対等な存在と見てくれていると、その程度は自惚れてもいいはずだろう。

 カツン…
 置かれたコップを合わせる。
「誕生日おめでとう、アイオロス。あんたと知り合えて、良かったと思ってるよ」
 眠る彼に、聞こえたはずはないが、一瞬、寝顔が微笑んだようにも見えた。





『星矢・期間限定明るい射手座誕』 お礼SS No.35

 十二月に入り、既に一週間。その日の執務に就きつつも、時に楽しかった宴を思い出してはアイオロスは笑みを漏らした。
 サガなどに「気味が悪いから止めろ」と注意されるが、無論、気に留めるようなアイオロスではない。その内、サガも諦めたか、何も言わなくなった。
 執務を滞らせることが少なくなったお陰もあるかもしれないが。

「──兄さん」
「お、お帰り、アイオリア」
 弟の小宇宙が聖域に戻ってきたのは察知していた。飛んで迎えにいきたいのはグッと堪え、待っていたのだ。どうせ、報告に来るのだからと自分に言い聞かせながら。
 日本に帰るアテナ沙織──グラード財団総帥として、重要な会議にも参加する城戸総帥の護衛役を果たしてきた弟からの報告を受けると、その労を労う。
「ご苦労さん。今日はもう休んでくれていいぞ。報告書は明日中に提出してくれ」
「了解った。あ、兄さん」
 弟を休ませ、自分は一刻も早く仕事を終わらせ、獅子宮に押しかけようとか考えていたアイオロスは顔を上げた。その目の前に、小箱が置かれる。日本語の店名が書かれた包装紙がかかっているので、あちらで買った物だろう。
「何だ?」
「その…、遅れたが、誕生日プレゼントにと思って。やっぱり、形のある物も欲しいだろう?」
 アイオロスは目を瞬かせ、次には相好を崩した。それはもう、傍から見ても、だらしなく映るくらいに;;;
「そっか〜☆ うんうん、嬉しいぞ。あ、開けていいか」
「あぁ、勿論。気に入るといいが」
 大喜びでガサゴソと包みを解き、箱を開けると、中から出てきたのは、
「湯呑みか」
「兄さん、日本茶がお気に入りだろう。使ってくれ」
「〜〜アリガト、リア。大事に使うよ」
 これで、よりお茶も美味くなること請け合い☆ とかニッコニコ顔で、両手にプレゼントを持って、眺めている。

「そうだ。折角だから、早速使わせて貰おう。お茶お茶♪」
「ちょっ…、兄さん、仕事は」
「息抜き息抜き。何事にも適度な休みは必要だぞ。執務も修行もまた然り。お前も付き合え」
「調子のいい……」
 生真面目な弟を呆れさせながらも、そのペースに引きずり込んでしまう。満面の笑みが、その喜びのほどを如実に表していた。

明るい射手座誕



 『星矢拍手三部作第五弾』 誕生祝特集となります。
 明るいキャラがミロの売りなのに、仄暗くなってしまい、明るい蠍座誕話の切っ掛けにもなりました。んでもってのダブル射手座誕──明暗分かれてますねぇ。ロス兄が別人かと疑うほどです★

2008.12.25.

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