砂塵の蜃楼《すなのみちしるべ》
7 巨大な影が砂地に射す。淡い灰色の装甲が眩い陽光を弾く。 見上げれば、降下したばかりのミデア輸送機が離脱していくのを目撃できるはずだ。 だが、マスター・レイヤー中尉は搭乗機GMの状況確認に忙しく、わざわざ僚機を見送ったりはしなかった。そして、指揮下の部隊状況に目を走らせる。隊長機には情報支援車両を通じて、他の機体情報も伝えられているのだ。 「こちら、FANG1。各機、異常はないか」 「FANG2、異常ありません」 「FANG3、全く問題なしです。隊長」 「こちら、オアシス。全系統オール・グリーン。隊長、作戦開始予定時刻まで、後十分です」 「了解だ、オアシス」 レイヤーは軽く息をつく。この十分間、緊張を持続させる方が難しいと思う。何しろ、久々の模擬戦だ。やはり実戦ではない以上、こういう“間”にこそ、緩みが出たりしてしまう。実戦なれば、降りた時点で、いや降りる前から作戦は始まっているはずなのだ。 彼ら『ホワイト・ディンゴ』は同じ特殊遊撃MS小隊『シルバー・サイライシン』を仮想敵とした模擬戦のため、シンプソン砂漠外周部まで出向いてきたところだった。このメンバーでは初めての模擬戦となる。 レイヤーは模擬戦そのものが初参加となる新任パイロットに声をかけた。 「レオン…、少尉。大丈夫か?」 「はい、隊長」 未だ慣れたとはいえぬ呼びかけに、新たにFANG2を預かるレオン・リーフェイ少尉も短く答える。正に即答だった。先刻の報告といい、微塵にも動揺を感じさせない、冷静な声だ。 〈……落ちついているな〉 自分などよりも、よほど──すでに実機による格闘訓練はこなしているとはいえ、大したものだ。決して、模擬戦を軽んじ、緊張していないわけでもないのだから。そんなところも前任者に似ている。 そして、錯覚する。通信機越しに僚機のコックピットに座っているのは、あのユン・シジョン少尉であるかのように。 『御自分の力の及ばないことにまで、責任を感じることはありませんよ』 『何が落ちてきたって、それはあなたのせいじゃない』 唐突に蘇る、彼が残していった言葉……。気がつくと、考えている。 ユンは何を知っていたのかと。何を言いたかったのかと。 だが、彼が今も目の前にいたとして、果たして、尋ね返せるのかと自問する。 巡り巡った問いは必ず、そこに行きつく。 『お前に彼らを指揮する資格があるのか』 すでに聞きなれた、ほとんど漫才のような言い合いもどこか遠い。 ほんの十分──雑念のように様々な過去が想起される、とてつもなく、長い時間だった。
「新任のFANG2パイロットが決まった。一週間後に合流するそうだ」 「シジョンの後任ですか。どんな奴なんです」 尋ねつつ、マクシミリアン・バーガーは隊長が開くファイルを覗きこむ。今一人の部下アニタ・ジュリアンにも見えるように、写真付ファイルをデスク上に広げる。 「へぇ、また東洋系なんですね。えー…と、レ………^^; 何て読むんです?」 「レオン・リーフェイ少尉。元戦車兵で、鬼教官の評価は高いな」 当然、レイヤーやマイクたちよりも短期間で、実戦部隊に送られるだけのことはあるはずだ。 「にしても、シジョンもだけど、東洋《あちら》の発音ってのはどーも解からんよなぁ」 「でも、シジョンは韓民族よ。リーフェイ少尉は出身からすると、漢民族でしょうね」 「…? 同じ“カン”民族ってのじゃないの??」 アニタが韓民族は朝鮮半島、漢民族は中国大陸の文化圏を育んだ民族だと、デスクに指で地図を書いてみせながら、簡単に説明するが、今一つマイクにはピンとこない。 「そんな半島なんて、あったっけ? でもさぁ、地続きじゃん。同じようなもんじゃないの」 「そりゃ、人種的には近いけど、文化の違いは民族性にも影響するものよ。因みに大和民族ってのも別だからね。日系のことだから」 同様に架空の中国大陸の東側に位置する架空の孤島列島、日本を示す。 「はぁ〜。日本って、島だったのか。中国の一部とか思ってた」 「あんたねぇ」 「にしても、アニタ。妙に詳しいのな」 「まぁね。こう見えても私──」 アジアの文花圏については学んだことがある。一寸だけ得意気だったのだが、 「そっか! 東洋系の彼氏とかいたんだ?」 カッチン☆ 「どーして、そーゆー発想しかできないのよっ!?」 逆撫でされたアニタが噴火。『ホワイト・ディンゴ』結成以来、チームの風物詩の如くなっとる『痴話喧嘩』──とメカニックに囁かれている──が繰り広げられる。もはや、二人の頭からは新しい『仲間』の存在はスッパリ抜け落ちているらしい。 そんな二人を形の上だけでも宥めるのもムダとばかりに、レイヤーは溜息一つですませ、手元のファイルに目を落とした。送られてきた添付写真はさほど、大きなものではない。だが、特徴は明瞭に見て取れる。黒い髪に黒い瞳。極一般的な東洋系の特徴を備えた人物。 それは否応なく、別の人物の姿を喚起させる。それほど、遠い思い出ではないのだ。 〈シジョン……〉 自分のために負傷し、隊を離れていった部下。
『他人の勝手な判断とその結果に、あなたが後悔するなんて、ある意味、傲慢ですよ』 そうかも、しれない……。それでも尚、彼への負い目は当分、消えそうにない。 間違いなく、ユンを思わせるだろう新しい部下をも、どのように迎えられるのか? 今のレイヤーはただ困惑するだけだった。 そして、一週間──答の出ぬままに、明日、『ホワイト・ディンゴ』がチームとして再び成立する。搭乗格闘訓練などは欠かさなかったが、やはり頭数が揃わなければ、チーム戦闘の訓練は叶わない。 その日の訓練を終え、愛機を整備分隊に委ねたメンバーは思い思いの行動に移る。 レイヤーは各人の報告書をまとめ、担当官に提出にいった。 アニタは搭乗車であるホバートラック『オアシス』をメカニックと一緒に調整している。 そして、マイクは──愛機につきまとい、整備の邪魔をしていた。 が、指揮しているボブ・ロック整備士長は全く気にしていない。 「いよいよ、明日だなぁ、マイク」 「あぁ? あー、新任パイロットの着任な」 チームがチームとして機能するためにも待ち侘びた日となるはずだ。マイクには心なしか、メカニックさえもがソワソワしているように見える。 「そりゃあ、あのFANG2を最高の状態で渡したいからなぁ」 筋金入りのメカニックは専任パイロットがなく、時にテスト起動されるだけだったGMを見上げた。だが、他の二機同様、整備は万全だ。つられて見上げたマイクの表情がわずかに曇る。 「そういや、あいつの中枢コンピュータは初期化したのか」 「いや。酷い癖がついてるわけじゃないからな。せっかく、シジョンが教えこんだものを消すこたぁないさ」 「新人さんが使いこなせるとは限らないけどな」 「そん時は調整し直すさ。しかし、リーフェイ少尉だっけ? シジョンの後任も東洋系なんてなぁ。面白い偶然だな」 ある意味では、悪魔的な偶然かもしれないとマイクは思う。少なくとも、レイヤー隊長にとっては──その程度はマイクにも想像はできても、とてもフォローなどできそうにない。万事、楽観的で社交的なマイクだが、相手が直属の上官ともなれば、こんなにもデリケートな問題もない。 〈恨むぞ、シジョン。お前のせいだってのに、俺に押しつけやがって〉 陽気なはずのパイロットがなぜか、溜息をつくのを整備士長は不思議そうに見やった。 『ホワイト・ディンゴ』隊の電子の目と耳がそんな二人を捉えていた。 いささか道義に反するようではあるが、手近なところで、センサー類のテストをしていたアニタも何事かを考えている様子で、作業の手を止めていた。 「軍曹、どうしました。何か異常でも?」 外からチェック・リストを指示しているメカニックの不安そうな声に我に返る。 「いいえ、大丈夫よ。次、いきましょうか」 夫々の思惑の中で、最後の一日は過ぎ、淡々と夜は明ける。 普段と変わらぬはずの夜は、だが、レイヤーには長かった。目が冴え、ほとんど眠れなかった。眠らねばならない時に、その絶対必要なことさえできない。全く、大した隊長だ。 まだ、起床時間には間があるが、レイヤーは部屋を出た。 やがて、彼は滑走路を見渡せる管理棟の入り口に佇んでいた。丁度、ミデア輸送機の三機編隊が着陸してくるところだった。すでに目覚めた基地の顔が窺える。いや、そうではないか。 「眠らない基地、か・・・・」 どんな基地も二十四時間体制にある。ましてや、バーズビルはオーストラリアでも最大級の連邦軍基地なのだ。連日、輸送機などの離発着は行われている。むしろ、敵の航空監視が甘くなる夜を狙って、重要な輸送は運用されているのだ。 一瞬、平和な時代の光景が蘇る。戦闘機隊所属だった頃、隊も夜間訓練は行ったものだ。だが、何のための訓練だったのか……。少なくとも、シドニー航空隊には全く役の立てようがなかったのだ。 レイヤーは頭をふり、懐かしい光景を締め出した。今の自分も又、戦闘機パイロットではないのだ。だが、それはそれで、別の疑問を己に投げかける──MSパイロットとして、その指揮官としての自らの存在意義というものへの疑いを…。 思考をループさせながら、ぼんやりと、明け方という半端な時間に到着した輸送編隊を見つめていた。何やら、コンテナが引き出され始める。一方で、乗員搭乗口からも乗員が降りてくる。殆どが作業に加わる中で、何人かがこの管理棟に向かってくる。 新たな赴任者だろう。時間を選ばずなので、管理棟の幾つかの部署は終日終夜、受入れ態勢をとっている。人事課もその一つだ。 漠然と考える内に人影が近づいてくる。次第にはっきりとしてくる姿、その一人に目が釘付けになった。唐突に、頭の中の霞が晴れたようになり、呟きが漏れる。 「シジョン? そんなはずは・・・・」 彼が戻ってくるはずはない。戻れる状態ではないのだ。 案の定、それが別人であるのはすぐに知れた。ユン少尉に似た深い色合いの髪と瞳を持つ男は棒立ちになっているレイヤーの脇をすり抜けていく。東洋系の顔立ち──そこで、レイヤーはもう一人、別の人物を思い浮かべてもよかったのだが……。 その前に、その男が足を止めた。そして、レイヤーを振り向く。 「──レイヤー中尉、ですね?」 突然、話しかけられ、さすがに驚く。男が自分の名を知っていることと、落ちついた声音までがユン少尉に酷似していたことに混乱する。尚、彼は気づけなかった。 「そうだが……、貴官は?」 男は足下に荷物を置き、敬礼しつつ、申告した。 「本日付けを以て、ホワイト・ディンゴ隊に配属となります。レオン・リーフェイ少尉であります。よろしくお願いします、レイヤー隊長」 予定では昼頃に着任するはずだった新しい部下を前に、ひたすら、茫然とするのみだった。
「隊長、作戦開始時刻です。……隊長?」 再び我に返るレイヤーは置かれた状況を半瞬で、認識する。切りかえに幾らかを要した自分に焦りを覚えるが、声には出さないよう努める。 「了解だ、オアシス。戦闘開始まで通信は秘匿モード。各機、オアシスの指示に従え。……いいか、みんな。今回は銀狼の胸を借りるものと思え。今回だけは、な」 「了解、隊長」 ともかく、今は目の前の任務に集中せねばならない。
──白き野犬たちが砂漠を駆ける…… 同時刻、同様に臨戦態勢に入った『シルバー・サイライシン』のチーム。 「新メンバー加入直後とはいえ、相手はホワイト・ディンゴだ。各員、気を引きしめていけよ」 部下の応答を聞きながら、隊長のペルヌー中尉は独り言ごちた。 「さぁて・・・・どう、出てくるかな。連中は」 新メンバーの腕前に、戦い方が変わっているのかどうか──全てが興味深い。
コンピュータによる勝利判定はやはり、チームが完全に確立している『シルバー・サイライシン』に上がった。だが、“被害”は皆無ではなく、再編成された『ホワイト・ディンゴ』も十分に実戦投入には間に合うだろうと判断された。 オーストラリア反抗作戦は目前に迫りつつある。 (6) 間奏 祝☆元祖『ホワイト・ディンゴ』結成♪ やぁっとレオンがオーストラリアにきましたねぇー★ って……会話になってねーじゃん^^;; ちっとは喋ったけど。又しても、肩透かしTT ←自分で書いてるくせに。 冒頭から、「おおっ、模擬戦があるのか」と期待された方………スンマセン。やっぱし、サラッと流してしまいました。どーしても、キャラに偏ってます。 ところで、オリジナル特殊遊撃MS小隊『シルバー・サイライシン』──“銀狼”と表しましたが、“サイライシン”は正確には“フクロオオカミ”のことです。これも既に絶滅種ですが。 さーて、次はどーなるんでしょ^^ 又、無責任発言を。
2002.07.16.
|