蒼穹に希う《そらにこいねがう》

第一章


空だけは、まだまだ青さを保っている。
風防越しに頭上に広がる、太陽を頂く青空を認め、一瞬だけ目を眇めた。
ほんの数ヶ月前、平和だと信じていた頃の空と、どこが違うというのだろう。



 それは小競り合い程度しかなかった。だが、地球の空の王者であったはずの地球連邦軍空軍は『侵略者』の前に劣勢に陥っていた。

「くそっ、トロトロ飛びやがって!」
「ブラボー3、深追いするな!」
 コックピットに僚友の怒号が飛び交うが、雑音《ノイズ》が酷く、意志の疎通も難しい。
 このように、自分を取り巻く状況は確かに激変しているのだと、過酷な戦闘の最中にもふと思う。そう、これは命を懸けた実戦なのだ。
 負ければ、死ぬ。訓練のように、自らの未熟さを省みて、次なる機会を得ることもできない。
 ここは戦場、命を刈りとろうとする敵が存在する。
 不意に、敵意が影となり、風防の向こうに滑りこんでくる。とても戦闘機の範疇には入れがたい不恰好なフォルムを持つ小型機こそが、敵の主力機ドップだ。敵ジオン公国軍がサイド『国家』であるが故の、地上の空に適した航空機開発への苦労をも忍ばせる。
 だが、今の彼ら──地球連邦軍空軍戦闘機隊にとっては脅威そのものだった。何より、不調なのは通信だけでなく、レーダーもやけに干渉を受け、雑音を拾う。それは決して、機械的故障などが要因ではない。ミノフスキー粒子の影響がいよいよ、強まっている。
「気をつけろ。そろそろ、奴らも現れるぞ」
 新手の出現を匂わせるチーム・リーダーの警告に、雑音越しにも各機に緊張が走る。
 しかし、目の前の敵機との戦闘も止まってはいない。ドップが数機、被さるように襲いかかる。
「チャーリィ2、3! 高度を下げすぎだ。食われるぞっ!!」
「ダメだっ、頭を押さえられて──」
 悲鳴に近い声は爆音の奥に消えた。忽ちの内に二機の機体と戦友を失うが、それ以上の衝撃を彼らは受ける。それを告げる声も金切声のようだった。
「出たぞっ、一つ目だ!」
「──何機だ! 確認できるか」
「それは…、野郎! しつこいんだよ、宇宙人がっ!!」
「最低でも二機。目視した。マゼラ・アタック隊のオマケ付きだ」
 ドップの数から判断すれば、二機ということはないだろう。マゼラ・アタック隊もそれなりに付いているはずだ。
 機動戦車隊を従えた一つ目の巨人《サイクロプス》──宇宙での戦闘で、その開始直前まで、敵なしと信じられていた地球連邦軍宇宙艦隊を完膚なきまでに蹂躙した機動人型兵器モビル・スーツ『ザク』の登場は前哨戦終了を意味する。
 そして、彼らは益々、窮地に追いこまれていくのだ。

 彼らの任務は敵の足を止めること──殲滅どころか、一部の撃破すらが難しいのは誰もが承知していた。これまでの幾度かの衝突で、嫌というほどに思い知らされているのだ。
 上空での戦闘に、この新手が積極的に加わることは少ない。奴らには奴らの、地上拠点の攻撃・制圧という務めがあるのだ。そも、ドップの役目が地上部隊の支援であり、先行して、空からの攻撃を防ぐ露払い的な部隊ともいえるのだ。
 だが、時に高度を下げすぎた機体を地上からの攻撃が襲うこともある。さらには、
「マズい、マゼラ・アタックが分離したぞ!」
 機動戦車マゼラ・アタックも砲塔部のみの飛行、戦闘が可能なのだ。ドップほどの高度や速度での戦闘は無理でも、敵の注意を分散はさせられる。無論、地上に残される車体部も戦闘能力を有する。
「隊長! もう限界です」
「まだだ! もう少し……もう少しだけ引きつける。踏ん張れ!!」
 短い通信の合間にも被弾し、戦闘力を失う機、爆砕する機が続出する。まるで、玉砕覚悟の戦いだ。現に敵ジオンのドップ隊は疑ったものだ。
「特攻でもするつもりかよ」
「奴ら、まだミサイルを抱えてやがる。こりゃ、七面鳥撃ちだぜ」
 ミサイルを搭載していれば、その重さ分だけ機動力を奪われる。ミノフスキー粒子がミサイルの誘導装置をも機能不全にさせるようになってからは攻撃力も半減した。格闘戦に入ってまで、後生大事に抱きこんでいるなぞ、具の骨頂だ。
 ……そのはずだが、それはある種の落とし穴だろうか。
「──隊長ッ!?」
「よーし、よく我慢した。全機、ミサイル全弾発射! 直ちに反転離脱せよ!!」
 押されていた連邦戦闘機隊が一転、反撃に移る。だが、目標はドップ隊ではなく、地上部隊だった。ここまで機体とともに生きのびたお宝ミサイル群が地上を目指して、放たれる。さらに連邦戦闘機隊は一斉に後退していく。
 予想しなかった展開に、ドップ隊に戸惑いと戦闘の空隙が生じる。
 どれほど接近しても、ミノフスキー粒子影響下では誘導装置の助けはないが、近ければ近いだけ、直撃しないまでも、それなりの損害は見込めるかもしれない。このために機動性が低下するのを承知で、ギリギリまでミサイルを残しておいたのだ。 
 一瞬後にはドップ隊も茫然から立ち直り、追撃しようとする。ミサイル迎撃はマゼラ隊に任せるベきだ。だが、その前に連邦側も態勢を整えていた。
「ブラボー1、そちらの指揮は任せる。アルファ隊は俺に続け!」
「了解!」
 後退していく隊の指揮は副隊長機が引き継ぎ、隊長機以下のアルファ隊は殿《しんがり》を務める。一度、上昇し、僅かに動きが乱れたドップ隊に上から急降下攻撃を仕掛ける。
 その中にはアルファ3であるミラーノ中尉もいた。
 殿という危険な任務にも拘らず、恐怖感はない。いや、“あれ”以来、戦闘中に感情を乱すことはなかった。感情自体が凍りついてしまったかのように……。かつての──模擬戦の経験しかしなかった頃の自分は決して、冷静なパイロットとはいえなかったはずだが。
 アルファ隊の攻撃にドップ隊がさらに混乱する。そして、その隙に彼らも逃げにかかる。本当に玉砕を目指しているわけではないのだ。
 だが、隊長機が予定よりも高度を落としているのにミラーノ中尉は気づく。
「隊長、どうしたんですか」
「何とか、データを取りたい」
 その時、マゼラ隊が撃ちもらしたと見えるミサイルの着弾が確認された。地上に幾つかの爆光が開く。
「無茶です。まともなデータなんて、こんな状況では」
「必要なんだ! この作戦が、損害に見合う戦果を得られるのかどうか──」
 そこまで、だった。
「隊長!?」
 突然の通信の途絶に、下方で炎を吹き上げる隊長機・・・。コントロールを失い、キリモミしながら、墜落していく。悲痛な叫びへの応答もない。何が起きたのかも一目瞭然だった。
 ドップではない。地上からの攻撃を受けたのだ。
「バカな……」
 呻いたところで、どうにもならない。助けにいくことも、できるはずもない。
「アルファ3、ボサッとするな! 後退しろ。…隊長のことは、諦めるんだ」
「……了解」
 僚機の苦しげな呼びかけに、自分を納得させながらも、別の苦い思いに捕われる。
〈結局、俺は……また、仲間を見捨てるのか〉
 戦闘中にはどこまでも冷静だったものを、不意の動揺を抑えられなくなる。その落差がパイロットとしては致命的でもあった。

 ドップ隊が諦めるまでの追撃戦で、ミラーノ中尉のアルファ3は撃墜は免れたが、被弾した。地上部隊との距離が開きすぎるのを嫌って、敵が退き上げてくれたお陰で、正しく九死に一生を得たのだ。
〈それとも、俺は……〉
 もっと別のことを望んでいるのだろうか? この自問に答を出したことはない。
 地上に光が見える。地上部隊の衝突が始まったらしい。
 一か八かの今回の作戦だったが、期待したほどの効果はなかったのかもしれない──少なくとも、味方の犠牲に目を瞑っていられるほどの戦果でないのは後に明らかになる。
「チキショウ。ショック・ウェーブで、吹っ飛ばしてやりてぇぜ」
「そこまで、近付かせて貰えたらな」
 レーダーが次第に回復していくのと同時に、あれほど聞きづらかった編隊機との通信もクリアになっていく。敵との距離が開いている証拠でもある。
 共通回線を介し、コックピットに流れる仲間たちの声にも、どこか諦めの色がある。だが、諦観めいた思いに支配されているのはミラーノ中尉も同じだった。


★      ☆      ★      ☆      ★


 地球の空を庭の如くに支配した地球連邦軍空軍──さすがに最新鋭の機体を有しており、あのコロニー落し後の混乱と敵侵攻にあっても、主力機TINコッドの空戦能力からすれば、格闘空中戦《ドッグ・ファイト》においては絶対の優位を信じて疑わなかった。
 そう、確かに戦闘機部隊のみの衝突であれば、その見込みは間違いではなかった。だが、相手《てき》がある以上、その計算式通りに事が進むとは限らない。誤算は常に生じ得るものだ。
 まず戦術からしてが違った。そも、ドップの不恰好さはレーダー・通信を攪乱するミノフスキー粒子を散布した上での有視界戦闘に特化するところから生まれたものだった。目視に頼るため、ドップの速度も然程のものではなく、高高度を飛行することもない。
 当然、敵はミノフスキー粒子を散布し、連邦戦闘機隊のレーダーも無効化される。これでは遠距離からの攻撃も効果は期待できない。
 このミノフスキー粒子は寿命が短く、その濃度が高ければ高いほどに現在、その周辺に敵が存在していることを意味する。
 その散布は接触前に己の存在を敵に知らしめることにも通じるのたが、ジオンは全く頓着していない。如何に敵に気付かれずに接近するか、という隠密行動などの必要もないかのようだ。
 こうして、選択肢は格闘戦に絞られてくるのだが、となれば、逆にその速度を持て余すこととなる。最新鋭機故に高速戦闘に最適化しており、敵に合わせて、速度を落とせば、性能を完全には発揮できない。
 それでも、単純な格闘空中戦なら、五分五分ではあったのだろう。 敵に切札《ジョーカー》の如き存在がなければ、だ。
 宇宙を駆けるモビル・スーツ『ザク』──正に『新兵器』と呼ぶに相応しい登場だったはずだ。
 戦闘といえば、艦隊戦しか考えになかった連邦軍艦隊はザクの機動力の前になす術もなく、度肝を抜かれるばかりで撃破されたのだろう。
 その恐るべき兵器がこの地上にも現れたのは半月ばかり前のこと。ザクなる一つ目の巨人《サイクロプス》は地上においても非常に厄介な敵だった。
 単なる格闘空中戦ならば、負けはしない。だが、直接には見《まみ》えることのない敵地上部隊に対しても、無警戒ではいられない。時として、地上からの攻撃で撃墜される機も少なくはないからだ。
 かといって、高度を取りすぎると、敵部隊は完全にこちらを無視して、地上を蹂躙する。ドップですらがこれ幸いと本来の任務であろう、ザクの支援に回る。


★      ☆      ★      ☆      ★


 無策では勝てるわけがない。だからこその今回の作戦だったが、多くの仲間を、隊長までを失っては失敗だったとしかいえないだろう。
 無闇に特攻しても、敵は弾幕を張るだけで、獲物が勝手に落ちてくれるようなものだ。となれば、無理はできない。
 以後、判っていても、有効な策など打ち出せず、後手に回った戦闘機隊は消極的な戦い方しかできなかった。
 打撃を与え得るのは爆撃隊くらいだが、レーダー無効下では精密爆撃ができないため、やはり決定打とはなりえない。
 無論、地上部隊でも状況は似たようなものだった。主力の六一式戦車隊は極めて稀な例外を除き、ザクの前では無力だった。
 航空部隊も地上部隊も敵の足を止めることすら、ままならないのだ。

 そうして、制空権は次第に奪われ、目をつけられた都市や鉱山などが次々とジオンの手に陥落《おち》た。
 それはコロニーを落とされた、このオーストラリア大陸だけではない。地球の各地で、ジオンの侵攻と占領は着実に進んでいった。
 戦い方が変わってきているのを認めないわけにはいかない──既に戦闘機隊の多くは、その存続すらが危ぶまれていたのだ。


 仲間たちも口数が少なくなっていた。ミラーノ中尉は重苦しい沈黙の中、後ろを振り返る。
 青空に散らばる『あの頃とは』とは明らかな差異である黒い点は次第に小さくなっていった。


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 やっとこ、第一章UPとなりました。いや、もう梃子摺りました。原文見ながら、打ち直して、ちょいと手を入れればいいんだから、楽勝じゃん♪
 ところがどっこい、大間違い。一寸じゃ、済まんての;;; 筋は変わってないけどね。
 苦労の甲斐あって? 投稿作品よりメリハリあるものになったとは思うんですがねー。例によって、戦闘シーンが殆どなかったもんで★ サラッと流すのは悪いクセだ。今回は具体的に書こう! とガンバってはみたものの、こんなもんかい。
 TINコッドやらドップやら、それなりに調べたんですが──ネット上でも情報少ねぇ〜^^; 結局オリ設定全開に近くなってる気がしますわ。

2003.06.18.

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