黄昏の夢
Dreams 四年前に卒業した士官学校に、事務次長として赴任したアレックス・キャゼルヌは中々に興味深い後輩に知り合うこととなる。 さして目立つでもなく、戦史研究科の専門課程以外は殆ど興味を示さず、成績表には落第すれすれの点が並ぶ。人類の歴史(≒戦史)を学びたいが、先立つ学費《もの》がないがために、無料《ただ》で学べる士官学校に進学したという、何ともユニークな……いや2、真面目な軍人さんから見れば、相当にケシカラン奴だった。 その点ではキャゼルヌも人のことを言えない。積極的意志があって、入軍したわけでもない。そう、あの一寸したドジさえ、やらかさねば……。 それでも、キャゼルヌの興味の対象である行政組織経営は軍なる組織にも当てはまるので、その才能も遺憾なく発揮するに至る。 因みにキャゼルヌは前線より後方勤務に従事する機会の方が多かったにも拘らず、順調に昇進を重ね、早くから、将来の後方勤務本部長と目される。 但し、代理職に就いた時には『自由惑星同盟』は名目上の組織と化していた。更に同盟に十二分に貢献した後輩への無法を看過しかね、その椅子を蹴り飛ばしてしまうのだ。
話は逸れたが、その後輩をヤン・ウェンリーという。教官ではない事務畑のキャゼルヌには学生も気軽に近付きやすい。ヤンのような生徒にとっても……。 最初に話をした切っ掛けはよく覚えていない。似たり寄ったりの境遇故というだけではないだろうが、互いの波長も合い、六歳差の先輩後輩は親しくなっていく。 だが、そのヤンは三年に上がる時、肝腎の戦史研究科廃止が決定され、戦略研究科への転科を言い渡されてしまっていたのだ。 運命とやらも中々、世知辛い真似をするもんだ、と思わずにはいられなかった。後輩が悄然と肩を落としていた理由《わけ》を知り、さすがに容易な慰めの言葉もなかった。 不遜極まりない選択の報い──といえば、それまでだが、キャゼルヌ自身が学びたいことは学び、それ程、希望と外れた道を歩んでいるわけでもないだけに、申し訳なくも思えたのだ。 そんな状況に変化が訪れたのは転科から四、五ケ月程が経過した頃だったか……。 気が付くと、ヤンの周囲に、元気印の少年が纏わり付くようになっていた。その年の新入生で、勿論、ダスティ・アッテンボローである。 至極、おとなしい先輩と元気いっぱいの後輩の取り合わせは一種、不思議なものだったが、後輩の明るさに引きずられる面もあったようだ。 類は友を呼ぶ、というが、アッテンボローも実は軍人志望でなかったとは後にヤンを介在に知己を得た際に知るが、この頃には既にアッテンボロー候補生は有名人になりつつあった。 教官間の評は上々だ。半年足らずで、批評が立つあたり、存在感の強さを示している。入試以降、現在のところ、まずまずの成績を修めているし、将来有望株──と。 ところが、同時に問題児でもあった。ヤンと異なり、外向的に不遜で、反骨精神旺盛なのだ。 切っ掛けは知らないが、その辺が気が合っているのだろうとは思えた。 ヤンには同級で、共に戦史研究科から戦略研究科に転科した親友のジャン・ロベール・ラップがいる。アッテンボローは此方の先輩にも、相応の好意を持っているが、やはり、天秤にかければ、ヤンに傾いているようだ。 というより、放っておけない、と思っている節もある。 「どっちが先輩で、どっちが後輩なんだか、分からんな。お前さん達は」 二人に一番、近い位置にいることになるラップが呆れ口調で評したものだ。 そういうラップも以前はヤンの世話を何かと、焼いていたものだが、最近ではすっかり、アッテンボローにその役目を譲っている。 下級生が上級生の準従卒的に世話をするのは珍しくないが、ヤンに対するアッテンボローの場合はその枠を超えていた。寧ろ、面倒見の良い上級生が下級生に対するような印象を与えるらしい。とにかく、喜々としてやっているのだ。 キャゼルヌはアッテンボローに冗談半分に尋ねたことがあった。お世辞にも表面的に才走ったものがあるとは言えないヤンの何処を、そんなに気に入ったのか? と。 確かに、上・同・下級生の殆どは特にヤンを気に留めていない。逆にあのアッテンボローが何故、あのヤン・ウェンリーにあんなにも入れ込んでいるのかが『学校の七不思議』じみて、噂されていた。 が、尋ねられた少年はあっさりと、「別に理由なんて、ありませんよ」と返答した。 「わざわざ、理由を作って、自分を納得させる必要《こと》なんて、ないでしょう? 好きだから、好きだし、好きな相手には好かれたいですよ」 但し、嫌いな奴に好かれたいとは思いませんがね──とも、真顔で付け加えたのが如何にも彼らしい。
「何だか、寝付けないなあ……」 また、という言葉は呑み込む。睡眠不足は集中力他の低下を招くのだが……。 最近、眠りか浅くなっているのは事実だ。タンク・ベッドか睡眠剤でも使うか、と一瞬、考えて、頭の隅に追いやる。完全に思考のダスト・ンュートには放り込めないのだが。 全く眠れぬ程ではない。戦闘中でもないのにタンク・ベッドに入ったり、薬局にしろ医局にしろ、薬を貰えば、部下に知られてしまう。不安の木の根をほじくり返す結果《こと》にもなりかねない。それだけは、どうあっても避けたかった。 結局、アルコールの力を借りることになる。 「……美味くない」 酒は楽しむものなのに、一人ではちっとも。たが、近頃はいつも、一人で飲っている。 それも睡眠薬代用では、酒が気の毒すぎる。 『ポプランをとやかく、言えない』状態なのだが、口にはしない。言えば、認めてしまうし、実はまだ、自覚していないのかもしれない。 訪間者があったのは非番に入ってから、何時間経過した頃だろう。寝た振りをして、無視しようかとも思ったが、 「キャゼルヌ中将、何かありましたか?」 緊急事態《エマージェンシー》ならば、寝んでいても、TV電話《ヴィジフォン》で叩き起こされるだろう、と思い付く。 年長の友人は肩越しに背後を見遣りながら、 「やっぱり、起きてたか。飲んでたのか?」 「えぇ、まあ……」 少しばかりの違和感。自分が何故か、警戒しているのを感じた。しかも、それを見透かされてしまったようにも。 「少し、いいか? 話したい事がある」 別に断る理由はない──そのはずだ。先刻、湧き起こった警戒心を無視して、招き入れた先輩に、 「先輩も飲みますか?」 「そうだな。貰おうか」 返事を待つまでもなく、グラスを取りに行く。キャゼルヌはテーブルに勝手に着いた。
暫くは、御相伴に与かった酒杯を傾ける。 「美味い酒だな。一人で飲むには勿体なさすぎる」 「上等だから、独り占めしたかったんですよ。で、話って何です? まさか、酒の品評じゃないでしょう」 グラスをテーブルに戻すと、後輩を見遣る。 「ん……眠れないのか、お前? 少し、疲れも溜まっているようだが」 「──本当に部屋に入る前から、そんな話をするつもりだったんですか?」 アッテンボローは口を『への字』に曲げた。触れたがっていないようだが、受け流す。 「ユリアンがどうも、お前さんの様子がおかしいって、言うもんでな」 「そりゃ、気の回しすぎですよ。確かに忙しくて、疲れもしますけど、お陰で逆に直ぐバタンキューですよ。司令官殿も大分、神経質になってますからね。その所為でしょう」 ハイティーンの青少年が彼のヤン・ウェンリーの跡を継ぐ──それだけでも……。 「誤魔化すな。ユリアンは人の態度には敏感な奴だ。そういう環境で育ったからな。却って、信じられるってものだ」 これには返す言葉がない。 『人の顔色を窺う』と言うと表現は悪いが、ユリアン・ミンツは幼い頃は祖母の激烈な感情に曝され、ヤンの許に来てからは言葉より態度──裏の言葉で示す大人を数多く、相手にしてきた。環境に鍛えられたのだ。勿論、アッテンボローも少年を鍛えた大人の一人だ。 「これからが勝負だ。状況がどんどん、厳しくなっていくのは目に見えている。艦隊運用だけを取っても、お前さんが要だ。メルカッツ提督に全てを押し付ける訳にもいかないしな」 「十分に心得ております。大丈夫ですよ」 「そうは見えんな。今なら、俺にも判る」 即座に言い切られ、グラスが揺れた。口を付けるかどうか迷い、結局、テーブルに戻す。 「つまり、今の俺には艦隊を任せられないって意味《こと》ですか?」 「正直、今のままじゃ、心配だ。現にこうして、酒で気を紛らわせている。何日目だ? お前さんだって、キツイだろう」 キャゼルヌはグラスをアッテンボローの前で、揺らしてみせた。美しい色の液体の中で光が乱舞し、微かに瞳を細めた。 「……何を、仰りたいんですか」 一瞬、躊躇い、息を吸い込み、吐き出す……。 その瞳を真正面から、見据え、 「お前さん、ヤンの死をどう受け止めたんだ」 決定的な一言。 アッテンボローの反応を確かめようと、瞬きさえしないように意識して、観察したが。 何の反応も見せずに、アッテンボローはキャゼルヌを見返してくる。瞳の奥にすら、揺らめきが見えない──と思えたが。 「……そう、亡くなったんですよね、ヤン先輩は……もう、何処にも…、いないんですよね」 (3) (5)
現在、攻略中のOVAも、まだ『そこ』までは辿り着いていません。本当に、どう感じるんでしょう。
2006.06.28. |