黄昏の夢
Dreams 何年も軍に留まっていれば、当然、転任はついて回る。 時には同じ戦場に出ることもあれば、連絡を取るのも難しい離れた任地に赴く時もある。 遭遇戦のような小競り合いもあれば、大兵力を動員する大きな会戦に駆り出されもする。 彼らは常に生死の境に立っているようなものなのだ。そんな中でも、生命線が太ければ、生き延びられる。そして、昇進を重ね、それなりに権限も増し、戦況への僅かな影響力を得られるようにもなる。時には生存への可能性も幾らかは確率を高められる──……。 宇宙暦795年9月の第四次ティアマト会戦に於いて、ヤン・ウェンリー准将、ジャン・ロベール・ラップ少佐、ダスティ・アッテンボロー少佐は第二艦隊旗艦に乗艦していたが、夫々に戦況を左右する立場でもなく、逆にいえば、傷つかずに済むのである。 変化が齎されたのは翌宇宙暦796年2月に行われたアスターテ会戦である。 彼の『ダゴンの殲滅戦』に倣い、敵遠征軍を包囲殲滅す。それも圧倒的兵力を以て──だが、生憎と敵は故事には倣わなかったのだ。 包囲網の完成前に帝国軍は第四、第六艦隊の各個撃破に成功──第六艦隊に転じていたラップ少佐はこの時に戦死する。 残る第二艦隊も苦戦するが、司令官の負傷により、指揮を引き継いだヤン准将は辛くも、全滅を防ぎ、歴史の表舞台に立たざるを得なくなる。 5月、第十三艦隊司令官に任命されたヤン少将は半箇艦隊で、帝国の軍事拠点イゼルローン要塞を陥落せしめ、『魔術師ヤン』『奇蹟のヤン』と絶賛される。敵手に対しても……。 本来、戦いを好まぬヤンの性質はイゼルローン攻略作戦にも見られたが、同盟は彼の本意に外れた道へと突き進んでいく。 8月、帝国領に逆侵攻開始……動員将兵数三千万という大規模な出兵だったが、結果は七割以上が未帰還という惨憺たるものとなった。 多くの将兵、艦艇が10月までに至るこのアムリッツァ会戦の大敗北にて失われた。特に有能な第一級指揮官も戦死、或いは重傷を負い、同盟軍の人的損害は巨大だった。 ほぼ唯一の例外が一箇艦隊の様相を得て、参戦したヤン中将指揮下の第十三艦隊で、その生還率は七割を示した。しかも常に激戦の渦中で、敵を食い止め、味方の壊滅を防ぎながら……。 敗戦の中の光明といっても過言ではない。当然の如く、ありったけの称賛を受けたが、本人にすれば、慰められるものではなかった。 「それでも、全員が生きて還れたわけじゃない」 七割が生還というが、つまり、三割は未帰還なのだから……。一箇艦隊所属将兵の三割といえば、四十万人に及ぶ。 だが、奇蹟は功績と認められ、ヤン大将はイゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官に任じられる。どこまでも、彼の本意には反し、前線指揮官としては最高位──全同盟軍に於いてもナンバー3という重職に就いたのだ。
イゼルローン要塞駐留艦隊──通称『ヤン艦隊』は旧第十・第十三艦隊を統合したものだ。 第十艦隊司令官ウランフ提督は奮戦し、半数の艦艇を脱出させながらも自らは戦死したのだ。旗艦は沈み、多くの幕僚も命運を共にした。また、副司令官や分艦隊司令官たちも還れなかった。 そのため、残存兵力の指揮を執っていたのは中級指揮官の一人、アッテンボロー大佐だった。 アムリッツァで合流し、ヤンの指揮下に入る際、通信パネルに現れた後輩の姿にヤンも安堵の色を隠せなかった。既にこの時点でも相当数の人命が失われていたのだから……。 ヤンと同様に、敗戦後に昇進した数少ない例外として、アッテンボロー准将も上げられる。 第十艦隊の後始末をしていたが、残存艦隊がヤン艦隊に吸収されることで、アッテンボロー准将もヤン大将の麾下に加わった。 そして、11月、イゼルローン赴任前にハイネセンで、結成式が執り行われた。 「ヤン司令官! イゼルローン要塞駐留艦隊分艦隊司令官ダスティ・アッテンボロー少将であります」 提督の称号を帯びた頼もしい後輩が十二分に様になる敬礼を施し、立っている。 分艦隊司令官に任じる上で、ヤンはアッテンボローの更なる一階級昇進に力を貸した。無論、バランスの問題で、公私混同ではない。とはいえ、やはり、その類の批判からは免れられなかったが。 それでも、多少の強引さを認めされるだけの実力は備えている。元より、何れは上級指揮官たるを期待されている人材ではあったからだ。 将官の年間三階級昇進を果たしたヤンの陰に隠れているが、アッテンボローの一年半での四階級昇進、二十七歳で少将任官も十分、瞠目に値する──が、当人は全く頓着していない。それよりも、 「本当に嬉しいですよ。ヤン先輩の力になれるんですから。存分に使ってやってくださいね」 どうも、そちらの方がよほど、重要らしい。 ヤンにしても、苦笑するしかなかった。九年半前と同じように……。 更に数ヶ月後、要塞事務監として、アレックス・キャゼルヌ少将が着任してくるのだった。
イゼルローン要塞駐留艦隊発足後、即座に近接宙域にて、艦隊運用演習が行われたが、 「まだまだ、烏合の衆だな。ワインやウィスキーと同じだ。良い味が出るまで時間がかかる。そうヤン提督に言っておいてくれ、ユリアン。いや、ミンツ軍属」 「そんなに急ぐんですか?」 若い分艦隊司令官がいつになく、真剣で不機嫌な様子なのに、つい尋《き》いてしまった。以前からの顔見知りという気安さのせいだ。 「一応、ここは最前線だしな。早いところ、物の役に立つように仕上げないとな」 艦隊司令官はヤン・ウェンリー大将だが、細かい編成や訓練は副司令官、分艦隊司令官以下に任されている。そこまで、司令官が負ってなどいられないのだ。要は司令官の意思を正確に伝達し、迅速に対応できる組織へと整備していくのが、目下の最大任務であるわけだ。 中でも、最も張り切っているのが提督中でも最年少のダスティ・アッテンボロー少将である。 ユリアンは単純に、ヤン提督の麾下《した》についたので、骨惜しみなく働いているのだと思っていたのだが──それだけではないらしかった。 「俺も今はそれなりの実績を示しておかないとチト、不味いからな」 癖の強い髪を掻き回しながら、青年提督は笑う。 第四次ティアマト会戦以降、アッテンボローが参戦した戦闘では同盟軍は敗戦に次ぐ敗戦で、彼も決して華々しい武勲を上げたわけではなかった。相対的なもので、上級指揮官たちにも戦死者や重傷者が続出という状況の中、細やかでも戦功を示した者をある意味、仕方なく昇進させた感が強いのだ。無論、何の功もなければ、昇進などあり得ないのだが。 早くから嘱望され、何れは第一級指揮官の席を埋めると目されていたアッテンボローではあるが、想像を絶するスピードで昇進を遂げ、こうも早く分艦隊司令官たる地位を得たのはある種の穴埋め的人事の結果でもあった。 アムリッツァの如き無謀な出征が控えられ、失われた人材が今尚、健在であれば、こんなこともなかっただろう。 しかも、准将から少将への昇進は、 「ヤン提督が推挙してくれたおかげでね。艦隊指揮の大した経験もない青二才を分艦隊司令官に据えるにはとりあえず、階級で箔付けするのが一番、手っ取り早いからな」 同時に性急且つ危険ではある。 「もし、俺が何らかのポカをやったら、そいつは全部、ヤン先輩が被ることになる。だから、俺としちゃ、絶対にアホなドジは踏めないわけさ」 二人に士官学校以来の親交があるのは結構、有名な話なのだ。それ故に、ヤンが私情だけで後輩の人事と昇進にまで口を利いた、などと中傷される可能性は否定できない。 確かにアッテンボローの大艦隊の指揮経験はアムリッツァ会戦時しかない。 だから、今こそ、アッテンボロー自身が艦隊指揮官としての非凡なる手腕を明示する必要があるのだった。でなければ、能力もない後輩を私情で引き立てたとして、ヤンまでが批判されるばかりか、もしかしたら、二人を公然と失脚させるネタにされかねない──自分なぞ、オマケに過ぎないとしても、先輩の足を引っ張るために期待されての人事かもしれないのだ。 逆に、アッテンボローが力を示せれば、ヤンの人物眼の確かさを衆目に認めさせられよう。大胆不敵なだけの戦争屋では、そんな計算はできまい。 「だからって、焦ってるわけでもないがさ。別に戦いたがってるでもなし……とりあえずは艦隊整備に専念だな。どのみち、ヤン提督の意のままに動ける艦隊に鍛え上げなきゃならんからな」 艦隊組織整備も困難な任務だ。戦場で武勲を上げるだけが上級指揮官の務めではない。 ヤン提督の言によれば、アッテンボロー提督は戦闘指揮と事務処理能力の均衡が取れている得難い人材なのだ。それもヤン自身よりも世ほど、安定感があると──……。 ヤン提督が言うのなら、間違いはないとユリアンは思うが、それを誰もが認めるには相応の成果や結果を出さなければならないわけだ。 中々に痛し痒しというところではある。 「大丈夫ですよ、アッテンボロー提督なら。何といっても、ヤン提督がお認めなんですから」 ユリアンは励ましのつもりだったが、アッテンボローはジロリと軍属の少年を見遣った。 調子に乗ってしまったかと、ユリアンは内心で首を竦めたが、アッテンボローは心持ち、唇の端を歪めただけだった。 「サンキュー、ユリアン。でも、俺としては別に卑下してるつもりはないんだ。ただ、それほど、自分を過小評価する気はないが、過信もしていない。増長した挙句に自分を見失って、自滅するのは趣味じゃないからな」 説教のようになってしまったのを「らしくないな」と首を振りながら、苦笑するのに対し、 「アッテンボロー提督は本当に、ヤン提督がお好きなんですね」 などと口に出して言ってしまえば、どんな反応があるのか想像できないので、胸の内だけで呟いた。 もっとも、自然と頬の辺りが緩むので、同盟軍でも最年少の提督は軽く少年を睨んだ……。
(6) (FINAL)
過去・現在から、過去・過去展開、回想のようになりました。外伝2の辺りは、同盟ファンには一番、楽しい時代ですが、キャラたちにとっても、美しい時代だったでしょうね。
2015.12.24. |