★七難八苦を乗り越えろ☆

四難目


 現状を一言で言うなれば、『有為転変』とか? トゥラーンの武将として、一生を全うするはずだった俺の人生はここに来て、急激な方向転換を強いられようとしていた。
 ペシャワール城に虜囚の身ではあれど、待遇は悪くはなかった。だが、それも今は心許ない。アルスラーン王太子がペシャワールから放逐され、王都にて囚われていたはずの父王たるアンドラゴラス王が自力で脱出し、帰還。城を手中に収めたからには。
 これまで、パルスの象徴として、軍を纏め、戦い続けてきた息子を王は何故か、放逐した。側近として、王太子を支えてきた彼の智将や黒衣の驍将を始め、数人が追っていったようだ。
 一室に閉じ込められていても、その程度は判る。あの二人の少年少女も姿を見せなくなった。由々しき事態だ。これは敗将である俺の庇護者がいなくなったということでもある。
 一応、完全には忘れられていないようで、医師も来るし、飯も出るが、苛烈な王と知られたアンドラゴラス王が敗将《オレ》の存在に気付いた時が年貢の納め時となるだろうな……。余り考えたくないが、考えないわけにもいかない近未来だ。

 そして、遂にその近未来が俺の眼前に現れた。双刀将軍《ターヒール》なる姿をもって。
 美髯が目を引く堂々とした武人──キシュワード将軍は何ともいえない表情で俺を見ると、小さく嘆息した。
 何だか、嫌な予感。いやいや、生命の危険を覚えるべき状況なんだろう。うん。……そのはずだが、何だか違う?
「そろそろ、出陣か?」
「……うむ」
 王都を奪回するための出陣はアルスラーン王太子が準備していたことだ。というか、我が軍が侵攻したために、中途で引き返してきたのだ。再出陣は驚くべきことではない。
 となると、トゥラーンの敗将の運命は? 我が軍の苛烈さとアンドラゴラス王には通じるものがある。寧ろ、その思考論理の方が想像も容易い。
「で、俺は出陣前に贄にでもされるのか」
「…………」
 キシュワード将軍の眉間に深い皺が寄る。確か、あの智将や黒衣の驍将より年少と聞いていたが、とてもそうは見えないなぁ、などとボケたことを思っていたら、苦労性ぽく見える将軍が口を開いた。
「……国王《シャーオ》陛下はお主のことを知り、確かに出陣前に血祭りにあげよと仰せられた」
「そうか。……まぁ、それが順当だろうな」
 大体がして、敵将を助け、剰え、即配下に招こうなどと考えるナルサス卿やそれを認める王太子の方がおかしいのだ。
 少しだけ、彼らを懐かしく思ってしまうのは逃避だろうか。これで、俺の命運が決したのだともいえるのだから。ところが、
「その御つもりでおられたようだが、余計なことを言った奴がいてな」
「余計なこと?」
「つまり…、その……、男とはいえ、見目だけは麗しき者が血に塗れる様はさぞ、美しいでしょうとか何とか」
「〜〜〜〜●×▲!!」
 背筋に寒気が! つーか、何いらんことを!! もう、この女顔《カオ》では色々とありすぎた。親王には情夫呼ばわりされるしTT 一寸やそっとではもう動じたりはしない。しないが? 何か変だぞ。そういえば、キシュワード将軍は「アンドラゴラス王がそのつもりだった」とか何とかゆーよーなことを。つまり、今は「そのつもりではない」と? じゃあ、どんなつもりでいるってんだ!?

「…………余計なその一言で、どうなった」
 聞きたくない。聞きたくはないが、聞かないわけにはいかない。キシュワード将軍ももう一回、溜息をついた。そして、実に嫌そうに、
「我らが国王陛下はお主に興味を持たれたようでな。血祭前に一度、見てやろうと先程、な」
 そういや、ちょい前に外がバタバタしていたような。えーと、わざわざパルスの王が覗きに来たのか? 一応、監視される身だからな。監視窓もあるし、外に人の気配があるのもいつものことだから、特に気にも留めなかったが──。あぁ、聞きたくないよぉTT
「で、それだけ、か?」
「いや、お主、大した奴だな。陛下には男色の噂はなかったのだが……」
「男色ゆーなっ。俺が悪いわけじゃないだろうがっ」
 その寒気の走る一言で決定的だ。あー、もうっ! どこの国の王族も、こんなんばっかかっ!? 節操ナシもいいところだっ。
 これは命の危険ではなく、身の危険を覚えなければならないとゆーコトかっ!!
 そこで俺はアルスラーン王太子を思い出した。俺を見ても、そーゆー邪な気配はなかった。あぁ、あのまま真っ当に成長して下さい☆ とか心底、願ってしまったよ。

「さすがに真昼間から、負傷した敵将を手篭めにするような真似は外聞が悪すぎると、言い含めて、先程は事なきを得たがな」
「てっ、テゴメとかゆーなっ! 生々しすぎるだろーがっ!!」
「あ、いや。済まぬ。だが、夜を迎えたら、私でも、もう止められんぞ」
 あぁ、俺の貞操も今宵までかよ。ガックリと項垂れるが、キシュワード将軍が一つ咳払いをする。
「敵とはいえ、勇猛に戦ったお主が無体な目に遭わされるのは忍びない」
 つまり、夜までに自力で何とか逃げろ、と。そう言うのか。
「……幸運を祈るぞ」
 その言葉を最後に、双刀将軍は部屋を出ていった。
 にしても、こんな忠告をせねばならんとは気の毒なことだ。それもこれも我が身に迫りつつある危険のためと思い至り、嘆息する。
 多分、今頃、扉の外ではキシュワード将軍も同じように、溜息をついているだろう。


☆       ★       ☆       ★       ☆


「よし、逃げてやる」
 殺されるのは勿論、手篭めにされるのも果てしなく御免だ。
 傷も完全ではないが、動くのに支障はないほどには塞がっている。足腰が萎えないように、できる限り、体を動かし、足の筋力だけは鍛えるようにしてきた。
 絶対に、パルス王の魔の手から逃げてやるぞ。

 夜のいつ頃、アンドラゴラス王の襲来があるか判らない。だが、余り早く動いては人の目にも触れやすくなる。綱渡りとはこのようなものだろうか。
 内心、ハラハラしつつも、日が暮れた後、何とか恐怖の魔王襲来前に俺は部屋から脱出した。しかし、発覚するまで時間がどれほど、あるのか──何れ、王がやってくれば、嫌でもバレる。
 その前にペシャワールを出なければ……!
 焦りは禁物だが、気が急くのも仕方ない。況してや、不案内な敵城の中なのだ。
 だが、思わぬ道行きができることになる。俺が毒矢で傷付けた敵将がアンドラゴラス王と袂を分ち、アルスラーン王太子の下に馳せ参じようと脱出するところに搗《か》ち合ったのだ。
 何故、同じ日、同じ時に──しかも、会うか? 脱出の道筋が明らかになったのは良かったが、ややこしいことになるような気もした。直感というほどではなく、経験からくるものだったが、大当たりだった。

「言うわっ。その実、貴様、あのトゥラーンの輩に誑《たぶら》かされたかっっ」
 遠くで、あのパルス人が絶句するのが判った。ヒソヒソと王に付き従う兵が囁いているのが目に見えるようだ。そして、多分、双刀将軍は気の毒そうな顔をしているだろう。
 もう……慣れたよ。いい加減;;; でも、思いっきし脱力した。逃げなきゃならんのにTT
 それでも何とか足を動かし、前に進む。
 気がつくと、遠く背後が静かになっていた。揺れる灯も見えず、これ以上の追手はかからず、王も兵も引き上げたようだ。
「しかし、トゥラーン人たる俺がパルス人に助けられるとはな」
 ほんの短い会話を交わしたパルス人を思い出す。然程、前でもない過去には戦場で、命のやり取りもした男だった。
「死んだのだろうな」
 あの王の嫉妬の攻撃を受けたのでは──あんな濡れ衣を着せられて死ぬなんて、泣くに泣けないつーか、死んでも死にきれない気もするが……。

 その時、ヌッと大きな影が現れた。身構えたが、雲が流れて、月が顔を見せると、見覚えのある仏頂面が眼前に立っていた。
「お主、生きておったか」
「…………まぁな」
 うわ、スゲェ、機嫌悪そう。そりゃ、当たり前か。『敵将と懇ろになって、手に手を取っての駆け落ち決定★』てなこと、言われたらな。あ〜、その片割れが俺? 俺なのか!? そう考えたら、やっぱりゲンナリとする。
 ど〜んよりと落ち込む俺を見ていたパルス人も大きく、ふう〜っと息を吐き出すと、ニカッと笑った。何とも豪快な笑みだ。
「ま、上手いこと逃げ出せたし、お互い怪我らしい怪我もしていないのだから、重畳極まりない」
「え? あぁ、まぁ、そうか」
 切り替え早ッ☆
「ジムサだったな。俺はザラーヴァントだ。ともかく、王太子殿下御一行と合流できるまで、宜しく頼むぞ」
「──あぁ」
 ともあれ、こうして、駆け落ち……じゃなくてっ、アルスラーン王太子一行と出会えるまでの珍道中が始まった?

三難目 五難目



 『アルスラーン戦記』もの『四難目』でござい★
 五月、読むばっかで殆ど長文を書いてなかったから、リハビリリハビリ♪ いや、楽しい楽しい。完全馬鹿話だけど、書くのも楽しい^^ ジムサは可哀想だけどね。

2009.06.05.

伝説小部屋 小説